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†永劫への道†
惑いに揺れる
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そこまで考えた時、ふと、ヴァルディアスの脳に、とある懸念が入り混じった、ひとつの疑問が湧いた。
(“吸血鬼皇帝は始めから、このタイミングでこれを狙っていた”…
だとすれば、奴と人間との混血での弱体化は有り得ず、むしろそれこそが、自らの血を引く者を強化させる随一の手段であり…
それによって強化された己の子を戦闘手段として用いることで、同時に、現在、この闇魔界を統治し支配する、俺をも倒そうと目論んだのではないか…?)
それは突発的な思いつきにも近い考えではあったが、事実だけを直視すれば、なるほどそうであろうと、強く思わされる。
そうしている間にも、カミュの力は上限がないのではと思わせる程に増大してゆく。
傍らで累世が愕然となっているのにも構わず、カミュはその力を隠そうともせず、ひたすらにその魔力を向上させ続けていた。
「…、レイセ」
不意に、何事か考えたらしいヴァルディアスの声が響く。
それに、カミュのその途方もない魔力に、知らぬ間に魅せられ引き込まれていたレイセは、はっと気付いたように父親を見た。
ヴァルディアスは厳しくも残酷に告げる。
「もはや一刻の猶予もない。
レイセ、累世を殺せ。今すぐにだ」
「!」
この言葉で、累世は今までとは一転して、ヴァルディアスが本腰を入れて来たことを察した。
…父親であるカミュとヴァルディアスの戦いには、加勢こそ考えたが、割って入るつもりは毛頭なかった。
今、自分の敵は他ならぬレイセだけ。
累世はひたすらにそう考えていた。
そして、それはレイセも同じだった。
言葉通り、兄皇子と戦うのはとても楽しく、また、カミュ皇子に手を出そうとしたところで、それが累世に阻まれるのは目に見えていたからだ。
結果としてレイセは、子どもには似つかわしくない残酷な笑みを浮かべると、ゆっくりと歩を進め始めた。
「……」
何かを察した累世が、剣呑に、窺うように目を細める。
そのまま累世は、弟に合わせるように、静かに足を踏み出した。
…その先の、歩みが相手に遮られるであろう地点で、二人は立ち止まり、じっと互いの顔を見た。
髪の色こそ違うが、その双眸はまさしく同じ。
その容姿すらも…“良く似ている”。
不意に、軽い嫌悪感を覚えて、累世は顔を背けた。
その一瞬の隙を狙って、レイセは累世の懐へと入り込む。
「!…レイセっ」
レイセが知らぬ間に繰り出した右の拳を、累世は勢い良く左手で受け止めた。
すると、その反動を利用して、次いでレイセは右足を軸にし、左足での蹴りを加えるという、極めて特殊な攻撃を仕掛けて来た。
逆…つまり、左足を軸に右足での攻撃なら来るかも知れないと予測していた累世は、完全に虚を突かれて、その攻撃をまともに右脇腹へと食らった。
「!…っ」
鈍い痛みに、累世は反射的に右目を閉じた──その死角を狙って、レイセは続けざまに累世の右半身を狙って攻撃を仕掛けようとする。
「!こいつ…」
レイセの全体重を乗せたであろう強力な蹴りでの一撃を、反射的に地を蹴ることで何とか逃れた累世は、次はこちらから攻めに転じなければならない状況下にありながら、あるひとつの考えを張り巡らせていた。
(…レイセのこの、戦いにおけるセンスは半端じゃない…!
これで本当に、生まれたばかりなのか…!?
これではまるで──)
…それはかつて父親に覚えた畏怖とまるで同じ。
人外の者。
魔に属するもの。
例えそれが自分と同種の存在だとしても。
「…化け物みたいだ…」
再び、あの忌まわしい言葉が口をついた。
言ってはいけないであろうことは分かっている。
だが、言わずにはおれない。
現実として、その存在は確実に自らの弟であるから。
レイセの、思いもよらぬ戦いにおけるハイセンスに、累世は我知らずわずかな焦燥を垣間見せた。
…そんな兄・累世に、レイセは瞳を狂喜に潤ませて笑いかける。
「ふふっ…、そう、僕は多分、化け物なんだろうね──
貴方と同じで」
「!?」
累世の顔色が目に見えて変わる。
その口から、それ自体が引きつったような声が漏れた。
「…誰が…化け物…」
「ルイセ兄上が…だよ。自分がヒトと違うなんて現実は、もう理解しているだろう?
…何を今更、ショックを受けているの?
