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マイナスの魔力

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 門戸を潜ると、建物がちらほらと見えた。近くでは、駅の改札の様な見た目で、入国証明のような書類を守衛に見せている人がいる。そこにカレンも。俺はカレンにその手前でちょっと待てと言われているので、門を入って直ぐの場所にいる。あれ?なんかコンビニで買い物するときに店前で待たされている犬の気分。

「あー、あの人は転移者だから...そうそう。それと、」

 という会話が耳に止まった。転移者は結構珍しいけれど、特に飛び抜けて珍しいわけでもないらしい。茶柱が立ってるとか、卵に黄身が2つ入っている程度のレア度なのかもしれない。

 てくてくとカレンがこちらに戻ると、「早く早く!」と手招きしてくれた。そして俺はカレンと一緒に門戸を、いや改札を潜った。

 視界に広がる町並みは、木造の建築が主で、まるで昔の日本にタイムスリップしたならばこんな感じかもしれない。そう思わせる感じだった。だがちらほらと、英語でBarと書かれている看板を提げた茶色っぽい建物(窓越しにテーブル等々が見えるからそのまんまバーなのだろう)や、十字架を屋根のてっぺん辺りに据えた真っ白い建物(修道服の人が庭を掃除しているところからして、聖堂か?)もあったりと、世界観を壊している建物も見られた。

 なんかへんてこりんな感じだ。世界地図をバラバラにして、各国のパーツをかき集めたって感じだ。ベースは日本とか中国寄りな気がするけれど。

 俺はカレンに連れられて、英語でBarと書かれた茶色っぽい建物に向かっていた。
 ちと試してみるか。

「なぁカレンさん、あれは何と読むんだ?」

「あぁ、あれは『バー』って読むのよ。ごはん食べたりお酒飲んだりする場所。表向きはね」

 やっぱり「バー」だったのか。アルファベットを使われているけれど、違う読み方とかではないらしい。
 ...で、表向きは?とは?



「メイちゃーん!おはちゃーっすぅ!」

 ガンマン蔓延る酒場のような、キーキーと鳴る木製ゲートを開くと、バーっぽい感じがした。
 お客さんも数人という感じ。座ってサンドイッチやサラダを食べている。そういや夜が明けてからだから、朝御飯でも食べているのだろう。そんな彼らに、数人の店員が注文を取ったり料理を運んだりしている。そしてかわいい。接客業の売り子って良いよね、笑顔絶やさずお客さんに接しているんだから。俺にはできない。

 壁際には樽が積んであったり、正面のカウンターの奥には酒の入っているであろう瓶がたくさん並べられていた。しかもラベルが正面を向いている辺り、几帳面な感じだ。
 だがそのど真ん中にいるのは、几帳面という言葉は似合わなさそうな大きな図体の男、女?か分からない何者かがグラスを拭きながらこちらに気づき、手を振る。

「いらっしゃ~い!カレンちゃん。男連れて朝帰り?」

「人聞き悪いこと言わないでよ!」

 紫色の髪、真っ赤な唇、そして金色にキラキラと、いやギラギラと輝く服装。一発で「オカマな人だ」と思わせる人メイちゃんが、鼓膜に響く大声でカウンター越しにカレンを快く出迎えた。接客業の声量パネェ。

「で、その子だぁ~れ?変わった格好の子ね」

 コクっと首をかしげ、俺についてカレンに問うた。
 第一異世界人《だいいちむらびと》のカレンが何も言わなかったため意識していなかったが、制服は異様な格好なのだろう。後で着替えないとな。目立つのは好かない。

「彼はここに入ることになったわ、早速受付させて!」

 ここ?入る?とは?まさかここで接客しろとか言わないよな?
 カレンは広角を上げて「ちょっと奥の部屋でね」と付け加え、店員にその場を任せた。

 カウンターの両端には二階に続く階段があった。カレンと共に大男?に続いて行くと、そこには一階よりも人相の刺々しい客層が見受けられた。鎧を着て剣を拵えていたり、カレンと同様に魔法使いっぽい服装の人や、槍を持つ者もいたり。そして彼らの関心は、掲示板、いやクエストボードに貼り付けられた依頼に釘付けだった。

