†我の血族†

如月統哉

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†終焉の足音†

希う相手

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★☆★☆★

…その当の累世は、自我こそ取り戻していたものの…
それ故に、これ以上なく焦り、苛立っていた。

もはや少女と化したヴェイルスの手は、相変わらず、縋るように自分の腕に絡み付いている。

その、ヴァルディアスの思惑を回避するため、そしてそうすることで、自らの意志を固めるため…
累世は心を鬼にしてヴェイルスを突き放し、更にその上から、あえてきつい言葉を浴びせかけていた。

「やめろ! お前は父親に…ヴァルディアスに、いいように踊らされ、利用されているだけだ!
あいつがお前のことを本当に考えているのなら、息子相手にこんな真似はしないはずだ! それはもう分かっているだろう!?
だからもう、目を覚ませ! …頼むから目を覚ましてくれ! ヴェイルス!」
「…、お前には分からないだろうが…
父上の命令は…絶対だ。それを違えるような真似は…出来ない…」

いきり立つ累世に対して、媚薬に従うような言葉を、反して苦しげに、荒い表情でヴェイルスが口にする。
その声も既に女性のそれへと変化しており、濡れた瞳が、無意識のうちに男を誘う。

累世は、魔に属する者が示す、そのあまりに強烈な色気に呑まれそうになりつつも、それを振り切るように、強く吐き捨てた。

「まだ分からないのか!? それはお前自身の意志じゃない!
ヴェイルス、お前は…本当の姿を、真実の自分を失ってでも、あの父親に服従するというのか!?
…だとすればその意志…、貫かせる訳にはいかない!」
「…、ルイセ…、お前こそ分かってはいない。…俺には、父上が全てだから…」
「…!?」

弱音を吐いたようなヴェイルスの告白に、累世が眉をひそめる。
虚無感を露にしたヴェイルスの表情は、今までの彼からは考えられない程の脆さを、累世に垣間見せた。


ヴェイルスは、まるで自らが信仰する神がそこに居るかのように、どこか崇高的に、それでいて光を求めるかのように、上の一点を見つめた。


「…そう、あの人には…棄てられたく…ないから…」
「!…ヴェイルス…」

ひとつの世界の皇子でありながら、父親に対してのこだわりを見せる彼を、累世は気付かないうちに、自らに重ね合わせ、彼にかつての自分自身を見ていた。

…それ故に、ヴェイルスの心境や葛藤は、手にとるように分かった。
ヴェイルスは苦しげに媚薬に抗いつつ、それでもそれに蝕まれながらも呟く。

「…だから時には…こうして意に反することも…しなければならない…」
「…気持ちは分かるが…、それは違うだろう…」

まるでかつての自分がそのままそこに居るような、そんな複雑な気分に駆られた累世は、それでも心の何処かで、彼との相違点を探している自分がいることに、ただ自嘲した。

…父親を思い慕っているところまでは同じ。
唯一違うのは、彼は自分とは異なり、未だ父親を憎んではいないということ──

「…、人工生命体の苦しみは…
所詮、親から産まれ出た者には…分からない」
「……」

累世は無言のまま、ヴェイルスの滑り落ちる手を眺めていた。


…縋れる者が彼しかいなければ。
頼れるものが、父親しかいなければ…


そう考えるのも、感情に混迷が生まれるのも…無理はない。

目の前にいるのは自分。ヴェイルスではなく。
弱き者、脆き者。望んでも叶わぬ者──


救えるなら助けたい。

だが、魔力の無い、今の自分ごときの力では…!

…父親であるカミュ、兄であるライセは、恐らくは闇魔界の者には関与しないだろう。
むしろ、これが好機と、逆に皇子という立場にあるヴェイルスを殺める可能性の方が高い。

それ故に、当てには出来ない。

ヴァルディアスに連れ去られた、母・唯香は、彼の付かず離れずの監視がある以上、論外だ。
他、血縁者である将臣にしてもマリィにしても、あのヴァルディアスの魔力を打ち破れるだけの力があるかどうかまでは分からない。

現段階で、確実にとはいかないが、少しでも可能性高くこの状況を覆せる、稀有な人物が居るとすれば…

「!…もしかして、あの人なら…」

…累世が思い当たったのは他でもない。

精の黒瞑界の皇帝であり、自らの祖父でもある、サヴァイス=ブライン。

彼なら、皇帝と謡われる程だ。立場的にも…恐らくは実力的にも、ヴァルディアスと並んでいるはず…
自分の祖父なら、間違いなくヴァルディアスの魔力を打ち消し、破ることが可能だろう。

