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第5話 ハーレー作り
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「なにしてるの?」
不意に声をかけられビクッとする。
振り返ると妹が戸口に立っていて、訝しそうにこちらを眺めていた。
「あ、いや、これはあれだ、ごちそうさましてたところ」
「そんなに真剣に!? てかまだ食べ終わってないじゃん!」
妹は勉強机の上を指さした。
そこには食べかけの朝食がある。
「私の部屋の方を向いてるのも意味わかんないし!」
「食べてる最中にも食材や作り手への感謝を忘れないことにしてるんだよ」
「それ、いつもみたいにお兄ちゃんが自分で作ったんじゃないの?」
「いつもご飯を作ってくれてありがとう、俺!」
やけくそ気味に叫んで朝食の残りを掻き込む。
そして妹に向き直り身振りで、まあとりあえず部屋に入れ、と指示する。
妹は後ろ手に扉を閉めてベッドに座った。
「いいよ、急がなくても」
俺が無理やり飲み込もうとしているのを察したようで、気遣ってくれる。
お言葉に甘えてゆっくりと咀嚼した。
そのまま三十秒ほどが過ぎた。
「……まだ?」
さすがにしびれを切らしたらしい。
俺は自分の胸をどんどんと叩きながらグラスを傾けるジェスチャーをする。
妹は「もー」と不満そうな声を漏らしながら部屋を出て行った。
階段をとたとたと下りる音が響いてくる。
しばらくして一杯の水を持って戻ってきた。
手振りで軽く謝意を示してからグラスを受け取り飲み干した。
ふう、と一息ついてからベッドに腰掛ける妹をあらめて見た。
紺色のニットに下はグレーのリブパンツ。
よく見かける部屋着だ。
肩にかかるほどの黒髪で、毛先が少し内側に跳ねていた。
身内贔屓を抜きにしても、かなり端正な顔立ちをしている。
今はまだあどけなさが残っているけれど、そのうち誰もが振り返る美人に成長することは明らかだった。
それに加え頭も性格もいいときている。
ほんと、自慢の妹だ——ったんだけどなぁ……。
いや、もちろん今でも自慢で大切な妹には変わりないんだけど、なんだかなぁ……。
幼い日の無邪気な妹とハーレムについて熱く語る昨日の妹が脳裏で二重写しになる。
「ど、どうしたのお兄ちゃん。泣きそうな顔になってるけど」
「お前の成長を実感してな……歯を食いしばってるんだよ」
「そういうときは感動を噛みしめるんじゃないの?」
いつまでも打ちひしがれているわけにもいかないと思い、俺は妹と向き合った。
「それで、どうした」
「昨日の話の続き」
妹はにっと歯を見せる。
……うん、まぁそうだろうなと思ってたけどね。
でもできればもう少し頭の中を整理してから相対したかった。
妹を説得し、納得させるだけの言葉を俺は持ち合わせていない。
「昨日の話っていうのはあれか、ハーレーを作れっていう」
現実を直視したくなかった俺は適当なことを口走った。
「ハーレムね。私がごついバイクを作れなんていうわけないでしょ」
「あれ、そうだっけ? 聞き間違いかな。俺はてっきりハーレーを作ってほしいって頼まれたと思ってたんだけど」
「そんなわけないじゃん! 倫理観とか浮気とかの話もしたんだし」
「バイクを個人が作るなんて倫理的にどうなのかなーって思ってさ。それに俺はズーマー一筋だから、浮気するのはよくないなーって。お互い勘違いしてたみたいだな」
妹が何か言おうとしたが、俺は構わず続けた。
「でも可愛い妹の頼みだからな、俺にできることならしてやろうと思って承諾したんだけど、でもそれはあくまでハーレー作りに関してだからなー。それがハーレムとなると、話は別だね。別の話だね」
「……それで、ハーレーなら作れるの?」
「えっと」
