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†記憶の狭間で†
人間界
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…一方こちらは、カミュに置いてきぼりを食った唯香と、六魔将のうちの、カイネルとサリアの二人…
「…おい、人間」
姿を見られては是非もないと判断したのか、カイネルが溜め息混じりに唯香に声をかけた。
すると、カミュが姿を消したショックで、ブロンズ像よろしく固まっていた唯香は、いきなり声がかかったことで、弾かれたように飛び上がった。
「!な…、なにっ!? …人間!? 人間って誰のこと!?」
「…、おい…」
この、あまりに酷い反応に、さすがにカイネルが半眼になる。
「この場に、お前以外の人間がいるか?」
「あたし?」
唯香がきょとんとしたまま、自分を指差す。
…そしてその時になってようやく、唯香はカイネルとサリアの存在に気付いた。
「!? …って、あの…、え? …ど、どちら様?」
「…はぁ?」
この鈍さに、さすがにカイネルが呆れ返り、次には閉口した…
否、“閉口せざるを得なかった”。
「…おい、サリア…、人間ってのは、みんなこうなのか?」
「いや、違うわね。多分、この子が特別なのよ。あたしもたまに人間界に来るけど、ここまで鈍い人間は見たことないわ」
「だよなぁ?」
首を振り、しまいには肩まで竦めて呆れたサリアに、カイネルはあっさりと同意した。
しかしそれに釈然としないのは、言わずと知れた唯香の方だ。
「…あんまり好き放題言ってると、不審者が家に不法侵入してるって、警察に通報するわよ…?」
言われっぱなしの唯香が、ここで逆襲に出ると、警察の意味が分からないこともさることながら、さすがに事を荒立てるのはまずいと判断したらしいサリアが、不承不承止めに回った。
「そうまで言われては仕方ないわね…、少し妥協するわよ? カイネル」
「…ま、仕方ないね…」
カイネルは、大仰な態度で、例の血の味のする煙草を口にくわえた。
すると、それによって口を噤まれるのではと見咎め、その可能性を察したのか、唯香がいきなり、カイネルの口に存在する煙草を、勢い良く引ったくった。
「…え!?」
唯香の意外な行動に、カイネルが唖然となると、唯香は後ろ手にその煙草を隠し、半ば噛みつくように喚いた。
「…お願い、教えて! あなた達はカミュの何!?
どうしてカミュはいなくなったの!? 記憶が戻ったから、元いた所に帰っちゃったの!?」
まさに矢継ぎ早という言葉がぴったりなまでに、激しくまくし立てる唯香に、少なからずカイネルとサリアは自らが怯むのを覚えた。
…程なく、カイネルが根負けして口を開く。
「まあ、少し落ちつけ。そして煙草を返してくれ」
やれやれとした呆れ顔を露にし、当然のように手を差し出したカイネルのその“手”を、唯香は事もなげに突っぱねた。
「嫌! 煙草なんて口にしたら、あなたはもう、絶対に口なんか開かないでしょ!?」
「…おいおい…」
呟き混じりに答えたカイネルが、些細な応酬で人間相手に手を焼き始めたのを見かねて、サリアが不本意ながらも助け船を出した。
「待って。あたしが話せば問題ないでしょう? カイネルにそれを返してやって」
「……」
この言葉に、唯香は気迫と、若干の疑いがこもった眼差しで、無言のままサリアを見つめていた。
が、やがてサリアの気持ちが通じたのか、唯香は手にしていた煙草をカイネルに差し出した。
「…サンキュ」
カイネルはあっさりとそれを受け取ると、何の躊躇いもなく口に含み、魔力によって火をつけた。
お馴染みの、血の色に似た紅の煙が、その場の空気の一部を染める。
それをぼんやりと眺めている唯香に、サリアは徐に口を開いた。
「…こんなことは、人間相手には教えるべきじゃないんだけど…
あたしたちは“六魔将”と呼ばれる、精の黒瞑界の皇族の側近なのよ」
「精の黒瞑界…って、カミュがいた世界?」
「ちょっと待て」
唯香の何気ない言葉を聞き咎めたカイネルが、会話に割って入った。
その眉根は寄せられ、疑いと苛立ちが表情の前面に出ている。
「お前ごときが何故、カミュ様を呼び捨てにする? …お前にそんな権利があるのか?」
「えっ…」
