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ケース1/まっかっかさん④
しおりを挟む「じゃあ……鬼ごっこは終わりにしよう」
そう言うや、アキさんは鋭い目で来た道を振り返った。その視線に、ハッと僕も振り返る。すぐ近くに、何かが胸の奥から迫り上がってくるような、あの嫌な気配がする。――――彼が、もうすぐ傍まで来ている。
「いいかい、ハルくん。申し訳ないけれど、俺には彼が見えない。だから、君が彼に、それを届けてあげるんだ」
アキさんは、静かに、諭すようそう僕へと語る。何となくそうなるだろうと思ってはいたけれど、実際にそれを彼の口から聞き、ごく、と生唾を飲み込んだ。
「出来る限りのフォローはするけど、細心の注意を払うこと。これだけは約束して」
「は、はい……っ」
僕がそう返事をすれば、アキさんは大丈夫と言って、へらっと笑った。
「君は、彼の失くしものを届けてあげるだけだ。何も怖くないよ」
だから大丈夫。そう言って、アキさんは僕の背中をぽん、とさすってくれた。もう何度目かも分からない、アキさんからの励ましの言葉。その声に、温かい笑顔に、勇気をもらう。
「……はい!」
さっきよりも力強く頷けば、アキさんは笑顔で頷き返してくれた。
「あ、あああ、あ……」
その時、耳に届いた彼の声。バッと勢いよく声のした方を見れば、曲がり角から彼が姿を覗かせた。
「……来ました」
僕の言葉に、アキさんがさっきの棒を掲げる。一度だけアキさんに目で合図を送った後、僕は勇気を振り絞って、彼へと一歩近付いた。
「……君の探し物を見つけたよ」
「あ、ぁあ……」
僕の声が届いているのかは分からない。けれど、負けじと歩を進める。
「はい……これだよね?」
右手に握ったままのそれを差し出すよう、彼の方へと突き出し、そっとその手を開ける。
「ぁ、ぅぁあ……っ、ぁああっ!」
それを見て、明らかに彼の挙動が変化した。
あの子のおかげで見つけたそれ――――それは、赤い麻布で作られたお守りだ。明らかに手作りと分かる、お世辞にも上手とは言い難いそれには、錆びてしまっている小さな鈴と……それから、『だいすき』の文字が綴られていた。
「これが……君の、大事なものなんだね」
「ぁああああ……っ! それは、あの子、あの子の……っ! ぁああ、あの子がぁああっ!」
頭を抱え、苦しそうに叫ぶ彼に、早くこのお守りを返してあげたくて。怖かったけれど、もう一歩、足を前に進める。
その時、アキさんがくれた数珠に、何故かピシッ、と亀裂が走った。
「っ! ハルくん、ダメだ!」
「え、」
後ろから、鋭い声が飛んできたのと同時。目の前の彼から、濁流のように黒く濁った何かが湧き上がったのが分かった。
「……、あ……」
これに触れてはいけない。
直感でそう思ったけれど、もう遅い。飲み込まれる。そう思い、咄嗟に目を瞑った。――――その時。
「――――急急如律令」
凛とした声が、耳に飛んできた。
瞬間、目を閉じていても分かるくらい、眩しい光が辺りを覆った。
「ぎゃぁあああっ‼︎」
「えっ⁉︎ なに……っ⁉︎」
眩しさに顔を顰めること数秒。おそらく彼のだろう、悲痛な叫び声を聞き、びっくりして目を開ける。すると、スーツの彼と僕の間に、さっきまではなかった一枚の紙切れが落ちていた。
「へっ⁉︎ なになにっ、なにが起きたの⁉︎」
「ハルくん! なんともないっ? あー、良かったぁ!」
「アキさん⁉︎ えっ、今なにが起きたんです⁉︎」
俺を心配してだろう、すぐに駆け寄ってきてくれたアキさんに、俺はなにが起こったのか分からず勢いよく尋ねてしまう。
そんな俺に、アキさんはごめんねと謝罪しながら続けた。
「俺の相棒が来てくれたから、もう大丈夫。……本当ごめんね、危ないことさせちゃって」
「アキさ……」
「……まったくだ」
