晴らし屋、念いの行方

ちゃしげ

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ケース1/まっかっかさん③

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 ひどく気怠い微睡の中、微かに聞こえた音に引き摺られ、意識が浮上する。

 電話のコール音。それが四回、五回と続くが、俺はその場から動こうとはしなかった。なにせ、先日の仕事の後遺症がまだ尾を引いていて、ひどく体が重い。だから、可能な限りはまだ眠っていたかった。

 そうこうしていると、ぷつりと音が途切れた。途端、しん、と訪れた静寂。それに改めて身を委ねようとして、――再度鳴り始めた無機質な音に、俺は思わずぐ、と眉間に皺を寄せた。

「……ぅ……」

 間を置かずの電話。ということは、よほど重要な案件なのだろう。であれば出ないわけにはいかないと、俺はなんとか体を起こす。

 正直まだ頭も体も重いが、昨日よりかは幾分回復している。だからまぁ、多少動く分には問題ない。

 そう、体に鞭打ちながらソファから腰を上げ、未だ鳴り続けるコール音を頼りに、部屋の中を横切る。
 無造作に積み上げられた本が床に散らばっていて歩きづらいが、流石に今片付ける気力はない為、視界から背ける。

 そうしてようやく目当ての物の元に辿り着くや、俺はそれを拾い上げ、通話のボタンを押した。

「……なんだ」
『お、良かった繋がった。今回は比較的回復早いじゃん』

 しっかり眠れた?と、こちらの簡潔な応答に対し返ってきたのは、予想通り、同居人兼仕事仲間の声だった。

「ああ……そうだな」
『そっか、それは良かった。……とはいっても、無理は禁物だぞ』

 お前はすぐ無茶するから、と、電話の向こうでそう小言を言われ思わずムッとする。

「それを言う為だけに、わざわざ電話してきたのか?」

 それなら切るぞと、言外にそう言えば、電話の向こうからは焦った様子の声が飛んできた。

『あーっ! 待て待て、大事な話があんの! だから切らないで!』

 ごめんって!と続く謝罪の言葉を聞きながら、小さく一つ息を吐く。

「ならさっさと話せ。うだうだ話を長くするのはお前の悪い癖だぞ、アキ」
『うだうだって……トークに花を咲かせてるって言ってほしいなぁ』

 まぁ良いけどさと、続けてアキは特に気に留めてなさそうに気を取り直した後、『今回の案件なんだけどさ』とようやく本題に入った。

『今のところ、大体がお前の予想通り。準備も出来たし、後は、タイミングが合えばすぐにでも解決できるよ』
「……そうか」

 今回の依頼内容を思い出しながら、報告を聞く。今回、俺は最初の話し合い以降ほとんど携われていないから、ほんの少し不安はあったが。滞りなく事が進んでいるのなら良かった。

 ひとまずは順調だという旨を聞き安心し、けれど次いで続いた『ただ』といった言葉に、俺は眉間に皺を寄せた。

『ちょっと特殊な状況になってね』
「……特殊?」
『ああ』

 ちょっと今、協力してもらってる子がいるんだけど……そう前置きしながら、アキは続けた。

『マキヱさんからの紹介だから、悪いようにはならないと思うんだけどさ。正直、俺では判断しきれなくて。だから、冬夜とうやの意見を聞きたいんだ』
「……マキヱさんの?」

 挙げられた耳馴染みのある名に、少し気を引き締める。彼女は非常に信頼のおけるアドバイザーだが、中々癖の強い人だ。彼女の助言によって引っ掻き回された案件が、過去にいくつあった事か……。

 そんなことを思いながら、続くアキの言葉を聞き……、俺は耳を疑った。

「――――、だって?」

 アキから聞いた話は、正直想定外の出来事で。思わず目を丸くする。

「そいつ、本当にそう言ったのか」

 まさか、そんな奴がこの近くにいるとは……。そう俺が驚いていると、アキは静かに続けた。

『うん、間違いないよ。確かに聞いたらしい』

 しかもどうやら、今回だけというわけでもなさそうだ。そう続けられる内容に、そうか、と口に手を当てる。そして、そのまま暫く考え込んだ後、分かったと呟いた。

 電話を片手に改めて部屋を横切り、ソファに掛けてあったジャケットを拾い上げる。

「今どこにいる?」
『最初の事件があったT字路に向かってるところだよ』

 アキの言葉に俺は簡潔に分かったと告げ、すぐに行くと電話を切った。

 必要最低限のものだけを手に、外へ出る。空を見上げると、まだ夜には早い時間だというのに、雲が厚いのか辺りは薄暗い。きっと、今から一雨来るのだろう。つまり、今日も現れるということ。

「……今夜で終わらせる」

 そう、怪しい雲行きを眺めながら俺は、一人呟いた。



***




「了解、先に行って準備しておくよ」

 そう言ってアキさんは電話を切り、よし、と僕の方を振り返った。

「じゃあ行こうか! ハルくん」

 僕の気持ちとは裏腹に、溌剌とした眩しい笑顔を向けられ、僕は本気で言っているのかこの人はと顔を顰めた。

「本当に、行くんですか? なんで……」
「なんで、って……ハルくんはそればっかりだねぇ」

 言っただろう?僕の言葉に、アキさんはつらつらと言葉を続けた。

「君がいる方が話が早いって」
「早いって、そんな理由で……! 何かあったらどうするんですかっ?」

 相手は、既に何人も殺している恐ろしい悪霊だ。そんなやつなんて、どう対処したらいいというのか。
 だというのに、アキさんはニコニコしながら大丈夫大丈夫としか言わなくて、ただ不安だけが募っていく。

