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†記憶の狭間で†
解放される
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『魔力を…!?』
まさに至れり尽くせりの言葉通りのことが現実になっていく中で、カミュの心中には、やはり根強い疑いがこびり付いていた。
しかし、更にそれを見越したかのように、サヴァイスが告げる。
「ただし、魔力を使えるようにはしても、それを使いこなせるかどうかはお前次第だがな」
『…構わない! …例え使えるかどうか分からなくとも、魔力を持っているのといないのとでは、大違いだ…!』
自らの経験から、叫ぶように吐き捨てながらも、カミュの脳裏には、あの闇魔界の公爵…
ルファイアの姿が焼きついていた。
…魔力があれば、彼に勝てるなどとは思わない。
それはただの自惚れに過ぎない。
分かっている。
だがあの時は、矛先は自分だった。
自分だったから良かったのだ。
もし、彼の攻撃の切っ先が、他の大事な者たちに移ったりしたら…
自分はまた、力の無い己自身を呪うしかない。
…そしてそれも…
“よく分かっている”。
それは惨めであったり、時に悔恨であったり…
取り返しのつかない事実が目の前に曝け出された時…
自分の非力さを思い知らされるのが、何よりも怖い。
得られる能力ならば得ておくべき。
労せずして手に入れられる能力なら、それを始めから無かったものと割り切り、それ自体を保険とするべきだ。
…その場に、ある種の緊迫感が漂い、カミュの表情が引き締まった。
それを一瞥して、何らかの確信を得たらしいサヴァイスは、どこか満足げに、カミュの額に手を翳した。
「動くな」
…たった一言の命令。
しかし、その言葉の持つ威厳に圧され、言われずともカミュは動くことは出来なかった。
次の瞬間、斧で頭を割られるような激しい頭痛がカミュを襲った。
『!…』
そのあまりの激痛に声も出ず、呼吸自体が困難になったかのように、反射的に口元を押さえる。
しばらくの後、ようやく話せるまでに回復したカミュは、まだ痛む片方のこめかみを指で強く押さえながら、サヴァイスに話しかけた。
「…父上、これで魔力が使えるようになっているのか?」
「…ああ」
【裏】であったはずの副人格…
すなわち、自分が【表】に出ていることもまるで気付かずに、カミュは父親に問うていた。
そして当のサヴァイス自身は、それに気付きつつも息子に返答していた。
…駆け引きや謀も交えた、とんだ化かし合いだが、本来のカミュならば、父親には徹底した敬語を使うのだ。
それを普通に話しかけているという時点で、この人格が【副人格】の方であると分かる。
…そんな奇妙な違いに気付きつつ、サヴァイスは徐にカミュを促した。
「行くがいい。…だが期限を忘れるな…」
この言い回しに、何となく引っかかるものを覚えたカミュが、自らの疑問も露わに父親に訊ねた。
「もし…、万一、それを忘れたらどうなる?」
「…、お前は知らぬ方が良い…」
低く呟き、それっきりサヴァイスは貝のように口を閉ざした。
身を翻すと、静かにその空間から立ち去ろうとする。
そんな父親に、間一髪、カミュが言葉による制止をかけた。
「…ち、父上…!」
どこか焦っているような息子の呼びかけに、サヴァイスは、もはや振り向きもせずに答えた。
「…話す暇があるのか? 早く行き、早く戻れ…」
「!父上…」
サヴァイスは、今度はカミュの呼びかけには答えなかった。
わずかに目を伏せると、静かにその場から姿を消す。
「……」
後に残されたカミュは、無言のまま、自らの両手に目を落とした。
…再び、思うように動く体を手に入れた。
だが、この身体に潜む…もうひとりの自分は、確実に自分の神経を削り、蝕んでいく。
…病んでいるのだろう。
その全てにおいて。
今の自分も、そして、もうひとりの自分も。
父親は恐らく、その脆弱さを指摘したかったに違いない。
そんな父親に縋ったこと自体が、こちらの感情の危うさを露呈してしまったようなものだ。
父親はひどく失望したことだろう。
息子が記憶を失い、人格すらも分岐し、今また再び人間界へと戻ろうとしているのだから。
…しかし、そんな自分の父親にあたる人物は、彼しかいないのも確かだ。
記憶がないはずの己自身が、知らず知らずのうちに、『父上』と…語りかけ、縋り、呼んでしまうこと…
それ自体が、その証なのだろう。
「…いつまでも、この状態ではいられない…か」
自らに言い聞かせるように呟くと、カミュはそっと、右手に力を込めた。
瞬間、筋力以外の強い何かが、そこに集中するのを感じる。
「…これが…魔力か?」
今までとは違う能力が使える、確かな手応えを感じながらも、カミュはしばらくの間、その魔力らしきものを弄んでいた。
それによって、扱いの勘をそこそこ掴むと、不意にその魔力を両手に分配させ、出力を上げつつも収束させる。
「…、移動するためには…、これでは駄目だな。…こうか」
まったくの勘で、カミュは魔力を使いこなしていた。
もうひとりの自分が使えて当然なはずのそれを、脳が忘れていても、体が覚えていたのかも知れない。
「…よし、これなら空間移動が出来そうだ」
何らかの感覚を掴んだカミュは、独りごちると、汗だくになっていた服を手早く脱ぎ捨て、着替えた。
…すぐさま魔力を使い、その場から姿を消す。
…向かった先は、勿論…