俺は考える、までもなかった。
「無理だな」
妹は大きなため息をついた。
すごい肺活量だなと感心してしまう。
まあ俺が口走ったことを思うと、それだけ呆れられるのも無理はない。
やはり考えなしに思いついたことを、そのまま口にするのはよくないなと反省する。
「お兄ちゃん」
妹が俺を呼ぶ。
けれど、それ以上先を口にしなかった。
いや口にしないんじゃなくて、言葉が見つからないといったようすだ。
はたと視線がぶつかると、妹はどこか悲しげに笑った。
「冗談だよ、冗談」
俺は慌てて言った。
妹は本当に表情が豊かだ。
ただ喜怒哀楽を全力で表現するだけでなく、ちょっとした頬の強張りや眉尻の動きに心中がそのまま現れる。
そして俺はそれを十二分に察することができた。
もしかしたらそれは血を分けた兄妹だからこそ通じるものなのかもしれない。
妹が表情豊かなわけじゃなくて、俺と妹が特別なのだ。
変な意味ではなく、家族とはあるいはそういうものなのかもしれない。
「そうだよね、冗談だよね」
妹は胸に手を添えて安堵したように言った。
「もしかしたら嫌なのかと思ってびっくりしたよ。でもそんなわけないよね。だってお兄ちゃん、昨日すごく乗り気だったし」
「んん? 俺が乗り気だった?」
妹は俺の反応がさも意外だというように目を丸くした。
「うん。だって、しきりに頷きながら私の話を真剣に聞いてくれて、最後には『なるほどね』って納得してたし」
「ああ」
言った、言った、確かに言った。
でもそれは、いちいち口を挟むのも面倒くさいからとりあえず頷いとけ、みたいなぞんざいな相槌であって一切心は籠っていなかったんだけど……。
どうやらそのことにまるで気づいていなかったようだ。
なんだ、血の分けた兄妹とか関係ねえわ。
ただ妹が表情豊かなだけだわ。
「で、さっそくお兄ちゃんにハーレム作りの記念すべき第一歩を踏み出してもらおうと思って、こうして部屋を訪ねたの」
妹は嬉しそうに笑う。
俺は、その表情だけ切り取れればなあ、なんて現実逃避する。
不意に声をかけられビクッとする。
振り返ると妹が戸口に立っていて、訝しそうにこちらを眺めていた。
「あ、いや、これはあれだ、ごちそうさましてたところ」
「そんなに真剣に!? てかまだ食べ終わってないじゃん!」
妹は勉強机の上を指さした。
そこには食べかけの朝食がある。
「私の部屋の方を向いてるのも意味わかんないし!」
「食べてる最中にも食材や作り手への感謝を忘れないことにしてるんだよ」
「それ、いつもみたいにお兄ちゃんが自分で作ったんじゃないの?」
「いつもご飯を作ってくれてありがとう、俺!」
やけくそ気味に叫んで朝食の残りを掻き込む。
そして妹に向き直り身振りで、まあとりあえず部屋に入れ、と指示する。
妹は後ろ手に扉を閉めてベッドに座った。
「いいよ、急がなくても」
俺が無理やり飲み込もうとしているのを察したようで、気遣ってくれる。
お言葉に甘えてゆっくりと咀嚼した。
そのまま三十秒ほどが過ぎた。
「……まだ?」
さすがにしびれを切らしたらしい。
俺は自分の胸をどんどんと叩きながらグラスを傾けるジェスチャーをする。
妹は「もー」と不満そうな声を漏らしながら部屋を出て行った。
階段をとたとたと下りる音が響いてくる。
しばらくして一杯の水を持って戻ってきた。
手振りで軽く謝意を示してからグラスを受け取り飲み干した。
ふう、と一息ついてからベッドに腰掛ける妹をあらめて見た。
紺色のニットに下はグレーのリブパンツ。
よく見かける部屋着だ。
肩にかかるほどの黒髪で、毛先が少し内側に跳ねていた。
身内贔屓を抜きにしても、かなり端正な顔立ちをしている。
今はまだあどけなさが残っているけれど、そのうち誰もが振り返る美人に成長することは明らかだった。
それに加え頭も性格もいいときている。
