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第1章
3~4話
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3話:奇妙な合流
「さて、送迎車はもうすぐ来るはずだが……君、随分と早くから来ていたようだね」
主催者はにこやかに、しかしどこか含みのある声で言った。その顔は街灯の光でようやく判別できる程度だが、妙に整った顔立ちをしている。年齢は三十代後半から四十代くらいだろうか。細身のスーツが夜の闇に溶け込みそうだ。
「はい……集合時間を勘違いしまして」
俺は正直に答えた。情けない話だが、言い訳するのも面倒だった。
「なるほど、それは申し訳ない。私の表記が不十分だったかな。しかし、よくこの場所で夜まで待っていられたものだ。感心するよ、その情熱には」
主催者はそう言うと、俺の顔をじっと見つめてきた。その視線は、まるで値踏みでもされているようで居心地が悪い。俺がモノマネをしていたのを見られたことについて、特に何も言わないのも不気味だった。
沈黙が数秒流れる。その間、俺は主催者の纏う独特の雰囲気に圧倒されていた。普通の俳優事務所の人間とは、明らかに違う。
「おや、あちらにも来たようだね」
主催者が視線を上げた先には、一台のワゴン車がゆっくりと近づいてくるのが見えた。ヘッドライトの光が眩しい。ワゴン車は俺たちの目の前で停車し、中からぞろぞろと数人の男が降りてきた。皆、俺と同じくらいの年齢に見える。
「君たちも、ご苦労様。ようこそ、この合宿へ」
主催者は優雅な仕草で、新しく来た参加者たちを迎えた。彼らは皆、少し緊張した面持ちで、互いに顔を見合わせている。俺のように早く来てしまった者がいなくて、少しだけ安心した。
「さあ、乗りたまえ。合宿所はもう目と鼻の先だ」
促されるまま、俺たちはワゴン車の後部座席に乗り込んだ。車内はすでに数人の参加者で埋まっていて、狭苦しい。ざっと見回すと、全員が男だ。やっぱり参加条件に書かれていたことは本当だったんだな、と改めて思う。
主催者は運転席に座ると、サイドミラー越しに俺たち全員の顔を一人ずつ確認していくようだった。その視線が俺に重なった瞬間、ゾクリと背筋が凍るような悪寒が走った。
車は静かに、しかし確実に、暗闇の中へと走り出した。窓の外は漆黒の闇に包まれ、どこへ向かっているのかも分からない。
俺は、この合宿の「怪しさ」が、始まったばかりなのだということを悟った。これから何が起こるのか、期待よりも不安が胸いっぱいに広がっていた。
4話:隣の席の男
ワゴン車が走り出してすぐに、隣の席に座っていた男が俺に話しかけてきた。そいつは、俺と同じくらいの年のようで、坊主頭に鋭い目つきをしていた。
「な、なあ、あんた。何時から来てたんだ?」
声は少し低く、どこかぶっきらぼうな印象だ。
「えっと、俺、朝の11時から」
正直に答えると、坊主頭の男は目を見開いた。
「はぁ!? マジかよ!? あの主催者、午後11時って書き方、紛らわしすぎだろ! 俺も危うく間違えるとこだったわ」
そう言って、そいつは苦笑した。俺と同じような思いをした人間がいて、少し気が楽になった。
「だよな! 俺、マジで途方に暮れてたんだよ」
「ははっ、そりゃ災難だったな。で、あんた、どこから来たんだ? 俺は埼玉」
「俺は千葉。ハルキって言うんだ。藤原ハルキ」
俺がそう自己紹介すると、坊主頭の男は小さく頷いた。
「俺は高橋健太。よろしくな、ハルキ」
健太はそう言って、軽く拳を突き出してきた。俺もそれに合わせて拳を合わせた。少し荒っぽい感じだが、悪い奴ではなさそうだ。
「タカシは、いくつ?」
「18。あんたも?」
「うん、俺も18」
同い年で、しかも境遇が似ているとわかって、少し打ち解けた気がした。車内の緊張感が、ほんの少し和らいだように感じる。
「んで、ハルキは俳優志望か? それとも監督?」
タカシは真っ直ぐな目で俺を見て尋ねた。
「俺は俳優志望。ずっと役者になりたくて、この合宿見つけたんだ」
俺が熱っぽくそう言うと、健太は「へえ」と興味深そうに頷いた。
「俺も俳優志望。でも、ちょっとこの合宿、怪しくね?」
健太は声を潜めて、そう尋ねてきた。俺の抱いていた不安を、まさに言い当てられた気がした。
「だよな……。俺もそう思ってる。特に、あの主催者」
俺たちは顔を見合わせ、小さく息を吐いた。少なくとも、この合宿で頼れる仲間が一人できたことは、不幸中の幸いだった。
