†我の血族†

如月統哉

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†永劫への道†

潰すべき狂気

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「…貴様…」

カミュの深い、アメジストの如く美しい紫の瞳に、刹那、炎のような赤の怒りが投影される。
それは元々のものである、カミュ本来の瞳の持つ強さを、より引き立たせた。

レイセは今だ自らの手に伝う、兄・累世の血に舌を這わせると、それを恍惚と舐め味わいながらも、屈託なく微笑んだ。

「…いいね、その瞳…
途方もない怒りと深い憎しみが、心地よく込められていてさ。
見ていて、凄く気持ちいいよ…!」
「そう平然と告げられるお前は、もはや子どもですら無いな」

カミュは苛立ち混じりに切り返す。
途端に、レイセは目を丸くした。

「そう? でも残念だったね。
僕は紛れもなく、そこにいる神崎唯香の子どもなんだよ」
「!…」

それを聞いた唯香が、思わず耳を塞ぎたくなる衝動にかられ、辛そうに顔を背ける。
一方のレイセは、そんな母親を見て、さも楽しげに微笑んだ。

その笑みを、父親であるヴァルディアスに良く似たものへと変えて。

「母上はね、まだ分かっていないだけ。
──母上には何が必要なのか、誰が居ればいいのか…
まだ、良く分かっていないだけなんだよ」

「それが、お前でないことは確かだな…」

この状況下でも、カミュは弱みや怯みを見せることもなく、吐き捨てる。
それにレイセは、子どもながらに単純に、かちんと反応した。

「そんなことはないよ! 僕は誰よりも母上を愛して、側にいてあげられる!
貴方よりも、兄上たちよりも…そして父上などより、余程ね!」
「…何…?」

聞き捨てならないと言わんばかりに、今度はヴァルディアスが、その蒼銀の瞳を緩やかに険しいものへと転ずる。
…今の一言で、彼は己に逆らうレイセの、自我の一部を理解したのだ。

「レイセ、今、何と言った…?」
「ここまで言っても、まだ分からない? …父上は甘いんだよ」

レイセは、父親であるはずのヴァルディアスの、咎めにも近い言葉の火に、更に油を注ぐように煽ってみせる。

「そう、何度でも言うよ。…父上は甘い。母上が欲しいなら、精の黒瞑界の者なんて、みんな殺してしまえばいいんだ。
そうすれば、母上は側に居てくれる。
ずっと僕の側に、僕だけの側に──永遠に居てくれる…!」

「レイセっ…!」

ヴァルディアスが息子を制しようと、剣呑に瞳を尖らせる。
対してカミュは、累世をその手に抱えたまま、その口元に淡い笑みを張り付けた。

「そうだ。そいつの言う通り…
お前はまだまだ甘い、ヴァルディアス」
「…カミュ皇子…!」

ヴァルディアスが歯を軋ませ、その右腕に強大な魔力を集中させ始める。
しかし構わずカミュは言い放った。

「飼い犬に手を噛まれてからでないと、その醜悪さが分からないのだからな」


カミュはふと、累世に瞳を落とした。
…体格的には同じくらいでも、今はこの手の中に収まる程に小さく感じられる息子。

つい、この間会ったばかりで、
つい、この前話したばかりだというのに、



何故、こうなる?
誰のために?
何のために?
──累世…、“お前は、何故死ななければならなかった”?



…手のひらから、その温もりが消えてゆくのが分かる。
溶けるように。
弾けるように…



失われていくのが、解る。


「…、累世…」

呟いたカミュは、切なげに目を閉じると、最後に、己の持ち得る魔力を全て累世へと分け与えた。

そのまま、傍らで肩を落としてうちひしがれている唯香に、累世をそっと預けると、血を失って思うようには動かない己の体に、鞭打つように立ち上がる。

立てたのがもはや不思議としか思えない程の状況下で、カミュはそれでも力強く、レイセに言い放った。

「…よくも累世を殺してくれたな」
「!…皇子がそんなことを言うなんて…
意外だな。闇と魔の化身のような貴方にも、そんな人間らしい情があったんだね」

レイセは会話そのものに酔いしれるかのように、無邪気に笑む。


天使と見紛うほど、ただひたすら無垢に。


「でも、貴方だって分かっているだろう?
この世界は、強い者が支配するんだ。でもルイセ兄上は、それに該当しなかった…
だから弟である僕に殺された。それだけのことだろう?」
「…、お前は何も分かってはいない」

カミュは、そのヴァンパイア・ハーフという血統がもたらす恩恵から、少しずつながら己の体に魔力が戻り始めたことを意識しながら呟いた。

「真の強さとは、力だけのものではない…
我々は人間の持つ、情を…そしてその心を理解出来なければ、真なる意味での強者にはなり得ない…!」

「!カミュ…」

累世を抱きながら、唯香は驚いてカミュを見つめた。

かつては人間そのものを軽視し、滅ぼそうとまでしていた、闇を支配する精の黒瞑界の後継の皇子が──
よもや一転、それまでは餌として、そして下等な者としてしか認識していなかったはずの、人間の味方についてくれるとは…!

「…ふぅん…、なら、是非ともそれを証明してみてよ。貴方の力でね」

レイセは、いかにも楽しむようにくすくすと笑うと、次の瞬間、いきなりカミュに攻撃を仕掛けた。
不意を食らったカミュは、それでも体制を立て直すため、一時、後ろへ下がろうとする。
──しかし、辛うじて高速移動したはずのその体が、ぐらりと傾いた。

「!」

どうやら、大量の血と魔力を抜いたその体は、まだまだ自分の思うようには扱えないようだ。
しかし、それが現時点で既に、二人の強者を前にして不利であると分かっていても、カミュは、後悔などは一切していなかった。

そんなカミュに、レイセからは言葉と攻撃との、両方の追随がかかる。

「その魔力も、力の源となる血も尽きているだろうに…随分と粘るね、カミュ皇子。
やはり兄上とは手応えが違う。これはこれで面白いよ」
「…、やはりお前は何も分かってはいないようだな」

カミュがレイセからの攻撃を受け流し、次いでその言葉を潰す。

「真の累世の魔力は、お前などより遥かに上だ。
…だが累世は、お前が実の弟であるが故、最後まで本気では戦わなかった」
「…何それ? 僕は弟だから手を抜かれてたって言うこと?
貴方は僕が、兄上に容赦されてたって言いたいの…?」

レイセが眉をひそめて唇を尖らせる。
その表情は明らかに子どもが抗議する時のものでありながら…
それに反した膨大な魔力は、侵蝕するかのように、徐々にレイセの体全体を覆ってゆく。

「…じゃあ、兄上は僕に情けをかけたってこと!?
冗談じゃないよ! そんなことをして手を抜かれて勝ったとしても、何が嬉しいもんか!」
「レイセ…、ここまで話しても、お前にはまだ累世の気持ちが分からないのか?」
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