与えられた欠陥で、俺は神に復讐する

こへへい

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新しい世界

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 目を開く前に、意識が朧気ながら覚醒した。ゴツゴツとした地面の感触が寝心地を悪くしているものの、爽やかな風がひゅるる~っと体を撫でるのが心地よい。

 心地よい?おかしい。さっきまで真っ暗な世界の中で神と名乗る奴と話していたはずである。そして落とし穴に落とされるかもしれなかったが不可避なやつだったので、鍵を落とさないためのバネ状のビョンビョン紐(特別製)を利用して神を道連れにしようとしていたはず。だが右手にはその紐の感覚もなければ、神の気配もない。どうやら失敗したようだ。

 頭がガンガンでモヤモヤする。もしかしたら、二日酔いとはこのような感覚なのかもしれない。しかしモヤモヤしながらも、確かに感情はクリアだった。

「神の野郎、絶対に潰す!」

 クワッ!と目を開けた。
 そこに広がるのは、確かに真っ暗な世界だったが、満点の星達がポツポツキラキラと見えた。ここまで綺麗なのは見たことがない。地元は都会なため、くすんだ夜空しか見ることが出来なかったからだ。良いものを見させてもらった。これなら先程の恨みも少しは浄化される。
 わけはない。心にある被害妄想が発生していたからだ。
 こんな良いことが俺に起こるはずはない。

 俺がこんな満点の星空を見ることなんて、何かの間違いに違いない。きっと悪いことの前触れか何かだ。そうに決まっている。

 なら、これは一体何なのだろうか?サツキはうつむき考える。
 んー、実はこの世界が巨大なドールハウスで、その明かりが灯っているのか?それか...何とか座流星群とか?いやそれでも光が伸びるような。
 あ、でも光が一つだけ伸びている!だが流星群にしては遅いような、飛行機か何かかな?でもやけに光が強い。飛行機の光ってこんな強いはずはないような。ってことは流星群ではないのか?

 サツキはまた夜空を見上げた。まるで専用のカメラで写した映したような星の光。ピカピカと光っている星達が、輝き、
 ん?ピカピカ?流石に光りすぎじゃないか?つーかだんだん眩しくなってきたんだが。
 サツキはよく目を凝らして眺める。その光りは次第に大きくなり、白い色彩は赤みを帯びてきている。

 そういうことか!
 俺は危機を悟り、
 すぐさま起き上がり、
 走った。どこまで走れば良いかはわからない。だが走った。
 走らなければ、ここから立ち去らなければ

「死ぬぅぅぅ~!!!」

 ドオーン!ドドドーン!!

 後方から聞こえる爆発音と共に、あんなに優しく爽やかだった風が一変、駅のホームでの風なんて比ではないほどの爆風が背中をぶっ飛ばした!

「うわぁぁぁぁ!!!」

 硬い地面に叩きつけられる瞬間、学校で学んだ柔道の受け身を思い出した。
 なるほど、ここで受け身を使うのだ。今まで何のために使うのか分からなかったがここだったのだ!
 クルン!と落ちる瞬間に腕で地面を叩き受け身を取る。
「ったぁ!!」
 腕に激痛を伴ったが、まだ体は無事である。何とか受け身は成功したらしい。

 だが息つく暇がない!轟音は鳴り止むどころか更に、勢いを増しているように聞こえる!

 とにかく逃げるんだ!だが走っても多分追い付かれる、進行方向にも隕石が落ちるかもしれない、予測しながら全力で走って避ける!

 体を起こして、走り出した!

 走って!
 ドゴーーーーーーーン!!!
 走って!
 ドゴーーーーーーーン!!!
 転けても走って!
 ドゴーーーーーーーン!!!
 走って!
 ドゴーーーーーーーン!!!

