†我の血族†

如月統哉

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†染まる泡沫†

民草の想い

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★☆★☆★

──その一方で、レイヴァンと別行動を取っていたユリアスは、ごった返す負傷者の救護と、これから起こり得る二次被害等に備えての、安全な場所の確保や、その場への人々の早期誘導に、ひとつの息すらつく間もなく、ひたすらに奔走していた。

…この状況下で、理性が割り切るより先に本能で動くことが可能な自分は、すっかり六魔将としての任責を叩き込まれているのだろう…と。
そう察したユリアスが、どこか自嘲めいた笑みを洩らす。


…そんな中にも時折響く、天変地異を思わせるような、恐ろしいまでの地鳴りや大気の震え。
これは言うまでもなく、レイヴァンとアズウェルの両名が、その全力をもって衝突しているからに他ならない。

まるで精の黒瞑界そのものが崩壊してもおかしくない、その周囲の歪曲した状態に圧されながらも、ユリアスは忠実に、自らに課せられた任務を遂行していた。


…精の黒瞑界の者は、その置かれた環境故に、肝が据わっているとでも言うのか…
脆く弱き人間とは異なり、このような突発的な事態にも、過剰な混乱を起こした挙げ句に独断で突出した言動を取ったり、集団心理で軽率に動いて、そのツケを上に主ねたりすることはない。

だが今回ばかりはその冷静さが仇になり、逃げ遅れた者や、倒壊した建物の下敷きになったりする者が続出していた。

しかしその者たちは、降って湧いたようなこの事態に、誰ひとり屈することも弱音を吐くこともなく、痛む身をそれぞれの血まみれの手で押さえながらも、可能な限り空を見上げ、そしてその思考の全てを、ひとつの哀願へと転じていた。


彼らは理解していた。
確かに我が身は可愛い。
こんな状況の中で、人知れず死にたくないのも確かだ。

だが、その個人の欲から我が身を優先させたことが、万が一にも、“世界規模で裏目に出てしまえば”──
この世界無くして、果たして自らの居場所が、本当に確保出来るのだろうか…
真に存在する場は得られるのだろうかと。
それらの疑問が導き出す、その答えならぬ“応え”の全てを。
…彼らは、とうに理解していたのだ。


そして彼らは、六魔将のうちのひとり・レイヴァンが、何の為に、誰の為に戦っているのかをも、充分に理解していた。
だからこそ、彼らの表情には迷いがない。
その食い入るように空を見上げる目にも、一切の曇りが…ない。

レイヴァンの人柄を、性格を、実力を。
彼の全てを──“信じているから”。

強い雨が降っていた空。
その同じ空には、今は青い、蒼い光。
切り裂くように、それでいて時折、護るように広がる、衝撃波のような輝き。


「…レイヴァン様…」


ふと、そんな呟きが近くから聞こえて、ユリアスはそちらを見やった。

…その場に居たのは、まだ年若き青年。
だがその右腕は、肩の傷から溢れる血に、深紅に濡れ染まっている。
その尋常ではない出血に、ユリアスは浅い嘆息と共に忠告した。

「…レイヴァンの実力は良く知っているだろう?
六魔将一の魔力を誇る、彼のことを危惧するよりも、むしろそちらの治療を早めた方が…」
「いえ…、このような傷」

青年は血を流したままに首を振る。

「それよりもユリアス様、俺は…俺たちはこの場に居て、邪魔にはならないんですか?
俺はまだ動ける方…、でも足をやられ、体を瓦礫に挟まれ、動けない者などは…
俺たちの為に戦って下さっている、レイヴァン様の負担や重荷には…ならないんでしょうか?」
「!…」

虚を突かれたように、ユリアスが答えに詰まった。
思わず周囲を見回すと、周囲の者が一様に青年の言葉に頷き、その答えを求めるように、自分に確たる目を向けている。

信念を刻んだその瞳。
鋼のように頑健で、決して曲がらぬ強固な意志を示した…彼らのそれぞれの瞳。瞳。瞳。


…何という、強い意志を持った者たちだろう。


ユリアスは心底から賛ぜずにはいられない。
そしてそれと同時に、自らの在り方をも、存分に理解する。


「…、皆のその支えを、配慮を…
レイヴァンが、そのように捉えるはずがない…!」

言いながらユリアスは、柔らかく、そして優しく、周囲に自らの手と声を広げた。

…ユリアスの喉を介して、波紋のように空気が震える。
それに気付いた周囲の者たちの耳に響くのは、天上の歌声。


暖かな木漏れ日を、緩やかな水を…
澄んだ海を思わせる、その透明な声。
その歌声は、周囲の者たちの傷はもとより、心までをも癒やした。

「!傷が…」

何かに気付いた青年が、自らの肩に目を落とした。
…まさしくその声そのものが傷を治療しているかのように、それまであった傷が、凄まじい勢いで塞がってゆく。


「…ユリアス…様…!」


青年の目が、感謝と喜びに潤む。
それには構わずに、ユリアスは歌い続けた。



…その声は、その姿は…
その場にいた全ての人々の脳裏に、永劫、強く焼き付いた。
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