人間界の神崎家だった。
→TO BE CONTINUED…
NEXT:†所業の代償†
まさに至れり尽くせりの言葉通りのことが現実になっていく中で、カミュの心中には、やはり根強い疑いがこびり付いていた。
しかし、更にそれを見越したかのように、サヴァイスが告げる。
「ただし、魔力を使えるようにはしても、それを使いこなせるかどうかはお前次第だがな」
『…構わない! …例え使えるかどうか分からなくとも、魔力を持っているのといないのとでは、大違いだ…!』
自らの経験から、叫ぶように吐き捨てながらも、カミュの脳裏には、あの闇魔界の公爵…
ルファイアの姿が焼きついていた。
…魔力があれば、彼に勝てるなどとは思わない。
それはただの自惚れに過ぎない。
分かっている。
だがあの時は、矛先は自分だった。
自分だったから良かったのだ。
もし、彼の攻撃の切っ先が、他の大事な者たちに移ったりしたら…
自分はまた、力の無い己自身を呪うしかない。
…そしてそれも…
“よく分かっている”。
それは惨めであったり、時に悔恨であったり…
取り返しのつかない事実が目の前に曝け出された時…
自分の非力さを思い知らされるのが、何よりも怖い。
得られる能力ならば得ておくべき。
労せずして手に入れられる能力なら、それを始めから無かったものと割り切り、それ自体を保険とするべきだ。
…その場に、ある種の緊迫感が漂い、カミュの表情が引き締まった。
それを一瞥して、何らかの確信を得たらしいサヴァイスは、どこか満足げに、カミュの額に手を翳した。
「動くな」
…たった一言の命令。
しかし、その言葉の持つ威厳に圧され、言われずともカミュは動くことは出来なかった。
次の瞬間、斧で頭を割られるような激しい頭痛がカミュを襲った。
『!…』
そのあまりの激痛に声も出ず、呼吸自体が困難になったかのように、反射的に口元を押さえる。
しばらくの後、ようやく話せるまでに回復したカミュは、まだ痛む片方のこめかみを指で強く押さえながら、サヴァイスに話しかけた。
「…父上、これで魔力が使えるようになっているのか?」
「…ああ」
【裏】であったはずの副人格…
すなわち、自分が【表】に出ていることもまるで気付かずに、カミュは父親に問うていた。
そして当のサヴァイス自身は、それに気付きつつも息子に返答していた。
…駆け引きや謀も交えた、とんだ化かし合いだが、本来のカミュならば、父親には徹底した敬語を使うのだ。
それを普通に話しかけているという時点で、この人格が【副人格】の方であると分かる。
…そんな奇妙な違いに気付きつつ、サヴァイスは徐にカミュを促した。
「行くがいい。…だが期限を忘れるな…」
この言い回しに、何となく引っかかるものを覚えたカミュが、自らの疑問も露わに父親に訊ねた。
「もし…、万一、それを忘れたらどうなる?」
「…、お前は知らぬ方が良い…」
低く呟き、それっきりサヴァイスは貝のように口を閉ざした。
身を翻すと、静かにその空間から立ち去ろうとする。
そんな父親に、間一髪、カミュが言葉による制止をかけた。
「…ち、父上…!」
どこか焦っているような息子の呼びかけに、サヴァイスは、もはや振り向きもせずに答えた。
「…話す暇があるのか? 早く行き、早く戻れ…」
「!父上…」
サヴァイスは、今度はカミュの呼びかけには答えなかった。
わずかに目を伏せると、静かにその場から姿を消す。
「……」
後に残されたカミュは、無言のまま、自らの両手に目を落とした。
…再び、思うように動く体を手に入れた。
だが、この身体に潜む…もうひとりの自分は、確実に自分の神経を削り、蝕んでいく。
…病んでいるのだろう。
その全てにおいて。
今の自分も、そして、もうひとりの自分も。
父親は恐らく、その脆弱さを指摘したかったに違いない。
そんな父親に縋ったこと自体が、こちらの感情の危うさを露呈してしまったようなものだ。
父親はひどく失望したことだろう。
息子が記憶を失い、人格すらも分岐し、今また再び人間界へと戻ろうとしているのだから。
…しかし、そんな自分の父親にあたる人物は、彼しかいないのも確かだ。
記憶がないはずの己自身が、知らず知らずのうちに、『父上』と…語りかけ、縋り、呼んでしまうこと…
それ自体が、その証なのだろう。
「…いつまでも、この状態ではいられない…か」
自らに言い聞かせるように呟くと、カミュはそっと、右手に力を込めた。
瞬間、筋力以外の強い何かが、そこに集中するのを感じる。
「…これが…魔力か?」
今までとは違う能力が使える、確かな手応えを感じながらも、カミュはしばらくの間、その魔力らしきものを弄んでいた。
それによって、扱いの勘をそこそこ掴むと、不意にその魔力を両手に分配させ、出力を上げつつも収束させる。
「…、移動するためには…、これでは駄目だな。…こうか」
まったくの勘で、カミュは魔力を使いこなしていた。
もうひとりの自分が使えて当然なはずのそれを、脳が忘れていても、体が覚えていたのかも知れない。
「…よし、これなら空間移動が出来そうだ」
何らかの感覚を掴んだカミュは、独りごちると、汗だくになっていた服を手早く脱ぎ捨て、着替えた。
…すぐさま魔力を使い、その場から姿を消す。
…向かった先は、勿論…
人間界の神崎家だった。
→TO BE CONTINUED…
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