 走っ...!?
 この感じ、嫌な予感がする、さっきまでとは違い大きい石が落ちるような気がする!衝撃波も相当なものだろう。俺の勘がそう言っている。もしそれに逆らえば、隕石と共に燃え尽きる...!
 だがその衝撃波、利用できるかもしれない...!
 そんな情景が頭に浮かび、踵を右45度に曲げて、思いっきり地面を蹴った!

 ドゴーーーーーーーン!!!
 という爆音が、左耳の鼓膜を激しく響かせた!だが、先ほどの直感によって角度を変えているため、その爆風は追い風となり、俺を避難させる後押しとなった。よし予想通りだ!だが、
「んぬぉわぁぁぁぁー!!!」
 体が吹っ飛ぶほどの衝撃。先ほど慣れた受け身を再度行い(ったぁぁー!!!)、ギリギリ軽傷ですんだ。あの時がむしゃらにまっすぐ走っていたらと思うと恐ろしい。

「...ってて、」

 やっと隕石は止んだらしい。つーか異世界早々隕石とは、現実世界でもそんなのなかったぞ。ゲリラ豪雨とか大寒波とか巨大な雹とか雷とか、大抵自然現象の範疇で不幸が起こっていた。
 だが隕石なんて、自然現象の域を超えているだろ、もしそれが自然現象の範疇だとすると、この世界、前の世界と比べ物にならないくらい危険だ。
 振り向くと、先ほど俺が走っていた地面は、降り注がれた隕石にぼこぼこにされ地形が変えられている。その岩肌がメラメラと炎に燃えていた。容赦なく殺しに来てるな...って、あれはなんだ?

 熱によってゆらゆらと大地が揺れる。そんな中、人の形に見えなくもない黒い影が、上から同じくゆらゆらと揺れて落ちてきた。しかも焼けた大地の上を浮いている。何かに乗っている人...なのか?
 その影は次第にこちらに近づいてきていた。

 その正体は、一言で言えばとても美しい女性だった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 黒い服の少女は焼けてない地面に到達すると、自身の身長よりも頭ひとつ程長い棒...いや箒から降りて、てくてくとこちらに近づいてくる。メラメラとした地面の焼け跡が、彼女の髪を金色に輝かせていた。黒く長いスリットから見える真っ白な足。是非学校の英語教諭になってほしい風貌だ。

 その様子を全体的に見て一言言うべき感想は、黒い魔女のような感じだということ。魔女特有の帽子も被っている。どうやら魔法使いなのかもしれない。
 って魔法使いってなんだ、ハロウィンか?

 美女はへたり込んでいる俺の前で立ち止まった。それまでの様子を呆然と見るしかなかった俺を余所に、美女もまた俺に対して少しの驚きを示していた。

「折角の極小流星群の風情が死体で台無しかと思ってたけど、驚いた。あれを走って生き延びたの?信じられないわ」

「...ん?」

「『ん?』じゃなくて、
 何で無傷なの?
 まさか、あれだけの極小流星群を全部避けたの?」

 どうやら、少女は俺が生きていることそのものを驚いているらしい。確かに自分でも驚いている。普通なら消し炭になってもおかしくないか...。
 だがそれよりも、第一村人は大いによろしい展開だ。右も左も分からないからな。色々と聞いてみよう。

「あの、君は誰?それとここは何処なんだろう?」

 その問いかけを聞いた少女は、またもや驚きの表情。まさか、と呟いてから、

「あなた、まさか『転移者』!?」

 食い入るように近づいてきたので、顔が火照る。母を除き、俺の人生でここまで異性に近づかれたことはなかった。
 それにこいつ、転移者を知っている?そういえば、神は俺一人とは一言も言っていない。過去に転移した人がいてもおかしくはないな。

「ねぇどうなの!?答えてよ」

「そ、そうそう転移者。まぁいきなり来たから良く分からないんだけどね」

 流石に神についての話は出来なかった。荒唐無稽で突拍子も無さすぎる話は更に混乱するだろうからな。というか自分が混乱しているのに、より話を複雑にできるわけない。
 慌てて答えた俺の返事を聞いて、美女はニヤリと笑った。最後に見た神の笑顔に似ている、ラッキー!といった表情だ。

「私ってついてるわね、うん!
 ちょっとついてきて、どうせこの世界のこと知らないでしょ!来てきて!」

「そりゃまぁそうだけ
 どぉぉぉぉぉーー!!!!」

 視界が急に荒れる!どうやら俺の制服の襟をつかんで、無理やり箒に乗って空を飛びだした!乗るタイミングがなかったので、宙ぶらりんだ!飛ぶなら言えよ!...あ、やばい、首が...

