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香織とお風呂 パート2
しおりを挟む俺が頭を洗っている間、香織は一度湯船から出たみたいで、今は髪の毛をタオルで巻き上げていた。お湯につけっぱなしにすると傷む原因にもなるそうで、女子の苦労は凄まじいのだなとあらためて理解する。
「ねえ斗真、体洗ってあげようか?」
「いいよ。香織の体が冷えちゃうじゃん」
それもそうだね、と香織が笑う。
やろうと思えば体を冷やさずに俺の背中を流す方法くらい幾らでもあるはずだが、思いの外深くは追求してこない。ただ終始ニコニコしてるっていうのは直接見なくても雰囲気で伝わってくる。
楽しいなら俺も嬉しいけどさ。
どうにもそわそわして落ち着かない。
「……のぼせないうちに上がりなよ」
「分かってるよ~、ありがとう」
言ってみたが香織に動く気配はない。
昔から長風呂するタイプだったので本当に無理しているわけではないのだろうが、多少無理しそうな気配があるので俺は会話も早々に石鹸を手に取った。泡立てたものを左肩から徐々に広げていく。
掃除と同じで、俺はお風呂でも基本的に上から洗う。まず頭、次いで顔、そして体。汚れを下に落としていくイメージだ。
「な、なんか、斗真が体洗う順番、びっくりするくらい私と一緒なんだけど」
「……あんまり見ないでもらえると」
「ふふっ、恥ずかしい?」
疲労からか、微かに眠そうな眼をした香織が首を傾けた。
「……別に、そういうわけじゃないけどさ」
体を洗ってるときなんて見栄えを全く意識してないので、じっと見られるのはどうしても居心地が悪くなる。
しかし、一緒に入ると決めた以上、気にしすぎるのも優柔不断というもの。
ええい、と腰のタオルに手をかけた瞬間、ちゃぽんと水の音がした。
「は、外すなら言ってよ!」
「洗う順番一緒って言ってたから分かるもんだと思ってた」
「……そう、だけど」
「もしかして、恥ずかしい?」
自分のことは棚に上げて意地悪く言ってみる。
すると、言われるのに弱い香織は「べ、別に」と目を逸らした。言い方がちょっと俺っぽいので真似しているのだろう。
「じゃあ今からシャワー浴びる」
「うん、あの……目閉じてるね」
本当に少し攻められた途端の動揺っぷりが面白くて笑ってしまう。その音はシャワーが上からかき消してくれて、香織に気づかれることはなかった。
石鹸を洗い流しながら、目を閉じている香織を改めて見る。
白い肌、なんていうのは今更驚くことでもないのだが、一切の荒れが見当たらないのは相当な努力あってこそのものだろう。柔らかそうな腕も、お湯の下で揺蕩う素足も、何よりタオルでさえ魅力を隠しきれないほどの豊満な胸元が、水の力と合わさって暴力的なほどに視線を吸い寄せてくる。
さらにきゅっと目を結んでいる姿も相まって、目の前の幼馴染は今、贔屓目抜きで世界一の美少女だと本気で思う。
「……羨ましいだろ」
誰にともなく、シャワーに紛れる声で呟く。
こんな可愛い人が家族に、お姉ちゃんになってくれている。
彼女ではなくお姉ちゃん。
恋人ではなく家族。
より強い関係性で、失うことのない絆。
そう思って「羨ましいだろ」と誰かに自慢するくらいの気持ちでいないと、俺は本当に、もう──
「終わった。目開けていいよ」
「うん、ありがとう」
腰にタオルを巻き直してから告げ、目を開けた香織の隣にお邪魔する。少し熱いくらいの温かさ。一気に増えたお湯が浴槽から溢れていく。
どの家もそうだろうけど、湯船っていうのは二人で入ると少なからず狭くなる。肩が触れ合うほどの距離ってわけでもないが、体育座りで意識して膝を抱き寄せる。
「……」
「……」
お互い慣れているはずなのに、蓋を開けてみれば耳鳴りがするほどの沈黙が落ちている。
(どうしよう)
こういう時、いつもなら俺は無理せず香織が話題を振ってくれるのを待つのだが、いかんせん香織は自分から話し始めるとこう、積極性が増す傾向にある。
無理矢理でもいい。どうでもいい話題でも。
何かないかと必死に捻り出そうとしていた時だった。
「……っ」
つん、と何かが俺の足に触れた。
柔らかくて、攻撃力のない、さらさらな何か。
つんつん、すりすり。
止むことのない攻撃を繰り出してくる隣人の脚に対して、俺も少しだけ反撃する。痛くしないように足の甲を踏んでやれば、お返しとばかりに近寄ってきて、ふくらはぎ、ふともも、肩を触れ合わせてくる。
(……柔らかい)
何度思った表現か分からないが、それ以外に形容のしようがない弾力が俺の左半身にまとわりついてくる。触れ合って、少し離れて、また触れ合って。その度に電撃にも似た気持ちよさが全身を駆け巡る。
「あの、普通にセクハラだけど」
「……嫌ってわけじゃないでしょ?」
ひらひらと水の中で舞う二枚のタオルは余りにも心許ない。
そりゃ、嫌ではない。
でも、これ以上はダメだ。
「ちょっと向こう向いて」
「ふふ、わかった」
楽しそうに笑う香織に壁の方を向かせ、半分タオルで隠れた背中が俺の方に向けられる。
本当に綺麗な肌。
それに俺は、そっと手を触れさせる。
「ひゃぅ……っ、と、斗真?」
「別に変なことするわけじゃないよ」
そう。
俺が香織の肌、正確には肩に触れたのは、何も逃げるためだけじゃない。
優しく力を入れていくと、柔らかさの奥で筋肉が強張っているのを感じる。
「マッサージ?」
「うん。最近お世話になりっぱなしだったから。どう?」
「……気持ちいい」
学校に行って勉強して、家に帰る。
それだけでも人は疲れるものだし、実際学生としての時間のほとんどをそれだけで過ごしている人は多いだろう。香織は部活動には入っていないものの、家に帰っても勉強し、俺の分の料理も作り、また勉強。そんな日々を送っていて、一人の女子高生が疲れないはずがない。
「実は眠かったりする?」
問うと、息を吐く音が聞こえた後で、香織がゆっくり首を横に振った。
「眠くなんてないよ。せっかく斗真と一緒にお風呂に入れてるのに」
「その言い方は眠いな」
「……眠くないよ」
「じゃあ、誰かと同じでこれは俺のわがまま」
そう言って手を止めると、香織が俺の方に顔を向けた。
「マッサージしてる間、寝なくてもいいから目を閉じてて。万が一寝ても俺がいる。急に力が抜けたとしても、ちゃんと支えるし、起こすから。……イヤか?」
お風呂に誘われた時と同じように言ってやると、香織は何かに耐えるように自分の右腕を左手で押さえた。
それから、今日一番の蕩けた顔で笑う。
「イヤじゃないよ。本当に、斗真……私の弟は優しすぎるんだから」
「お姉ちゃんのためなら何でもしますとも」
「何でもかぁ、ふふっ、それはいいね」
笑顔のまま再び壁の方を向いた香織は、「じゃあまずは肩を揉んでもらおうかな」と可愛らしく呟いた。
「仰せのままに」
冗談めかして香織の美しさから意識を逸らし、俺は彼女の肩に手を乗せた。
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