「言われてみれば、確かにそうね」
つられたように、サリアも相槌を打つ。
それに、唯香は必死に訴えた。
…ここで、彼女たちに不信感を抱かせてはならないこと…
その配慮を、唯香は充分に承知していた。
「!…それは…、今となっては記憶を失っている時の話になるけど、そう呼んでもカミュは怒らなかったから…」
「…ふーん」
カイネルが鼻に抜けるような声で呟いた。
彼は目を細めながら、ゆっくりと煙を吸い込み、一頻りそれを味わうと、そのまま静かに吐き出した。
「まあそりゃ…何だ、カミュ様が記憶を失っていたからこその反応だろうな。…以前の記憶があれば、まさか人間相手にそんな態度は…」
「ちょっと待って」
今度は唯香がストップをかける番だった。
「その言い方だと…、カミュに記憶があったら、あたしとは関わらなかったってこと?」
「当然だろ」
簡潔に切り返したカイネルは、器用にも煙草をくわえたまま先を続けた。
「カミュ様は根っからの人間嫌いだ。…それはお前も既に目の当たりにしたはずだ。あの時の過剰な反応で分かるだろ?」
「まあ、確かに…」
唯香は無意識に臍を噛んだ。
言われてみればあの時、カミュは自分に関連する人間を、八つ裂きにしろとの意味合いの言葉を残した。
…もし、あれが彼の本心なら、単に人間が嫌いだという言葉だけでは、到底片付けられない。
「カミュ…、もう帰って来ないのかな…」
ふと、そんな言葉が唯香の口をついて出た。それに、今度はサリアが興味を示す。
「その話し方だと、記憶を無くしたカミュ様は、とても寛大だったようね」
「…、あたしにはよく分からないけど、そうなのかな…」
低く、どもるように言いかけて、唯香は、思い立ったかのようにサリアの言葉に指摘を加えた。
「あ、それと…、あたしは“お前”じゃなくて、“唯香”。神崎唯香よ。あなた達は?」
「…、俺はカイネル。こっちの口やかましいのがサリア」
冷めた目で、相変わらず煙草を口の端にくわえたまま、カイネルがさらっと答える。それにサリアは、ぴしりと頬に青筋を浮かべた。
「…ちょっと、カイネル…、あなたねぇ、駆け引きとか緊迫感だとかって言葉知ってる!? たかが人間相手に、いきなり本名を出すバカがどこにいるのよ!?」
「ここにいるだろ」
「はぁ!?」
しれっとして答え、それ以降は口を閉じたカイネルに、さすがに呆れ果てたらしいサリアが顔をしかめる。
「…間抜けな押し問答やってるんじゃないのよ? それは分かってる? カイネル」
「…ああ」
カイネルは押し黙っていた重い口を、さも面倒そうに開いた。
「人間相手に、わざわざ本名を名乗る必要がねぇのは確かだ。だがこの件じゃ、特別、偽名を使わなきゃならねぇ理由もねぇだろ」
「…珍しく真面目なこと言ってるみたいだけど、どうしたのよカイネル。まるであのカミュ様の影響を受けたみたいに…」
「…、影響か… 恐らく受けたんだろうな」
「それは決して、六魔将にあってはならない感情なのよ?」
「それも分かってるさ」
カイネルは、たいして吸ってもいない煙草を、当然のように魔力で焼き付かせた。
それが塵となって風に流され、形が失せても、彼の心は晴れてはいないようだった。
…程なく、唯香が戸惑いながらも声をかける。
「…カイネルさん」
「呼び捨てでいい」
カイネルが素っ気なく即答する。それに甘えて、唯香は先を続けた。
「じゃあ…カイネル、教えてくれる?」
「何をだ?」
「その…、さっきから言ってる、“六魔将”のこと」
「……」
これを聞いたカイネルの瞳に、わずかに酷薄な光が宿った。
「それは興味本意か?」
「それ以外には該当しないと思うけど…」
唯香の、曖昧ながらも恐れを知らぬ答えに、カイネルは僅かながらもその光を散らした。
「…いいだろう。六魔将の何を知りたい?」
まっすぐに唯香を見つめて尋ねたカイネルは、同じ立場の六魔将・サリアがこれを聞きつけて騒ぎ出す前に、あえて先手を打った。
「…サリア、お前はマリィ様の様子を見てきてくれ。この人間の相手は、俺一人だけで充分だ」
「分かったわ。カミュ様に大目に見ていただいたはずの貴方がそう言うのなら、こちらとしても否定する理由はないはずだしね」
…対するサリアも、さすがに先を見越していた。
