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第1章
7~8話
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7話:鏡の部屋の選択
「どこかの部屋……ですか?」
高橋健太が、不安げに九条雅人に尋ねた。九条は、その問いに薄く笑うだけだった。
「そうだ。このホテルには、様々な趣向を凝らした部屋がある。君たちはこれから、それぞれの感性で、今夜を過ごす部屋を選んでもらう」
九条はそう言って、古びたホテルのロビーの奥にある、埃をかぶった廊下を指差した。その先は真っ暗で、何を意味するのか全く想像がつかない。
「ただし、選べるのは一人一部屋だ。そして、一度選んだら、合宿中は原則としてその部屋を使うことになる」
九条の言葉に、参加者たちは互いに顔を見合わせた。この不気味な廃ラブホテルで、一人一部屋? まるで、それぞれが違う監獄に入れられるような気分だ。
「さあ、案内しよう」
九条は先に立って、ロビーの奥へと進んでいく。俺たちはためらいながらも、その後を追った。ロビーは薄暗く、埃とカビの匂いが充満している。
かつては華やかだったであろう内装は、見る影もなく荒れ果てていた。
廊下の奥には、いくつものドアが並んでいる。ドアにはそれぞれ、褪せたフォントで部屋番号が書かれていた。九条は立ち止まると、振り返って俺たちを見た。
「さあ、直感で選べ。君たちの本能が、どの部屋を選ぶか、楽しみだな」
九条の言葉は、まるで俺たちを試しているかのようだった。他の参加者たちは戸惑いながらも、恐る恐るドアに近づいていく。
田中剛は躊躇なく、一番手前の、比較的シンプルなドアを選んで中に入っていった。
鈴木亮太は、しばらく迷った後、奥のほうにある少しだけ豪華そうなドアを選んだ。
俺はどの部屋にしようかと考えた。
できるだけ、変な部屋は避けたい。だが、どの部屋も外からは分からない。そんな時、ふと視界の隅に、他の部屋とは明らかに違う、奇妙なドアが目に入った。
そのドアは、他のものより少しだけ大きく、そして、ドアの表面全体が、まるで鏡のように光を反射しているのだ。
「……何だ、あの部屋?」
思わず呟くと、高橋健太が俺の隣で立ち止まった。
「あそこか? なんかヤバそうだな」
高橋も同じように、その鏡のドアに目を向けていた。だが、俺はなぜか、その部屋に強く惹きつけられた。奇妙だが、どこか魅力的だ。
俳優として、誰も選ばないような、あえて奇抜な選択をするべきではないか? そんな奇妙な思考が頭をよぎった。
九条の視線が、俺と高橋の間に向けられているのを感じる。俺の決断を待っているようだ。
「俺、ここにします」
俺は意を決して、その壁と天井が鏡になっているらしい部屋のドアを指差した。高橋が驚いた顔で俺を見た。
「マジかよ、ハルキ! そこ、なんか絶対変だろ!」
高橋の言葉に、九条はフッと薄く笑った。
「ほう……面白い。藤原ハルキ君。君は、自分の内面と向き合う覚悟があるようだね」
九条の言葉の真意は掴めなかったが、俺はもう後戻りできない。鏡のドアの前に立ち、ゆっくりとノブに手をかけた。ヒヤリとした冷たい感触が、手のひらに伝わる。
軋むような音を立ててドアが開くと、そこには――想像を絶する光景が広がっていた。
8話:鏡に囲まれた部屋
ドアを開けた瞬間、俺は思わず息をのんだ。
そこは、文字通り壁も天井も、全てが鏡で覆われた部屋だった。床は黒いビニールレザーのような素材で、中央にはやけに大きな、しかし埃まみれの回転ベッドが鎮座している。