そう確信した累世は、滑り落ちたヴェイルスの手を、捕らえるように掴んだ。
ヴェイルスには、まるでそれが地獄から自らを引き上げてくれる仏の手のように思えた。

隙あらば意識を奪おうとする、ヴァルディアスに仕組まれた媚薬と魔力に必死に抗いながらも、ヴェイルスは息遣いも荒く、累世を見る。

「…ルイ…セ…」
「ヴェイルス、お前、転移の魔力は使えるか?」
「…転…移?」

苦しげな視線の下から、その意味を飲み込んだヴェイルスが頷く。
それに累世は、勢い込んで続けた。

「その状態を治せる人物に心当たりがある。…辛いのは分かっているが、その人物の所まで、何とか転移できないか?」
「…、出来ないことはないが…
ルイセ、お前の言う…人物とは、まさか…」
「…、多分、想像通りだろう。
俺の祖父・サヴァイスだ」
「!やはり、“吸血鬼皇帝”か…!」

事前に当たりをつけていたとはいえ、まともに力ある者の名を聞くと、もはやその名を出すことすら憚られる。
ヴェイルスもそれに則ったかのように、躊躇いがちに目を伏せ、ただじっと臍を噛んだ。

そんなヴェイルスの様を見て、累世は彼の迷いを振り切るように叫んだ。

「確かにお前にとっては、あの人も、俺も敵かも知れない…
だから迷うのも分かるし、それは無理もないことだ」

…そう、自分たちは敵対している世界の皇子同士なのだ。
むしろこの立場が逆であったとしても、相手にそう言われて、おいそれと信じたりはしないだろう。

それは陥れる為の、ひいては殺める為の罠かも知れないから。

…しかし、だからこそ、分からせなければならないこともある。

「お前が躊躇うのはよく分かる。だがなヴェイルス、俺は、このままお前がいいように操られ、利用されるのだけは…
その血統だけを重視され、“父親に認められないままなのは”…、それだけは、俺はどうしても我慢がならない!」
「!ルイセ…」
「こうして話していられるうちが勝負なんだ…
頼む、ヴェイルス。絶対に悪いようにはしない。だから俺を──」

信じてくれ、と言いかけた累世を遮って、ヴェイルスが深く息をつく。

「…分かった。お前を…信じよう…」
「!そう…か、良かった。じゃあ早速…!」

安堵から笑みを浮かべ、そのまま身を翻すことで行動を興そうとした累世の真上から、艶やかな声が響く。


『…ルイセ…』


「!この…声は…」

累世は驚いて天を仰いだ。

…例え忘れようとしても、到底忘れられるはずもない。
間違いない。たった今、その名を出したばかりの…自分の祖父・サヴァイス=ブラインの声だ。

その美しい声は、それに応えるように、周囲に溶け、染み入るように響く。


『…我の手に戻れ、ルイセ…』


「!精の黒瞑界に…、帰って来いと…言うことか?」

累世が思わず、呟くように問い返すと、その声はそれっきり聞こえなくなった。

…しかし、累世には気付いていた。

今の言葉からも、祖父は全てを知っている。その上で、ヴェイルスを連れた上で帰還することを認めているのだ。

やはり自らの監視が抜かりないという皮肉な事実を、今回ばかりは逆に感謝しながらも、累世はそれを我知らず口調にも反映させた。

「ヴェイルス、聞いただろう?」
「…ああ…」

それでもヴェイルスは、どこか渋い顔で答える。
その心境は図らずも、次の言葉に全て集約されていた。

「だが、もし万一…」
「心配するな」

累世がそれを見越したように、すぐさま呟く。

「お前は知らないだろうが、俺には、あの人に対しての最大の武器がある。
…気は進まないが、万一、申し出を断られた時には…」
「? …ルイセ…?」

言葉が途切れたのを知り、ヴェイルスが苦しみの下からも累世の様子を窺う。

「…、いや、何でもない」

“万一、断られた時には…”

彼に従い、父に跪く。

…ただそれだけで、今の望みは叶うだろう…

それが自己犠牲なのは分かっていても、自分に力が無いのだから仕方がない。
…魔力の無い自分が出来ることは、それしか無い。

「…大丈夫だ、ヴェイルス」

いつの間にか伏せていた顔を上げ、無理に笑ってみせた累世は、精の黒暝界へ戻るべく、そっとヴェイルスを促した。

自分が底の底まで堕ちぶれても構わない。
自分の今出来ることが、己の取れる行動が、相手を救うことが可能であるのなら…

この身が堕ちることなど、厭いはしない…!

それはひいては、自分を救うことに繋がるかも知れない。
…そう…、ひとりでも、自分と似た環境の者を救えれば、自らも…

“楽に…なれるかも知れない”。

そんな、一縷の希望があるから──
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