ここで頭ごなしに反対したところで、唯香と名乗った人間が聞き届けるはずもなく、自分が仕えるはずの者を気にしなければならないのも、本当であったからだ。
その二つの事象から、サリアは、難なくカイネルからの申し出を受け入れた。
「…おい、人間」
姿を見られては是非もないと判断したのか、カイネルが溜め息混じりに唯香に声をかけた。
すると、カミュが姿を消したショックで、ブロンズ像よろしく固まっていた唯香は、いきなり声がかかったことで、弾かれたように飛び上がった。
「!な…、なにっ!? …人間!? 人間って誰のこと!?」
「…、おい…」
この、あまりに酷い反応に、さすがにカイネルが半眼になる。
「この場に、お前以外の人間がいるか?」
「あたし?」
唯香がきょとんとしたまま、自分を指差す。
…そしてその時になってようやく、唯香はカイネルとサリアの存在に気付いた。
「!? …って、あの…、え? …ど、どちら様?」
「…はぁ?」
この鈍さに、さすがにカイネルが呆れ返り、次には閉口した…
否、“閉口せざるを得なかった”。
「…おい、サリア…、人間ってのは、みんなこうなのか?」
「いや、違うわね。多分、この子が特別なのよ。あたしもたまに人間界に来るけど、ここまで鈍い人間は見たことないわ」
「だよなぁ?」
首を振り、しまいには肩まで竦めて呆れたサリアに、カイネルはあっさりと同意した。
しかしそれに釈然としないのは、言わずと知れた唯香の方だ。
「…あんまり好き放題言ってると、不審者が家に不法侵入してるって、警察に通報するわよ…?」
言われっぱなしの唯香が、ここで逆襲に出ると、警察の意味が分からないこともさることながら、さすがに事を荒立てるのはまずいと判断したらしいサリアが、不承不承止めに回った。
「そうまで言われては仕方ないわね…、少し妥協するわよ? カイネル」
「…ま、仕方ないね…」
カイネルは、大仰な態度で、例の血の味のする煙草を口にくわえた。
すると、それによって口を噤まれるのではと見咎め、その可能性を察したのか、唯香がいきなり、カイネルの口に存在する煙草を、勢い良く引ったくった。
「…え!?」
唯香の意外な行動に、カイネルが唖然となると、唯香は後ろ手にその煙草を隠し、半ば噛みつくように喚いた。
「…お願い、教えて! あなた達はカミュの何!?
どうしてカミュはいなくなったの!? 記憶が戻ったから、元いた所に帰っちゃったの!?」
まさに矢継ぎ早という言葉がぴったりなまでに、激しくまくし立てる唯香に、少なからずカイネルとサリアは自らが怯むのを覚えた。
…程なく、カイネルが根負けして口を開く。
「まあ、少し落ちつけ。そして煙草を返してくれ」
やれやれとした呆れ顔を露にし、当然のように手を差し出したカイネルのその“手”を、唯香は事もなげに突っぱねた。
「嫌! 煙草なんて口にしたら、あなたはもう、絶対に口なんか開かないでしょ!?」
「…おいおい…」
呟き混じりに答えたカイネルが、些細な応酬で人間相手に手を焼き始めたのを見かねて、サリアが不本意ながらも助け船を出した。
「待って。あたしが話せば問題ないでしょう? カイネルにそれを返してやって」
「……」
この言葉に、唯香は気迫と、若干の疑いがこもった眼差しで、無言のままサリアを見つめていた。
が、やがてサリアの気持ちが通じたのか、唯香は手にしていた煙草をカイネルに差し出した。
「…サンキュ」
カイネルはあっさりとそれを受け取ると、何の躊躇いもなく口に含み、魔力によって火をつけた。
お馴染みの、血の色に似た紅の煙が、その場の空気の一部を染める。
それをぼんやりと眺めている唯香に、サリアは徐に口を開いた。
「…こんなことは、人間相手には教えるべきじゃないんだけど…
あたしたちは“六魔将”と呼ばれる、精の黒瞑界の皇族の側近なのよ」
「精の黒瞑界…って、カミュがいた世界?」
「ちょっと待て」
唯香の何気ない言葉を聞き咎めたカイネルが、会話に割って入った。
その眉根は寄せられ、疑いと苛立ちが表情の前面に出ている。
「お前ごときが何故、カミュ様を呼び捨てにする? …お前にそんな権利があるのか?」
「えっ…」
「言われてみれば、確かにそうね」
つられたように、サリアも相槌を打つ。
それに、唯香は必死に訴えた。
…ここで、彼女たちに不信感を抱かせてはならないこと…
その配慮を、唯香は充分に承知していた。