 何処かで見たことがある、疑う余地はない、何せその掲示板のことをクエストボードだと人目でわかるこの風景、まさしく冒険者がクエストを選んでいるところだった。

 ここまで修正




「カレンちゃんが気に入る人ってことは、ただ者じゃない子のようね、見るのがた・の・し・み!」

 こちらに向けて熱い、否、ぶ圧いウインクが飛ばされた。「お、お手柔らかに」とだけ言っておく。出来るだけ苦味を薄められるスマイルを作った。砂糖多めの。

 一分ほど待った後、大男?は倉庫から腕輪を取り出した。
「これは人の中にある魔力を登録する腕輪よ。これで登録した人の身体能力や魔力が分かるの。そういえばあなた名前は?」

「サツキです。山田サツキ」

「サッチャンね!よろしく、私メイちゃん。
 メイガスとは呼ばないでね?」

 謎の部分で念を押される。思うに彼の本名なのだろう。まぁ怖いから呼ばないけど。
 だが人の魔力を測定するのか、そもそも魔力がある世界ということか。だがそうなると、俺にも魔力があることになる。前の世界ではそんなの無かったような...?

 とりあえず右腕に腕輪を着ける。
 ガシャン!
 ...何ともない。これで良いのか?

「ok、そんじゃ失礼」

 コツン。

 カレンが自身の右腕の腕輪を、俺の腕輪に取り付けた。すると、装飾気のない腕輪に、星マークが出現した。

「あの、何すかこれ?」

 意味が分からない。何これ?何されたの?不等契約なら訴えないと(何処にだよ、ここ異世界だよぉ)。カレンの謎の一連の動作に質問する。

「これはギルドメンバーシステムといって、君のような初心者を半人前程度まで育ててあげる研修制度なのよ。この星形はその証。だからしばらくはこのカレンちゃんが君を育ててあげるってわけ。研修制度をしていると、国から補助金が降りたりするから便利なのよね」

 カレンの腕輪にも同じ星形があった。なるほどそういうことか。補助金狙いかそうなのか。
 ...いやいや、人を銭下馬だと決めつけるのは良くない、もしかしたら善意の塊かもしれないじゃないか。

「よっしゃ、これで転移者の特殊能力ゲット!」

 あ、銭下馬以上に欲深い。

 ※※※※※ここで固有スキルの話をする


 って、転移者の特殊能力だと!?

「おいおい、転移者って特殊能力とかあるのかよ!」

「はぁ?あんたここに来るまでに何回か使ってたでしょうよ」

「...え?」

 何に使ってた?何か使ってたっけ?隕石から逃げたり、ワイバーンから逃げたり(カレンの箒に乗せてもらっていただけだが)しかしてないぞ?

 以前の世界にあった異世界転生転移モノの小説では、転移者は必ず何らかの特別な力を有しているモノだ。このリアルな現象においてそれが該当するということか?

「ほら、極小流星群とかワイバーンの炎を避けてたじゃないのよ」

 カレンの目は輝いていた。
 あ、あー、あれ?あれがその能力?んー、それはどうなんだろうか?まぁ確かに普通なら死んでたわけだし、それを回避した辺りはたしかに能力的な側面はあるかもだけれど...。どうしよう、あれが単に「自分の不幸を予測しただけ」と知れば、もしかしてまた右も左も分からない状況になったりしないだろうな?
 輝くカレンの瞳を直視できず、つい顔を反らしてしまう。

「何?」

「いや何も...ハハハ」

 だって、それらの回避は特段能力というには甚だ矮小で、デメリットをようやく差し引き0にできるかどうかという特技だからだ。
 さて、自分のメリットデメリット云々より、この期待をぶっ壊すことをして良いものか、道徳的に。




