女神の雫〜ルタルニア編〜

山本 美優

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少年と少女 それぞれの理由

少年の思い出4

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 それは、このホールの天井が総ガラス張りだったため、屋内に入ったはずのウィリスの視界に冬の曇天どんてんが広がったからだ。

 ウィリスはそんな薄暗い空を見上げながら、妙な違和感を覚えた。
 
 本来なら天井にあるはずのこう々と明かりをともすシャンデリが無いにも関わらず、今いるこの場所が明る過ぎるのだ。

 だが、その違和感もすぐに解かれることとなった。

 ホールの明るさを不思議に思いつつ見上げていた顔を下げると、今度は足元から差し込む柔らかな光が目に入った。その光の正体が気になって目を真下へと向けると、光は細かな紋様もんようが織り込まれた絨毯じゅうたん越しに漏れているのが見て取れた。

 この光は何なのだろうかとウィリスが首をひねりながらじっと下を見ていると、父から、
「貴秘石を使った灯りが床に埋め込まれているんだ」
と、説明された。

 更に周りを見渡したウィリスは驚いた。

 このホールの壁にも貴秘石を用いた灯りが数多く設置されているのだが、それ以外は家具どころか、絵画の一枚、美術品の一品さえ置かれていない。つまり、このホールには床の絨毯と灯り以外、何も置かれていないのだ。
 グレナやリシュラスのハーウェイ邸でさえ、ホールの天井にはシャンデリアが光り輝き、壁には絵画が、壁際には花瓶や美術品があちこちに飾られている。

 もしやこの家は建物のみが立派なだけで、実は貴族としては貧しい家柄なのではないかと思ったウィリスは、父へとこの疑問を投げかけてみた。

「ねぇ、とうさ、じゃなくて父上。どうしてここには絵とか花とかが飾られてないの?」
「ん?あぁ。ここは有名な魔術師の家でな、時々そいつに喧嘩を売るヤツが来るんだ。で、そういうヤツらは全員ここで返り討ちにされるんだ」
「こんな所で喧嘩するの?」
「うーん…。喧嘩というか、魔法戦だな」
「魔法で喧嘩するの?」
「まぁ、そんなところだな」
「魔法で喧嘩するから何も飾らないの?」
「もし魔法が当たったりしたら壊れるだろ?」
「そっかぁ」

 グエンとウィリスがそんな会話を繰り広げているうちに、ハーウェイ家の一行は応接室へと辿《たど》り着いた。

 グエン達が応接室へと入り、部屋の中央にあるソファへと腰をかけたところで、ここまで案内をしてきた執事が
「主人が来るまでこちらでお待ち下さい」
と一礼して退室していった。

 執事に勧められるままソファへと腰を掛けていたウィリスは、扉が閉まるのを見計らって周囲の観察をし始めた。

 まず目に付いたのが白い石造りの暖炉なのだが、冬の寒いこの時節にもかかわらず使われている形跡が全く無い。それなのにこの部屋が暖かいのは何故なのだろう?

 考えてみてもわからないので、ウィリスはとりあえずの疑問を頭の隅へと追いやり、次に暖炉の反対側の壁に飾られた大きな絵画へと目を移した。
 
 その絵には、丘の上の城と丘の下に広がる街が描かれていた。リシュラスは平地にあるためこの絵がリシュラスを描いたものでは無い事は分かったが、どこを描いたものなのかまでは分からなかった。

 それからまた他の物へと目線を動かそうとした時、姉のルッカがウィリスの服をツンツンと引っ張ってきた。

「ねぇ、ウィル。この家、何だかおかしくない?」

 今やルッカしか使わない愛称で呼ばれたウィリスが、ルッカの言葉に小さく頷いた。

「僕も何だか変な所だなあって思ってたんだ。だってさ、暖炉を使っていないのにこの部屋あったかいんだ。変だよ」
「あ、ほんとだ。え?何で暖炉使ってないのに、どうして部屋があったかいの?」

 そんな話を姉弟間でコソコソとやり取りしていたまさにその時、何の前触れも無く唐突に扉が開き、小さな誰かが部屋の中へと飛び込んできた。

「グエンおじ様!」

 ウィリスは耳に入ってきた甲高い少女の声に、思わず扉の方へと振り向いた。

 すると、ウィリスの目の前をまるで雲一つ無い晴れ渡った青空を思わせるような見事な水色の髪色をした少女が走り抜け、そのままの勢いで自分達の父親へと飛びついた。

「お待ちしておりました!」

 そんな可愛らしい少女の声に続いて、若い女性が
「お嬢様!」
と声を上げつつ、慌てふためいた様子で部屋の中へと入ってきた。

 女性は部屋の中の少女の様子を目の当たりにして一瞬動きを止めたが、直ぐに姿勢を正すと、ウィリス達へ向き直り深々と頭を下げてきた。

「皆様、大変申し訳ございません」
 
 女性は落ち着いた声音で謝罪の言葉を紡いだ後、一転して厳し口調となった。

「お嬢様!お客様がいらっしゃるお部屋にノックもせずにお入りになるなんて、お客様に対して失礼ではございませんか!しかも、ご挨拶もなさらずにグレナ伯爵に飛びつかれるなんて、なんとはしたない!伯爵にご迷惑ですよ!」
「だって、やっとグエンおじ様がいらっしゃったから、つい嬉しくて…」
「つい嬉しくて、ではございません。お客様の前で恥ずかしいとは思われないのですか?もう少しお行儀良くなさいませ!」
「はぁーい」

 あまり従う気が無さそうな声を上げた少女へ、女性が更に何かを言いかけた時、
「まぁ、まぁ」
と、グエンが割って入った。

「私達が来た事にこんなにも喜んでもらえるとは、私としても嬉しい限りだ。今回は私に免じて許してもらえないだろうか?」

 少女を片手で抱きかかえたままのグエンが笑いながらそう言と、女性は、
「伯爵がそうおっしゃって下さるのでしたら…」
と返しつつ、大きなため息を一つ吐いた。

「大丈夫よ、レイチェル。他の方にはこんな事しないから。それに、私だってきちんとやる時はやるんだから」
 
 少女はレイチェルと呼ばれた女性へ得意げにそう言うと、今度はグエンへと顔を向けた。

「グエンおじ様、降ろして頂けますか?」

 その言葉と共に、少女は薄桃色のワンピースをふわりとさせて床へと降り立つと、そのままウィリス達の方へとくるりと向き直り、にっこりと微笑んだ。
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