†我の血族†

如月統哉

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†永劫への道†

強く在る者

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★☆★☆★

──唯香は驚いていた。

大きく目を見開いて、僅かに開いた口元に手を当てながら。

目を閉じ、顔を伏せたままのカミュの体からは、攻撃系の魔力を扱ったことのない唯香ですらも、明らかに恐れ息を呑むような、膨大な魔力が溢れ出していた。

紫色のそれは当初、煙のような形で、カミュを覆うように揺らめいていたが、やがてその姿形を、小さいながらも威力の高い雷が爆ぜる様相へと、徐々に変えていった。

「…父…さん…、その…魔力は…!」

累世は唯香と全く同じ驚きを示している。
その魔力は、累世が知る限り、今まで最上と思われていた、精の黒瞑界の皇族の…
ライセの、そして元々のカミュの魔力を、遥かに上回っていた。

父親を取り巻く、膨大な魔力による風圧の為に、身が後ろに押される程に、
…そして、その魔力自体が、鋭利な針の如く体に突き刺さる程に…


それ程までに感じられる、強大な“魔力”。


…カミュは伏せていた顔を上げた。
それまで傍らで支えてくれる唯香の手が、己の魔力の風圧から、瞬間、離れてしまいそうになった時…

カミュはその手を、強く掴んだ。


…その美しい紫の眼を開きながら、思う。



今まで放し続けたその手を


時には介入することすら拒んだその手を


“引き戻す”。



側にいて欲しいから。


「…唯香…」

カミュは、深く噛み締めるように唯香の名を呼んだ。


…今までの過ちを、許して欲しいとは言わない。
唯香は、ただ在っただけ。
全てにおいて非があったのは…


他でもない、自分だ。


…弱く、脆い。
ヴァンパイア一族の皇子という仮面が剥がれた自分は、
こんなにも愚かで、浅はかだ。

それでも、唯香は気付けば側にいた。
疎まれても、蔑まれても…
それでもずっと、自分の近くに──…



“居てくれた”。



「…唯香…っ」

掴んだその手を引き寄せ、体ごと受け止めるように、強く抱きしめる。
今まで、狂わされた運命を独りで受け止めていたその華奢な体は、それだけで壊れてしまいそうに思えた。

切なげに自らを抱きしめるカミュに、唯香は、驚きで大きく目を見開いた。


「…カミュ…?」


我知らず相手の名を呼んだ唯香の声に含まれていたものは、驚きだけではなかった。


──明らかな、戸惑い。


主人格の今までの扱いが扱いだっただけに、唯香はその当の主人格が、自らをこうも狂おしく抱きしめるなど…
思いもよらなかったからだ。

だが、ヴァルディアスと対峙していた時のカミュは、間違いなく主人格。
しかしこの言動は…明らかに副人格の方のものだ。


唯香の瞳が、惑いに揺れた。


するとカミュは、唯香に、触れるように優しく口づけると、蒼の目を溢れそうなまでに見開いたままの唯香に、そっと声を落とした。


…切なげに、そしてそのまま、消え失せてしまいそうな声で──


「あの副人格は…紛れもない俺自身だ。
だから俺は、自らを受け入れた…」


「!カミュ…」

カミュの胸に手をつく形で、カミュからわずかに体を起こした唯香は、ふと、その美しい紫の瞳を見つめた。

…あの冷酷で、それでいて炎のように激しく、剣呑そのものだった瞳はもはや影もなく、凪いだ海のように穏やかな、そして水のような深い優しさと静けさを併せ持った瞳が…

カミュの、透き通った紫の瞳が、柔らかく唯香を見つめていた。

「…カ…ミュ? 貴方は、あの…」
「ああ…」

カミュは唯香を気遣ってか、和かな笑みを湛えると、ゆっくりと答える。
それに心を落ち着かせられた唯香は、再び尋ねた。

「じゃあ…」
「…奴と俺とは、元々ひとり。考えの相違で分かれていた者が、意見を合わせれば… 自然、こうなる」
「!じゃあ、貴方は…人間のこととか…
分かってくれたの!?」

先程からの驚きの連続で、唯香の緩んだ涙腺からは、知らぬ間に涙が溢れる。
それをそっと、細く長い指で拭ったカミュは、はっきりと頷いた。

「…だから俺は今、ここに居る。
人間界に籍を置く、お前と累世の居場所を守るのも、俺の役目だろう?」
「!…カミュ…」

この言葉を聞いた唯香の瞳から、不意に大粒の涙が溢れた。


それは、累世と居る時には決して見せることの無かった、唯香の17年分の“重み”の涙だった。


カミュは静かに唯香を離した。
…それでも己が手が届く所に。
己が目の…届く所に。

カミュはその瞳をヴァルディアスへと向けた。

先程までの心境の乱れは、そこにはまるで見られない。
怒りも、憎しみも、蔑みすらも…
そんなあらゆる負の感情を洗い流し、無に帰した──
そんな様子がカミュからは窺えた。


…カミュは理解していた。
例え怒り、憎んだところで、既に起こってしまった事象が覆る訳もない。
ただ、こちらの感情を…
心情全てを、掻き乱されるだけだ。

起きたことには拘るべきではない。
真に見据えなければならないのは、捉えなければならないのは…
他でもない、“これから”なのだから。


「少し離れていろ、唯香」

カミュが淡々と告げる。
その、簡潔なまでにあっさりとした物言いは普段と何ら変わりはなかったが、唯香は、その口調が以前とは異なり、若干ながら優しいものへと変化していることに気が付いた。

「…うん、分かった」

唯香は大きく、そして確かに頷くと、カミュから数メートルほど後ろに離れた所まで移動した。

それを気配によって認識したカミュは、急激に魔力を高め始めた。


…そう、それはもうひとりの自分が…
自分自身が持っていた力。
感情豊かな人間の持つ、その心の強さ。
その能力。


…ヒトの持つその力は、魔力だけでは到底補えないはずの幾つかの感情の落差を、確かに、確実に埋める。
それを引き金として、そしてそれを魔力と転じて──
カミュは、己の力を総合的に高めていた。

「…この能力…
凡そ吸血鬼風情が持つものでは…」

ヴァルディアスが眉根を寄せて厳しい表情を見せる。
…生粋のヴァンパイアですら、ここまで桁外れの魔力を持つ者はいない。
ましてやこの皇子は、魔力など塵ほども望めようはずもない、人間との混血──

幾らその片割れが、吸血鬼皇帝と謡われる程に高位で、絶大な力のある人物だとしても…
もう片方がただの人間であるなら、その魔力のレベルは維持どころか、むしろ弱体化したとしてもおかしくはない。

…その全てを、魔に食い尽くされ、侵蝕され、気狂いになり…
そのまま廃人になったとしても、おかしくはないのだ。
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