†我の血族†

如月統哉

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†染まる泡沫†

静と動

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★☆★☆★


…その時は、不意に、
そして唐突なまでに訪れた。


瞬間、サヴァイスの目に映ったのは、天から降る数多の、硝子にも似た空間の欠片。

永遠を思わせる、かの静寂は刹那のうちに破られ、その元凶は音もなく無遠慮に、その未成熟な姿を見せる。


「吸血鬼皇帝… サヴァイス=ブライン」


アズウェルは、宣告さながらにサヴァイスの名を呼ぶと、恐れることもなく、その視線を真正面からぶつけた。

対してサヴァイスは、一連のそれを、ただ眺める形で脳内に意識すると、緩やかにその唇を紐解いた。


「…4兄弟の末弟・アズウェル=シレン。
お前の狙いは、我の首か?」


「さあ…ね」

アズウェルは肩を竦めると、挑戦的に…
そして、挑発的に笑む。

「貴方の首など、保管の意味では欲しくはない…
けれど貴方を倒さない限りは、俺の生きる意味は見いだせない…
そして恐らくは、“貴方を動かすこと”、“貴方に本腰を入れさせること”、それそのものが──」

アズウェルは、背後から差し迫るレイヴァンの強大な気配を、全身で察し、深く認識しながら先を続ける。

「…かのレイヴァンの真の実力を見られる鍵なんだろうな」
「若さ故の浅知恵よな」

サヴァイスは笑みとも知れない笑みを落とした。

「…世迷い事を…
我を動かせば、単純にレイヴァンも動くと踏んだのか?
あれはそう分かりやすい男ではない…」

言うなりサヴァイスは、音も立てずに左手を挙げた。
次の瞬間、いつの間にかそこに攻撃を仕掛けていたはずのアズウェルが、鈍い音と共に、その体ごと弾き飛ばされる。

「!…」

奇襲を読まれ防がれたアズウェルが反転し、体勢を整えた…所を見計らって、次いで後を追って来たレイヴァンが、右手でアズウェルの頭部を強く抑える形で、その行動を制限する。

そんなレイヴァンの様子を目の当たりにしたサヴァイスは、その美しい、闇を反映したような表情に笑みを残したまま、珍しくも機嫌良さそうに口を開いた。

「…レイヴァン」
「踏み込ませた不手際をお詫び致します、サヴァイス様」

言いながらもレイヴァンは手に力を込め、ぎりぎりとアズウェルの行動を抑えつけながら応える。
するとそれがよほど気に入らなかったのか、アズウェルはそのレイヴァンの上を行く力を持って、自らの頭上にあったその手を勢い良く振り払った。

「レイヴァン! 俺が此処に踏み込んだのは、あくまで俺の意志だ…
レイヴァンが詫びなど入れる必要もないし、何より俺自身、屈伏させられるかのように、こうして頭を押さえつけられる筋合いもない!」

言うなりアズウェルは、サヴァイスとレイヴァン、二人の間から距離を取った。
そんなアズウェルを、サヴァイスは静かに、レイヴァンはより鋭く見つめる。
…アズウェルの口が、緩やかに、そして残虐に弧を描いた。

「…カミュ皇子とルイセ皇子は不在、そして他の六魔将やライセ皇子は、兄さんたちが抑えている…か。
くく…、ふふっ… あはははっ!」

不意にアズウェルは、心底から楽しそうに笑んだ。
しかし、それに反発を覚えたレイヴァンが、より深い苛立ちを込めた、怒りの声を露わにする。

「…貴様…」
「だって、あの精の黒瞑界がだよ!?
ヴァルディアス様や俺たちが少し本気を見せただけで、こんなに屋台骨を揺るがせるんだもの!
実力的に大したことはないと取られても、それは仕方のないことだろう?」
「……」