「とにかく、ギルドメンバーシステム、所謂研修制度で私の管理下に入った訳だから、これからビシバシ鍛えてやるわ!だから私の目の届く範囲から出ないように!」

 ペットか俺は。
 まぁ色々と聞きたいことをはしょられた感じはあるが、これはありがたい。異世界で宛もなく行動するよりかはかなりましだ。

 それにこの研修制度、この世界にはいくらか転移者がいるからこそ、そういったルールが施行された。そして

「そのルールによって、初心者冒険者が死なないようにしているってことか」

「「...冒険者?」」 

 あ、しまった。考えが口に出てしまったか。丁度良い、確認がてら聞いてみるか。

「いや、そのギルドメンバーシステムで、初心者冒険者が死なないようにしてるんだなーって、」

 メイちゃんとカレンが首を傾げた。まるで俺が変なことを言ったかのような目線だ。心中に不安が募った。
 あれ?何かおかしいこと言ったかなぁ?
 メイちゃんがカレンと顔を合わせて尚首をカクンと傾げている。

「まぁルールは大方その通りなのだけれど、『冒険者』って何かしら?何処かに冒険するの?」

「ここは色んな人からの依頼を集めてそれを解決してるだけだから、別に冒険なんてしないけれど...
 もしかして前の世界では『冒険者』って職業があったんじゃないかしら
 どうなの?
 サツキってまさか冒険者だったの?
 その格好は仕事服だったりするの?
 どんな仕事なの?」

 そう言うと、また二人はじぃーっと奇異な目をこちらに向けた。まるで俺がおかしなことを言ったみたいじゃないか!

「いやいや何でもないですはい!こっちの世界の話でして!」

 こういうのが冒険者だって本とかゲームでは言ってたのにー!
 顔を真っ赤にしながら、変なところでカルチャーショックを受けてしまった。

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 気を取り直す。おほん。

「とりあえず試しにパラメータを見てみてよ!」

「パラメータ?どうやって見るの?」

「掌の手前の部分に丸いボタンがあるでしょ?そこを押してみて」

 メイちゃんの言われるがまま、ギルドメンバーシステム利用時に表示された星マークが乗っかったそのボタンを押してみた。
 すると、プロジェクターのように、しかし何もない所に四角い画面が現れた。そこには色々な文字が書かれてる。

 その「種族」の項目には「転移者」と書かれている。

「ほらね!彼は転移者なのよ!この世界の人間じゃないの!だから特別な力を持ってるって睨んだわけよ!いやぁ~やっぱり帰りは徐行運転に限るわね」

「転移者ねぇ、」

 と言ったのはメイちゃん。毛がボウボウの腕を組み、眉を絞って唸りながら言った。

「以前も、転移者が来たと思ったら直ぐに姿を消したのよねぇ、失踪事件として捜索願いも常に出てるくらいだし、心配なのよ」

「転生者が消えた?」
 聞き捨てならない。転移者が消えるってどういうことだ?

「まぁ今に始まった事じゃないのだけれど、時折ピタリとギルドに来なくなる事があるのよ、だから貴方も心配でね、」

 メイちゃんは俺がその二の舞になるのではと心配しているようだった。彼の心遣いからして、信頼をしても良さそうに思える。そしてカレンも、もしかしたらそれが理由で「目の届く範囲」から俺を出したくないのかもしれない。

 だが失踪とはとても気になる。これからその対象が俺になるかもしれないのだから。失踪者が転移者だけ...転移者を狙っている何者かの仕業か?カレン曰く、転移者には特殊な力が宿っているというから、それ目的でと言えば納得できる。

「誰かに誘拐されてるとかありませんか?特殊な能力を狙ってとか」

「確かにあり得る話よねぇ、私的には心配だからずっとここにいてほしいのだけれど」

「それはまた別の理由で遠慮しておきます...」

 接客業が生業となってしまうのでごめん被りたい。それなら異世界でなくてもできるし。
 心配そうなメイちゃんにカレンが言った。
「まぁまぁ、私がちゃんと見てるから大丈夫だって!
 ...って、え、ちょっ、何よこれ!?」

 カレンの笑顔が急に崩れ、プロジェクターに釘付けになっている。何かあったのか?まさか特殊な力とかではなく、魔力が超絶高かったり、ありもしない謎のパラメーターが増えていたりするのか?

 驚愕しているのはメイちゃんもなようで、彼女たち(約一名男性?)が声を揃えてこう言った。

「「魔力、マイナス5000!!!?」」

「...マイナス?」
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