真珠を噛む竜

るりさん

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第四章 ニッコウキスゲ

高原にある泉

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エリクとジャンヌが観光案内所から地図とガイドブックをもらって集合場所に着くと、他の二人はすでに着いていた。
「宿の予約は取ったわよ。観光しつつ外食もしたいから、チェックインは午後八時って言ってある」
 リゼットはそう言うと、クロヴィスに次を譲った。
「五千だ。ここみたいな禁猟区では、禁猟区以外でとれた毛皮は高く売れる。寒冷地で需要もあるからな」
 クロヴィスの報告が終わると、四人は、荷物を宿に預けてフレデリクを休ませるために厩に預けた。そして、エリクたちが聞いてきた穴場へと向かうことにした。
 地図を見ながら街道からそれた小道を行くと、広葉樹に混じって白樺の木がちらほらと見え始めた。もうしばらく行くと、沢が横に流れていくのが分かった。小さな沢だったが、小道沿いに上流へとつながっているので、その先に泉があるという確信は強まっていった。
「白樺に泉、本当の話みたいね。このみちも遊歩道っぽいし」
 今まで疑っていたのか、リゼットが嬉しそうに道を歩いていた。その足取りは軽い。
 しばらく行くと、泉が見えてきた。滝と言うほど大きくはないが、二段になっている滝のように、水が階段の上を滑り降りていた。その一番上は水が膨らんで湧き出ていた。みるからに泉だ。
 そして、上から下に、滝つぼのほうに目をやると、確かに木漏れ日を受けてキラキラと輝く水滴が二重の虹を作っていた。
「きれい!」
 リゼットは、そう言って泉の中に手を突っ込んだ。
「冷たい! この水、飲めるんでしょ?」
「飲めるっておじさんは言っていたわ。私も飲んでみようかな。きれいだし」
 そう言って、ジャンヌが先に水をすくって飲んだ。
 はしゃぐ女子二人を見ながら、クロヴィスは周りの高山植物を見て回った。
「どれも、珍しいものばかりだ」
 クロヴィスは高山植物や貴重な花を目でしっかりと見て覚えた。あとで町に帰ったとき、本屋があればそこで今見た植物のおさらいをしよう、そう考えた。
 その時だった。
 エリクが、ふと、白樺の木の陰に誰かがいるのを見つけて、クロヴィスをつついた。
「分かってる。向こうがどう出るか、こちらも伺おう」
「うん、でもクロヴィス、あのひと、きっと出てこられないんだと思う」
「なんでだ?」
「そんな気がするから」
 エリクは、そう言って少し不安そうな顔をした。そして、気の陰から出てこない人物に手を差し伸べた。すると、そっと、白い手が伸びてきて、エリクの手を取った。
 エリクが差し出した手を取ってクロヴィスの前に現れたのは、なんと、あの時道端にあった家にいた女性だった。
「ジャンヌ、リゼット」
クロヴィスは、水辺ではしゃぐ女子二人の襟首をつかみ、こちらに引き寄せた。
 ふたりは、悪態をつきながらクロヴィスから離れると、突然目の前に現れた女性に目を丸くした。
「客人だ」
 クロヴィスがそう言うと、ジャンヌとリゼットはそろって咳払いをして、少し乱れていた髪と服装を整えた。
「ジャンヌです、よろしくね」
「リゼットよ。よろしく」
 二人はそれぞれすました顔で手を差し出してきたので、クロヴィスは思わず吹き出してしまった。しかし、客人の女性はまじめな顔で二人の手を取った。
「セリーヌと言います。よろしくお願いします」
 セリーヌと名乗ったその女性はプラチナブロンドを輝かせ、にこりと笑った。そんなに美人ではない普通の女性で、年ごろはジャンヌより少し上と言ったところか。知的な印象を受けた。
「ところでセリーヌさん、あなたどうしてここへ?」
 リゼットが、自分の髪をまとめている三つ編みをほどいて、もう一度結いなおしながら問いかけた。皆はそこら辺にある岩に座って円くなっていた。
「皆さんを追いかけていたら、ここに来ていました」
 答えて、セリーヌは周りを見渡した。
「この高原にも、こんなにいい場所があったんですね」
「どうして僕たちを追いかけていたんですか?」
 エリクが質問をすると、セリーヌはまたにこりと笑った。
「羨ましかったからです」
「羨ましかった? あたしたちが?」
 ジャンヌが言いながら髪を整えている。セミロングの赤毛に垂れ下がった三つ編みを結いなおす。ジャンヌもリゼットも同じようなことをしていた。
「羨ましいですよ。私みたいなものからすれば」
「そういえば、あなた家族は? まさか、あの家で一人ってことないよね」
 ジャンヌの問いに、セリーヌは少し寂しそうな顔をした。
「一人です。家族は皆、私の研究に理解を示してくれなくて。まともな職に就かないなら勘当だ、と言われ、二度と家の敷居をまたぐことを許されなくなりました。だから、あなたたちが羨ましくて、ずっと見ていたくて、ついここまでついてきてしまいました」
「なるほどねえ」
 リゼットは、三つ編みを結い終わって、髪を手櫛で整え始めた。
「話は大体わかったわ。それで、最後の質問。あなたの研究って何なの?」
 それは、誰もが聞きたい内容だった。リゼットはじっとセリーヌを見た。彼女はその瞳に気圧され、少しだけのけぞった。
「せ、生物学研究です。一応、生物学者として教鞭をとっているのですが、今は研究のためにあの家を借りてこの地域の生き物を研究しようと。専門はランサーの研究なんですが」
「ランサー、竜だね。母に聞いたことがある。いろいろな竜がいるんでしょう?」
 エリクが答えると、セリーヌは嬉しそうに笑った。
「はい。カメのような姿のものもいれば、翼竜のようなものも。海に住むランサーではクジラのようなものもいるんですよ。彼らは高度な知能を持っていて、人間に化けることもできると言います。もっとも知能が高いのは長毛種の犬と翼竜とが混じったような、恐竜のようなものだと言われています。それが真珠を生み出す鱗を持っている美しいランサーで、自分のうろこを整えるときに時折真珠を噛むことから、別名真珠を噛む竜と言われています。海に住むクジラのような竜は、サファイアを体の中から生み出すと言われています。真珠を噛む竜と似ていて、とても大きなサファイアを生み出すことから、サファイア・ランサーと言われています。深海にも潜れるので、なかなかか姿を現さないんですよ」
 そこまで説明して、セリーヌは深くため息をついた。そして満足げな表情で笑った。
「みなさん、話を聞いてくださってありがとうございます。こんなに晴れ晴れとした気分は初めてです」
 そして、一人、その場を立って、去ろうとした。
 すると、誰かがセリーヌの服を引っ張って止めた。エリクだった。
「待って。もう少し話を聞かせてよ。それに、君はまだ僕たちのことを知らないでしょ。僕も、もっと家族のことを知りたいし、僕たちが本当に家族になれているかも知りたい。セリーヌ、いろいろと教えてほしいことがたくさんあるんだ」
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