「締まる!首が...締まるからちょっと緩めて...!」

「あらごめんなさい、でも少し我慢してね」

 首にパンパンとギブアップのサインを出した。両腕を伸ばして箒を掴み、美女は襟を掴んでいた手を離す。どうせなら後ろに乗せてくれれば良いのに、

 目を閉じて呼吸を整え、落ち着いて目を開ける。

「すげぇ...」

 見上げると、広大な大地と空の境界線から、うっすらとした朝焼けが徐々に光を放つのが伺えた。あの真っ暗な世界は終わりを告げ、朝になろうとしていた。
 感動ものだった。今まで学校に行って帰りの中、不幸が付きまとっていた日々でこういった感動をする暇がなかった。だが、世界はこんなに広いのだと思い知らされた。

「そういや名前言ってなかったわね、
 私はカレンよ、君は?」

「サツキです。山田サツ...キ!?」

「どしたの?」

「いや、ご来光だったもので」

 見上げて返答すると、多分太陽よりも眩しいものを目の当たりにしてつい目を反らしてしまった。
(いいピンクでした)

「ちょ、まさか中身見てるんじゃないでしょうね!上見ないでよ!」

 しまったばれた!箒が激しく揺らされる。だが心は自然と穏やかだった。
 太陽に向かって、心だけで手を合わせる。神よ、ありがとう。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「そういやカレン、今これは何処に向かっているんだ?」

「王国ディネクスよ、建国して百数年の小さな国だけど、なかなか暮らしは悪くないところだから安心して」

 安心して?
 サツキは「安心」という言葉を信用してはいない。日の出を見ただけで穏やかな心の大事さに気づかされるくらい、「安心」とは無縁の生活を送ってきた。
 そして、その言葉がフラグとなったかのように、徐々に近づいてくるバッサバッサとした羽音が後ろから聞こえた。

「ちょ、何でこんなところにあいつがいやがるのよ」

 カレンの声で、俺も後ろを向く。
 漆黒の翼をはためかせ、真っ直ぐこちらへやってくる飛行物体を見た。ゲームでよく見やつだ、こいつは、何て名前なんだ?
 首をかしげた俺を見かねてか、名前だけ言ってくれた。

「あいつはワイバーンよ、それ以上の説明をしてる暇ないから、しっかり捕まっててね、とにかく逃げるわっ
 ...よ!」

「うわぁっ!」

 急速前進!呑気に朝日を堪能する暇がない程、あのワイバーンという生き物が危険であるらしい。重力で箒から見たら直角だった俺の体は、50度程まで斜めになるほどスピードが増した!
 風ヤバい!寒い!乾く!

 それを見たワイバーンはグルルルと小さく鳴いているのが聞こえた。見逃すどころか追いかけて来る。カレンの箒以上のスピードで、だんだんと近づいてきた。

「しつっこいわね、」

 悪態をついて、カレンは更に速度を上げた。それでもワイバーンはそれに当然のように付いてくる。

 そのワイバーンがこのまま飛んで箒チェイスするとはあまり思えない、もしかしたら何か仕掛けてくるかもしれない。風圧を耐えながら振り向くと、ワイバーンの口の中が燃え上がっているのが見えた。

「おい!あいつ火を吐くのか?何か口から炎出そうなんだけど?」

「マジ!?何もしてないんだから敵認定しないでよもう!」


 ボボーッ!
 大きく開いたワイバーンの口から炎の弾が発射された。


「あっちち!」

 カレンが左右に箒を揺らすことで、なんとか吐かれた炎を避けることができた。避けているのに、火珠周りの空気でこの熱さなら、直撃なんてしたら消し炭確定だぞ!?

