†我の血族†

如月統哉

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†染まる泡沫†

皇妃の覚醒

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★☆★☆★




──篭の中の鳥は、自らを憂うだろうか。




…その世界しか知らず、空を見上げることばかりを繰り返し、
疑問すらも持たずに、ただ時と共に鼓動を刻んでいた鳥は…
自らの意思で、羽ばたくことは出来るのだろうか。



仮に檻から解き放とうとも、
枷を外されたことで死に繋がり無を呼ぶなら、
現状維持が幸せなのではないだろうか…?




それが傲慢という名の庇護下でも。




…鳥は望むのか、羽ばたくことを。
それでも目にしたいのか、まだ見ぬ世界を。



例え、自らの命を秤に掛けようとも──




それでも鳥は光の中で墜ち、
命という名の存在を、
風の中で、水の中で、空の中で、
輝かせることを…“望むのだろうか”…?





「…ライザ」


吸血鬼皇帝と畏怖される程に強大な魔力を有し、精の黒瞑界という、ひとつの世界に君臨するサヴァイスが、それとは相反した、他の誰にも見せない面を、唯一、己の妻の前でさらけ出す。

その、永きに渡る時を経たとは思えない程に、男らしさの中にも、瑞々しいまでの艶を帯びた声に、ライザの瞼が、微かに…
ほんの微かに、動く。


「ライザ」


サヴァイスは再び呼び掛けた。
優しく。柔らかく。
そのひと言では到底示しきれない程の、深い情愛を含んだ声で。


…激戦後のアズウェルの始末を、レイヴァンただひとりに任せ、退いた理由は、そのレイヴァン自身を信頼し、彼の下す結論が最良のものであると信じて疑わない…
実は、そればかりが主たる理由ではない。

──サヴァイスがあの局面で退いた、その最大の理由。
それは妻・ライザの目覚めが近いことを、戦いの最中に感知したからに他ならない。


無論、仮にアズウェルがレイヴァンの手に余るようであれば、自らの動きはそれだけでも左右された。
…だがレイヴァンは、見事に自分の期待に応え、目を見張る程に卓越した強力な魔力を操り、そして同時に、その精神…
心の強さをも、示した。

だから今、自らは対・闇魔界の勢力に背を向けてでも、この場に存在することが出来る。



今だけは、この時だけはただ…
たったひとりの男に成り下がって。



「…ライザ…」

様々な思惑が胸中で蠢く中、サヴァイスはなおも静かに呼び掛け続ける。
すると、閉ざされていた蕾がようやく花開くように、ライザは至極静かに…
そして緩やかに、その瞳を開いた。

「……」

僅かに訝を含んだその、透き通った銀の双眸に、サヴァイスが映る。
…万感の思いを胸に、再び閉じられたその目からは、それまでの全ての“時”に当てた涙が、伝い染みるように流れてゆく。


「…目覚めたか、ライザ」


サヴァイスは己の妻の思うところを、余すことなく察し、それ故に複雑に感情をかき乱されて応じる。

…ライザは静かに自らの身を起こした。
華奢な体を寝床に据えるようにしながらも、それでもその瞳は、凪いだ海のように穏やかに、サヴァイスを捉えている。

…そんなライザの総てを知る瞳が、まるで自らの決断全てを読みながらも、それでもあえて介入を避けているように見えて…

サヴァイスは、いつぶりかとも思われる、短い息を洩らしていた。

「…お前は、我を許しはしないだろうな」

サヴァイスが珍しく自嘲気味に笑む。
それにライザは、肯定の意味で一度、長めの瞬きをした。

…それを見定めたサヴァイスは、こちらも自らの心が示すままに、その宝玉のような紫を瞼に収める。


「事の全てを看破出来ていながら…
我は、それでもカミュを手離した。
そう…以降の“総てを”知りながらもだ」

「……」

「…、時に自らを呪うことがある。
いつ、何処に生まれ、どれ程に細かな時を重ねているのか…
──…気が付けば既に存在していたが為、当人でありながらこの体の造りを知らぬ、己自身をな」

「…っ」

ライザは首を横に振る。
その瞳の銀は曇り、哀しみにその全てが支配されている。

…そんな妻に、サヴァイスはそっと手を伸ばし、その頬に触れた。
その手に、とめどないライザの涙が伝う。


「…、そんな身の我に、ただひとつ贖罪があるとすれば…
それはお前を愛したことではなく、我らの子に…
カミュに、あのような非業の運命を課したことだろう」


「!…サヴァイス…」

ライザは壊れそうな程に儚く、しとしとと降る雨にも似た静けさと空気を見せ、サヴァイスの独白を受け止める。

「……」

しかし、サヴァイスはそこまでを話すと、不意にそれっきり口を閉じた。
一見、唐突とも思われる、そんなサヴァイスの様子に、ライザの胸にはどこか引き続く形で、言い様のない焦りと不安が湧き上がる。


…見通しているのに、自分ではその能力や実力的にも、絶対的に手出しが出来ない悔しさ。
そして皇帝としても、この世界の象徴としても、二重の意味でこの場を離れられないサヴァイスの、歯痒さが、その焦燥が…
手にとるように分かるだけに、負の感情の種は、その芽は、その糧は尽きない。


「…、カミュ…!」


不意に胸に込み上げるものが来て、ライザは自らの顔をきつく覆い、悲痛にカミュの名を呼んだ。
…今はこの場にも、この世界にも居ない…
愛する我が子の名を。

サヴァイスはただ押し黙ったまま、以降、ライザの口から途切れ途切れに洩れる、その名を繰り返し聞いていた。



時に唇を噛みしめ、
時に、深く目を伏せ、
時に…顔に暗い陰を落としながら。



…静寂と薄暗さが占める、
二人だけがひっそりと息づく…


そんな閉ざされた空間の中で。



→TO BE CONTINUED…
NEXT:†歪んだ光†
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