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†闇の継承†
囚われゆく二人
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レイセはぴたりと足を止めると、今だ動揺し、冷静さと判断力が共に欠けたカミュの方へ、そっと一瞥をくれた。
「人格の岐れている貴方と居ても、母上は幸せにはなれないよ。
ましてや副人格の貴方には、母上を守れる一片の魔力すらも無い」
『……』
カミュは反論することもなく、無言のままに目を伏せる。
…レイセの言ったことは当たっている。
以前の魔力は、主人格からの借り物に過ぎない。
そう、今の自分は全てが紛い物。
その存在自体が虚偽でしかないのかも知れない。
だが、レプリカでも…感じること、思うこと、その享受そのものはオリジナルと大差ない。
例え人格という枷があろうとも。
唯香を抱く手も、見る目も、話せる口も、聞ける耳もある。
その全てが借り物であろうとも。
『…俺では役不足なのは分かっている』
…そう、分かっている。
自分には決定的に魔力がない。
唯香を守り、支えられるであろう最大の武器が、その決定打が、自分には欠けている。
綺麗事だけでは生き残れなく、魔力が無ければ戦いにすらならないのは、ルファイアとのこ競り合いで、既に経験済みなはずだ。
『だが、それでも…』
唯香を冷たく見放し、離れた主人格。
愛する者に見切りをつけ、関心すらも無くした、もうひとりの自分。
…自分自身なだけに…許せない。
『…俺は…』
「…カミュ…!」
カミュの気持ちが痛いほど分かり、唯香はヴァルディアスに捕われたまま、隠すこともなく涙を露にする。
するとそこまでを傍観していたヴァルディアスは、つと、レイセを促した。
「…レイセ、今のカミュ皇子は、お前が警戒する程の相手ではない。
今後、唯香の相手はお前に任せる。カミュ皇子には…そうだな、アクァエルを呼べ」
「!…はい、父上」
ヴァルディアスの意図するところを読んだのか、一時は驚きを見せたレイセがすぐに頷く。
そのままレイセは身を翻すと、そっと唯香の腕をとった。
「さあ、母上…こっちに」
「!…っ、嫌!」
唯香がレイセの呼びかけを思いきり拒否し、その手を撥ねのけようとする。が、息子の力は思いの外強く、まだ五歳児であるというのに、親である唯香の力をもってしても、びくともしない。
「…!?」
「…下手に暴れると怪我をするよ。僕だって、母上相手に手荒な真似はしたくないんだ」
ぞっとするほど冷たい目を向けて、レイセは低く呟いた。
その、ライセや累世には絶対に見られることのない、我が子のあまりの迫力に、声すらも失った唯香は、身体中の力という力が全て抜け、もはや言葉による抵抗も叶わず、一方的にレイセに引きずられるように、その空間を後にする。
『!唯香っ…』
声を限りに叫んだカミュに残るのは、暗雲さながらに胸に広がる罪悪感のみだった。
…手を伸ばせば届くような位置にいながら、決して届くことのない“距離”が、そこにはある。
無理をして得ようとすれば、その時は自分も唯香も只では済まぬであろう…そんな無慈悲な距離が。
今や、焦りに曇り、憂いを帯びたカミュの表情には、えもいわれぬ艶が混じり、その現実離れした稀有な美貌を、より闇の中に華やかに溶け込ませていた。
──陶器のように白く、透き通った肌。
薔薇の色を映したかのような、血色のよい唇。
美しい銀髪の下から覗く、紫の双眸…
「…さすがはあの吸血鬼皇帝の直系…
淫靡とも中性的ともとれる、極上の芸術品だ」
口元に挑戦的な笑みを見せたヴァルディアスは、この時既に、とある画策を巡らせていた。
それに気付かないカミュは、再び伏せ目がちに、この場の最良の打開策を考える。
…同時に、心の奥底から、誰かが呪いとも憎悪ともとれる、激しい怒声を浴びせかけて来る。
(…貴様…返せ…、俺の体を返せっ!)
