†我の血族†

如月統哉

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†永劫への道†

父と子

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その唯香を、意外にもカミュが制する。

「気持ちは分かるが…堪えろ、唯香」
「…えっ…?」

唯香は涙で潤んだ瞳をカミュへと向けた。
カミュが、累世を傷つけたレイセに対して怒っていると思ったのは…

あの感覚は、自分の錯覚だったのだろうか?

唯香がその正反対の事象…いわゆるギャップに呆然としていると、カミュはその時になって、初めて唯香の手を離した。
…そのまま、レイセの様子を窺いながら、カミュは真っ直ぐに、子である累世の元へと歩んでゆく。


その一方でヴァルディアスは、さも楽しげに、この一連の流れを傍観していた。
そしてその愉しさの中に潜む目論見に…
他ならぬカミュ本人も気付いていた。


とうに本腰になりながらも、それでもまだヴァルディアスが今の段階で動かない、その真の意図にも──


しかし、カミュは今はそれには触れず、つと、累世の側まで来ると、静かにその膝を折った。


──そこには、酷く傷つき、死にかけた、己の息子が横たわる。
その右胸からどくどくと溢れ返る血は、その命の火が残り少ないものであることを、周囲に知らしめていた。

…累世は、ぼんやりと目を開けていた。

その目に、今や何も映さずに。
口元から、その貫かれた胸から…
おびただしい血を溢れさせて。


「…累世」

カミュのその呼びかけは、しんと静まり帰った空間に、溶け入るように響き渡った。


すると、その父親の声に反応したのか…
ぴくり…と、わずかながら、累世の指先が動いた。


“まだ、生きている”。
その、ほんの僅かな生体反応を確認したカミュは、累世にその双眸を向けたまま、その痛々しい右胸の傷へと、そっと手をかざした。


「…累世…」


カミュは、累世の名を呼びながら、その手に強力な魔力を込めた。
変わらず薄暗いままの空間の中で、カミュの手だけが唯一、紫に…美しく光る。



「──死ぬな、累世…!」



きつく目を閉じ、狂おしい程に切なく、そして何かに縋るように言い放ったカミュは、その膨大な魔力の一部と共に、己の血液の大半をも、累世に分け与えた。


紫の眩い光が、瞬時、その場の闇を跡形もなく消滅させる。


──同時に、累世の綺麗な蒼い瞳が、音もなく…そっと閉じられた。


「──累世…累世! 決して遅くはなかったはずだ!
なのに何故、お前は目醒めない!?
何故、お前は逝ってしまおうとする…!」

血にまみれるのも構わずに、カミュは累世の体をきつく抱きしめ、その命をこの場に引き留めるかの如く、必死に呼びかけた。


──色を失い、ここが敵地であることすらも忘れているのか、ただ取り憑かれたように、ひたすら息子に叫び続けるカミュ。


いつもの冷静沈着なカミュからは、到底考えられないようなその言動は、先程まで焦りと不安を同時に覚えていた唯香を、一気に愕然とさせた。


「──カミュ…!?」


カミュは右手で、累世の体を起こすようにして支えたまま、あいた左手で、残された温もりを引き止めるかのように、静かに累世の手を握りしめた。




「──頼む…、逝くな…、累世…!」




カミュは神に祈るように、累世の体を包み込むようにして抱きしめる。
…自らの温もりを分け与えるかのように。


そんなカミュの様子を見て、唯香はひたすらに焦りと不安だけをぶつけていた自分が、いかに浅はかだったかを理解した。

累世は、父親であるカミュにいだかれて、うっすらとではあるが満足そうに微笑んでいる。


そんな累世を支えたまま、カミュは再び、もはや己の生命にも関わりかねない程の血を分け与える。
一縷の躊躇いもなく、ひたすらただ…
息子の為に。


カミュの体が、再び真紫に輝いた。


「!くっ…」

瞬間、カミュは、軽い目眩を覚えて歯をきつく軋ませた。
限界以上に血を分け与えたことで、カミュの体にも、少なからず影響が出て来ているのだ。

しかしそれでも、カミュは…
その一連の行動を、やめようとはしなかった。

…そして。
カミュが繰り返し魔力を使い、その際に、魔力と共に累世に何を送り込んでいるのか…
唯香には見当がついていた。

それ故にカミュのことも、唯香は心配で…
側にいて、支えたくてならなかった。


「カミュ…!」


唯香は、今度こそカミュの元へ──そして累世の元へと走り寄った。
だが今のカミュには、それを制止するだけの心身の余裕がない。

「…唯香…」

その名を、深い息遣いと共に、やっとのことで呟く。
それを聞いた唯香は、カミュが自分の想像以上に疲弊していることを察した。


瞬間、唯香の膝が、がくんと落ちた。
…カミュと累世を見つめたままのその瞳には、みるみるうちに大粒の涙が溢れる。


「…ご、ごめんなさいカミュ…」

唯香は、涙に埋もれた双眸を伏せながら、己を責めるかのように謝罪した。
それにカミュは、貧血気味になっているためか、どこか虚ろになりかけた瞳を唯香へと向ける。

「お前が謝ることはない…」
「!だって…あたしがあの時に動転しないで、少しでも時の魔力を使えていたら…!
それがもし、巧く使えなかったのだとしても、最悪、こんなことにはならなかったかも知れないのに…!」
「……」

カミュは無言のまま、唯香を見つめた。
確かにそれが事実で、良策を兼ねていたとしても、カミュは今、その件で唯香を咎める気は更々なかった。


「…唯香、お前は何も悪くない」
「!だって、カミュ…!」

それでも唯香は、ひたすらに己を責め続ける。

こうなる運命を止められなかったのは…
紛れもなく自分の落ち度であると。


…しかし、そんな唯香に、カミュは静かに首を振った。


「お前は立派に母親としての役割を果たしている。
…累世に対して、今まで何もしてやれず、そして何もしなかったのは──
他でもない、この俺の方だ…!」


カミュは、支えたままの累世の頭を、そっと自分の方へと向かせた。
…こうして見ると、まるで、ただ静かに眠っているだけのようだ。


「…全ての咎は、俺にある。だからお前が自らを責めることはない。
お前は何も…間違ってはいない…!」
「カミュ…!」

唯香はカミュに寄り添うようにして、同じように累世の体をそっと支える。

カミュは唯香に累世を預けると、すっかり血の少なくなった体に、無理に力を込めるようにして立ち上がった。


──瞬間、それを待ちかねていたのか、レイセの低い笑みが響く。


「…ねぇ…兄上、まさかあれだけの攻撃で死んじゃったの?
存外脆いものなんだね…たかがあの程度で終わりだなんて」
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