何でも完璧にこなせる幼馴染が唯一絶対にできないのは、俺を照れさせること

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ひとりぼっちショッピング

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「久しぶりだなぁ」

 週末になって、俺は一人でショッピングモールに来ていた。付近の駅とこのモールを結ぶ専用のバスを降りた途端、広大な駐車場と全長五百メートル以上はある巨大な建物に圧倒される。
 昔はよく家族で車に乗って遊びに来たものだが、今はもうその車すらないので俺の移動手段はバスしかない。
 親子連れの人があちこちにいて、俺は口が綻ぶのを感じていた。そう、綻ぶ。にこにこ。
 そりゃあ羨ましいなって気持ちも少しはあるよ。でも、今の俺には香織も拓真もいるし、香織のお母さんだって弁当を作ってくれたり良くしてくれている。他の家族を見て恨めしく思う必要なんてどこにもない。

(両親のこと、大切にしろよ)

 たまたま目が合った幼稚園児くらいの男の子にそう微笑んで、俺は大きな自動ドアから、大歓声をあげて迎え入れてくれるモール内へ入った。
 約四年ぶりに見たショッピングモールの景色は昔とほとんど変わっていなかった。あ、でも、ところどころお店が違うかも。

「まあ問題ないな」

 なんてったってここは、百近いお店が客を取り合い共存するショッピングモールである。学生が欲しいもので手に入らないものがあるとすれば魔法とか異能力くらいなものだ。要するに、探せば大抵なんでもある。

 今日俺がここに来たのは、この前決めた香織への恩返しの件で良さそうなプレゼントを探すためだ。俺が起きるのを教室で待ってくれていたことや、最近の晩御飯へのお礼とか、とにかく日々の感謝を少しでも伝えたい。俺の家の近くにはコンビニやスーパーしかないので、久しぶりに遠出してきたというわけである。
 また、一人で来たのは香織にサプライズでプレゼントを渡したい気持ちと、ここ数日彼女が忙しそうにしていることが理由だった。祖母もいないのにどうしたのかと聞いてみたら、「まだ内緒」と言われたので俺は大人しく引き下がった。俺には香織の交友関係を全部把握したい欲求なんてものはないので、詮索の必要もない。
 そういえば、少し前に香織が拓真に話しかけるなんて珍しいことが起きた日もあったが、何か関係しているんだろうか? まあなんであれ、俺がどうこうする話じゃない。

「洋服……は、全くわからんな」

 今日は香織へのプレゼントを買いに来た。
 何を買うかは、未だ定まらずと書いて未定。

 マネキンから剥ぎ取った見ぐるみをそのまま着ている俺には、香織ほどの美少女に洋服のプレゼントは壁が高い。レディース向けの洋服屋さんを通り過ぎる。

 俺はできるだけ実用的なものをプレゼントしたい人間だ。クマのぬいぐるみとかは香織が抱いたらさぞ映えるだろうけど、それは俺の欲求が多分に反映されてしまう。
 そういうのじゃなくてもっとこう、香織が喜んで使ってくれそうなものがいい。それこそ洋服とかね。

「んー、化粧品もなぁ……」

 洋服より知識がないのでお店をスルー。
 週末だからかどのお店も活気あふれていた。声出しして客を集めようとするお兄さんお姉さんたちは会釈するだけでもロックオンされてしまうので、「ごめんなさい」と思いながら無視して進んで行く。

「お兄さん、良かったら髪切っていきませんか?」

「すみません、用事があるので」

 直接話しかけてきた店員もかわして、俺は目に入ったお店に足を踏み入れた。学生でも買える値段の宝石(のレプリカ)やアクセサリーが所狭しと並んでいる。

「いらっしゃいませー」

 見回した店内には、圧倒的に女性客が多い。
 店員さんもみんな女性。他は彼氏連れの女性といったところ。

「彼女さんへのプレゼントですか?」

 気にするつもりがなくてもどことなく肩身が狭いなー、なんて思っていると、メイクや衣装でバチバチに決まっている若い店員さんが話しかけてきてくれた。

「彼女ではないんですけど、そうですね。大切な人へのプレゼントです」

「そうなんですね! こんなかっこいいお兄さんからプレゼントを貰えるなんて、相手の女性は幸せ者ですねー!」

 え、営業スマイルが眩しい!
 しかもさらっと俺のことを褒めてくるので普通に照れますねこれは。

 色とりどりの宝石があしらわれた指輪、輝かしいネックレス、自分をブレスレットだと思い込んでるサイズ感のピアス。俺の横にべったりくっついているお姉さんが色々紹介してくれたけど、なんとなく全部しっくりこない。

