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 俺の幼馴染が可愛すぎる件について。

 ……いや、言い直そう。

 俺の彼女が可愛すぎる件について。

 翌朝、俺は誰かに思いっきり惚気たい気分だった。
 だって昨日香織に思いを打ち明けた後、抱き合ったままじゃ眠れないので仕方なく離れたのだが、代わりというように香織が腕に抱きついてきて、延々と俺のアレが好き、コレが好きと囁いてきたのだ。何時に寝たのかも分からないが、今の気分は最高だった。
 いや、やばい。マジで。

 今までずーっと一緒にいたはずなのに、恋人になった途端に心臓のドキドキが桁違いに跳ね上がった。ベッドからそっと抜け出すときに見た香織の寝顔も天使としか形容できなくて、なんかもう香織の存在全てが好きすぎる。

 世のカップル達は今までこんなのを毎日味わってきたのかと思うと少し恨めしくもあったが、これからは俺と香織もそうなるはずなので非常に楽しみなところだ。

 ただまあ、急ぐ必要は何もない。
 なにせ俺はもう香織を手放さない。何があっても必ず守るし、楽しいも悲しいも共に経験して成長していく。もっとも香織が本気で俺を拒絶すれば話は別だが、そんなことになるのは俺が屑に成り果てたときだけだろうし、そうなったら香織が俺を怒ってくれる。
 当然、昨日覚悟を決めたので香織のことは一生幸せにしていくつもりである。というか、幸せにしたくてたまらない。

 時計の針は八時過ぎ。
 七時半に起きてから今までずっと、どうしたら香織の笑顔がもっと見れるかを考えているほどには俺は香織に惚れていた。

「……付き合った初日って何すればいいんだ?」

 砂糖入りのインスタントコーヒーを飲みながら思考を巡らす。

 家でいつも通り過ごすのが安定か、それとも外に出て香織とショッピング……それもめっちゃいいな。少し遠出して遊園地や観光スポットを回るのも楽しそう。あーでも、初日に遊園地ってやばいかな?

「経験が無さすぎて分からん……」

 そもそも、付き合って初日とは言っても香織とは今まで幼馴染として過ごしてきた時間がある。
 家で遊び、公園で遊び、たまに買い物も一緒に行ったりしてきた。

 でもせっかくならこう、特別な何かがしたい。
 今までとは違う何かが。

「うーーん」

 腕を組み、頬杖をつき、リビングを歩き回り。
 色々試してみても良い案は浮かばなかった。

 初心に戻ってテーブルでコーヒーを啜っていると、俺の部屋のドアが開く音。聞き慣れたその音も、今は俺の肩を跳ねさせる。

「……お、おはよ、斗真。早いね」

「あぁ、ちょっと目が覚めちゃって」

「そっか。……あ、私も飲み物淹れてこようかな」

 そう言ってそそくさとキッチンの方へ消えていく。

 あれ、今俺、香織と会話できてた?

 顔まで熱くなるような緊張感でまともに頭が働かない。
 ただ、寝顔と同等以上に動いてる香織が可愛すぎる。それだけは分かった。

「……なんだこれ」

 顔を合わせただけで会話すらままならないなんてこと今まで一度もなかったのに、今日は香織とまともに会話できる気がしない。

 一緒の空間にいるだけで心臓がうるさかった。
 ドクン、ドクンと、一緒にお風呂に入ったときよりもずっと強く鼓動する。

「おまたせ」

 スティックの抹茶を淹れて帰ってきた香織が席につく。

 大人っぽい紺色のパジャマは昨日と変わらないはずなのに昨日の何倍も可愛く見えた。香織と話し合った後すぐに電気を消してしまったのもあって、香織との関係が進展してからこのパジャマ姿をちゃんと見るのは今が初めてかもしれない。落ち着いた色の大人っぽさ、そしてところどころにあしらわれたフリルが香織の魅力を多方面から引き立てている。

 抹茶を飲んだ香織がホッと一息、俺は潤んだ唇に目を奪われた。

「あ、あんまり見られると恥ずかしいよ」

「ご、ごめん」

 言葉が詰まる。
 一音目を繰り返さないと喋れない。

 しかし、恥ずかしいのは香織も同じようで、視線を左下に逸らしていた。

 昨日の夜に俺の何が好きかを語り続けたのが今になって羞恥心を刺激しているのだろう。俺としても、俺の全てといっても過言ではないほど色んなものを好きだと言われたので、自分の一挙手一投足を意識してしまう。

「かっ」

「……か?」

 我慢できない声が俺の口から漏れる。
 チラッと見上げてきた香織が、続きを待つように唇を震わせた。

 ここで言わないのは、彼氏としてダメだろう。

「……可愛い」

「ぅぁ、ありがと」

 再び視線を逸らし香織が呟いた。

 あーダメだダメだ!
 こんなことをしていたら、せっかくの日曜日が一瞬で過ぎ去ってしまう。
 付き合い始めて最初の日曜日はもっとこう、することがあるだろう。具体的には分からないけど。

「香織は今日、何したいとかある?」

「わ、私は斗真と一緒にいられるなら何でも……だけど、強いて言うなら家でこうしてゆっくりしてたいかも」

「そうなんだ?」

「斗真はどっか出かけたい?」

「いや、俺も大丈夫。なんか、付き合って初日だからどっか行く方が良いのかなって思って」

「それは多分、か、カップル次第じゃないかな。私も斗真もあんまりアウトドアじゃないし、今日は家が一番落ち着くかも。……あと、初日だからこそ、私……斗真を独り占めしたい、とかも思ってたり」