部屋全体が自分の姿を無限に映し出し、まるで万華鏡の中に迷い込んだような錯覚に陥った。奥にはバスルームらしき磨りガラスのドアが見える。
「うわ……マジかよ」
隣にいた高橋健太が、俺の後ろから覗き込んで、思わず声を漏らした。鏡に映る自分の姿が、いくつも、いくつも、どこまでも続いていく。気持ち悪いような、吸い込まれるような、なんとも言えない奇妙な感覚に襲われた。
九条雅人は、そんな俺たちを見て、満足げに口角を上げた。
「素晴らしい選択だ、藤原ハルキ君。ここでは、君の演技の全てが、君自身に問いかけられることになるだろう」
九条の言葉は、まるでこの部屋の異様さを肯定しているかのようだった。彼の言葉に、俺は少し背筋が凍るのを感じた。自分の全てが映し出される部屋で、一体何が始まるというのか。
「では、各自、選んだ部屋へ。荷物を置いて、すぐにロビーに戻りたまえ。合宿は、もう始まっている」
九条がそう告げると、他の参加者たちもそれぞれの部屋へと消えていった。高橋も俺の部屋をちらりと見てから、どこか落ち着かなげに、別の部屋へと向かっていった。
俺はゆっくりと部屋の中へ足を踏み入れた。一歩踏み出すたびに、鏡に映る自分の姿が揺れ動く。普段見慣れているはずの自分の顔が、無数の鏡に囲まれることで、まるで他人のように見えてくる。
部屋の中央にある回転ベッドも、妙に不気味だ。その横には、ホコリをかぶったミラーボールまで設置されていた。
ここに泊まるのか……。俺は、持っていたリュックを回転ベッドの端に置き、部屋を見回した。鏡に映る自分の顔は、期待と不安、そしてわずかな恐怖が入り混じった表情をしていた。
これから始まる合宿で、この鏡の部屋が、俺に何を見せることになるのか。そして、九条雅人の言う「演技の本質」とは、一体何なのだろうか?
俺は、一抹の不安を抱えながらも、九条の指示に従い、再びロビーへと戻るため、部屋を後にした。
「どこかの部屋……ですか?」
高橋健太が、不安げに九条雅人に尋ねた。九条は、その問いに薄く笑うだけだった。
「そうだ。このホテルには、様々な趣向を凝らした部屋がある。君たちはこれから、それぞれの感性で、今夜を過ごす部屋を選んでもらう」
九条はそう言って、古びたホテルのロビーの奥にある、埃をかぶった廊下を指差した。その先は真っ暗で、何を意味するのか全く想像がつかない。
「ただし、選べるのは一人一部屋だ。そして、一度選んだら、合宿中は原則としてその部屋を使うことになる」
九条の言葉に、参加者たちは互いに顔を見合わせた。この不気味な廃ラブホテルで、一人一部屋? まるで、それぞれが違う監獄に入れられるような気分だ。
「さあ、案内しよう」
九条は先に立って、ロビーの奥へと進んでいく。俺たちはためらいながらも、その後を追った。ロビーは薄暗く、埃とカビの匂いが充満している。
かつては華やかだったであろう内装は、見る影もなく荒れ果てていた。
廊下の奥には、いくつものドアが並んでいる。ドアにはそれぞれ、褪せたフォントで部屋番号が書かれていた。九条は立ち止まると、振り返って俺たちを見た。
「さあ、直感で選べ。君たちの本能が、どの部屋を選ぶか、楽しみだな」
九条の言葉は、まるで俺たちを試しているかのようだった。他の参加者たちは戸惑いながらも、恐る恐るドアに近づいていく。
田中剛は躊躇なく、一番手前の、比較的シンプルなドアを選んで中に入っていった。
鈴木亮太は、しばらく迷った後、奥のほうにある少しだけ豪華そうなドアを選んだ。
俺はどの部屋にしようかと考えた。
できるだけ、変な部屋は避けたい。だが、どの部屋も外からは分からない。そんな時、ふと視界の隅に、他の部屋とは明らかに違う、奇妙なドアが目に入った。
