†我の血族†

如月統哉

文字の大きさ
68 / 214
†禍月の誘い†

ライセ=ブライン

しおりを挟む
…人間界で、そういった取るに足らぬ、ひと騒動が起きている頃…

その少年は、精の黒瞑界の、皇族が住まう城の中にいた。

えもいわれぬ美しい音色が響き渡る、とある空間内部で…
銀髪蒼眼の、累世によく似た少年が、窓に映った美しい月を背にして、低く呟いた。

「…、どうも腑に落ちないな」

言葉通り、素直には事態を飲み下せないその少年の口調は、巧妙に事の裏に隠れている【誰か】を非難しているようでもあった。

すると、そんな少年の疑問を受けて、その傍らにいた金髪緋眼の青年が、手にしていたバイオリンにも似た楽器を引くのをやめ、その緋の瞳を少年へと向けた。

「どうなさいました? ライセ様」
「…、ユリアス」

ライセと呼ばれた少年はそれには答えず、何かを考え込んだまま、自らがユリアスと呼んだ青年へと声をかけた。
その青年・ユリアスは、空中に溶け込ませるように楽器を消すと、ライセの言葉を待った。
…まるでタイミングを測ったように、ライセが更に考え込む仕草をする。

「…ここ数日、六魔将の動きが慌ただしいようだが…
何かあったのか?」
「さあ、私にはよく分かりませんが…」

ユリアスは、一度は目を伏せ、言葉を濁したが、次にはふと思いついたように、顔をあげた。

「…そういえば、ライセ様…、シンから聞いた話ですが、サヴァイス様がフェンネルに、何か厳命を下したとか…」
「厳命…だと?」

ライセは、その母親譲りの美しい蒼の瞳に、それとは対照的な鋭い殺気を含ませて訊ねた。
それにユリアスは、年齢的にはまだ未成熟な部類に入るこの闇の皇子に、言い知れない恐怖を覚える。

「は…、はい」
「…あの方が、か…」
「!ライセ様、自らの祖父様に、またそのような他人行儀な呼び方を…」

ユリアスがライセを窘めると、ライセはその目に潜む殺気を消失させ、また、それに反して屈託なく笑った。

「他人行儀にもなるだろう? あの方にとっては、俺は利用しやすい駒のひとつに過ぎない。あの方は、その器が持つ、魔力の容量のみを重視する。…血統などは二の次だ」
「ライセ様、それは…」

どこか投げやりとも言える、その考えを改めさせるべく、ユリアスが再び彼を窘めつつも宥めようとした…、その時。

その言葉を遮るように、不意に、空間の入り口の方から、よく通る、威厳のある声が響いた。

「──まだそんなことを言っているのか?」
「!父上…」

…そう。
いつの間にかそこに現れたのは、このやり取りでも分かる通り…
ライセの父親の、カミュだった。

純粋な吸血鬼を父親に持つというだけのことはあり、彼の容姿には、17年という時間の老化は、まるで感じられない。
いや、以前よりも…むしろ今の方が、自由という名の動き易さを得ただけに、溌剌としているようだった。

そのカミュは、父親でもあり、この世界の皇帝でもある、サヴァイス譲りの紫の瞳でユリアスを一瞥すると、静かに命令した。

「下がれ、ユリアス」
「はい、カミュ様…」

ユリアスは、先程までのライセの様子が心残りではあったものの、すぐに主であるカミュの命令に従い、姿を消した。
…ひとり、後に残されたライセは、何となく気まずい雰囲気に囚われる。
そんな雰囲気を見越してか、カミュがライセに近付きながら、先に声をかけた。

