†我の血族†

如月統哉

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†月下の惨劇†

思いもよらぬ敵

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「!なっ…」

赤裸々な告白に、サリアの言葉はそこで詰まった。

…確かに凛のその外見には、自分と同じ鮮やかな緋が反映されている。
だが、違うとすればその色だけで、彼女は傍目には、普通の人間とまるで変わらない。


そのような過去を抱えているだなどと…
“思うべくもない”。


しかしサリアは、凛には一切、同情や憐れみの目を向けなかった。
何故なら、それが凛という人間の持つ遍歴であり、そういった目で見られることは、凛自身も望まないであろうことを判断したからだ。

「…以前までの私は、貴方たちが持つものにも似た力を、煌… いえ、父親だと思っていた人と、上の兄に命令されるがままに使っていたの。
だから多分、普通の人間には感じられない気配を察知するのも、その為だと…」

凛が、そこまで話した時。
不意にそのすぐ近くに、ルファイアによく似た男が、いきなりその姿を見せた。

「!」

途方もない殺気を感じた凛は、瞬間的にサリアと共に、背後に向かって地を蹴る。
すると、次には何の前置きもなく、たった今まで凛とサリアが立っていたその床が…
地を揺るがす轟音と共に、鋭い刃に切り裂かれでもしたような、鋭利な形で大破した。

「!貴方は…ルウィンド!」

凛と共に辛うじて足場を確保したサリアは、その紅眼に警戒の色を露わにしてルウィンドを見据える。
そしてサリアは、そのまま我が眼を疑った。

「!? あの両手…」

ルウィンドは両手を負傷していた。
右手は手首から先が、爆風に吹き飛ばされたかのように無い。
そして左手は…その腕自体から、煙のような陽炎が立ち上り、徐々に再生の兆しを見せている。
これは実は彼と対峙した際に、カミュが負わせた深手なのだが、今のサリアにはそれを知る由もなかった。


ただ、分かっているのは…
ルウィンドがこの場に現れたことによって、今まで有利と思われていた力のバランスが一気に崩れたこと。
そしてルファイアとほぼ同等の魔力を持った、厄介な強敵が出現したこと…!


「討ち洩らしたのか? あの二人…」

フェンネルが眉根を寄せながら呟く。
言うまでもなく、あの二人とはルウィンドを抑える役割を担った、カイネルとシン…

だが、あの性格のカイネルはともかく、その監視役にも近いシンがついていながら、このような事態に陥るようでは…

ルウィンドがよほど上手(ウワテ)なのか、或いは二人に、それ程の油断があったのか。

「…何にせよ、厄介事がまたひとつ増えたのは確かなようだ」

フェンネルは軽く息をつくと、静かにその右手を引いた。
たちまちのうちにその手には、彼の二つ名を反映させたような、氷と風から成る強力な、エメラルド色の魔力が出現する。

それを、判別するような鋭い瞳と共に一瞥したルファイアは、その場に現れた双子の弟に、その両の手の傷を気にかけるでもなく話しかけていた。

「…無様なものだな。【鋼線】と【幻雷】を侮りでもしたか?」
「そのつもりはなかったが、どうも今回は一癖ある編成が成されているようだ。
アズウェルの出現に伴い、かの【時聖】も若干、戦略を変えて来たようだな」

ルウィンドは兄の問いに素直に答えた。
その話している間にも、ルウィンドの左腕は、徐々に出現する形で修復されていっている。
だが、それに反して、未だその右手の傷は、時が止まってしまったかのように、全くその兆しを見せない。

…これを見たフェンネルの表情が、自然、警戒に満ちた。


(あの左腕の様子を見る限り、右手を“完全に”失ったのならば…
あのように既に再生され始めても、おかしくはない。
だが、その様子が未だ塵ほども見られないとなると──)


恐らくその右手は、原型を留めたままで、今も何処かにひっそりと存在しているのだろう。
だが、当のルウィンドの相手をしていた、カイネルとシンの二人が、その事実に気付かないはずは──…

「!まさか、奴の狙いは…」

何かに気付いたフェンネルは、その魔力の籠もった右手に、更なる強い魔力を注ぎ込む。
その思惑を敏感に察したらしいルウィンドは、そんなフェンネルを見やったまま、妖しげな程に美しく、やんわりと微笑んだ。


「…え? 何…」

それとほぼ時を同じくして。
サリアが怪訝そうな声をあげた。
…視界の隅で、何か肌色の小さい物がかさこそと地を這い蠢き、自分に接近して来たような気がしたからだ。

だが、それは決して気のせいなどではなく。

次の瞬間、いつの間にか、サリアの足元にまで緩やかに忍び寄って来ていたルウィンドの右手首は、文字通り手のひらを強く地に叩きつける形でバウンドし、それによって速さと勢いをつけたまま、サリアを襲った。

「…えっ!?」

予想など出来ようはずもない、あまりにも小さい伏兵に、サリアの反応は当然の如く遅れた。

…その存在を認識したと同時…
それは既に目の前にまで迫っていた。


──サリアの紅眼が、大きく見開かれる。

その体を構成するもの全ては、凍りついたように動かない。

その、ルビーをそのまま嵌め込んだかのような美しいその瞳が。
ただ、その瞳だけが、まるで魅入られ、囚われたように…
それに釘付けになっていた。

猛禽類…すなわち鷹や鷲などの食肉鳥のそれを思わせる、その指の歪み。
引きつる程に身を歪めて、それが自らを殺めるべくその距離を縮めたことに、サリアは極微のうちに気付いた。

…だが。
気付いた時には既に手遅れ。
自分が眼前のこの手首を討ち滅ぼす為に、それに要する魔力を発動させる前に…
その前に、間違いなくこの手首に、先手を取られる。

サリアがここまで判断したのは、刹那のことだった。
頭ではまだ感覚的についていく。だが、体の反応が、動きが…
絶対的に、それに追いつくことはない。

「!…っ」

必然的にサリアは、ろくに防御の型すらも取れぬままに、強く目を閉じ、自らの死を覚悟した。

その、凛とした姿勢の中には…
女性でありながら、六魔将に抜擢された、その、彼女の真なる強さが窺えた。

だが、その瞬間。
不意にサリアは、何者かに強く突き飛ばされた。


『サリア!』


…鋭く交錯するのは、ライセとフェンネルの声。
傍らで、凛の息を呑む無声音が響いた。

それら全ての感覚を奪ったのは、倒れ込んだ自分を追うようにして地面に飛び散った、数多の血。
いきなり突き飛ばされた体は、多少擦りむきはしたものの、出血するまでには至っておらず、そんな傷も無い──…


──どくん、と、心臓が跳ねる。


自分が擦りむいただけの怪我ならば…
ではこの血は、果たして誰の…

突き飛ばされたことも手伝って、いつの間にか俯き加減になっていたサリアが、自らの視界を妨げる、乱れた髪を掻き上げながらも、すぐさま先程まで、己のいた箇所を見やる。


「──…!」


瞬間、サリアは酷い衝撃を受け、その美しい顔を悲しみに歪めると、反射的に両手で自らの口を覆った。


…凍りつく心臓。
止まってしまったのではないかと疑える程に、
死人のそれに近い程に…
その鼓動は鳴りを潜める。


サリアは術もなく震えていた。
己の身のことなど、まるで省みずに。

目の前の現実。
思わず顔を背けたくなるような。

サリアの体はがくがくと震え、その顔色はあまりの悲しみに青ざめていた。
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