貴方は、間違いなく僕の兄だというのに」
「!…」
レイセの容赦のない甘い追随は、累世の中の闘争心を徐々に鈍らせ、奪い去ってゆく。
「──なのに兄上、貴方はいつまで人間のふりをしているの?
貴方は精の黒瞑界の皇子である、カミュ=ブラインの息子…
そしてここ闇魔界の皇帝である、ヴァルディアス=リオネル=ヴァン=ソレイユの息子の、実の兄なんだよ?
その血統の重みは…、その意味は分かるだろう?」
「……」
痛いところを突かれて、累世は歯を軋ませて黙り込んだ。
…そんな事実は、既に嫌と言うほど現実として突きつけられている。
何度拒絶し、何度否定し、何度それを呪ったか分からない。
知った当初は、その真の意味も知らずに、ただ、ひたすらにそれを払拭させたいとしか願わなかった──
「兄上は人間なんかじゃない。僕と同じ、闇を糧とする、“魔”そのものなんだよ」
「…違う…」
累世は、軋ませた歯を、更に忌々しげに擦った。
言葉による翻弄が狙われているのが分かっていても…
人間を盾にされると、今だに自分は──
“こうまで脆い”。
「…まだ、否定するの?
僕の兄上が、あんな人間風情と同じな訳がないじゃない。
まだ分からないなら…その身に染みさせて教えてあげるよ」
…途端、レイセの殺気が、今までとは比べ物にならない程に飛躍した。
それに気付いた累世がはっとして警戒を固めるよりも早く、レイセは強く地を蹴ると、その勢いのままに、再び累世の右脇腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。
「!ぐっ…」
まだ痛みが醒めやらぬ箇所を、再び同じように攻撃されて、累世は後退しそうになりながらも、辛うじて踏み留まった。
その機を逃さず、レイセは、自らの右腕を己の顔近くまで引き、次にはそこに集束した魔力を、累世の左腕を狙って放った。
「!」
累世は反射的にそれを避けようとした…が、その余りの早さに完全には避けきれず、わずかに腕の一部を掠める。
「…うっ…!」
掠めたのはほんのごく一部であったというのに、酷く焼けつくような痛みが、瞬間、累世を襲う。
しかしそれでも、それ以上の声は上げず、累世は痛みのあまり、より深くなったその蒼の瞳で、レイセを見つめた。
…掠めた所から、一筋の血が流れる。
レイセはそれに、兄によく似た蒼の瞳を向けた。
「その極上の闇の血が…
その血が本当に、人間のものであると思うの? 兄上…」
(“吸血鬼皇帝は始めから、このタイミングでこれを狙っていた”…
だとすれば、奴と人間との混血での弱体化は有り得ず、むしろそれこそが、自らの血を引く者を強化させる随一の手段であり…
それによって強化された己の子を戦闘手段として用いることで、同時に、現在、この闇魔界を統治し支配する、俺をも倒そうと目論んだのではないか…?)
それは突発的な思いつきにも近い考えではあったが、事実だけを直視すれば、なるほどそうであろうと、強く思わされる。
そうしている間にも、カミュの力は上限がないのではと思わせる程に増大してゆく。
傍らで累世が愕然となっているのにも構わず、カミュはその力を隠そうともせず、ひたすらにその魔力を向上させ続けていた。
「…、レイセ」
不意に、何事か考えたらしいヴァルディアスの声が響く。
それに、カミュのその途方もない魔力に、知らぬ間に魅せられ引き込まれていたレイセは、はっと気付いたように父親を見た。
ヴァルディアスは厳しくも残酷に告げる。
「もはや一刻の猶予もない。
レイセ、累世を殺せ。今すぐにだ」
「!」
この言葉で、累世は今までとは一転して、ヴァルディアスが本腰を入れて来たことを察した。
…父親であるカミュとヴァルディアスの戦いには、加勢こそ考えたが、割って入るつもりは毛頭なかった。
今、自分の敵は他ならぬレイセだけ。
累世はひたすらにそう考えていた。
そして、それはレイセも同じだった。
言葉通り、兄皇子と戦うのはとても楽しく、また、カミュ皇子に手を出そうとしたところで、それが累世に阻まれるのは目に見えていたからだ。
結果としてレイセは、子どもには似つかわしくない残酷な笑みを浮かべると、ゆっくりと歩を進め始めた。
「……」
何かを察した累世が、剣呑に、窺うように目を細める。
そのまま累世は、弟に合わせるように、静かに足を踏み出した。
…その先の、歩みが相手に遮られるであろう地点で、二人は立ち止まり、じっと互いの顔を見た。
髪の色こそ違うが、その双眸はまさしく同じ。
その容姿すらも…“良く似ている”。
不意に、軽い嫌悪感を覚えて、累世は顔を背けた。
その一瞬の隙を狙って、レイセは累世の懐へと入り込む。
「!…レイセっ」
レイセが知らぬ間に繰り出した右の拳を、累世は勢い良く左手で受け止めた。
すると、その反動を利用して、次いでレイセは右足を軸にし、左足での蹴りを加えるという、極めて特殊な攻撃を仕掛けて来た。
逆…つまり、左足を軸に右足での攻撃なら来るかも知れないと予測していた累世は、完全に虚を突かれて、その攻撃をまともに右脇腹へと食らった。
「!…っ」
鈍い痛みに、累世は反射的に右目を閉じた──その死角を狙って、レイセは続けざまに累世の右半身を狙って攻撃を仕掛けようとする。
「!こいつ…」
レイセの全体重を乗せたであろう強力な蹴りでの一撃を、反射的に地を蹴ることで何とか逃れた累世は、次はこちらから攻めに転じなければならない状況下にありながら、あるひとつの考えを張り巡らせていた。
(…レイセのこの、戦いにおけるセンスは半端じゃない…!