「……っ」

 やばい。
 恥ずかしい可愛い嬉しい可愛い。
 今までもずっと家にいる時は独り占め状態だったと思うが、それとこれとは話が違うことを俺も理解している。
 独り占め、言われてみれば俺もしたい。

「じゃあ家にいるか」

「……うん」

 香織がもう一口お茶を啜る。
 俺もコーヒーを飲んで気を紛らわせてから、「よし」と言って立ち上がった。

「朝ごはんにしよっか。トーストでいい?」

「うん。じゃあ私がジャムとバター塗る係するね」

「俺トースターにセットするだけになるけど」

「いいんだよ。彼氏の胃袋を掴むのは、彼女の大切な仕事だからね」

「もう掴まれてるんだよなぁ」

 そんな会話をしながら二人でキッチンまで移動し、俺は食パンを二枚切ってトースターへ。最近気づいたんだが、食パンを切る時は上じゃなくて側面を見て切るとまっすぐに切りやすい。

「斗真、ちょっとそのまま動かないで」

 後ろから香りに声をかけられるので言われた通りにする。

 すると、背中に軽い衝撃。
 お腹に回された手にしっかりと抱擁される。

「……香織?」

「ふふ、捕まえた」

 動けない。というか動く気力を持っていかれる。
 夏服のパジャマは下着を着ていようが関係ないくらいに薄くて、背中にあたる柔らかさが生々しく感じられた。

「斗真、ドキドキしてる?」

「……そりゃするよ」

「……嬉しい。ねえ、私のも感じる? 私の心臓のドキドキ、背中から伝わってる?」

「今意識しないようにしてるんだけど」

「私は、意識させようとしてる」

 そんなこと間近で言われたら意識じゃどうにもならないのが男というもので。

「……ちょっと感じる、かも」

「ふふっ、良かった」

 そう言って笑う声。
 この声のためなら俺はなんでも頑張れそうな気がする。

「ずっとそばにいさせてね」

「俺の方こそ」

 そばにいて欲しいという気持ちに関しては香織にだって負けない自信があるものの、言ったら絶対に否定されそうなので口にはしない。その代わりに香織の手の甲を撫でると、少しくすぐったそうな声と共に抱擁が解かれる。

「ごめんね、対面だと恥ずかしかったから」

「いいよ。でも──」

 くるりと回って今度は俺が香織の背後へ移動する。小さな体に手を回し、香織の胴を抱きしめる。
 
「わっ…………斗真?」

「対面だと恥ずかしい」

「そ、そうだよね」

 それっきり、心地の良い沈黙が落ちる。
 いい香りのする髪の隙間から覗く香織の耳は真っ赤に染まっていて、付き合っても攻められるのには弱いんだなぁと笑ってしまう。

「か、彼女の反応を見て笑わないの」

「ごめんごめん」

「……私だってもう、斗真を照れさせることくらい簡単にできるんだからね」

 ツンと言い放った香織は何を思ったのか俺の手を掴むと、スーーっと下腹部の方へスライドさせていく。パジャマ越しに下着がカバーできていないお腹の感触が伝わってくる。
 あんまり下に行くようなら止めようかと思っていたが、危険な位置の少し手前、まさに下腹部の辺りで手が止まった。
 香織の息が荒い。僅かに見えた頬はこれでもかと紅潮していた。

「…………と、斗真は、何人欲しい?」

「え」

 言われた途端に理解した。
 それが男というもので、香織はそれも理解して言っている。
 でも俺はまだ恥ずかしさが優ってしまい、理解してることを隠そうとする。

「何人って、な、なにが」

「……だから、その……分かるでしょ」

 分からない。そう言うと香織はなるべく俺から顔を隠すようにして呟いた。

「…………子どもだよ」

 瞬間、俺の全身を幸福感が駆け巡る。
 分かってはいたが、実際に彼女の口から聞くと凄まじい破壊力だった。

 加えて、俺は香織がそこまで考えてくれてることも嬉しかった。

「ま、まだわかんないけど、二人とか……かな」

「……驚いた。私もね、将来は四人家族がいいなって思ってたんだ」

 ぎゅーっと俺の手を下腹部に押し付けて香織が言う。

「高校生のうちはさすがにダメだけど、そのうちね」

「……うん」

「あ、でも、……練習とか、しておいた方がいいのかな」

「練習?」

 何言ってるの香織さん。

「だってほら、一回じゃ出来づらいって言うし」

「いや……まあ、そういうのは香織に任せる。男が主導権持っちゃいけないことだと思うし。少なくとも高校生のうちは」

「……分かった。ありがとう」

「当たり前のことだよ。香織の体が一番大切だから」

 カッコつけと本心からそんなことを言うが、俺も男なので、もうできるだけこういう話はしないでほしかった。
 理性が大分削られた気がする。

 タイミングよくトースターが完成の音を上げ、俺は香織から手を離した。
 すると今度は香織が体を回転させ、俺の方を向いて胸に飛び込んでくる。

「……やっぱりこれがいい」

 そう言って思いっきり抱きしめてくるので、俺は震える手で香織の頭を撫でた。
 それだけで彼女は「~~っ」と本当に気持ちよさそうな声を出してきて、正直俺は気が気でなかった。

 さて、繰り返そう。

 俺の彼女が可愛すぎる件について、誰か頼むから惚気させてくれ。

 
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