そのドアは、他のものより少しだけ大きく、そして、ドアの表面全体が、まるで鏡のように光を反射しているのだ。
「……何だ、あの部屋?」
思わず呟くと、高橋健太が俺の隣で立ち止まった。
「あそこか? なんかヤバそうだな」
高橋も同じように、その鏡のドアに目を向けていた。だが、俺はなぜか、その部屋に強く惹きつけられた。奇妙だが、どこか魅力的だ。
俳優として、誰も選ばないような、あえて奇抜な選択をするべきではないか? そんな奇妙な思考が頭をよぎった。
九条の視線が、俺と高橋の間に向けられているのを感じる。俺の決断を待っているようだ。
「俺、ここにします」
俺は意を決して、その壁と天井が鏡になっているらしい部屋のドアを指差した。高橋が驚いた顔で俺を見た。
「マジかよ、ハルキ! そこ、なんか絶対変だろ!」
高橋の言葉に、九条はフッと薄く笑った。
「ほう……面白い。藤原ハルキ君。君は、自分の内面と向き合う覚悟があるようだね」
九条の言葉の真意は掴めなかったが、俺はもう後戻りできない。鏡のドアの前に立ち、ゆっくりとノブに手をかけた。ヒヤリとした冷たい感触が、手のひらに伝わる。
軋むような音を立ててドアが開くと、そこには――想像を絶する光景が広がっていた。
8話:鏡に囲まれた部屋
ドアを開けた瞬間、俺は思わず息をのんだ。
そこは、文字通り壁も天井も、全てが鏡で覆われた部屋だった。床は黒いビニールレザーのような素材で、中央にはやけに大きな、しかし埃まみれの回転ベッドが鎮座している。
部屋全体が自分の姿を無限に映し出し、まるで万華鏡の中に迷い込んだような錯覚に陥った。奥にはバスルームらしき磨りガラスのドアが見える。
「うわ……マジかよ」
隣にいた高橋健太が、俺の後ろから覗き込んで、思わず声を漏らした。鏡に映る自分の姿が、いくつも、いくつも、どこまでも続いていく。気持ち悪いような、吸い込まれるような、なんとも言えない奇妙な感覚に襲われた。
九条雅人は、そんな俺たちを見て、満足げに口角を上げた。
「素晴らしい選択だ、藤原ハルキ君。ここでは、君の演技の全てが、君自身に問いかけられることになるだろう」
九条の言葉は、まるでこの部屋の異様さを肯定しているかのようだった。彼の言葉に、俺は少し背筋が凍るのを感じた。自分の全てが映し出される部屋で、一体何が始まるというのか。
「では、各自、選んだ部屋へ。荷物を置いて、すぐにロビーに戻りたまえ。合宿は、もう始まっている」
九条がそう告げると、他の参加者たちもそれぞれの部屋へと消えていった。高橋も俺の部屋をちらりと見てから、どこか落ち着かなげに、別の部屋へと向かっていった。
俺はゆっくりと部屋の中へ足を踏み入れた。一歩踏み出すたびに、鏡に映る自分の姿が揺れ動く。普段見慣れているはずの自分の顔が、無数の鏡に囲まれることで、まるで他人のように見えてくる。
部屋の中央にある回転ベッドも、妙に不気味だ。その横には、ホコリをかぶったミラーボールまで設置されていた。
ここに泊まるのか……。俺は、持っていたリュックを回転ベッドの端に置き、部屋を見回した。鏡に映る自分の顔は、期待と不安、そしてわずかな恐怖が入り混じった表情をしていた。
これから始まる合宿で、この鏡の部屋が、俺に何を見せることになるのか。そして、九条雅人の言う「演技の本質」とは、一体何なのだろうか?
俺は、一抹の不安を抱えながらも、九条の指示に従い、再びロビーへと戻るため、部屋を後にした。
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