†我の血族†

如月統哉

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†記憶の狭間で†

カミュと六魔将

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…その頃、精の黒瞑界に帰還したカミュは、じわじわと自分を責め苛む頭痛に、その体力の大半を奪われていた。

…皇子である自分の体調を危惧する、こちらの世界に在籍する六魔将たちを、自らの周りから全て追い払うと、父親への報告もないまま、ひとり、自らが与えられた空間へと閉じこもった。

気の遠くなるような静寂に、無理やり溶け込むかのように、そこからは時折、獣のような低い唸り声が聞こえてきていた。
それは時に、断末魔にも似た悲鳴に変わったり、とうてい狂人のものとしか思えないような奇声に変わったりもした。

…それ程までにカミュの頭痛は激しさを増し、刻一刻とその神経は削られてきていた。

「…ぐ…ぅう…、う…うぅっ…、あぁっ!」

見境もなく、ただ苦しさから逃れようと、頭を砕かんばかりに強く押さえながら、見た目も高級そうなソファーの上で悶え苦しむその様は、端から見ても異形そのものだった。

そして、その空間の外から、件のカミュの苦汁にまみれた声を聞いていた、こちらの世界にいる六魔将…
カイネル、フェンネル、シンの三人は、只事ではないこの事態に、揃って空間の前で取り乱していた。

「!カミュ様…、カミュ様っ!」

シンが、固く閉じられた空間の入り口を、固めた拳で必死に叩きながら呼びかける。
しかし返ってくるのは、もはやすっかり弱りきったカミュの、口から洩れる…荒い吐息だけだ。

「お願いです! 返事して下さい! カミュ様っ…!」

悲痛に呼びかけつつも、尚も激しく入り口を叩こうとしたシンの手を、フェンネルが取った。
それに気付いたシンは、瞬時に怒りの感情を露にした。

「!? 止めるな、フェンネル! 何故止める!」

シンが、自分と主を遮る物に抵抗していないと…
その向こうに呼びかけていないと不安だとばかりに、やり場のない苛立ちを言葉に変えて、フェンネルにぶつける。
対してフェンネルは、自らも入り口を叩いて主に呼びかけたい思いを必死にこらえ、シンを叱りつけた。

「シン! 気持ちは分かるが、我々がここで喚いていても、どうにもならないだろう!」

鋭くも威力ある雷を頭から落としながらも、フェンネルはシンを通して、自らの言葉を己にも強く言い聞かせていた。

程なく、俯き加減だったシンが、フェンネルの手を振りきるように手を下ろす。
そのまま、がっくりとその場に膝をついたシンの瞳からは、大粒の涙が溢れていた。

「…カミュ…様っ…!」

こぼれ落ちる涙を必死に拭いながらも、フェンネルに窘められたことが念頭にあるためか、自らの感情を懸命に抑えつけようとするシンに、フェンネルは、さすがに見かねて詫びを入れた。

「…少し口調がきつかったな。俺が悪かった…、だからもう泣くな、シン」
「…フェンネル…」

また泣き出しそうになりながらも、シンが、目頭に溜まった美しい涙を、振り切るようにふるい落とす。
それを柔らかく見たフェンネルは、軽くシンの頭を撫でてやった。

「…カミュ様は、お前にとっては、兄のような存在だからな。本来なら、六魔将たるもの、涙など見せることは許されないが…、今回だけは大目に見よう」

六魔将のリーダー格であるフェンネルの優しい言葉に、シンは感謝しながらも頷いた。

…こうは言うが、フェンネルは何ひとつ、間違ったことは言っていない。
感情の脆さを、その弱さを露呈したのは、他でもない自分の方だ。

『六魔将』

その名が示す重み──

それを、自分は分かっているようで…、まるで分かっていなかった。

仮にも六魔将の名を冠するならば、自分の先程の言動は、本来なら、フェンネルの言葉が暗に示す通り、間違いなく叱責ものだ。
しかしフェンネルは、それを一時、示唆しただけに留め、後は自分を慰めてくれた…

…いつまでも、落ち込んではいられない。

俯き加減にそこまで考えたシンは、ふと、顔をあげた。
涙にまみれた目を、強く擦るようにして、その水滴をすっかり拭うと、改めて、自分が主のために何が出来るのか…
どこまで出来るのかを考える。