「!…それは…、今となっては記憶を失っている時の話になるけど、そう呼んでもカミュは怒らなかったから…」
「…ふーん」
カイネルが鼻に抜けるような声で呟いた。
彼は目を細めながら、ゆっくりと煙を吸い込み、一頻りそれを味わうと、そのまま静かに吐き出した。
「まあそりゃ…何だ、カミュ様が記憶を失っていたからこその反応だろうな。…以前の記憶があれば、まさか人間相手にそんな態度は…」
「ちょっと待って」
今度は唯香がストップをかける番だった。
「その言い方だと…、カミュに記憶があったら、あたしとは関わらなかったってこと?」
「当然だろ」
簡潔に切り返したカイネルは、器用にも煙草をくわえたまま先を続けた。
「カミュ様は根っからの人間嫌いだ。…それはお前も既に目の当たりにしたはずだ。あの時の過剰な反応で分かるだろ?」
「まあ、確かに…」
唯香は無意識に臍を噛んだ。
言われてみればあの時、カミュは自分に関連する人間を、八つ裂きにしろとの意味合いの言葉を残した。
…もし、あれが彼の本心なら、単に人間が嫌いだという言葉だけでは、到底片付けられない。
「カミュ…、もう帰って来ないのかな…」
ふと、そんな言葉が唯香の口をついて出た。それに、今度はサリアが興味を示す。
「その話し方だと、記憶を無くしたカミュ様は、とても寛大だったようね」
「…、あたしにはよく分からないけど、そうなのかな…」
低く、どもるように言いかけて、唯香は、思い立ったかのようにサリアの言葉に指摘を加えた。
「あ、それと…、あたしは“お前”じゃなくて、“唯香”。神崎唯香よ。あなた達は?」
「…、俺はカイネル。こっちの口やかましいのがサリア」
冷めた目で、相変わらず煙草を口の端にくわえたまま、カイネルがさらっと答える。それにサリアは、ぴしりと頬に青筋を浮かべた。
「…ちょっと、カイネル…、あなたねぇ、駆け引きとか緊迫感だとかって言葉知ってる!? たかが人間相手に、いきなり本名を出すバカがどこにいるのよ!?」
「ここにいるだろ」
「はぁ!?」
しれっとして答え、それ以降は口を閉じたカイネルに、さすがに呆れ果てたらしいサリアが顔をしかめる。
「…間抜けな押し問答やってるんじゃないのよ? それは分かってる? カイネル」
「…ああ」
カイネルは押し黙っていた重い口を、さも面倒そうに開いた。
「人間相手に、わざわざ本名を名乗る必要がねぇのは確かだ。だがこの件じゃ、特別、偽名を使わなきゃならねぇ理由もねぇだろ」
「…珍しく真面目なこと言ってるみたいだけど、どうしたのよカイネル。まるであのカミュ様の影響を受けたみたいに…」
「…、影響か… 恐らく受けたんだろうな」
「それは決して、六魔将にあってはならない感情なのよ?」
「それも分かってるさ」
カイネルは、たいして吸ってもいない煙草を、当然のように魔力で焼き付かせた。
それが塵となって風に流され、形が失せても、彼の心は晴れてはいないようだった。
…程なく、唯香が戸惑いながらも声をかける。
「…カイネルさん」
「呼び捨てでいい」
カイネルが素っ気なく即答する。それに甘えて、唯香は先を続けた。
「じゃあ…カイネル、教えてくれる?」
「何をだ?」
「その…、さっきから言ってる、“六魔将”のこと」
「……」
これを聞いたカイネルの瞳に、わずかに酷薄な光が宿った。
「それは興味本意か?」
「それ以外には該当しないと思うけど…」
唯香の、曖昧ながらも恐れを知らぬ答えに、カイネルは僅かながらもその光を散らした。
「…いいだろう。六魔将の何を知りたい?」
まっすぐに唯香を見つめて尋ねたカイネルは、同じ立場の六魔将・サリアがこれを聞きつけて騒ぎ出す前に、あえて先手を打った。
「…サリア、お前はマリィ様の様子を見てきてくれ。この人間の相手は、俺一人だけで充分だ」
「分かったわ。カミュ様に大目に見ていただいたはずの貴方がそう言うのなら、こちらとしても否定する理由はないはずだしね」
…対するサリアも、さすがに先を見越していた。
ここで頭ごなしに反対したところで、唯香と名乗った人間が聞き届けるはずもなく、自分が仕えるはずの者を気にしなければならないのも、本当であったからだ。
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