これで本当に、生まれたばかりなのか…!?
これではまるで──)
…それはかつて父親に覚えた畏怖とまるで同じ。
人外の者。
魔に属するもの。
例えそれが自分と同種の存在だとしても。
「…化け物みたいだ…」
再び、あの忌まわしい言葉が口をついた。
言ってはいけないであろうことは分かっている。
だが、言わずにはおれない。
現実として、その存在は確実に自らの弟であるから。
レイセの、思いもよらぬ戦いにおけるハイセンスに、累世は我知らずわずかな焦燥を垣間見せた。
…そんな兄・累世に、レイセは瞳を狂喜に潤ませて笑いかける。
「ふふっ…、そう、僕は多分、化け物なんだろうね──
貴方と同じで」
「!?」
累世の顔色が目に見えて変わる。
その口から、それ自体が引きつったような声が漏れた。
「…誰が…化け物…」
「ルイセ兄上が…だよ。自分がヒトと違うなんて現実は、もう理解しているだろう?
…何を今更、ショックを受けているの?
貴方は、間違いなく僕の兄だというのに」
「!…」
レイセの容赦のない甘い追随は、累世の中の闘争心を徐々に鈍らせ、奪い去ってゆく。
「──なのに兄上、貴方はいつまで人間のふりをしているの?
貴方は精の黒瞑界の皇子である、カミュ=ブラインの息子…
そしてここ闇魔界の皇帝である、ヴァルディアス=リオネル=ヴァン=ソレイユの息子の、実の兄なんだよ?
その血統の重みは…、その意味は分かるだろう?」
「……」
痛いところを突かれて、累世は歯を軋ませて黙り込んだ。
…そんな事実は、既に嫌と言うほど現実として突きつけられている。
何度拒絶し、何度否定し、何度それを呪ったか分からない。
知った当初は、その真の意味も知らずに、ただ、ひたすらにそれを払拭させたいとしか願わなかった──
「兄上は人間なんかじゃない。僕と同じ、闇を糧とする、“魔”そのものなんだよ」
「…違う…」
累世は、軋ませた歯を、更に忌々しげに擦った。
言葉による翻弄が狙われているのが分かっていても…
人間を盾にされると、今だに自分は──
“こうまで脆い”。
「…まだ、否定するの?
僕の兄上が、あんな人間風情と同じな訳がないじゃない。
まだ分からないなら…その身に染みさせて教えてあげるよ」
…途端、レイセの殺気が、今までとは比べ物にならない程に飛躍した。
それに気付いた累世がはっとして警戒を固めるよりも早く、レイセは強く地を蹴ると、その勢いのままに、再び累世の右脇腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。
「!ぐっ…」
まだ痛みが醒めやらぬ箇所を、再び同じように攻撃されて、累世は後退しそうになりながらも、辛うじて踏み留まった。
その機を逃さず、レイセは、自らの右腕を己の顔近くまで引き、次にはそこに集束した魔力を、累世の左腕を狙って放った。
「!」
累世は反射的にそれを避けようとした…が、その余りの早さに完全には避けきれず、わずかに腕の一部を掠める。
「…うっ…!」
掠めたのはほんのごく一部であったというのに、酷く焼けつくような痛みが、瞬間、累世を襲う。
しかしそれでも、それ以上の声は上げず、累世は痛みのあまり、より深くなったその蒼の瞳で、レイセを見つめた。
…掠めた所から、一筋の血が流れる。
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