 また口に炎を溜めている...!際限がねーなこんちくしょうが!

「また炎を出そうとしているぞ!」

「忠告どうも!揺れるけど我慢してよね!」

 カレンが回避のために右に箒の舵を切る。

 駄目だ...!
 そっちは駄目だ、そっちに曲がってはいけない!もし俺たちが右に避けたら死ぬ。絶対に死ぬ、そうに決まっているんだ、だからやめろ、右は違う、右は

「違う!左に避けるんだ!」

「ちょ、そんなの変わらな、」

「いいから早く!」

「分かったわよ!っもう!」

 下に向いて文句を言うカレンに叫んだ。時間もないので、カレンは右に向いた箒の柄を元に戻す。


 ボボーッ!ワイバーンがまた炎を放つ。


「今!」

 瞬間、左からかなり強い風が吹いてきた!
「くっ!」
 その風に抗おうと、カレンは力強い声を漏らす。
 その風は放たれた火球の軌道を右にずらしていた。あのまま右に曲がっていたら、軌道が曲がった炎によって燃やされていたことだろう。
 だがそれだけではない。その風はワイバーンをも煽り、飛ぶことを困難にしたようだ。それをカレンは見逃さなかった。

「隙アリ!ドロップスター!」

 カレンが何かを唱えたのが聞こえた。そしてワイバーンに何処からともなく取り出した杖を差し向けているのも見えた。更にその杖から光が放出され、ワイバーンの上に雲のように滞留、そこから無数の煌めく星がワイバーンに降り注いだ。

 たまらずワイバーンは踵を返し離れていく。俺はほっとすれば良かったのだが、カレンの行動がとても輝いて見えた。
 なんたるファンタジー。そういえば、俺は飛んでいる箒に掴まっているんだったな、と自覚する。ならば「魔法」があるということかだ。非現実なことが多くて感覚が麻痺していた。

 ふと視線を感じて顔を上げると、箒の上からまたあの驚いた表情でカレンは見ていた。

「あの、何?」

「何でも、私はやっぱり引きが良いって思っただけよ。」

 その言葉の意味を推し量れなかったが、上を見たことによるチラ見に言及されなかったことにほっとした。
(おかわり、ごちそうさまです)

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 数十分が経過して、人工的に作られたであろう建物なり色々と見えた。丸を描くように塀が築かれ、中央には立派な大きい建物が見える。良くみると、その円の一部が門のようになっている。ここから出入りするんだろうな。もっと遠くまで視線をやると、同じような円形が三つほど見えた。もしかしたら同じ人、というか同じ団体が作成したのかもしれない。何にしても、ここが目的地で間違いはなさそうだ。
 カレンはゆっくりと降りて、町の出入り口の前に到着。久し振りの地面にとても安心した。地に足ついたって大事だよな。

「さぁ来てきて、どうせ右も左も分からないでしょ?この世界の生き方を教えてあげる」

 金色の髪を揺らし、無邪気に催促してくれるカレンをとても可愛いと思った。だが、これがもし夜の街での出来事だとすると絶対に怪しい奴だ。という考えから、俺はどこか素直にあの可愛さを受け入れられない。多分被害妄想が過ぎるのだろうが。
 いやまて、ここは異世界だ、昔の常識で語ると痛い目をみる、キャッチセールスよりも恐ろしい不幸があるかもしれない。だとすると、それは何だ?
 ...まだそれは分からない。だが、彼女が言ったように右も左も分からない。ここは甘んじて受け入れるしかない、か。

「おーい早くー!」

 考え事をしていると、つい周りが見えなくなる。
 遠くで手招きするカレンに誘導され、俺はディネクスの門戸を潜った。
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