†我の血族†

如月統哉

文字の大きさ
11 / 214
†迫り来る闇†

二人の思惑(六魔将視点)

しおりを挟む
──カミュが家の中へ戻ったと同時、カイネルとフェンネルは、蝙蝠に似た、たくさんの異形の者に襲われた。
それを一瞬のうちに叩き伏せ、闇の魔力で跡形もなく葬る。
それがひと段落つくと、カイネルは懐から、徐に煙草を取り出した。
…血のような味のする、特殊な煙草を。

それを見咎めたフェンネルが、溜め息混じりに呟く。

「まだ吸っていたのか、そんなもの」
「…ああ」

カイネルは煙草に火をつけた。
血を反映するような、紅い煙草の煙が、ゆっくりと立ち上りながら空気を染めていく。
それをぼんやりと見上げながら、カイネルは自らが引っかかっていたことを口にした。

「…なあ、フェンネル」
「お前の言いたいことは分かっている」

フェンネルは、邪魔な前髪を耳沿いに流すと、言葉通り、カイネルの心境をそのまま告げた。

「あれは…本当にカミュ様なのかということだろう?」
「…さすがに読んでいるな」

カイネルは、フェンネルの方へ向き直り、吸い込んだ煙草の煙を、斜め下に吹き流した。

「母上であるライザ様以外の人間を、あれ程までに拒絶し、深く憎んでいたカミュ様とは…まるで別人だ。
あれは…本当に記憶を無くしたが上でだけのことなのか?」
「その点は、俺も確かに腑に落ちない。幾ら記憶を無くしたとはいえ、カミュ様の仰っていることは、以前とはまるで正反対だ…」
「しかし、今はそれがカミュ様の御意志なんだろう? …なら、配下である俺たちは、以前のカミュ様の考えはどうあれ、今のカミュ様のお言葉に従うべきなんだろうな」

カイネルが、苦々しい表情で煙草を口にする。
吸い込んだ煙が、表情に反映してか、ひどく苦く感じられた。

「そうだな。だが、あのカミュ様から、よもや人間風情ふぜいを護れとの命令が下されるとは、俺は夢にも思わなかったが」
「…そういえば、あの科白で分かったが、お前の人間嫌い…
まだ治ってなかったんだな」

カイネルが、やれやれと溜め息をつく。
それに、フェンネルは不快な意志を露にした。

「別に、治る必要もないだろう」
「偏屈だな。…だからこそカミュ様は、あんな命令を下したとは考えられないか?」
「…何だと?」

フェンネルが、さも意外そうにカイネルを見る。
その稀有な反応を見たカイネルは、紅の煙を昇らせる煙草を、自らの指の間に放置した。

「…お前が人間嫌いだということは、あの答えではっきり分かるだろう?
つまり、人間嫌いと分かっているお前に、あえてその人間を護らせるのは、カミュ様も無意識のうちに、自らに関わる人間たちを、お前に認識して…というよりは、認めて貰いたいからだ」
「この家の者が、そうであると?」
「ああ。…でなければ、幾ら記憶を無くしたとはいえ、あのカミュ様が、わざわざあんな命令を下すと思うか?」
「…それもそうだな」

フェンネルは、あっさりと納得し、カミュが姿を消した方へと目を向けた。

「…ともかく、サヴァイス様の命令もある。カミュ様の命令と重複していることから考えても、当分は、あの家でのカミュ様の生活を見守る必要がありそうだな」
「ああ。…そして、それに敵意を持つ者は全て叩き潰す…か。悪くないな」

カイネルは、火をつけたばかりの煙草を地面に落とし、足で擦り潰した。
自らの言葉を反復し、事態を楽しむかのように笑う。

「悪くない。…これは久々に楽しめそうだ」





…一方、件の二人と別れ、先程の部屋に戻ったカミュを、色々な意味で待ちかまえていたのは、言うまでもなく、将臣だった。
彼は窓際に立って、氷さながらに冷たい瞳で外の様子を窺っていたが、カミュが戻って来たことに気付くと、その瞳の冷たさを少し和らげ、代わりに全てを見透かしたかのような光を浮かせると、カミュに声をかけた。

