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日向
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蒸し暑い夏がゆっくりと終わりを告げ、穏やかな秋がやって来た。
空気は日に日に冷たくなり、それに比例するように木々は深緑から赤や黄色といったカラフルなデザインに衣替えをしていく。
移ろい行く時間。変わりゆく世界。
ゆっくりと、世界が冬ごもりを始める前の猶予期間。
俺こと、一条日向は、いわし雲が泳ぐ茜色の空を見上げながらその光景に密かに瞳を細めた。
(この季節が、一番好きだな……)
暑すぎもなく、寒すぎもなく。
体感的に一番動きやすい季節だ。食べる物だって、実りの秋ということもあり何でも美味しい。特に、根菜類と種実類と果菜類を使ったスイーツは、チェックをしなければいけない。
(そろそろ、あの店の新作ケーキが出る筈だよな。帰りにでもついでに寄って買って帰ろうかな……)
好物の甘味に思いを馳せながら、昇降口に向かい内履きから外履き用のスニーカーへと靴を履き替える。
開きっぱなしの正面玄関口から、冷えた空気が流れてきては首元をすり抜けていく。
「今日、寒いな……」
思わず身震いをしては、ハアと白い息を吐く。
(そういえば、マフラー持ってきてたっけ)
登校前の朝のこと。
寝坊をしたせいで慌てて朝食を口に詰め家を出たことは憶えている。
お気に入りのモスグリーンのマフラーだ。
寒くなってきた時のために、前もって準備をしておいたのだが……。
「忘れてきたか……」
鞄の中を探ってみたが、それらしい布きれは微塵も見当たらない。
こんな時の為に準備をしていたのに、と密かに落ち込みながら仕方なく立ち上がった時だった。
「日向。はい、マフラー」
不意に、声を掛けられた。
嫌でも耳につく、聞き覚えのある声に思わず眉間に皺が寄る。
振り返ることなく靴紐を結んでいると、その人物は気にした様子もなく前に回ってきた。
「朝、ニュースで帰宅時間帯は冷えるって言ってたから持ってきてたんだ。日向の分も一緒に持ってきてて良かったよ」
「…………」
そう言って、俺の兄貴こと一条日景は呑気に人当たりの良さそうな笑みを浮かべつつ、俺の首元にマフラーを巻きつけてきた。
「はい、完成。日向の、モスグリーンのマフラーで良かったよね。僕のとデザインが似てるから間違えたらどうしようかと思っちゃったよ」
「…………」
「日向、どうしたの? さっきからずっと黙りこんで。歯でも痛む? それとも口内炎でもできたのかな」
ボケボケと、人の気も知らずにそんな言葉を紡ぐ日景に、苛立ちが限界点を突破した俺は、大きな舌打ちを鳴らした。
「……!」
その音でようやく自分が仕出かしたコトの重大さに気づいたのだろう。
日景の顔面は、見る見るうちに青く染まっていく。
(……ふざけんなよ)
思わず出かかった言葉を喉奥に押し止めると、俺は氷のように鋭利な冷めた眼差しで、日景を睨み付けた。
「……俺に話しかけんな、って言っておいた筈だよな。日景……」
「……っ」
「テメェの脳天気な頭はそんな簡単なことも憶えていられねぇのか。それとも、俺に対する嫌がらせか?」
「…………」
つい先ほどまで、駒鳥のように囀っていた薄い唇が今は硬く閉じられている。
周囲は下校する生徒でごった返し耳障りな筈なのに――今この瞬間だけは、俺と日景二人きりしかいないような気がした。
澄んでいた秋の空気が、ギシリと音を立てて軋む。
「…………」
「……チッ」
凍ったかのように、身動き一つしなくなった日景に対し再度舌打ちを零すと俺は一足先に校門へと向かう。
同級生だけではない。上学年問わず入り乱れた人混みの中を慣れた足取りで歩きながら、俺は首に巻かれたモスグリーンのマフラーを指先で抓むと、小さく悪態を吐いた。
