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†終焉の足音†
狂愛が招くもの
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★☆★☆★
…その一方で、ヴァルディアスは、ベッドの如き寝床に横たえていた己の体を、静かに覚醒させていた。
音もなく起き上がって、そのすぐ隣に居る者に、見開いたばかりの乾いた蒼銀の瞳を向ける。
はたしてそこには、唯香がいた。
唯香は一糸纏わぬ姿を晒し、四肢を無造作に、寝床に沈めるように投げ出していた。
…そしてその体の各所には、桜の花びらを散らしたような口づけの痕跡が、多数残されていた。
その目は虚ろでありながらも、反して意識ははっきりしているようで…
しかしそれでいて、人形のように無機質に、ただ押し黙ったまま、唯香は自らを見る闇の皇帝を、ぼんやりと眺めていた。
その、苦しみも哀しみも通り越した先に行き着く無の視線に、ヴァルディアスは気付きながらも、あえて己からは話しかけず、こちらも黙ったまま、唯香にその瞳を向け続ける。
すると唯香は、観察するように見つめられ続けたことで初めて反応を示し、とっさに彼から、その身ごと顔を背けた。
しかし、それをヴァルディアスが見過ごすはずもなく、彼はそのまま音もなく己の身を捻り、唯香に覆い被さるような体勢をとった。
…次には、下にいる者の頬に手を添えながらも、ゆっくりとそれを撫ぜるように流す。
えもいわれぬ快感が頬に集中し、唯香は一度は背けたはずの目を、体を、感覚を支配するそちらに再び向けざるを得なくなる。
「…やめて…」
否定の言葉は確かに届いたはずなのに、ヴァルディアスの柔らかな手は、執拗に自分をなぶり続ける。
そんな彼を、言葉でも、態度でも、行動でも…何度拒んだか分からない。
力では拒みきれない。それは既に身に染みて分かってはいても、それでも心や精神までは屈せない。
そして、それは端から見れば、独りよがりの偽善に過ぎないことも分かっている。
…そう、“分かっている”。完全に不本意であるとはいえ、今の自分は結果として、カミュを裏切る行動をとってしまったのだから…
彼に敵わないことなど、自らが非力であるが故に理由にならない。
闇の世界での暗黙の了解では、弱い者・力無き者が、己の身すら守れないが故、悪なのだ。
相手に敵わないなら、力をつければいいだけなのだから。
要らぬ者は排除すればいい。
気に入らないなら壊せばいい…そして、
それが嫌だと言うのなら、それを侵す者より強くなればいい。
弱い者こそが愚劣。強い者こそが絶対。
それが闇の論理だ。
それを知っているからこそ、彼に呑まれるならと、いっそ自害をしようかとも考えもしたが…
自分にはカミュがいる。そしてその血を引く双子の息子・ライセと累世も。
彼らのことを思うと、自殺などは到底…出来はしなかった。
そしてヴァルディアスは、事を興す前から、それを逆手にとっていたに違いない。
自分の考えの奥の、自分ですらが到底考えもしないであろう更に奥まで読み、そういった行動を起こさないと踏んだ上での、この場合においての確信的かつ的確な言動を取ったのだ。
…ただでさえ相手は力ある闇魔界の皇帝。しかもそれに輪をかけて、全てにおいて見透かされているなら、それこそ敵う訳もない。
だがそれでも、自分はまだ彼に完全に屈服した訳ではない。
そう…分からないなら分かるまで、幾らでも、何度でも、繰り返し抵抗し、拒絶するだけだ。
「…やめて、ヴァルディアス」
毅然とした声で、強い瞳で…彼を拒む。
…瞬間、頬から下に向けてなぞられていた手が、ぴたりと止まった。
「…こうまでされても、まだ、お前は抗うのか…」
拒まれても、さしたる変化こそ見せず、むしろそれを楽しむように、ヴァルディアスは笑った。
…彼は、唯香とのやり取りに、久しぶりに手応えを感じていた。
そんなヴァルディアスに、唯香は極めてそっけなく告げる。
「──貴方は、カミュの敵だから」
「…、いい答えだ」
…何度、その身に精を放ち、
何度、突き上げ果てたか分からない。
繰り返し…繰り返し、ただひたすらに攻め続け、
助けを求める声も、救いを願う声すらも容赦なく枯れ果てるまで、
その身を捕らえ、今まで支配し続けたというのに──
それでも唯香は堕ちることはない。
この強さ。その心の拠り所となっているのは、他ならぬ精の黒暝界の皇子。
カミュ=ブライン。
唯香の中から、彼の姿を打ち消し、その記憶を砕くことは生易しいことではない。
…こうまでされて、なお信じられる。
まだ、信じられるのだから。
「…だが、お前は俺の手に落ちた」
「…うん、それは…あたしの非だって分かってる」
相手のことを責めることもなく、そしてなお、一言の言い訳もせず、唯香は震えるその身で、声を振り絞るようにして答える。
…しかし、その時初めて、強がっていた唯香の瞳から、ついに堪えきれなかった涙が、頬にゆっくりと線を描いた。
その涙を、ヴァルディアスはその人差し指で静かに拭い、そのままそれを口づけるようにして味わう。
「…、やはり悪くはないな、唯香」
「えっ…?」
意味を測りかねて、唯香が思わず濡れた瞳を向けると、ヴァルディアスは独占欲を露にしたような、不敵な笑みを浮かべた。
「お前のような思考を持つ女は、極めて珍しい。…カミュ皇子のものにしておくには惜しい逸材だ」
「…ヴァルディアス…」
「…俺の名を恐れることもなく呼ぶのも、それを許すのも…
この世界の女では…唯香、お前だけだな」
笑みを消失させたヴァルディアスは、その後、もう一度だけ僅かに笑んだ。