「…どうやら、あなたの用件は済んだようだな」
「ああ」

将臣を相手に、隠し立てをするだけ無駄だと判断したカミュは、すぐさま白状した。
そして、先程まで自分が座っていた椅子まで、ゆっくりと歩を進める。
…だが。

「…?」

ここで、カミュは奇妙なことに気が付いた。
…先程、将臣が用意してくれたはずの、テーブルの上の食事が、全くといっていいほど冷めていないのだ。

メインディッシュはもとより、間を置いてしまえば冷めやすいスープ類に至るまで、どれをとっても、湯気がまだ目に見えるほどの温かさだ。
自分が外に出てから、今までの時間の経過からしても、どう考えてもスープだけは確実に冷めているはずだ。

新しいものと取り替えたにしては、野菜などの配置が前のものと全く同一であるし、例え温め直したにしても、これだけの数の温料理を、全て一度に温め、しかも自分が戻ってくる時間に合わせて、全く同じに配置することなど、出来るわけがない。
…だが、だとすると、以上のことから考えられるのは…

「…将臣」
「何だ?」

将臣は、まるでこれから質問される事を予測しているかのように、口元に不敵な笑みを浮かべている。
それを見て、カミュは確信を強めた。

「お前…、まさか」
「隠していたつもりはない。…あなたが知らなかっただけのことだ」

将臣は淀みなく、極めて整然と答えた。
しかし、それを聞いたカミュの方は、何だか釈然としない。

「お前の言う事は、至極もっともだ。だが…」
「…あなたに話しておかなかったのがまずかったのか?」

将臣が、さらりと返答する。それに感情を誘導されたカミュは、自分でも場違いだと分かっている指摘を、あからさまにしてしまった。

「話す話さない以前に、お前…、そろそろ俺のことを、あなた呼ばわりするのは止めろ」
「じゃあ、初対面の相手をどう呼べと? いきなり呼び捨てでもしろというのか?」
「さすがにそれは極端だが…どのみち俺は、既にお前を呼び捨てにしている。だから、お前もそうすればいい」
「馬鹿を言うな」

えらく真剣な面持ちで、将臣はきっぱりと否定した。

「気分的にも、そう簡単にはいかない」
「本人が構わないと言っているんだから、別にいいだろう?」
「……」

このままでは、話の決着など、つきはしないと判断した将臣は、諦めたように息をついた。

「…分かった。“カミュ”でいいのか?」
「ああ」

カミュが頷くと、将臣は続いて口を開いた。

「なら、“カミュ”…、その旨、フェンネルなどの配下にも伝えておいてくれ。
奴らの怒りを買うことなど何ともないが、いきなり首をはねられるのだけはごめんだからな」
「…フェンネルあたりならやりかねないな。了解した」

それを聞くと、将臣は自分の席に戻り、再び腰を落ち着けると、カミュに告げた。

「血しか取っていないのなら、貧血も当然だな。…得る気になれば、他の栄養素も取れないことはないんだろう?」
「ああ。生きるだけなら血だけでも充分だが、やはりそれだけでは体力までは維持できない」
「ならば、ここにある料理…どれでも好きなものを食べてくれ。先程は遠慮していた所もあるようだが、もはや遠慮はいらないだろう」
「…お前がそう言うのであれば、有難くいただこう」

カミュは、将臣にあまり気遣いをさせないためにも、フォークを取ると、徐に、目の前にあった前菜を口にした。
記憶を無くしていても、さすがに皇子というだけのことはあり、テーブルマナーは完璧の一言だ。
その様子を見ていた将臣は、満足そうに頷くと、自分もフォークを手に取った。

…食事を続けながら、カミュは将臣に、先程から自分が気になっていたことを尋ねた。

「…将臣、唯香とお前は、何故これ程までに俺に好意的なんだ?」
「好意的?」

この問いに将臣は、食べていた手を止めた。
カミュは頷き、先を続ける。

「ああ。普通なら、こんな何処の者ともつかない馬の骨に、ここまでしないだろう?」
「……」
「それがお前たちは、そんな俺を家に招き入れただけではなく、ここに好きなだけ滞在しろという…
何故なんだ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...