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37話 バレーボール部のユイ

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 現在の桃色青春高校の野球部は、龍之介、ミオ、アイリ、ノゾミの4人体制だ。
 来年の夏までに甲子園で優勝しないと、龍之介は退学処分となってしまう。

 現在参加している秋大会では、無事に1回戦を突破した。
 このまま好成績を収めて春の甲子園への切符を手にし、そこで優勝するのがベストだ。
 さすがにそこまでは上手くいかなくても、2回戦や3回戦あたりも突破して、勝利の経験を積んでいきたい。
 そのためには、4人体制では戦力不足だ。
 そこで龍之介は、新戦力をスカウトするために校内を歩き回っていた。

「有望な人なら誰でも大歓迎だが……。欲を言えば、キャッチャー向きの人材が欲しいな……」

 龍之介はそう呟きながら体育館の近くを歩く。
 これまでに手を伸ばしていない一帯だ。
 ウェイトリフティング部のミオは、校舎の一角にあるトレーニングルーム。
 合気道部のアイリは、校舎から少し離れた場所にある合気道の道場。
 陸上部のノゾミは、野球グラウンドの隣にある陸上部グラウンド。
 彼はそういった場所でスカウト活動を行ってきた。
 体育館は、今まで回ったことがなかった。
 有望な人材がいるかもしれない。

「まぁ一口に体育館って言っても、桃色青春高校の体育館はいくつかあるからなぁ……。どれかの体育館には逸材がいるだろ。まずはここ第一体育館からだな」

 龍之介はそう呟くと、体育館に足を踏み入れる。
 その瞬間だった。

「ぷごっ!?」

 彼の顔面に、ボールが直撃した。
 その衝撃で龍之介は倒れ、体育館の床に背中を打ち付ける。

「ぐっ……! い、今のは……?」

 龍之介は呆然とする。
 何が起こったのか、彼には理解できなかった。
 そんな彼の目の前に現れたのは――

「あら……? ごめんあそばせ。ボールが当たってしまいましたわ」

 金髪碧眼の美女であった。
 しかしどこか、日本人っぽさもある。
 彼女は、外国人の血を引くハーフなのかもしれない。

「き、君は……?」

「申し遅れましたわね。わたくしはユイと申しますわ」

「……ユイ?」

 龍之介が彼女の名前を繰り返す。
 その名前には聞き覚えがあったからだ。

「なぁ、俺たちってどこかで会ったことがないか?」

「うふふ、ナンパのつもりですの? 残念ながら、あなたには興味がありませんわ」

 ユイと名乗る金髪の美女は妖艶に微笑む。
 確かに美人ではあるのだが、どこか高飛車な印象を受けた。

「いやいや……ナンパじゃなくて、俺は君を知っている気がするんだよ」

「わたくしのことを? うふふ……。あなたがどこの誰なのか存じませんが、わたくしに惚れるのはやめておいたほうがよろしくてよ?」

「ち、違う! そんなつもりはなくて……!!」

 ユイの指摘を受け、龍之介は慌てて否定する。
 しかし、彼女は笑うばかりだった。

「ふふふ……。そういうことにしておいてあげますわ」

 ユイは龍之介に背を向ける。
 そして、傍らに落ちていたボールを回収し、体育館内のコートに戻っていく。

(あれは……バレーボールか……。いや、そうか。ユイと言えば……)

 龍之介は、ようやく思い至った。
 ユイの名前は、龍之介のクラスにも伝わっている。
 彼女はバレーボール部の2年生エースであり、校内にファンクラブがあるほどの人気者だ。
 龍之介はバレーボール部の練習を眺める。

「いくよー! ユイさん!!」

「ええ、いつでもよろしくてよ!!」

 ユイのチームメイトがサーブを打つ。
 彼女はそれを、巧みな動きでレシーブした。

「お見事! さすがユイさん!」

「ふふ……ありがとうございますわ」

 チームメイトの賞賛に、ユイが微笑みを浮かべる。
 その笑顔は可愛らしく、龍之介はドキリとした。

(なるほど……。ボールを受け止める能力に長けている……。そして何より、あの美貌は素晴らしい……)

 龍之介はユイに見惚れてしまう。
 思い立ったら即行動。
 それが龍之介の信条だ。

「よし、決めた! ユイさん!!」

 龍之介はそう叫ぶと、ユイに向かって一直線に駆ける。
 そして――

「俺の彼女になってくれ!」

 彼はコート上に膝をつくと、そのまま土下座をした。
 凄まじい行動の早さである。

「あ、あらあら……?」

 ユイが困惑した表情を浮かべる。
 しかし、龍之介は動じない。

「俺の名前は龍之介! ぜひ、俺と付き合って欲しい!!」

「ちょっと、あなた……。いきなり何を仰っているのかしら? 頭を上げてくださらない?」

「いいや! 上げない!! 俺は絶対にユイさんと付き合う!! そして、共に甲子園を目指すんだ!!」

「あ、あはは……。な、何を言っているのかしら? 面白い方ですわね……」

 龍之介の勢いに気圧されつつ、ユイは引きつった笑顔を浮かべる。
 だが、彼は一歩も引かない。

「ユイさんは既に素晴らしい美少女だ。しかし、たった1つだけ欠けているものがある。俺と付き合えばそれを克服することだって可能だと思う!!」

「はい? わたくしに欠けているもの……ですって?」

「ああ! ユイさんは胸が小さすぎる! 貧乳だ!! 俺が揉んで、大きくしてやるぜ!!」

「はぁ!?」

 ユイが素っ頓狂な声を上げる。
 だが、龍之介は止まらない。

「なぁに、大丈夫さ。俺がユイさんに、たわわに実った果実を授けてやろう!」

「――死になさいっ!!」

 ユイが強烈なサーブを龍之介に放つ。

「ぷげらっ!?」

 ボールは龍之介の顔面に直撃し、彼は意識を失ったのだった。
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