「クソ兄貴……」
空気は日に日に冷たくなり、それに比例するように木々は深緑から赤や黄色といったカラフルなデザインに衣替えをしていく。
移ろい行く時間。変わりゆく世界。
ゆっくりと、世界が冬ごもりを始める前の猶予期間。
俺こと、一条日向は、いわし雲が泳ぐ茜色の空を見上げながらその光景に密かに瞳を細めた。
(この季節が、一番好きだな……)
暑すぎもなく、寒すぎもなく。
体感的に一番動きやすい季節だ。食べる物だって、実りの秋ということもあり何でも美味しい。特に、根菜類と種実類と果菜類を使ったスイーツは、チェックをしなければいけない。
(そろそろ、あの店の新作ケーキが出る筈だよな。帰りにでもついでに寄って買って帰ろうかな……)
好物の甘味に思いを馳せながら、昇降口に向かい内履きから外履き用のスニーカーへと靴を履き替える。
開きっぱなしの正面玄関口から、冷えた空気が流れてきては首元をすり抜けていく。
「今日、寒いな……」
思わず身震いをしては、ハアと白い息を吐く。
(そういえば、マフラー持ってきてたっけ)
登校前の朝のこと。
寝坊をしたせいで慌てて朝食を口に詰め家を出たことは憶えている。
お気に入りのモスグリーンのマフラーだ。
寒くなってきた時のために、前もって準備をしておいたのだが……。
「忘れてきたか……」
鞄の中を探ってみたが、それらしい布きれは微塵も見当たらない。
こんな時の為に準備をしていたのに、と密かに落ち込みながら仕方なく立ち上がった時だった。
「日向。はい、マフラー」
不意に、声を掛けられた。
嫌でも耳につく、聞き覚えのある声に思わず眉間に皺が寄る。
振り返ることなく靴紐を結んでいると、その人物は気にした様子もなく前に回ってきた。
「朝、ニュースで帰宅時間帯は冷えるって言ってたから持ってきてたんだ。日向の分も一緒に持ってきてて良かったよ」
「…………」
そう言って、俺の兄貴こと一条日景は呑気に人当たりの良さそうな笑みを浮かべつつ、俺の首元にマフラーを巻きつけてきた。
「はい、完成。日向の、モスグリーンのマフラーで良かったよね。僕のとデザインが似てるから間違えたらどうしようかと思っちゃったよ」
「…………」
「日向、どうしたの? さっきからずっと黙りこんで。歯でも痛む? それとも口内炎でもできたのかな」
ボケボケと、人の気も知らずにそんな言葉を紡ぐ日景に、苛立ちが限界点を突破した俺は、大きな舌打ちを鳴らした。
「……!」
その音でようやく自分が仕出かしたコトの重大さに気づいたのだろう。
日景の顔面は、見る見るうちに青く染まっていく。
(……ふざけんなよ)
思わず出かかった言葉を喉奥に押し止めると、俺は氷のように鋭利な冷めた眼差しで、日景を睨み付けた。
「……俺に話しかけんな、って言っておいた筈だよな。日景……」
「……っ」
「テメェの脳天気な頭はそんな簡単なことも憶えていられねぇのか。それとも、俺に対する嫌がらせか?」
「…………」
つい先ほどまで、駒鳥のように囀っていた薄い唇が今は硬く閉じられている。
周囲は下校する生徒でごった返し耳障りな筈なのに――今この瞬間だけは、俺と日景二人きりしかいないような気がした。
澄んでいた秋の空気が、ギシリと音を立てて軋む。
「…………」
「……チッ」
凍ったかのように、身動き一つしなくなった日景に対し再度舌打ちを零すと俺は一足先に校門へと向かう。
同級生だけではない。上学年問わず入り乱れた人混みの中を慣れた足取りで歩きながら、俺は首に巻かれたモスグリーンのマフラーを指先で抓むと、小さく悪態を吐いた。
「クソ兄貴……」
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