しかし、シンのその考えは、広い湖に落ちた一滴の残滓のような、染み渡る声の響きによって遮られた。

「──シンのその取り乱し様は何事だ…
カミュはどうした?」

その場に、音も立てずに姿を見せたのは、言うまでもなくこの世界の支配者である…
吸血鬼皇帝・サヴァイスだった。

その宝石のような紫の目は、射抜くように三人を捉え、答えによる逃げ道を塞ごうとする姿勢は、その痩躯に比例するかのように、残酷なまでに美しかった。

そんな支配者の出現に、途端にその場の空気が緊迫し、張り詰める。

「!サヴァイス様…」

愕然と声をあげたのは、他でもないカイネルだった。
主の御名を呼ぶのが精一杯で、自分自身の声が巧く出てこないのが、カイネルにはよく分かった。

…そして、それが何故なのかも分かっていた。

有り体に言えば、皇子の様子がおかしいのを、その父皇帝に感づかれたことで、すっかり焦っていたからだ。

するとサヴァイスは、まるでそれを見透かしていたかのように、いまだ驚愕の反応が残る三人に、冷淡な目を向けた。

「…下がれ」

恐ろしい程の威厳を込めて、サヴァイスが低く命令した。
そのあまりの威圧感に呑まれ、三人が三人とも、声も出せずに空間の入り口から体を引く。
それに目を向けることもなく、サヴァイスは空間の奥を見通すように、空間の入り口に視線を固めた。

しかし、そこが侵入者を拒むように、カミュの魔力で固く閉じられているのを見ると、サヴァイスは、静かに瞬きをした。
瞬時に、問題の空間の入り口が、初めから閉じられていなかったかのように、あっさりと弛む。

しかし、その中から聞こえてくる、カミュの弱々しくも掠れた声に、サヴァイスはその瞳に、ほんのわずかながらも、窺うような光を浮かべた。

「…どうした…カミュ」

サヴァイスが、息子を気遣うように声をかけながら、その空間の内部にゆっくりと歩を進めると、不意に彼の背後で、またも空間の入り口が閉じられた。

「!また…閉じた!?」

…外側の空間では、再び焦りを覚えたらしいカイネルが、上擦った声をあげていた。
その傍らで、再び縋るように入り口に駆け寄り、不安げに空間を見つめるシンに反して、フェンネルは、何事かを深く考え込んでいた。
その様子に、すっかり業を煮やしたカイネルが、フェンネルを頭ごなしに怒鳴りつける。

「!おい、フェンネル! お前、何を暢気に…」
「…、いや。俺の考えが正しければ、今のカミュ様は…」
「!何だっていうんだ!? はっきり言ってくれ、フェンネル!」

曖昧な答えを示すフェンネルに、今度はシンが激しく噛みついた。

…この非常時に、曖昧な態度は許されない。
勢い余って、本当に噛みつきかねない二人に閉口しながらも、フェンネルは徐に口を開いた。

「…カミュ様は、父親であるサヴァイス様のみ、この空間に…自らの内部に立ち入ることを許されたのだろうと思ってな」

…この言葉に、カイネルとシンは、文字通り放心したように、二人で顔を見合わせた。

「…カミュ様が…?」

シンの口から、思わず言葉が洩れたのを受けて、カイネルも自らが引っかかった点を指摘する。

「…そういえば…、いくらサヴァイス様の保持する魔力が、俺たちとは桁違いの規模だとはいえ、カミュ様自身が、ああもあっさりとサヴァイス様だけを通すのは…」

この指摘を受けたフェンネルは、目を伏せると、頑なに頷いた。

「…、カミュ様が自らの弱さを見せられるのは、父親であらせられるサヴァイス様の前をおいて、他にはない…」
「つまり、我々ではまだまだ力不足…
いや、役割不足だということか…!」

悔しさを露わにし、カイネルが沈痛な面持ちで唇を噛み締める。
それにシンは、居たたまれずに視線を逸らした。

「俺は、そうは思わない」
「…シン?」

フェンネルが、不思議そうにシンの表情を覗き込む。
その視線を身に受けながらも、シンは静かに呟いた。

「これは俺の推測だけど…、カミュ様は、俺たちに余計な心配をかけたくないんだと思う。
…分かるだろう? フェンネル、カイネル。カミュ様があんな状態で…、側近であるはずの、俺たち六魔将を突き放してまで、この空間にお独りで閉じこもってしまった、そのお気持ちが…」
「!…シン…」

フェンネルが無意識に口元を押さえる。
カイネルの方も、はっきりと何かに気付いたかのように、その表情は確信に満ちている。

「…そう…か、カミュ様は、俺たちに心配をかけないように、わざと人払いを…」

カイネルの、これ以上なく重みのある言葉に、シンは深く頷いた。

「確信はない。…これは先程言った通り、あくまでも俺の推測だ。でも俺は、カミュ様は…きっとそうお考えなのだろうと思う」
「ああ。我々六魔将は、この世界の皇族の側近…
側近たる者、主を気遣うでなく、逆に気遣われるようでは仕舞だな…」

フェンネルが鋭く反省点を口にすると、カイネルは大袈裟に肩を竦めた。

「…、違いないな」
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