「もう少しシンプルなやつありますか?」

 香織はどんな服でも装飾でも完璧に着こなしてみせるだろう。今紹介されたやつだって問題なく香織には似合うって確信もある。
 しかし、香織そのものが飛び抜けて美しい以上俺は彼女が身につけるならシンプルなものほど良いと思う。主役級のアクセサリーじゃなく、香織の美しさが引き立つようなものが欲しい。主役は十分すぎるほど綺麗なのだから。

 ふと、一つの宝石が目に入る。

 首に巻くチェーンのついたそれは、南の島の海を思わせるような透き通った水色の宝石が四つ、クローバーの形に合わさっていた。中心には透明な宝石もついている。全体のサイズが小さめなので主張もそんなに強くなく、値段もそこそこ丁度いい。
 これだな。

「すみません」

 右往左往するお姉さんを呼び止めて、俺は会計を済ませた。包装もしっかりしてくれたので今日か明日にでも香織に渡せるだろう。

(こういうとこの店員さんって男性客みんなに連絡先聞いてるのかな? ……次来るときは拓真でも呼ぶか)

 会計中の出来事を思い出しながら、俺はその店を後にした。

 お昼時になる前にフードコートで昼食を済ませ、モール内をぶらぶら。目的を達成したのに帰らないのは、半日で帰るのが勿体無いという思いからだ。
 ウィンドウショッピングも楽しいし。

 しばらく彷徨って、ゲームセンターで落ちる寸前だったクマのぬいぐるみを二百円でゲットしてしまった後、俺は最後に改めてレディースのお店にやってきていた。さすがに買うつもりはなかったが、まあウィンドウショッピングの一環みたいなものだ。

『彼女の買い物に付き合わされるのがキツイ』

 そんな文言は学校でもSNSでも良く見かける。

「……楽しいと思うけどなぁ」

 しかし、俺にはその気持ちが理解できない。特に洋服屋さんはとびきり楽しいと俺は思う。

 ゆったりめの白のブラウスと紺色のロングスカートを着せられたマネキンの代わりに頭の中で香織に同じ服を着てもらう。胸の強調は控えめで、腰のラインがはっきり分かる。服の隙間から覗く肩と足首が一番の魅力かな。
 そんなことを店の服で繰り返すのが、楽しい所以。知る限り一番の美少女がこの服を着たらどうなるんだろうって考えるのは、男にとって楽しい時間だと思うんだけどなぁ。彼女持ちの男はそれが世界一可愛い自分の彼女になるんだから、楽しくないはずがないだろうに、「服屋つまらん」という言葉はなくならない。不思議だ。

「おかえりー、映画どうだった?」
「楽しかった!!」

 母親らしき女性に、店の外から走ってきた子供が抱きついた。遅れて父親も合流し、家族団欒とし始める。

「……」

 何度も言うが、恨めしくなんてない。それは俺の本心で、事実で、ウソは全く含まれていない。

 ただ、少しだけ、「おかえり」という言葉が羨ましかった。

 家には頻繁に香織が遊びに来てくれるけど、それはいつでも「お邪魔します」「いらっしゃい」の関係性。クセで「ただいま」は言っても、返ってくる言葉はない。
 香織と香織のお母さんには俺の家に自由に入っていいとは伝えてあるが、それでも二人とも気を遣ってくれて、いつも必ず俺がいる時だけ家に来る。

「おかえり……か」

 店を出て、すっかり日の落ちた空の下、プシューと音を立てたバスに乗る。
 信号待ちで、ベビーカーを押す母親が横断歩道を渡る。
 前から後ろへ流れていく景色をぼんやり眺めているうちに、最寄りのバス停に到着した。機械に小銭を入れて、運転手さんに挨拶してから段差を降りる。

 クマのぬいぐるみと包装されたネックレスが入った袋を手に持って、見慣れた歩道をゆっくり歩く。ぬいぐるみの方も、喜んでくれそうだったら香織にあげよう。

 おかえりと言ってくれていそうな街並みも、言葉は何も聞こえてこなかった。

「なんか女々しいな、俺」

 それでも確かに飢えていた。
 本物の家族らしい、その一言に。

 だからだろう。


「おかえり、斗真」


 玄関を開けてすぐ、オタマを片手にキッチンの方から飛び出してきた香織に、俺は反応できなかった。

 おかえり、と。
 今一番言って欲しかった言葉を、一番家族に近い幼馴染が言ってくれたのだと時間をかけて認識する。

「……ただいま」

 返事を喉から捻り出す。

 ドクン、ドクンと高鳴る鼓動が、必死で俺の体に熱を回していた。

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