(…、主人格…か。
お前の言動は、唯香を苦しめるだけだ。
お前などに、もう二度と…この体を明け渡す気はない)
(!…っ、ふざけるな! このままではろくに抵抗も適わないのは分かっているはずだ!
貴様は無抵抗のまま、ヴァルディアスになぶり殺しにされるつもりなのか!?)
(…結果、お前を封じ、葬れるなら…
それを秤にかけるのも、悪くはない…)
(!な…、何だと…!?)
(…お前は俺自身。ならば始末をつけるのも俺自身しかないだろう)
(!っ、この…、疑似人格ごときが…!)
今や封じ込められた主人格のカミュは、踊り猛る炎のように激しい怒りを露にする。
反して副人格の方は、静かに冷めた水のごとき答えを導き出していた。
…ヴァルディアスよりも誰よりも、唯香を悲しませているのは自分。
主人格にとって変わられてから、17年もの間、人格交換の機会を窺うことしか出来なかった──愚かな自分。
ここで再び譲るわけにはいかない。
二度と繰り返す訳にはいかない。
…唯香の為にも。子どもたちの為にも──
「…今の皇子からは、魔力は全く感じられないな」
不意にヴァルディアスが呟いた。
それにカミュは、主人格であったら決して見せることはないであろう、僅かな戸惑いを見せる。
…ヴァルディアスが何を言いたいのかが分からない。
「その状態で、皇子に勝算はあるのか?」
低く笑みながら、ヴァルディアスはゆっくりとカミュの方へと歩を進めてゆく。
これに並々ならぬ警戒を覚えたカミュは、副人格であるが故に、意図せず怯む。
『…な…、何を…!?』
「血統のよい、美しい獲物をただ殺すのでは、面白味がない…」
ヴァルディアスはカミュの顎を持ち上げる。
カミュはせめてもの抵抗に、覗き込むヴァルディアスの蒼銀の視線を反らした。
片牙を強く軋ませ、全身で自分を拒むカミュに、ヴァルディアスはその秘められた残虐性を垣間見せた。
「…そう強がれるのは今のうちだ。皇子が屈するまで、その体…支配してやろう」
「人格の岐れている貴方と居ても、母上は幸せにはなれないよ。
ましてや副人格の貴方には、母上を守れる一片の魔力すらも無い」
『……』
カミュは反論することもなく、無言のままに目を伏せる。
…レイセの言ったことは当たっている。
以前の魔力は、主人格からの借り物に過ぎない。
そう、今の自分は全てが紛い物。
その存在自体が虚偽でしかないのかも知れない。
だが、レプリカでも…感じること、思うこと、その享受そのものはオリジナルと大差ない。
例え人格という枷があろうとも。
唯香を抱く手も、見る目も、話せる口も、聞ける耳もある。
その全てが借り物であろうとも。
『…俺では役不足なのは分かっている』
…そう、分かっている。
自分には決定的に魔力がない。
唯香を守り、支えられるであろう最大の武器が、その決定打が、自分には欠けている。
綺麗事だけでは生き残れなく、魔力が無ければ戦いにすらならないのは、ルファイアとのこ競り合いで、既に経験済みなはずだ。
『だが、それでも…』
唯香を冷たく見放し、離れた主人格。
愛する者に見切りをつけ、関心すらも無くした、もうひとりの自分。
…自分自身なだけに…許せない。
『…俺は…』
「…カミュ…!」
カミュの気持ちが痛いほど分かり、唯香はヴァルディアスに捕われたまま、隠すこともなく涙を露にする。
するとそこまでを傍観していたヴァルディアスは、つと、レイセを促した。
「…レイセ、今のカミュ皇子は、お前が警戒する程の相手ではない。
今後、唯香の相手はお前に任せる。カミュ皇子には…そうだな、アクァエルを呼べ」
「!…はい、父上」
ヴァルディアスの意図するところを読んだのか、一時は驚きを見せたレイセがすぐに頷く。
そのままレイセは身を翻すと、そっと唯香の腕をとった。
「さあ、母上…こっちに」
「!…っ、嫌!」