その時、僕の声に重ねるよう、そんな声が飛んできた。その声に誘われるよう、その方向へと顔を向ける。そこには、綺麗な顔をした、けれど険しい表情を浮かべる眼鏡の男性が立っていた。
「準備をするとは聞いたが、先に対象に接触するとは聞いてないぞ、アキ」
お前こそ無茶をしてるじゃないか。そう言ってアキさんに詰め寄る彼に、アキさんはごめーんと眉尻を下げていた。
「本当は冬夜が来るまで待ってたかったんだけど、ちょっと不測の事態が起きちゃって……」
「不測ぅ?」
「ぅう……後でちゃんと説明するから、怒らないで……っ!」
本当にごめんって!そう平に謝るアキさんに、彼も一旦は納得したのか、まぁいいと鼻を鳴らした。そして、その目が僕を捉える。
「……コイツが、件の協力者か」
「ぇ、っと……?」
じぃ、っと、まるで値踏みでもするかのように僕を見据える彼に、冷や汗が流れる。
「……まぁいい。詳しい話は後だ。……今は、この男をどうにかする」
「っ!」
彼の言葉に、そうだったと思い出し、視線をスーツの彼へと戻した。
「ぁぁぁああ……っ! いやだ、だめ、だめだぁぁあああ‼︎」
「……なんで、」
目の前にいる彼は、苦しそうに頭を抱え、その場にしゃがみ込み叫んでいた。そのすぐ傍には、僕がさっき落としてしまったお守りが。……けれど、彼はそれに触れることはせず、なんなら恐怖している様子だった。
どうして、なんで怖がっているんだ。これを探していたんじゃ……あの子が嘘を?いや、そんなわけ……。
「これでは不完全なんだ」
僕がぐるぐると悩んでいると、不意に隣からそんな言葉がかけられた。驚いて顔を上げれば、眼鏡の人が僕を見ていた。
「不完、全……?」
いったいどういう意味だろう。そう思い尋ねてみると、彼は神妙な面持ちで、スーツの彼へと一歩、歩み寄った。驚いて止めようとしたが、そうする間もなく、彼はお守りをそっと拾い上げた。
「今のコイツは、念いが黒く染まりすぎていて、コレを認識できない」
眼鏡の彼の言葉に、隣でアキさんが小さくああ、と零した。
「そっか……そこまで進行してるんだね、彼は」
目を伏せ、そう静かに零すアキさんの言葉に、僕は戸惑う。彼らの話の意味は、正直よく分からないけれど……。けれどすぐに、つまりそれは、このお守りを返すことができないということなんじゃないかって気付く。
「まっ、待ってください!」
僕がそう叫べば、二人が驚いた様子で僕を振り返った。急に大声を出して驚かせてしまった、そう思ったけれど、そんなこと気に掛けてはいられない。
「じゃあ……っ、それじゃあ! この人にはもう、これを返してあげられないんですかっ?」
それだけは駄目だと、何故だか強く感じて、眼鏡の彼に問いかける。
「このお守り、本当にこの人の大事な物なんです……っ。ずっと、必死で探していて……だから、なんとか返してあげたいんです!」
お願いしますと、訳もわからず彼へと頭を下げる。自分が何故、こんなことをしているのか、我ながら不思議に思った。今までは、あれほど関わりたくないと思っていた存在だというのに。それなのに、今はただ、彼を助けたいと強く思っている。
僕にはもう、どうすることもできないけれど……なんとなく、この人ならどうにか出来るんじゃないかって感じるから。だから、縋るようにお願いをする。
「……お前は、こんな状態の奴にも、『人』と言ってやるんだな」
すると、そんな言葉をぽつり、彼が零したものだから、え、と顔を上げた。そうして目に映った眼鏡の彼は、どこか苦しそうな目をしていた。
「……あの?」
「……お前の思いは分かった」
どうしたのか、なんでそんな目をするのか分からなくて、そう聞こうとしたものの、彼はすぐにさっきまでと同じ仏頂面を浮かべてしまい、聞くことはできなかった。
「元々、このままにはしておけない。……だから、コレの力を借りる」
そう言って、彼は視線を手元へと落とした。そこには、あの赤いお守りが握られている。
「お守り……?」
