†我の血族†

如月統哉

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†血の盟約†

精の黒瞑界の街にて

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一方、吸血鬼の住む街へ入り込んだ将臣とマリィは、とある酒場でひと休みしていた。
連れにマリィがいるというのに、何故、将臣があえて酒場を選んだかというと、酒場こそは全ての情報源であるからだ。

表のみならず、裏の情報までもが容易に入って来る場。その大事な情報そのものを、酔った勢いで話す輩も少なくはない。

将臣は、わざとカウンター側にマリィを伴って座り、周囲の会話に聞き耳を立てていた。

程なく、バーテンの吸血鬼(青年)が、注文を取るために、声をかけてくる。

「見ない顔だね。何を飲むんだ?」
「…、最近こっちに来たばかりでな。ああ、酒は適当に作ってくれ」
「分かった。カクテルでいいのか?」

何気なく問うたらしいバーテンの言葉に、将臣は奇妙な違和感を覚えた。

「カクテル? …そんな人間の飲むようなものを置いているのか…?」
「ん? ああ…」

バーテンは曖昧に言葉を濁すと、将臣に再び注文を促した。
この対応からすると、注文するまでは話すつもりはないのだろう。
将臣は根負けすると、カウンターに片肘をつき、呟いた。

「…どうせ安酒で話す情報など、高が知れているのだろう? 今は回りくどい真似をしている暇はない。…この店で一番高い酒を、まとめてここに持って来い」
「!なっ…」

注文を受けていたはずのバーテンは、思わずそう言ったきり絶句した。それを見かねて、将臣が続ける。

「注文が聞こえなかったのか?」
「えっ!? …い、いやいや、聞こえましたが…」

口調こそ丁寧だが、その声には、戸惑いと、些かの疑わしさが混じっている。
それを察した将臣は、どこから取り出したのか、次にはそのバーテンの目の前に、人間の金の単位で言う、数百万ほどの価値のある金貨を叩きつけた。

「なら、さっさとしろ。…金で片が付くのであれば、お前にとっても願ったりだろう?」
「!…」

将臣のこの言葉の裏には、金で片が付くうちが華であるという意味が込められていた。
これに気付き、さすがに怯んだバーテンは、すぐさまこの店一番の高級酒を複数、将臣の前へと差し出した。

将臣はしばらく黙ってそれを眺めていたが、不意に再びバーテンに向かって口を開いた。

「さて、教えてくれるだろうな?」
「…は…、はい…!」

知らず知らずのうちに、将臣の雰囲気に引き込まれ始めたバーテンは、ごくりと唾を飲んだ。
このやり取りに何となく驚いたマリィが、将臣に声をかける。

「ま、将臣…、あんな金貨、どこから…?」
「こちらの世界で、人間の金が使えるとは思えなかったからな。昔、父親が金貨を持っていたのを思い出して、持ってきておいて正解だった」

答えながら、将臣はマリィへと目をやり、続けてその目をバーテンへ移した。

「話の前に、この子にも何か作ってやってくれ」
「…か、畏まりました」

単価の高い金貨を惜しげもなく出し、平然としている将臣に、バーテンは困惑の念を隠しきれなかった。
しかし、それでも貰った『情報料』が半端ではないことから、そのバーテンはオレンジジュースらしきものを作りながら、口を開こうとした。

…その時、片隅のテーブルで、それなりの高級酒を飲んでいた三人組の、青年のひとりが動いた。
音もなく立ち上がり、将臣に近づくと、その肩に手をかける。

「随分と羽振りがいいみたいだな」
「……」

将臣は無言のまま青年を見やると、肩に置かれた手を払いのけた。
その瞳に反映された、底知れない強さに、青年はどこか感嘆しながらも続けた。

「そうつれなくするなよ。お前は情報が欲しいんだろう?」

青年の意味ありげな囁きに、将臣のこめかみがわずかに動いた。
鋭く青年を見据えると、親指で外を促す。
…青年は頷いた。

それを確認した後、将臣は、再度バーテンに声をかけた。

「この酒は、全てこいつの連れに振る舞ってやってくれ。それから…」

視線を移して、マリィを見る。が、マリィは、ここでおとなしく待っていろと言ったところで、到底聞かないであろう表情をしている。

溜め息をついて、将臣は更に先を続けた。

「…今作っている飲み物だが、この子にそのまま持たせてくれ」
「…はい」

バーテンは頷くと、硬質なガラスのグラスに手早く飲み物を入れ、マリィに手渡した。
それを確認した将臣は、マリィと青年を促した。
…結果、先に立って歩く将臣に、マリィとその青年がついて行く形となった。

