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希望はない
しおりを挟むそれから1週間がたった。
私は固く絞った雑巾で無心で磨いていた。
冷たい大理石の床は、私の手の熱をすぐに吸い取っていく。
雑巾がけをするたびに、手のひらの皮が剥け、赤く擦れて痛む。
でも、少しでも休むと私はお母様とお姉様に怒られてしまう。
「澪、そこ、まだ汚れてるわよ」
「……はい」
「こっちも早く掃除してくれない?」
「すみません……っ」
すぐに返事をし、力を込めて雑巾を滑らせた。
私には、何も言う権利がない。
あの日からずっと、部屋から出ることを禁じられ、スマホも壊されてしまった。
罰として家をピカピカに掃除することを言い渡されている。
外に出ることも、誰かと連絡を取ることも許されていない。
だから、一真さんが今どうしているのか、まったくわからなかった。
「……っ」
喉の奥がじんと熱くなる。
あの優しい眼差しも、あたたかく包んでくれた腕も、全部夢だったみたいに、今は遠い。
一真さんに……会いたい。
そう思った瞬間、母と父の話し声が耳に入った。
「3日後に凰条様とのお約束、取り付けましたわ」
「まったく、澪のせいで余計な時間を取らせてしまった」
「凰条様には、澪のスマホが壊れてしまったせいで連絡が取れなかったと説明しておきましたので」
「そうか。それなら問題ないな。あとは零を向かわせるだけだ」
私は雑巾を握りしめたまま、思わずうつむいた。
「せっかく零がその気になってくれたんだ。凰条家に嫁ぐのは零と決まっているんだ。澪なんか行かせたらどんな恥をかくか分かったもんじゃない」
「ええ、本当に。迷惑な子ですわ」
母の声に、憎しみが滲んでいるのがわかる。
どうして……いつからお父様とお母様は私に冷たくなってしまったんだろう。
「ふっ、いい気味ね?」
すると床を歩いていたお姉様が私に声をかけた。
「あたしに逆らうからこうなるのよ」
そうだ……。
お父様とお母様が冷たくなったのは、私がお姉様に逆らったからだった。
逆らった瞬間、お姉様は私に冷たくあたるようになった。
私を転ばせたり、両親からもらったものを壊したり隠したり、「無くしてしまった」と伝える度に両親はため息をついた。
そうやって劣等生の私が出来上がってきた。
それから、期待されることはなくなってしまった。
「あんたは劣等生なんだからずーっと家の使用人じみたことをして一生を終えればいいの」
「……っ」
「何よ、その目」
「い、いえ……」
その目をこっちに向けないで!
「きゃあ!」
私はお姉様に強く頬を引っ掻かれた。
「……い、痛……っ、」
頬からツゥと血がにじむ。
「そうそうそれでいいのよ。その顔じゃさすがに凰条さまも願い下げって言ってくるでしょ?まぁ、もう会うことはないけどねー!」
「う、う……」
「3日後、凰条さまと会って私のものにする。きっと長く時間を過ごしたらあんたよりも私の方がいいって思うはずだわ。凰条家に劣等生が入ったら血を汚すことになりかねないものね?キャハハハハ」
お姉様はバカにしたように笑い立ち去っていった。
お姉様の言うとおりだ。
一真さんはこのままの私でいいと言ってくれた。
でも劣等生の私が凰条家に入れば、評価を落としかねない。
一真さんも零お姉様から私のことを聞いたら、好きじゃなくなるかもしれない。
「……っ」
床にぽたりと涙が落ちた。
私は幸せになることは出来ない。
それは生まれながらにして決められていたんだ。
期待なんて持ってはいけなかった。
私の生きる意味は言われたことをその通りに全うするだけ──。
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