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5話 フレッドの気持ち
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私の農作仲間にフレッドが加わって二か月ほどが経過した。
今日は、新しい作物を植える日である。
「姉上、準備ができましたよ」
「ご苦労さま。それじゃあ、始めましょうか」
「はい!」
私は、フレッドと一緒に畑へと足を踏み入れる。
今日の作業は、この前植えた薬草の隣に、新たに別の薬草を栽培することだった。
フレッドから苗を受け取り、土の上に挿していく。
「ねぇ、フレッド。一つ聞いていいかしら?」
「何でしょうか?」
「どうしてあなたは、わざわざこんなことをしているの?」
ずっと気になっていたこと。
それは、彼が自ら進んで農作業を行っていることだった。
「以前にも言ったではありませんか。僕も姉上と同じです。ただの趣味のようなものですよ」
「嘘ね。それにしては、やけに熱心に取り組んでいるように見えるけれど」
「それはまぁ……。せっかくやるのですから、頑張ろうと思っただけです」
「本当に?」
私はじっと彼の瞳を見つめる。
すると、フレッドは目を逸らすようにして視線をそらした。
「ほ、本当ですとも」
「ふぅん……」
私は少し考える。
今のフレッドの様子を見るに、何かを隠しているように思えたのだ。
「ねえ、フレッド。私達、姉弟よね?」
「は、はい。そうですね」
実を言えば、私と彼は血が繋がっていない。
私は、父アディントン侯爵とその正妻の娘。
一方のフレッドは、親戚筋の息子だ。
実の父は既に亡くなっており、未亡人となった彼の母親は私の父と再婚し、側室となった。
でも、そんなのは些細なことである。
「それなら、隠し事は無しにしましょう。私達は、お互いに支え合うべき存在なのだから」
「……分かりました」
フレッドは観念するように小さく息をつく。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「僕が畑仕事をやりたいと思うようになった理由は二つあります。まず、一つ目ですけど……。それは、母上のためです」
「フレッドのお母様のため?」
「はい。僕の母上の体調が良くなくて……。父上も一流の回復魔法使いやポーションを手配してくださってはいるのですが、治療が難航しているそうなのです。そこで、僕にも少しだけでもできることがないかなって……」
「…………」
私は黙り込む。
フレッドの母親が病気で寝込んでいる。
それは、『ドララ』で私が知っている設定と同じだった。
そこらの回復魔法やポーションでは治療できない、難病なのだ。
知っていたが、私は何もしなかった。
自分のバッドエンドを回避することを第一に考えていたからだ。
しかし、彼はそんな私と違って母親のために行動していたらしい。
その事実を知った瞬間、私の胸の中にはモヤッとした感情が湧き上がってきた。
「それで? もう一つはなんなのかしら」
「そ、それは……。姉上とお話をするきっかけになればいいなって思って……。最近の姉上は目つきが柔らかくなって、雰囲気が明るくなりました。義弟の僕とも仲良くしてくれるんじゃないかなと……」
「……っ」
私は思わず言葉に詰まる。
まさかフレッドの方から、そんな風に思われていたなんて。
正直、意外だった。
『ドララ』では、イザベラとフレッドの仲はすこぶる悪い設定だった。
正妻の娘であるイザベラは、義弟のフレッドに対して冷たく接し、フレッドもまたそれを甘んじて受け入れているという設定だ。
予知夢で彼が私の断罪に加担したのも、その仲の悪さが原因だったのかもしれない。
そんな彼が、こちらに歩み寄ってくれているのだ。
「私の雰囲気が明るくなったって? 冗談でしょう? 私はいつも通りよ」
「いえ、違いますよ。姉上は変わりました。だって、以前の姉上ならこんな畑仕事に興味を示さなかったでしょう?」
「それは……」
私は言葉を濁す。
確かに、以前の私はこんなことをしようとは思わなかっただろう。
自分で農作物を育てるなんて、時間の無駄だとしか考えていなかったはずだ。
だが、今は違う。
各種ポーションの材料となる作物を育てることで、将来のバッドエンドを回避するという目的がある。
だから、こうしてフレッドと一緒に作業をするようになったのだ。
「ねぇ、フレッド。あなたは、私と仲良くしたいの?」
私は尋ねる。
フレッドは一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。
「もちろんです。僕は、姉上の弟ですから」
「……」
私は黙り込む。
この子は本当に変わった。
予知夢で私の断罪に加担した者と同一人物とは思えない。
いや、変わったのは私か。
予知夢における過去を知ることはできないが、おそらくあの時間軸においてイザベラはフレッドに対して冷たく接していたのだろう。
『ドララ』での設定と同じように。
「分かったわ。それじゃあ、これからは姉弟らしく仲良くやりましょう。よろしくね」
「はい!」
元気よく返事をするフレッドを見て、私は微笑む。
そして、ふと疑問に思ったことを口に出した。
「ところで、フレッド。あなたのお母様の具合はよくないみたいだけど……。どういう病名だったかしら?」
「えっと……。実は、僕もよく知らないんです。母上や父上に聞いてみても教えてくれませんから」
「そう……」
私は考える。
フレッドの母親の病状について、調べておく必要があるかもしれない。
『ドララ』の知識がある私なら、できることもあるはずだ。
難病の治療に成功すれば、未来は変わる。
それが私にとっていい方向なのか悪い方向なのかは分からないが、大人しく過ごしているだけでは予知夢で見たバッドエンドが再現されてもおかしくない。