そのまま路地裏の片隅まで移動すると、将臣は不意に、青年に向かって問いただした。

「何が狙いだ?」
「何が…とは?」

青年は当然のことのように肩を竦めた。
何を言われているか分からない、という表情を浮かべてはいるが、それに反して、虚を突かれたような反応が青年の目の奥に表れたのを、将臣は見逃さなかった。

「とぼけるな。…お前は俺たちがヴァンパイア・ハーフであることを見越した上で話しかけて来たのだろう? 何らかの見返りを求めていると考えても、無理はないと思うが」
「!…」

将臣の鋭い指摘に、青年の目の奥に潜む感情が、戸惑いと驚きを含んだものに変化した。

「…鋭いな。隠し立てをしても意味はなさそうだ…」
「ガセネタを掴まされるのは御免だからな。…それで、お前は一体、何の情報を知っていて、俺たちにどう動けと…?」
「…、頭の回転が早くて助かるな」

青年は驚きを残しながらも、不敵な笑みを浮かべた。

「だが、その前に名を教えて貰えると助かるんだが」
「…、神崎将臣だ。この子はマリィ=ブライン」
「!“ブライン”…!? …そ、それは、この世界の皇族の…!」
「…その反応を見る限りでは、そうと知って話しかけてきたわけではなさそうだな」
「当然だろう!」

青年はきっぱりと告げると、マリィに向かって頭を下げた。

「今までの非礼をお詫び致します、マリィ様」
「…、あなたは、マリィのことを疑わないの?」

先程の一件から、マリィが青年に不安げな目を向けると、青年は頭をあげ、屈託なく笑った。

「言われてみれば、その容姿はカミュ様と一緒ですからね。疑う余地はありません」
「…!? あなたは兄上を知ってるの!?」

将臣の問いかけたかったことを、代行したかのようにマリィが問うた。それに、青年は頷いた。

「…俺の名はリードヴァン=スタッセン。皇家を補佐する役割を担う、スタッセン家の後継です」
「リードヴァン…?」

マリィが言い淀んでいると、リードヴァンは頷いた。

「長い名前ですから、皆からはリヴァンと呼ばれています。それで呼んで下さい」
「!うん、分かった…、“リヴァン”」

マリィが大きく頷いた。そのやり取りを端で見ていた将臣は、何か意図するところがあるのか、リヴァンに目をやる。

「…リヴァン、スタッセン家の後継というのであれば、当然、ゼファイル家のことも知っているな?」

「ゼファイル家!? 勿論だ! 我々スタッセン家が右翼なら、ゼファイル家は左翼を担うとまで言われた、我々とは対になる、皇家を守護する家系だろう!」
「ならば、レイヴァン=ゼファイルは知っているだろう? あれは俺の父親だ」
「ええっ!?」

リヴァンが仰天し、大きく目を見開いた。

「じゃ…、じゃあ、お前は…」
「…その、レイヴァンの息子だ」

事も無げに将臣が呟く。リヴァンの頬には、冷や汗が伝った。

「道理で、ヴァンパイア・ハーフには似つかわしくない、強力な魔力を持っているわけだ…!」
「正体を明かしたのは、謀られるのも御免だからだ。…意味は分かるな?」
「…ああ」

リヴァンは頑なに頷き、目を伏せた。
将臣は先を続ける。

「…お前がスタッセン家の後継とは好都合だ。お前の知っている情報と合わせれば、この状況を打破する術も見つかることだろう…
そうだな…、ここで話すのはまずい。まずはゼファイル家に来い」

言い捨てると、将臣は組んでいた腕を崩し、壁際から離れた。
そのまま周囲の様子を窺い、次には躊躇いなく歩み出す。

…マリィとリヴァンは、慌ててその後を追った。
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