レイヴァンは無言で魔力の構成を編み上げる。
だがその瞳には、将臣や唯香になど凡そ見せないであろう、鋭くも途方もない殺気が宿っていた。

「…レイヴァン」

サヴァイスがその口を再び紐解いた。
アズウェルの軽率な発言が、レイヴァンの誇りを蹂躙していることに、重々気付いているらしいサヴァイスは、意外にも、そうしたレイヴァンの魔力を、抑えるように促した。

これにはさすがにレイヴァンが戸惑いを見せる。


アズウェルの狙いは明らかに攪乱。
それは読めている。
だからこそ彼は、ろくに攻撃も続けず、だらだらと言葉による翻弄を続けている…


だが、自分ですらがそこまで理解しているというのに。
聡明かつ明晰な、この君主が気付かないはずはない。
…しかし。

もし分かっているのだとしたら…
当然、“この反応はより、解せないものとなる”。

「サヴァイス様…」

何かを危惧したレイヴァンが呟いた。
そんなレイヴァンに対して、サヴァイスは緩やかな瞬きのみで労いの意を見せる。

「奴にはその体に、その脳に、その心に…強く知らしめねばならぬ。
己が何に対して、牙を剥いたのかをな…」

サヴァイスは呟くと、一瞬、自嘲気味に笑んだ…
と思った次の瞬間、アズウェルは激しい突風に煽られ、その未成熟な体を、為す術もないままに壁に叩きつけられた。

「!…っ」

不意に全身に広がる鈍い痛みを、アズウェル自身が理性で認めた時。
サヴァイスは初めてその声色に、絶対零度の氷を織り交ぜた。

「…土喰いの魔物が」

その声はあまりにも冷酷で、無機質で…
聞く方に瞬時にして、底知れぬ絶望感を与えた。
無論、アズウェルも例外ではなく、壁から身を起こした彼の表情は、明らかに警戒に満ちた険しいものへと変化していた。

「…さすがだね、皇帝サヴァイス。
対峙した相手の底の底までもを見透かせるのは、貴方だけだよ」
「……」

サヴァイスは、常人に向ければ本能で竦みあがるような、冷徹な紫の一瞥を、無言のままアズウェルへとくれる。
しかし、アズウェルはそれをものともせず、一転、恐怖を知らない赤子のように無垢な微笑みを浮かべると、再度、サヴァイスへと話しかけた。

「土喰い…ね。それはあながち間違ってはいない…
でもサヴァイス、そしてレイヴァン。
貴方たちは知らないだろう? …俺が得、取り込めるのは、土だけではないということを」
「…何…?」

蝋燭の炎を揺らめかせるが如く、ゆらりとした動きを見せたのは、意外にも、サヴァイスではなくレイヴァンだった。

…その時、レイヴァンの心中を占めていた仮定。
それは想像するにも恐ろしく、そしてまた…酷くおぞましい。

だからこそレイヴァンの応対は、必要以上に尖ったものとなったのだが、その辺りを、レイヴァンを上回るほど更に深く、十二分に見通していたのがサヴァイスだった。

サヴァイスは、彼には珍しく張り詰めた神経を維持したまま、つと、左手を上へと向けた。

「!」

何かを察したアズウェルが、ほぼ反射的に地を蹴り、その場から離れる。
瞬間、たった今までアズウェルが居たはずの一帯を、激しい轟音と、凄まじい雷が襲った。

それはほんの一度の瞬きをする間に、床のみならず、その壁までもを難なく大破させる。
その亀裂は深く、まるで植物が根を張る時の如く、今だ、びきびきと鈍い音を立てて周囲を侵食し続けてゆく。

「!…サヴァイス…皇帝っ」

アズウェルがそう臍を噛むと同時、何を考えたかサヴァイスは、新たに右手による追撃を加えた。
…舞うかのように、緩やかに右手を上げ、翳す。
その刹那。

「!ぐっ…」

まだ成人体ではないはずのアズウェルの体に、常人ならば一時も持たずに圧死するであろう、強烈な負荷がかかる。
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