しかし、同時に、健太もまたこの合宿の「怪しさ」を感じていることに、俺は得体の知れない不安を覚えずにはいられなかった。
「さて、送迎車はもうすぐ来るはずだが……君、随分と早くから来ていたようだね」
主催者はにこやかに、しかしどこか含みのある声で言った。その顔は街灯の光でようやく判別できる程度だが、妙に整った顔立ちをしている。年齢は三十代後半から四十代くらいだろうか。細身のスーツが夜の闇に溶け込みそうだ。
「はい……集合時間を勘違いしまして」
俺は正直に答えた。情けない話だが、言い訳するのも面倒だった。
「なるほど、それは申し訳ない。私の表記が不十分だったかな。しかし、よくこの場所で夜まで待っていられたものだ。感心するよ、その情熱には」
主催者はそう言うと、俺の顔をじっと見つめてきた。その視線は、まるで値踏みでもされているようで居心地が悪い。俺がモノマネをしていたのを見られたことについて、特に何も言わないのも不気味だった。
沈黙が数秒流れる。その間、俺は主催者の纏う独特の雰囲気に圧倒されていた。普通の俳優事務所の人間とは、明らかに違う。
「おや、あちらにも来たようだね」
主催者が視線を上げた先には、一台のワゴン車がゆっくりと近づいてくるのが見えた。ヘッドライトの光が眩しい。ワゴン車は俺たちの目の前で停車し、中からぞろぞろと数人の男が降りてきた。皆、俺と同じくらいの年齢に見える。
「君たちも、ご苦労様。ようこそ、この合宿へ」
主催者は優雅な仕草で、新しく来た参加者たちを迎えた。彼らは皆、少し緊張した面持ちで、互いに顔を見合わせている。俺のように早く来てしまった者がいなくて、少しだけ安心した。
「さあ、乗りたまえ。合宿所はもう目と鼻の先だ」
促されるまま、俺たちはワゴン車の後部座席に乗り込んだ。車内はすでに数人の参加者で埋まっていて、狭苦しい。ざっと見回すと、全員が男だ。やっぱり参加条件に書かれていたことは本当だったんだな、と改めて思う。
主催者は運転席に座ると、サイドミラー越しに俺たち全員の顔を一人ずつ確認していくようだった。その視線が俺に重なった瞬間、ゾクリと背筋が凍るような悪寒が走った。
車は静かに、しかし確実に、暗闇の中へと走り出した。窓の外は漆黒の闇に包まれ、どこへ向かっているのかも分からない。
俺は、この合宿の「怪しさ」が、始まったばかりなのだということを悟った。これから何が起こるのか、期待よりも不安が胸いっぱいに広がっていた。
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「な、なあ、あんた。何時から来てたんだ?」
声は少し低く、どこかぶっきらぼうな印象だ。
「えっと、俺、朝の11時から」
正直に答えると、坊主頭の男は目を見開いた。
「はぁ!? マジかよ!? あの主催者、午後11時って書き方、紛らわしすぎだろ! 俺も危うく間違えるとこだったわ」
そう言って、そいつは苦笑した。俺と同じような思いをした人間がいて、少し気が楽になった。
「だよな! 俺、マジで途方に暮れてたんだよ」
「ははっ、そりゃ災難だったな。で、あんた、どこから来たんだ? 俺は埼玉」
「俺は千葉。ハルキって言うんだ。藤原ハルキ」
俺がそう自己紹介すると、坊主頭の男は小さく頷いた。
「俺は高橋健太。よろしくな、ハルキ」
健太はそう言って、軽く拳を突き出してきた。俺もそれに合わせて拳を合わせた。少し荒っぽい感じだが、悪い奴ではなさそうだ。
「タカシは、いくつ?」
「18。あんたも?」
「うん、俺も18」
同い年で、しかも境遇が似ているとわかって、少し打ち解けた気がした。車内の緊張感が、ほんの少し和らいだように感じる。
「んで、ハルキは俳優志望か? それとも監督?」
タカシは真っ直ぐな目で俺を見て尋ねた。
「俺は俳優志望。ずっと役者になりたくて、この合宿見つけたんだ」
俺が熱っぽくそう言うと、健太は「へえ」と興味深そうに頷いた。
「俺も俳優志望。でも、ちょっとこの合宿、怪しくね?」
健太は声を潜めて、そう尋ねてきた。俺の抱いていた不安を、まさに言い当てられた気がした。
「だよな……。俺もそう思ってる。特に、あの主催者」
俺たちは顔を見合わせ、小さく息を吐いた。少なくとも、この合宿で頼れる仲間が一人できたことは、不幸中の幸いだった。
しかし、同時に、健太もまたこの合宿の「怪しさ」を感じていることに、俺は得体の知れない不安を覚えずにはいられなかった。
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