†我の血族†

如月統哉

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†月下の惨劇†

二つ名の悲哀

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六魔将として、この精の黒瞑界を守護する者として…
この攻撃を打ち砕く、確たる力を。

サリアは両手を己の前でクロスさせた。
その眩いばかりの紅の魔力が、薄暗い空間の中で、より一層鮮やかに輝く。

…その本質故に、能力的に…
本当は、出来ることなら使いたくない魔力だ。
それは今までも、これからも同じ。
だが、“今は”…!


「貴方たちは、私の二つ名・【傀儡】の、真の意味を知らない──」


サリアが低く呟いた。
【傀儡(カイライ)】…その基本的な意味は、“操”。
その二つ名通り、自分は世間一般には、対人・対物を操る魔力を持つことで知られている。

…この場合の『対人』は、人の表面上の動き。
そして『対物』は、その“物”の、単体としてしか取れない動きを意味している。

…だが。
実はそれだけではない。
傀儡の名を、操作の意味そのものの二つ名を持つ自分が操れるのは…
それのみには留まらないのだ。


「…、私はね、魔力そのものも…
その気になれば、人の心そのものをも──操ることが可能なのよ」


そう告げたサリアの瞳は、強いながらも、どこか悲しく、孤高で…
そしてそれを上回って、ひどく寂しげで…虚ろだった。

…忌まわしい以外の何物でもない、その力。
この事実は、主であるサヴァイス以外に知る者はいない。


魔力までならいざ知らず、人の心までもを移ろわせ、歪める能力。
それは忌むべき力。
紛れもなく呪われた力。
使えば己の中の何かを永劫、失うであろう力──


サリアはそれを充分過ぎる程に分かっていた。
…その、仲間である六魔将にも見せなかった力を、
疎まれるのではと危惧し、自ら抑え、封印していた、その力を…
“解き放つ”。


『六魔将よ、ただ皇家の為にあれ
その身は己の為に非ず──』


その言葉の意味が、心に重くのしかかる。
サリアはそれでも、凛とした姿勢を崩さなかった。


目の前にいるのは、明らかな強敵。
自分の心など、どうでもいい。
悲鳴をあげようが、軋ろうが構わない。
…救いたいのは、この世界。
自らの居場所。
皇族や、家族。そして仲間。
その気持ちには本来なら、序列はない。


だが、今…
自分が最も“救いたい”と願うのは──


「…この攻撃…
彼の所まで、届かせはしないわ…!」

噛み締めるように呟いたサリアは、更に急激に魔力を高めると、眼前に迫った攻撃を、自らの両の手のひらで受け止めた。

「!な…んだと!?」

ルウィンドが珍しく焦り、顔色を変える。
それはサリアの魔力を見くびっていたが故だ。

その一方で、ルファイアは剣呑に瞳を細める。
サリアがその受け止めた魔力を、何の苦もなく彼らに向かって跳ね返すのと、そのサリアの隣にカイネルが並ぶのとは、ほぼ同時だった。

…サリアは隣にカイネルが来たことを、一瞥すらせずに気配で察する。
そしてそのまま、クロスされたままの両の腕を解放すると、次にはそれぞれの手のひらを上へと向け、違った魔力の構成を編み上げた。

何かが急速に溶けるような音と共に、闇を裂いたその紅の魔力が、伝わるようにサリアの髪をも紅に輝かせる。
これと時を同じくして、先程サリアが返した複合攻撃が、ルファイアとルウィンドへと差し迫った。

「ふん、この程度…!」

それが元々は自らと兄の魔力であるため、ルウィンドは余裕を見せて嘲笑う。
だが、目の前の攻撃を去なすことばかりに気を取られていたルウィンドは、そのサリアの隣に、カイネルが並んだことに気付かなかった。

カイネルは一瞬にして地を蹴ると、途方もない瞬発力で、攻撃を追う形で、刹那のうちにルウィンドの懐へと入り込む。

「!【幻雷】…貴様か!」

カイネルの動きに翻弄されたルウィンドは、ほんの一瞬ではあるが、今度はそちらに気を取られた。
だが、その惑いがそもそもの間違い。

ルウィンドは結果として、返された魔力とカイネルへの対応、その両方が両者のそれより遅れることとなった。


「…、六魔将を軽視するからそうなる…」


対してルファイアは、ぞっとするほど凄絶に笑んだ。
ライセが訝しげにその言葉に反応したその瞬間、ルファイアは何を思ったか、後ろに向かって地を強く蹴った。

その行動には、実の弟であるルウィンドを救おうとする様は、まるで見られない。
…言うまでもなく、彼は弟を見捨てたのだ。
それを気配で察したルウィンドの表情が凍りついた。

兄に裏切られた、と瞬間的に理解したルウィンドの両足に、機を窺っていたシンの鋼線が、その場に縛るかの如く、きつく絡みつく。
こうなれば当然、もはや逃げるのは不可能──
そう、凜の目線から見ても分かる程に、六魔将の攻撃は、的確にルウィンドを捉えていた。


その瞬間。
炎と風の複合攻撃、そして更にそれに併せる形でカイネルが放った、凄まじい威力の雷の魔力が、ルウィンドを直撃した。

 

──“瞬間、光が弾けた”…

凛の瞳にはそう映った。
が、そう思ったのもつかの間。

次の瞬間には、ルウィンドの居た場所に、炎・風・雷の三属性から成る、凄まじい威力の、巨大な竜巻が起こる。

それは元々が、魔力による炎と風で作られたもの。
自然の猛威を遥かに越える、人の手による、歪められた力──

その威力は返されたことで速度を増し、更に雷の魔力を付加され、倍加されたことで、その規模自体、まさしく桁違いなものとなっていた。


「!ぐ──あぁああぁあぁあっ!!」

床を割り、裂き、砕く形で、その竜巻はルウィンドの肉体をも容易に喰(ハ)み、蝕んでゆく。
風に抉られた血肉が周囲に舞い、飛び、爆ぜる炎がそれを焼き尽くす。
…ルウィンドを構成するもの全てが、見る間に削り取られていった。

「…う…、う… ううっ…!」

外からは風と炎に苛まれ、内からは雷の魔力に、全身の神経を刺され、穿たれ…破壊される。
まさに地獄の責め苦にも近い、その攻撃。

「…っ!」

失いそうになる意識を何とか留め、繋ぎながらも、ルウィンドは一方で、サリアを憎々しげに風刺した。

…サリアの紅の双眸が、それを正面から見据え、捉える。


「…さようなら、ルウィンド=シレン」


サリアはわずかばかり目を伏せると、憎しみも、悲しみもない、ただひたすらに静かな声で…
最後に一言、そう告げた。

…サリアの両手が、魔力によって、より一層輝きを増す。
それをサリアは、躊躇うこともなくルウィンドに向けて放った。


もはや術もなくそれを受けることとなったルウィンドは、刹那、己の体が、意志のままには動かなくなったことに気付いた。
…同時に、その心が完全に、生きることを放棄したことにも。

そこには不思議と、焦りはなく、
ただ、漠然とでありながら、これが兄の言う通り、自らが六魔将を軽視した結果なのだと。
…そう、理解していた。

いつの間にか、ルウィンドの瞳からは、一切の焦りや憎しみが消えていた。
そして、察する。
これが六魔将の紅一点だと思って…
女だと思って侮り、甘く見た、サリア=マクレディの、真の実力であったのだ…と。


(…【傀儡】… そうか…お前は最後に、俺の心を…
これ程までに──)


…その答えが自らの中で出る頃には…
ルウィンドを構成するもの全ては、その場から失せて無くなっていた。
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