ほんと、自慢の妹だ——ったんだけどなぁ……。
いや、もちろん今でも自慢で大切な妹には変わりないんだけど、なんだかなぁ……。
幼い日の無邪気な妹とハーレムについて熱く語る昨日の妹が脳裏で二重写しになる。
「ど、どうしたのお兄ちゃん。泣きそうな顔になってるけど」
「お前の成長を実感してな……歯を食いしばってるんだよ」
「そういうときは感動を噛みしめるんじゃないの?」
いつまでも打ちひしがれているわけにもいかないと思い、俺は妹と向き合った。
「それで、どうした」
「昨日の話の続き」
妹はにっと歯を見せる。
……うん、まぁそうだろうなと思ってたけどね。
でもできればもう少し頭の中を整理してから相対したかった。
妹を説得し、納得させるだけの言葉を俺は持ち合わせていない。
「昨日の話っていうのはあれか、ハーレーを作れっていう」
現実を直視したくなかった俺は適当なことを口走った。
「ハーレムね。私がごついバイクを作れなんていうわけないでしょ」
「あれ、そうだっけ? 聞き間違いかな。俺はてっきりハーレーを作ってほしいって頼まれたと思ってたんだけど」
「そんなわけないじゃん! 倫理観とか浮気とかの話もしたんだし」
「バイクを個人が作るなんて倫理的にどうなのかなーって思ってさ。それに俺はズーマー一筋だから、浮気するのはよくないなーって。お互い勘違いしてたみたいだな」
妹が何か言おうとしたが、俺は構わず続けた。
「でも可愛い妹の頼みだからな、俺にできることならしてやろうと思って承諾したんだけど、でもそれはあくまでハーレー作りに関してだからなー。それがハーレムとなると、話は別だね。別の話だね」
「……それで、ハーレーなら作れるの?」
「えっと」
俺は考える、までもなかった。
「無理だな」
妹は大きなため息をついた。
すごい肺活量だなと感心してしまう。
まあ俺が口走ったことを思うと、それだけ呆れられるのも無理はない。
やはり考えなしに思いついたことを、そのまま口にするのはよくないなと反省する。
「お兄ちゃん」
妹が俺を呼ぶ。
けれど、それ以上先を口にしなかった。
いや口にしないんじゃなくて、言葉が見つからないといったようすだ。
はたと視線がぶつかると、妹はどこか悲しげに笑った。
「冗談だよ、冗談」
俺は慌てて言った。
妹は本当に表情が豊かだ。
ただ喜怒哀楽を全力で表現するだけでなく、ちょっとした頬の強張りや眉尻の動きに心中がそのまま現れる。
そして俺はそれを十二分に察することができた。
もしかしたらそれは血を分けた兄妹だからこそ通じるものなのかもしれない。
妹が表情豊かなわけじゃなくて、俺と妹が特別なのだ。
変な意味ではなく、家族とはあるいはそういうものなのかもしれない。
「そうだよね、冗談だよね」
妹は胸に手を添えて安堵したように言った。
「もしかしたら嫌なのかと思ってびっくりしたよ。でもそんなわけないよね。だってお兄ちゃん、昨日すごく乗り気だったし」
「んん? 俺が乗り気だった?」
妹は俺の反応がさも意外だというように目を丸くした。
「うん。だって、しきりに頷きながら私の話を真剣に聞いてくれて、最後には『なるほどね』って納得してたし」
「ああ」
言った、言った、確かに言った。
でもそれは、いちいち口を挟むのも面倒くさいからとりあえず頷いとけ、みたいなぞんざいな相槌であって一切心は籠っていなかったんだけど……。
どうやらそのことにまるで気づいていなかったようだ。
なんだ、血の分けた兄妹とか関係ねえわ。
ただ妹が表情豊かなだけだわ。
「で、さっそくお兄ちゃんにハーレム作りの記念すべき第一歩を踏み出してもらおうと思って、こうして部屋を訪ねたの」
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