「……ああ、なるほど」
困惑する僕を他所に、アキさんは納得した顔で頷いていて、眼鏡の彼へと笑いかけていた。
「じゃあ冬夜、あとはよろしくね」
「言われずとも」
ふん、とまた鼻を鳴らし、彼はスーツの彼へと向き直った。僕だけが一人、訳がわからず戸惑ってしまう。
「大丈夫だよ、ハルくん。あとは冬夜に任せよう」
「アキさん……? え、っと、冬夜、さんって……?」
よく分かっていない僕に対し、アキさんがにこりと笑いながら説明をしてくれる。
「大丈夫。冬夜なら絶対、彼に念いを届けてくれるよ」
だから安心して。そうアキさんが言ったその後、冬夜さんは一枚の紙を取り出し、そっとお守りへとそれを翳した。
「急急如律令」
その言葉に反応して、お守りが淡く光る。ふわり、ふわりと淡い光が揺れ、そのままお守りから離れた。
――――お兄ちゃん。
そうして聞こえた声は、鈴の音のように繊細で、綺麗な、聞き覚えのある声だった。
「……っ! ぁ、……っ」
スーツの彼の動きが止まる。押さえ込んでいた頭を、ゆっくりと上げ、その光へと視線を向けた。
――――お兄ちゃん。ごめんなさい。
光が、ゆるゆると形を成す。ぼやけた輪郭は、けれど確かに、あの幼い少女の姿をしていた。
「ぁあ、っ、ああ……っ!」
彼が叫ぶ。それは、まるで嗚咽のような叫びだった。
――――やっといえた。……お兄ちゃん、かえろう?
わたし、いっしょにかえりたい。
「ぁぁあっ、! ぁあ……っ」
その少女の声に呼応するよう、スーツの彼の姿が変化していく。ぽろぽろ、何かが削ぎ落とされていくように、彼から剥がれ落ちていく。
「……ゅなっ、ゆな……っ! ごめん、ごめんなぁゆな……っ! 俺が、……っ、守ってやれなくて、ごめんなぁ……!」
そうして現れた、ひどく人の良さそうな顔をした青年の姿に、僕は目を丸くした。彼は、ぽろぽろと絶えず涙を流しながら、ゆなと呼んだ少女へと手を伸ばしている。
拭うこともせず、ただぽろぽろ流れ続けた涙は、地面へと落ちる。彼の地面を濡らす雨が、違うと分かるのに、まるで彼の涙で濡れているみたいで。ぐっ、と胸が苦しくなる。
「ごめん……っ、ごめんなぁ、ゆな……っ」
俺のせいで。そう、頻りに謝り続ける彼に、少女は……静かに優しく、笑った気がした。
――――かえろう。たくみお兄ちゃん。
「……っ、あぁ……! 帰ろう……っ、一緒に……っ」
家に帰ろう。そう彼が言った直後、辺りが柔らかい光に包まれ、咄嗟に目を窄める。そうして、次に目を開けると、そこにはもうなにもいなかった。
「……おわ、った?」
「ああ」
僕の言葉に、冬夜さんが静かに一つ、そう返してくれた。その言葉に、ドッと緊張が解ける。
「よ、良かったぁ~……っ!」
気が抜けてしまい、ぺしゃ、とその場に座り込む。そんな僕に、アキさんがお疲れ様、と笑いかけてくれた。
「ハルくんのおかげで、彼の念いを晴らせたよ。ありがとう」
「え、いえっ! 僕は結局なにも……っ! すごいのは……」
そう言いながら、冬夜さんの方を見る。明らかに、彼を救ったのは冬夜さんのおかげだろう。
そう思い彼を見上げていたら、冬夜さんは一つ息を吐き、いや、と零した。
「俺は最後の一押しをしただけだ。……そこまで持っていけたのは、お前の力があったからだ」
おかげで、早く彼を解放できた。礼を言う。そう言って、冬夜さんはふ、と笑った。なんとなく、気難しそうな人だと思っていたけれど、そう言って笑うその顔が優しくて、なんだか胸がむずむずしてしまう。
「いや、そんな……僕なんて……っ」
こんな、この力のおかげで、褒めてもらったことなんて今までなかったから。どんな顔をしていいか分からない。
けれど。二人がそう言ってくれたから。こんな僕でも、彼らを救う力になれたのなら良かったと、素直にそう思うことにした。
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