私はバッドエンドを変えるべく、引き続きフレッドと共に畑仕事に精を出していくのだった。
今日は、新しい作物を植える日である。
「姉上、準備ができましたよ」
「ご苦労さま。それじゃあ、始めましょうか」
「はい!」
私は、フレッドと一緒に畑へと足を踏み入れる。
今日の作業は、この前植えた薬草の隣に、新たに別の薬草を栽培することだった。
フレッドから苗を受け取り、土の上に挿していく。
「ねぇ、フレッド。一つ聞いていいかしら?」
「何でしょうか?」
「どうしてあなたは、わざわざこんなことをしているの?」
ずっと気になっていたこと。
それは、彼が自ら進んで農作業を行っていることだった。
「以前にも言ったではありませんか。僕も姉上と同じです。ただの趣味のようなものですよ」
「嘘ね。それにしては、やけに熱心に取り組んでいるように見えるけれど」
「それはまぁ……。せっかくやるのですから、頑張ろうと思っただけです」
「本当に?」
私はじっと彼の瞳を見つめる。
すると、フレッドは目を逸らすようにして視線をそらした。
「ほ、本当ですとも」
「ふぅん……」
私は少し考える。
今のフレッドの様子を見るに、何かを隠しているように思えたのだ。
「ねえ、フレッド。私達、姉弟よね?」
「は、はい。そうですね」
実を言えば、私と彼は血が繋がっていない。
私は、父アディントン侯爵とその正妻の娘。
一方のフレッドは、親戚筋の息子だ。
実の父は既に亡くなっており、未亡人となった彼の母親は私の父と再婚し、側室となった。
でも、そんなのは些細なことである。
「それなら、隠し事は無しにしましょう。私達は、お互いに支え合うべき存在なのだから」
「……分かりました」
フレッドは観念するように小さく息をつく。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「僕が畑仕事をやりたいと思うようになった理由は二つあります。まず、一つ目ですけど……。それは、母上のためです」
「フレッドのお母様のため?」
「はい。僕の母上の体調が良くなくて……。父上も一流の回復魔法使いやポーションを手配してくださってはいるのですが、治療が難航しているそうなのです。そこで、僕にも少しだけでもできることがないかなって……」
「…………」
私は黙り込む。
フレッドの母親が病気で寝込んでいる。
それは、『ドララ』で私が知っている設定と同じだった。
そこらの回復魔法やポーションでは治療できない、難病なのだ。
知っていたが、私は何もしなかった。
自分のバッドエンドを回避することを第一に考えていたからだ。
しかし、彼はそんな私と違って母親のために行動していたらしい。
その事実を知った瞬間、私の胸の中にはモヤッとした感情が湧き上がってきた。
「それで? もう一つはなんなのかしら」
「そ、それは……。姉上とお話をするきっかけになればいいなって思って……。最近の姉上は目つきが柔らかくなって、雰囲気が明るくなりました。義弟の僕とも仲良くしてくれるんじゃないかなと……」
「……っ」
私は思わず言葉に詰まる。
まさかフレッドの方から、そんな風に思われていたなんて。
正直、意外だった。
『ドララ』では、イザベラとフレッドの仲はすこぶる悪い設定だった。
正妻の娘であるイザベラは、義弟のフレッドに対して冷たく接し、フレッドもまたそれを甘んじて受け入れているという設定だ。
予知夢で彼が私の断罪に加担したのも、その仲の悪さが原因だったのかもしれない。
そんな彼が、こちらに歩み寄ってくれているのだ。
「私の雰囲気が明るくなったって? 冗談でしょう? 私はいつも通りよ」
「いえ、違いますよ。姉上は変わりました。だって、以前の姉上ならこんな畑仕事に興味を示さなかったでしょう?」
「それは……」
私は言葉を濁す。
確かに、以前の私はこんなことをしようとは思わなかっただろう。
自分で農作物を育てるなんて、時間の無駄だとしか考えていなかったはずだ。
だが、今は違う。
各種ポーションの材料となる作物を育てることで、将来のバッドエンドを回避するという目的がある。
だから、こうしてフレッドと一緒に作業をするようになったのだ。
「ねぇ、フレッド。あなたは、私と仲良くしたいの?」
私は尋ねる。
フレッドは一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。
「もちろんです。僕は、姉上の弟ですから」
「……」
私は黙り込む。
この子は本当に変わった。
予知夢で私の断罪に加担した者と同一人物とは思えない。
いや、変わったのは私か。
予知夢における過去を知ることはできないが、おそらくあの時間軸においてイザベラはフレッドに対して冷たく接していたのだろう。
『ドララ』での設定と同じように。
「分かったわ。それじゃあ、これからは姉弟らしく仲良くやりましょう。よろしくね」
「はい!」
元気よく返事をするフレッドを見て、私は微笑む。
そして、ふと疑問に思ったことを口に出した。
「ところで、フレッド。あなたのお母様の具合はよくないみたいだけど……。どういう病名だったかしら?」
「えっと……。実は、僕もよく知らないんです。母上や父上に聞いてみても教えてくれませんから」
「そう……」
私は考える。
フレッドの母親の病状について、調べておく必要があるかもしれない。
『ドララ』の知識がある私なら、できることもあるはずだ。
難病の治療に成功すれば、未来は変わる。
それが私にとっていい方向なのか悪い方向なのかは分からないが、大人しく過ごしているだけでは予知夢で見たバッドエンドが再現されてもおかしくない。
私はバッドエンドを変えるべく、引き続きフレッドと共に畑仕事に精を出していくのだった。
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