真珠を噛む竜

るりさん

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第十章 月下美人

核戦争の爪痕

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 同じ場所にもう一度野宿することが決まり、クロヴィスは、リゼットを呼んで残りの旅費の確認をした。これから旅先で売る物も決めなければならないし、この一日でやることはたくさんあった。
 残りの旅費には余裕があった。前までいた国でかなり香水が売れたからだ。だが、油断はできなかった。
「この国はちょっと物価が高いんだよね」
 ジャンヌが、そう言ってちらりとセリーヌを見た。セリーヌは視線を返すと頷いて皆を見渡した。
「ここに来てから何回か論文を飛脚に預けたのですが、前の国の二倍は取られました。この国は復興途中というのもありますし、通貨が違うというのもあるのですが。それに、言葉が少し違うようです。私たちが訛っているのか、こちらが訛っているのかは分からないのですが」
 すると、エリクがハッとしたように驚いてイェリンを見た。
「ねえイェリン、そう言えば君は、僕たちと同じ言葉を話しているよね。どうして?」
 すると、イェリンは突然焦りだして、困った顔でエリクを見た。そんなイェリンを助けたのは、ナリアだった。
「イェリンさんは標準英語、つまり、この世界を以前制していたブリテンという国の英語を話しています。この国は王制を布く際に、大陸の言語圏の移民を農民として受け入れた過去があります。だから、この国を支えてきた農家の人たちの言葉がこの国の公用語であった英語と混じって訛ってしまっているのです。ですから、イェリンさんはこの国の農民出身でない、もしくは絶対王制が布かれる前の時代の人間や、違う国の人間である可能性が高いでしょう」
 ナリアの説明に、少し納得のいかないところがあったのか。リゼットが手を挙げてナリアに質問をした。
「ナリア様、イェリンが貴族だったり他の国の人間だったりするのは分かります。でも、時代を超えてここにいるなんてこと、あるんでしょうか」
 その質問には、アースが答えた。
「イェリンの英語は純粋な英国のものだ。訛りも全くないといっていい。むしろ、リゼットが肯定しているほうが不自然なんだ。彼女の不自然さを埋める最も簡単な答え、それは、地球への渡航だ」
「地球への渡航?」
 リゼットが、驚いて声を上げた。
「待って、星の人以外でこの星と地球を行き来できる人がいるんですか?」
 アースは、頷いた。ナリアが、少し真剣な顔でリゼットを見た。
「惑星間渡航者という、空間跳躍能力を持った人間が、その星に一人だけ、存在するのです。わたくしたちの話している英語はブリテンの持っていた純粋で美しいものとは少し違っていて、それぞれの国の特徴を持っています。リゼットや皆さんのいた国にならば、フランスの訛りが少し入っているといえましょう」
「フランス? それは国の名前ですか?」
 ジャンヌが訝し気に聞いてきたので、ナリアは頷いて応えた。
「あなた方が住んでいる土地を、ずいぶん昔に支配していた国の名前です。今でこそ私たちは英語を話していますが、核戦争以前にあった国の訛りがあるのも事実」
「核戦争?」
 質問がどんどん出てくる。今度は、何かの引っかかりがあったらしく、クロヴィスが真剣な面持ちで聞いてきた。それには、ナリアが答えた。
 彼女は少しだけ長い話になる、と付け加えて話し出した。
「この星で行われた、最も大きな戦争です。核爆弾、つまり、すべての生命に対する毒を持った恐ろしい爆弾を使った大きな戦争が、はるかな昔にこの星であったのです。そのためにこの星の地形は変わり、核の冬と呼ばれる長く冷たい冬が訪れました。人々は惑星間渡航者の力で暁の星へと移民として逃れ、この星を厳冬の惑星と呼びました。そして、長い間、時間をかけて、この星は復興を果たして今のようになりました。しかし、その厳冬の惑星がそうなる前、つまり、核戦争が起こる前にパラレルワールドが出来上がったのです。多くの人が望む、核戦争が起こる前の地球、過ちを犯さなかった地球。それが、アースです。一つの地球はナリアとアース、二つに分かれました。そして、私たち星の人も一つの源流を持つ別の存在として生まれました」
 ナリアはそこでいったん話を切って、アースを見た。暗い顔をしてはいないが、明るくもない。
「イェリンさん、あなたからは惑星間渡航者の力は感じません。でも、この星には決して存在しないオリジナルの英語を話している。地球の方であることは明白です。あなた方の事情を、わたくしたちに話していただけませんか?」

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