「ライセ、お前が今、ユリアスに話していたことは…本心か?」
「…そうです」

ライセが答える。

「あの方は、俺を道具としてしか見ていない… 違いますか?」
「…、それは俺も同じだろうな」

カミュの呟きに、ライセは頭ごなしに反発した。

「!…父上は違います! あの方からそう見られているのは、俺だけですから…!」
「ライセ…、お前は何故そこまで、自分を貶めようとする…」

カミュが眉を顰めた。
…貶める? いや違う。
言葉ではそう言ったが、実質的にはそうではない。

ライセは脆すぎるのだ。

このままでは、精の黒瞑界の皇子としては相応しくない。
そう…、自らの子どもとしても… “相応しくない”。

「ライセ」
「!…」

父親であるカミュから名を呼ばれたことで、ライセは目に見えて体を竦ませた。
それを厳しく見据えたカミュは、この世界の皇子には似つかわしくない感情の甘さを指摘する。

「お前が道具なのか否かは、今後のお前の言動によって判断されるだろう。
…ライセ、忘れるな。お前はこの、精の黒瞑界の皇子だ。
皇子なら皇子に相応しくあればいい。そのような脆弱な感情など、お前には必要ない」
「!…」
「それが出来なければ、お前は己の居場所を無くすだけだ」

そう突き放すように告げて、カミュは黙りを決め込んだ。
…ライセの感情には脆さだけではなく、甘さも見られる。
今のうちにその芽を摘み取っておかなければ、その甘さはやがては善という名の花を咲かせ、闇を糧とする自らの、命取りとなるだろう。

…すると。
ライセの顔が深い絶望に青ざめた。

「父上…、では俺は… 俺は一体、どうすれば…あの方に認めて貰えるのですか?」
「…、そうだな…」

…本当は、認める認めないも無い。
この世界の皇帝は…
元々、自らの血を引く者、そして自らが認めた者にしか、目をかけないのだから。

つまりライセは、初めからサヴァイスには認められている…
では何故、こんな言葉が出てきたのか?

それは…

「お前には、皇族には相応しくない劣等感があるようだ。
まずは、それを取り除く必要があるな」

…稀に見る“劣等感”を持つが故に、その事実に気付いていないからだ。

「…劣等感…」
「そうだ。それに打ち勝つには、やはり魔力そのものを上げ、感情面を鍛えるのが一番だろう」
「……」

父親であるカミュの言葉を、ライセは水が砂に染み入るように、自らの心に染み込ませるように聞いていた。
…その手が徐々に、きつく、強く握られていく。

「分かりました」

その唇をも強く噛み締めて答えた息子を、カミュはほんの一時、目を閉じることで肯定した。

「…そうか。それなら、この城の地下にある空間へ行ってみるといい」
「地下…、しかし、あの場は…」

…ライセが躊躇ったのには理由があった。

この城の地下にある空間は、精の黒瞑界の中でも、最も未知なる場であると言われている。
一般の、この世界の住人はおろか、腕に覚えのある騎士たちでも、普段は絶対に近付かない場だ。
ましてや、六魔将クラスでも警戒する、いわくありげな場だということも事前に知っているのだから、ライセが躊躇うのも当然だろう。

…しかし。
だからこそカミュは、あえてその場の存在を持ち出した。
誰も足を踏み入れることのない場所であるからこそ、その真価が問われる。

…そう、問われるのは…
自分の息子の、魔力と精神力…!

筋力や知能は、ここではおよそ必要としない。
筋力だけあっても、英知がなければ、とうてい状況的にも乗り越えられない。
果ては、変に知能が優れていたところで…

下手をしなくても、気が狂う可能性は充分ある。

何故なら、あの場は──

「…まあ、行ってみれば分かるだろう」

以前の経験から、忠告などは何の役にも立たないことを理解しているカミュは、そんなふうに独りごちた。

…声をかけること、励ますことすらが、何の意味も為さないことを…
カミュは知っていたのだ。

「支度が出来たらすぐに行け。父上には俺から話しておいてやる」
「…はい」

覚悟を決めた表情で、ライセは頑なに頷いた。
それを見やったカミュは、静かに身を翻して、その場を後にする。

…その、自分以外の存在がないという、これ以上はないであろう静寂が襲い来る空間で…
残されたライセは、その目にまだ迷いを浮かべ、息をついていた。

…しかし、どう足掻いても逃げられないことを理解しているライセは、意を決すると、ゆっくりとその空間から外へ出た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...