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甘いお菓子
しおりを挟む今日も今日とて、香織が俺の家にいる。
季節が夏に近づいていることもあり、お互い露出が増え始めた服を着て、勉強したりごろごろしたりの充実した日々。
「はい、オレンジジュース」
「サンキュー」
細かな気遣いが温かい。
本当に俺はいい幼馴染に恵まれたなとつくづく思う。
香織が持ってきてくれたオレンジジュースは氷でキーンと冷えていて、一口飲めば、柑橘系の甘さが長時間の勉強で乾いた喉と脳に染み渡る。
二学期制の学校に通う俺たちにおいて、中間テストは一つの山場だ。主要科目、つまり、国語、英語、数学、物理、化学、地理の六科目が理系選択の俺と香織が受けるテストたちであり、課題や小テストを踏まえても学期の約四割の成績が今度の中間テストで決まる。といっても期末テストではこの上さらに保健体育などの科目がいくつか加わるので、定期試験の中では楽な方というのが多くの生徒にとっての中間テストだ。
もっとも、中学で大幅に勉強が遅れている俺にとっては十分に難易度の高い試験である。
し、小学校まではそれなりに良い成績だったんだけどなぁ……ホントに。
まあ今更言い訳にしかならないので俺の過去の成績なんかはどうでもよくて、重要なのは、香織が俺のモチベを高めてくれたってこと。
膝枕の件に限らずこうして俺の家で一緒に勉強してくれることや、休憩の度に飲み物を用意してくれることなど、本当にありがたい限りだ。
お礼をしようにもプレゼントは頻繁なのも考えようだと思うので、感謝の言葉だけは忘れないよう心がけている。
今日は「ありがとう」のマンネリ化を避けてのサンキューだった。
「ちょっと休憩にしよっか」
「だな。お菓子でも出そうか?」
「うーん、ご飯に影響しないくらいのやつならあってもいいかもね」
「分かった。小さめのを一つだけ持ってくるよ」
笑顔でお礼を言ってくれる香織の頭を撫でてから、お菓子を用意して部屋に戻る。リビングじゃなくて俺の部屋で勉強してるのは、単なる気分転換みたいなものだ。
「お、いいチョイスだね斗真」
ご飯が控えてるとはいえまだ一時間くらいは勉強する予定なので、多少食べた気がする方がいいだろうと思い俺が持ってきたのは、細長い棒状のチョコ菓子だ。
一袋だけでも十本以上入っており、食べ応えはそれなりにある。
「ほい」
「いただきます」
袋を開けて差し出すと、香織が一本摘んで口へと運ぶ。ポキポキ、と軽やかな音がした。
「若干チョコ溶けてたかな。ごめん」
「ううん、大丈夫。ちゃんと美味しいよ」
本当にいい幼馴染すぎる……!
香織が使っている小さな丸テーブルにティッシュを敷いて、袋ごとお菓子を置く。
「はい斗真」
「……自分で食べれるけど、いただきます」
チョコの部分を差し出してくるのでありがたく咥えて、香織の手から棒菓子を抜きとる。
「どう?」
「……甘い」
「ふふ♪」
恥ずかしい気もするが、香織が上機嫌に笑うので良しとしよう。
それから二人で二、三本摘み、俺がオレンジジュースを飲んでいる時だった。ふと香織が壁の本棚に目を向ける。
「壮観だね~、また少し増えた?」
「少しだけな。もう新規の作品は追ってなくて、既存作の新刊を買ってるって感じ」
天井まで届く本棚に所狭しと並べられた文庫本の数々を見て香織が立ち上がった。
ほとんどが男向けのライトノベルなので香織にはつまらないのでは? と思うが、純粋に本が好きな香織は俺の部屋に来たら必ず本棚をチェックする。
ニコニコと、楽しそう。
「斗真の一番好きなヒロインが出てくるやつってどれ?」
「質問が激ムズなんだよなぁ」
多種多様なヒロインの中から一番を決めろと言うのは中々に難易度が高い。
戦闘系、ラブコメ。そういうジャンルで分けるだけでもヒロインの魅力は全然違う。
「じゃあ、一番好きな清楚系のヒロインは? 恋愛系で」
「んーー……それなら」
これかなぁ、と苦渋の決断の末、お気に入りのものを香織に取って渡す。「ありがとう」としっかり感謝してくれる辺り、本当にいい幼……キリがないので以下略。
「これが斗真の好きな子……」
「言い方」
否定はしないけど。
ペラペラとものすごい速さでページが捲られていく。これは多分、速読というより単語読み。挿絵がくると数秒フリーズするのがちょっと面白い。
清楚系ヒロインの中でも俺が選んだのは、終盤にかけて主人公に対して超積極的になる黒髪ロングヒロインだ。最後の方はキスまで自分から迫るくらいで、香織には挿絵のインパクトが強いのかもしれない。
「無理して読まなくても」
「し、してないよ、無理なんて」
「倒置法になってるけど」
絶対無理してるだろうにページを捲る手は止まらない。捲って捲って固まって、捲って捲って固まって。そして、とある挿絵でぴたりと凍りつく。
俺の位置からだと本の端が見える程度なので、具体的に何の挿絵かは分からない。確認する前に本が閉じられる。
「……よし」
「どうした」
おかしな様子。でもちゃんと本は元の場所に戻される。
それから香織は深呼吸し、さっきまで食べていたチョコ菓子へ。持ち手の部分を咥えて近づいてくる。
……え。
「はい」
「いや、」
「どーぞ」
図らずも上目遣い。
ふにゃふにゃ感の強い言葉で俺に反対側を食べろと言ってくる。そういえばそんなシーンあったなあのラノベ!
「ぃや、やらないよ」
「んーん」
ぶんぶんと首が回り、もう一歩近づいてくる。
(きっつい……)
上目遣いも、胸が当たりそうな距離感も、チョコじゃない甘い香りも、香織がしようとしていることも。
全部が俺に抱いちゃいけない感情を誘発させようとしてくる。
香織は俺の家族も同然なのだ。
俺にできないことが何でもできる、頼り甲斐のある完璧な「お姉ちゃん」なのだ。
家族、家族。
家族にこんな気持ちは抱いちゃいけない。
「……わかった」
下唇を噛んで気持ちを押し込めて、俺は香織が咥えるチョコ菓子の反対側に口をつけた。
「っ」
対面が息を呑む。
それを無視してポキ、ポキと二口。
さっき食べた時よりひどく甘かった。
「……ぅ、あ」
恥ずかしがる香織が声を漏らし、口元が緩んだ瞬間、俺は彼女の口から棒を引っ張って抜き取った。
何か言われる前に全部食べてしまうことにする。
「負けず嫌いは無しにしてくれると助かる」
「……うん、そうする」
照れたように俯く香織の背中を押して席に戻す。
それから一時間、お菓子の進みは以上なほど遅かった。
「……ねえ斗真、ドキドキした?」
不意にそんなことを聞いてきた香織に、俺は「しないよ」と答えるのだった。
夕食を終え、香織が落ち着いた笑顔で家に帰っていった。
時間も遅いので俺はいつも通り風呂に入る……のだが、事件はそんな時に起こった。
「……嘘だろ」
一難去ってまた一難。
いつまで経ってもお湯にならないシャワーに向けて、俺は一人立ち尽くした。
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