「…面白い。それでこそだ…」
…その一方で、ヴァルディアスは、ベッドの如き寝床に横たえていた己の体を、静かに覚醒させていた。
音もなく起き上がって、そのすぐ隣に居る者に、見開いたばかりの乾いた蒼銀の瞳を向ける。
はたしてそこには、唯香がいた。
唯香は一糸纏わぬ姿を晒し、四肢を無造作に、寝床に沈めるように投げ出していた。
…そしてその体の各所には、桜の花びらを散らしたような口づけの痕跡が、多数残されていた。
その目は虚ろでありながらも、反して意識ははっきりしているようで…
しかしそれでいて、人形のように無機質に、ただ押し黙ったまま、唯香は自らを見る闇の皇帝を、ぼんやりと眺めていた。
その、苦しみも哀しみも通り越した先に行き着く無の視線に、ヴァルディアスは気付きながらも、あえて己からは話しかけず、こちらも黙ったまま、唯香にその瞳を向け続ける。
すると唯香は、観察するように見つめられ続けたことで初めて反応を示し、とっさに彼から、その身ごと顔を背けた。
しかし、それをヴァルディアスが見過ごすはずもなく、彼はそのまま音もなく己の身を捻り、唯香に覆い被さるような体勢をとった。
…次には、下にいる者の頬に手を添えながらも、ゆっくりとそれを撫ぜるように流す。
えもいわれぬ快感が頬に集中し、唯香は一度は背けたはずの目を、体を、感覚を支配するそちらに再び向けざるを得なくなる。
「…やめて…」
否定の言葉は確かに届いたはずなのに、ヴァルディアスの柔らかな手は、執拗に自分をなぶり続ける。
そんな彼を、言葉でも、態度でも、行動でも…何度拒んだか分からない。
力では拒みきれない。それは既に身に染みて分かってはいても、それでも心や精神までは屈せない。
そして、それは端から見れば、独りよがりの偽善に過ぎないことも分かっている。
…そう、“分かっている”。完全に不本意であるとはいえ、今の自分は結果として、カミュを裏切る行動をとってしまったのだから…
彼に敵わないことなど、自らが非力であるが故に理由にならない。
闇の世界での暗黙の了解では、弱い者・力無き者が、己の身すら守れないが故、悪なのだ。
相手に敵わないなら、力をつければいいだけなのだから。
要らぬ者は排除すればいい。
気に入らないなら壊せばいい…そして、
それが嫌だと言うのなら、それを侵す者より強くなればいい。
弱い者こそが愚劣。強い者こそが絶対。
それが闇の論理だ。
それを知っているからこそ、彼に呑まれるならと、いっそ自害をしようかとも考えもしたが…
自分にはカミュがいる。そしてその血を引く双子の息子・ライセと累世も。
彼らのことを思うと、自殺などは到底…出来はしなかった。
そしてヴァルディアスは、事を興す前から、それを逆手にとっていたに違いない。
自分の考えの奥の、自分ですらが到底考えもしないであろう更に奥まで読み、そういった行動を起こさないと踏んだ上での、この場合においての確信的かつ的確な言動を取ったのだ。
…ただでさえ相手は力ある闇魔界の皇帝。しかもそれに輪をかけて、全てにおいて見透かされているなら、それこそ敵う訳もない。
だがそれでも、自分はまだ彼に完全に屈服した訳ではない。
そう…分からないなら分かるまで、幾らでも、何度でも、繰り返し抵抗し、拒絶するだけだ。
「…やめて、ヴァルディアス」
毅然とした声で、強い瞳で…彼を拒む。
…瞬間、頬から下に向けてなぞられていた手が、ぴたりと止まった。
「…こうまでされても、まだ、お前は抗うのか…」
拒まれても、さしたる変化こそ見せず、むしろそれを楽しむように、ヴァルディアスは笑った。
…彼は、唯香とのやり取りに、久しぶりに手応えを感じていた。
そんなヴァルディアスに、唯香は極めてそっけなく告げる。
「──貴方は、カミュの敵だから」
「…、いい答えだ」
…何度、その身に精を放ち、
何度、突き上げ果てたか分からない。
繰り返し…繰り返し、ただひたすらに攻め続け、
助けを求める声も、救いを願う声すらも容赦なく枯れ果てるまで、
その身を捕らえ、今まで支配し続けたというのに──
それでも唯香は堕ちることはない。
この強さ。その心の拠り所となっているのは、他ならぬ精の黒暝界の皇子。
カミュ=ブライン。
唯香の中から、彼の姿を打ち消し、その記憶を砕くことは生易しいことではない。
…こうまでされて、なお信じられる。
まだ、信じられるのだから。
「…だが、お前は俺の手に落ちた」
「…うん、それは…あたしの非だって分かってる」
相手のことを責めることもなく、そしてなお、一言の言い訳もせず、唯香は震えるその身で、声を振り絞るようにして答える。
…しかし、その時初めて、強がっていた唯香の瞳から、ついに堪えきれなかった涙が、頬にゆっくりと線を描いた。
その涙を、ヴァルディアスはその人差し指で静かに拭い、そのままそれを口づけるようにして味わう。
「…、やはり悪くはないな、唯香」
「えっ…?」
意味を測りかねて、唯香が思わず濡れた瞳を向けると、ヴァルディアスは独占欲を露にしたような、不敵な笑みを浮かべた。
「お前のような思考を持つ女は、極めて珍しい。…カミュ皇子のものにしておくには惜しい逸材だ」
「…ヴァルディアス…」
「…俺の名を恐れることもなく呼ぶのも、それを許すのも…
この世界の女では…唯香、お前だけだな」
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「…面白い。それでこそだ…」
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