唯香がレイセの呼びかけを思いきり拒否し、その手を撥ねのけようとする。が、息子の力は思いの外強く、まだ五歳児であるというのに、親である唯香の力をもってしても、びくともしない。
「…!?」
「…下手に暴れると怪我をするよ。僕だって、母上相手に手荒な真似はしたくないんだ」
ぞっとするほど冷たい目を向けて、レイセは低く呟いた。
その、ライセや累世には絶対に見られることのない、我が子のあまりの迫力に、声すらも失った唯香は、身体中の力という力が全て抜け、もはや言葉による抵抗も叶わず、一方的にレイセに引きずられるように、その空間を後にする。
『!唯香っ…』
声を限りに叫んだカミュに残るのは、暗雲さながらに胸に広がる罪悪感のみだった。
…手を伸ばせば届くような位置にいながら、決して届くことのない“距離”が、そこにはある。
無理をして得ようとすれば、その時は自分も唯香も只では済まぬであろう…そんな無慈悲な距離が。
今や、焦りに曇り、憂いを帯びたカミュの表情には、えもいわれぬ艶が混じり、その現実離れした稀有な美貌を、より闇の中に華やかに溶け込ませていた。
──陶器のように白く、透き通った肌。
薔薇の色を映したかのような、血色のよい唇。
美しい銀髪の下から覗く、紫の双眸…
「…さすがはあの吸血鬼皇帝の直系…
淫靡とも中性的ともとれる、極上の芸術品だ」
口元に挑戦的な笑みを見せたヴァルディアスは、この時既に、とある画策を巡らせていた。
それに気付かないカミュは、再び伏せ目がちに、この場の最良の打開策を考える。
…同時に、心の奥底から、誰かが呪いとも憎悪ともとれる、激しい怒声を浴びせかけて来る。
(…貴様…返せ…、俺の体を返せっ!)
(…、主人格…か。
お前の言動は、唯香を苦しめるだけだ。
お前などに、もう二度と…この体を明け渡す気はない)
(!…っ、ふざけるな! このままではろくに抵抗も適わないのは分かっているはずだ!
貴様は無抵抗のまま、ヴァルディアスになぶり殺しにされるつもりなのか!?)
(…結果、お前を封じ、葬れるなら…
それを秤にかけるのも、悪くはない…)
(!な…、何だと…!?)
(…お前は俺自身。ならば始末をつけるのも俺自身しかないだろう)
(!っ、この…、疑似人格ごときが…!)
今や封じ込められた主人格のカミュは、踊り猛る炎のように激しい怒りを露にする。
反して副人格の方は、静かに冷めた水のごとき答えを導き出していた。
…ヴァルディアスよりも誰よりも、唯香を悲しませているのは自分。
主人格にとって変わられてから、17年もの間、人格交換の機会を窺うことしか出来なかった──愚かな自分。
ここで再び譲るわけにはいかない。
二度と繰り返す訳にはいかない。
…唯香の為にも。子どもたちの為にも──
「…今の皇子からは、魔力は全く感じられないな」
不意にヴァルディアスが呟いた。
それにカミュは、主人格であったら決して見せることはないであろう、僅かな戸惑いを見せる。
…ヴァルディアスが何を言いたいのかが分からない。
「その状態で、皇子に勝算はあるのか?」
低く笑みながら、ヴァルディアスはゆっくりとカミュの方へと歩を進めてゆく。
これに並々ならぬ警戒を覚えたカミュは、副人格であるが故に、意図せず怯む。
『…な…、何を…!?』
「血統のよい、美しい獲物をただ殺すのでは、面白味がない…」
ヴァルディアスはカミュの顎を持ち上げる。
カミュはせめてもの抵抗に、覗き込むヴァルディアスの蒼銀の視線を反らした。
片牙を強く軋ませ、全身で自分を拒むカミュに、ヴァルディアスはその秘められた残虐性を垣間見せた。
「…そう強がれるのは今のうちだ。皇子が屈するまで、その体…支配してやろう」
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