†我の血族†

如月統哉

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†永劫への道†

視えるものは、“かつての”──

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「!…」

レイセの言葉は、忌々しい程に脳にじわじわと浸透していく。
…こちらの認識というものを、徐々に崩されてゆく。

累世は唯香に視線を走らせた。

自分の父親でもあり、唯香にとっては伴侶でもあるカミュに下がっているように言われたためか、唯香は今は、自分とレイセが戦うのを制止しようとする様子はない。
…だが、それも恐らくは堪えているに違いない。
現に唯香のその表情は、死人のように青ざめており、今にもそのまま倒れてしまいそうだ。


…早く事を片付けなければ、唯香の神経が持たない。


そう認識した累世の瞳は、先程より鋭い形となって、自らの弟へと向けられた。
…そこには、焦燥も痛みも見られず、ただ…
憐れむような、切なげな感情だけが浮かんでいた。

「…それを決めるのは自分自身だ。お前たちが客観的に決めることじゃない…!」
「それでひいては僕も否定するんだろう?
…ルイセ兄上はずるいよ。ライセ兄上ばかりを贔屓してさ…!」

レイセは一転、狂気をひそめると、唐突に年相応な口を利いた。
口を尖らせ、嫉妬心を剥き出しにして兄を咎めるその様は、どう見ても先程までと同一人物には思えなかった。

「贔屓って…、レイセ、何故いきなりそんな…」

累世は攻撃をすることもなく、その雰囲気に厳しさを纏わせてレイセを見下ろす。

その、兄が持ち得る本来の威圧感に圧されたレイセは、やはり先程とは別人のようにうって変わって子どもらしく、上目遣いで怒ったように累世を見る。

「だって実際ずるいじゃないか! ルイセ兄上はライセ兄上のことばかりを気にかけるんだもの! 僕という弟だって居るのに!」
「…、何を訳の分からないことを…」

レイセの言い分を聞きながら、累世は知らぬ間に目を細めていた。
…まるで、だだをこねる子どもだ。

実際レイセはそういった年齢であるが、あまりにも先程までの印象が強すぎて、累世の中ではレイセが子どもであるという認識は、少なくとも精神面からは飛んでいた。

…しかし、状況的にこのままでいいはずもない。
累世は仕方なく、溜め息混じりにレイセをなだめにかかった。

「その話は後回しだ。今の本題はそれじゃない」
「やだ! はぐらかさないで兄上! ちゃんと答えてよ!」
「!レイセ…」

累世は、厳しさを緩和させると同時…
そのまま唖然となった。


先程も覚えた、この不気味な程の激しいギャップ。


一方的で、理屈も常識も一切通用することのない、あの攻撃的な先程までの状態とは異なり、今のレイセは…
まさしく年相応という言葉がぴたり当てはまるであろう、ただのひとりの子ども──

「ねえ! どうなの兄上!?」

累世が返事をしなかったことで、業を煮やしたらしいレイセは、勢いに任せて累世の左腕を強く掴んだ。
皮肉なことに、そこは先程まともにレイセからの攻撃がかすめた所で、累世は再び痛みを加えられたこともあってか、思わず短く声をあげた。

「うっ…!」
「…えっ!?」

累世が顔をしかめたのを見て、レイセが反射的に掴んでいた手を離す。
そして、そこに現れた傷を見て、レイセは何故か、愕然となった。

「!あ…兄上!? それ…どうしたの!? 怪我!?」
「…、何を言って…、これはお前が付けた傷だろう?」

全く予想外な答えに、累世はますます唖然となってレイセを見る。

「違う! …僕はそんなことしないよ!
大好きな兄上に、どうして僕が攻撃しないといけないの!?」
「…え?」

意外なことを耳にし、累世が思わず聞き咎めると、レイセは両の瞳から、不意に大粒の涙を流して訴えた。

「…僕、そんなことしないよ…!」
「…レイセ…」

累世がすっかり対応に困り、同時に、僅かながらも狼狽る。
当然ながら、少し前まで、一人っ子同然に育ってきた累世には、こういった小さな子どもの扱いは、ほとんど分からない。

だが、とりあえずこの場はなだめる方が先だろうと、累世がレイセの頭に、そっと手を伸ばした──
その途端。


「…甘いよ、兄上」


そんな、低くも冷静な嘲笑と共に、累世の右胸がレイセによって貫かれた。

…今度は、単に不意を突かれたでは済まなかった。
それはあまりにも唐突で、累世は一瞬、何が起こったのか分からずに、ただ術もなく、息を詰まらせる。


その瞳が無意識に下を向いた。
そこにはレイセの腕が、はっきりと自分を貫く形で存在している。


それを頭で認識したその瞬間…
鈍い鉄の味が、累世の口内を支配した。

「ぐっ…、がはっ!」

咳き込んだ累世の口から漏れた血が、ぽたぽたと床を染めてゆく。
そのまま累世は、重力に引かれるままに後ろへと倒れ込んだ。

…その反動で、ずるり、とレイセの細い手が引き抜かれる。


床に倒れ込んだ累世は、息も絶え絶えに、深く、短く息をついている。


その惨状を目の当たりにして、さすがに両者の母親である唯香が、悲鳴じみた声をあげた。

「!いや…、嫌あぁあぁぁぁあぁっ!
累世…累世ぇっ…!」

唯香はもはや後先構わず、累世の側に駆け寄ろうとする。
それに気付いたカミュは、反射的に唯香の腕を掴むことで、その動きを止めた。

しかし当然、唯香は身をよじらせて暴れ、必死にカミュから逃れようとする。

「──離して! 離してよカミュ!
…累世が…、累世が死んじゃう…!」

その瞳に、深い悲しみと焦りを刻んで、唯香はカミュを見上げた。
カミュは黙ったまま、今やすっかり獣の如く殺気立った双眸を、レイセに向ける。

「今行けば、お前は累世の二の舞だ。
…レイセのあの、先程までとはまるで違う、禍々しくも底知れない魔力に気付かないか?」

「!で、でも…、だからって、累世をあのままにはしておけないわ!」
「…、累世には既に忠告を済ませている。単にあれが甘かっただけだ…」

カミュは低く呟くも、その声には、徐々にではあるが、堪えきれぬ怒りが混じって来ている。
その怒りはやがて肉体にも反映され、カミュは唯香の腕を掴んだままの手に、知らぬ間に力を込めていた。

「!…カミュ…?」

それに気付いた唯香は、僅かに焦りを緩和させて、怪訝そうにカミュを見る。
カミュは一転、その怒りを含んだ言葉を、それとは真逆の冷ややかなものへと変化させた。


「…だが、奴に関しては、累世が見抜けなかったのも無理はない。
奴は…レイセは、かつての俺と同じだ」


「!それって…二重人格っていうこと!?」

カミュは唯香の察しの良さに、この時ばかりは感謝しながらも頷いた。

「ああ。だが俺と決定的に違うのは──」

カミュがそこまで話した時。

不意に、累世が大きく咳き込んだ。

その口からは、容赦なく血液が溢れる。
唯香は瞬時に蒼白になると、再びカミュの手を振りほどいて、累世の元へと駆け寄ろうとした。
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