「大丈夫って……アキさん、霊感ないんですよね?」
「うん。まったく」
「じゃあダメじゃないですか!」

 襲われたらどうするんですか!絶望する僕に、アキさんが再度、大丈夫と告げた。

「確かに俺は霊感ないけど、俺がいれば襲われないよ。これだけは保証する」
「え……」

 そう宣言したその言葉は、とても力強いものだった。どういう意味だろうかと顔を上げれば、僕の目を真っ直ぐに見下ろすアキさんと目が合った。

「君のことは俺が守るから、安心してよ」

 にこりと、アキさんは笑う。霊感零のくせに、何が守るなのか……そう思うのに、その声が、視線が、決して嘘を言っているようには見えなくて、言葉が出なくなる。

 そうして僕が言葉を失くしていると、アキさんがそれにと続けた。

「それに、ハルくんも気になるでしょ? あの子のこと。……彼女のためにも、力を貸して欲しいんだ」

 お願い。そう言われてしまうと、僕はどうにも弱くって。ぅぐ、と息を呑む。

 まぁ、もうここまできてしまったのだ。確かに、あの子のことはずっと気になっていたし、アキさんは曲がりなりにも専門家だし。……彼の言葉を、信じてみてもいいのかもしれない。

「ぅ、……わかり、ました」
「やった、交渉成立! それじゃあハルくん、今度こそよろしくね」
「はい……」

 そうして僕は、アキさんに連れられ、件の路地裏へと足を向けたのだった。





 路地に向かう道中、アキさんは何かに気付いた様子で近くの店で帽子を買い、それを目深に被った。いったい何故、と尋ねると、赤いものを身に付けていたら襲ってくれないだろう?と。確かに、アキさんの髪は赤いから、確実に襲われないだろうけど……まさか、逆にそれを隠してしまうなんて、いったい何を考えているのかこの人は。

 そんなこんながありながら、例の路地の入り口に辿り着くと、アキさんの携帯に着信が入り僕らは足を止めた。

「ん……えー、何ぃ……」

 何の用なの……。そう言ってアキさんは首を捻り、何やら悩んでいた。あまり、僕には聞かれたくない電話なのだろう。そうしてしばらく考え込んだ後、アキさんは『ごめん、少しここで待ってて』とだけ言って、僕が止める間もなく離れて行ってしまった。すぐに戻ると言ってはくれたものの、場所が場所なだけに、一人残された途端僕は、必要以上に頻りに周囲を見渡してしまう。

「うぅ……アキさぁん……」

 早く帰ってきてと、そう思いながらそっと空を見上げる。雨はまだ降り出してはいないから、まっかっかさんはまだ出ないだろうけれど、それでもいつ降り出してもおかしくない雲行きだ。今、僕は赤いものを何も身につけていないから……だから、もし遭ってしまったらと思うと、ゾッとする。

 一人、人気のない路地に取り残され、僕はただ嘆くことしかできなかった。せめて、一人じゃなかったらなぁ……。

「――――、ない」

 その時、ふと、声がした。

「……え?」

 その声に誘われるよう、声がした方へと視線を向ける。すると、そこにはスーツ姿の青年がいて、その場にしゃがみ込みぶつぶつと何かを口ずさんでいた。

 び、っくりした。全然気付かなかった……どうしたんだろう、何か探してる?

 自分と同じくらいの背格好、だけれど身に纏うスーツはかなり草臥れている。その風貌から、なんとなく就活している学生ではなく、会社員とかかなぁと思う。時間帯からして、仕事で営業周り途中とかだろうか。

「ない……どこにも……」

 余程大事な物を失くしたのか、地面に手をつき必死に探す彼は、僕に気付いていないようで。小さくぽつぽつとそんなことを零していた。

 その姿が、本当に必死だったから。あと、一人で心細かったということもあって、僕はつい、声をかけてしまった。

「……何を探しているんですか?」

 そう僕が声を掛けたら、彼はびく、と肩を跳ねさせた。あ、驚かせてしまったかもしれない。そう反省していると、彼は僕の方を振り向かず、静かにポツリと呟いた。

「……大事な、ものです……。この辺りに、落としたはずなんです」

 特に怒られることもなく、そう返してくれた彼の言葉にほっと息を吐きながら、僕はそうなんですねと話を続けた。

「あの、もし良ければ、僕も一緒に探しますよ。今、手空いてるんで!」

 一人になりたくないし、その言葉は心に納め、彼に歩み寄る。……今を思えば、あまりに軽率な行動だった。

「どんなものですか? 大事というと、財布……は大きいから分かるか。あっ、鍵とか?」
「――――違う。違う、違う……っ! もっと、もっと大事な……そう、あの子が僕にくれた……大事な……っ!」
「あ、あの……?」

 ぼそぼそと話すその声は少し聞き取れなくて、もう少し近付こうとした時だ。ぽつ、と頬に冷たい雫が落ちてきた。

「ん、……うわ、降ってきちゃった」

 雨だ。改めて空を見上げると、さっきまでよりも黒く厚い雲が頭上を覆っていた。今は小雨ではあるが、もう少ししたら本降りになるかもしれない。これは、物探しも早くしてあげないと、もっと見つかりづらくなってしまう。

「よし、本降りになる前に探しちゃいましょう! それで、失くした物って……」
「ごめーん、ハルくん! おまたせ、さぁ行こっか!」

 その時、ようやくアキさんが帰ってきてくれた。

「アキさん!」

 良かった、これで探し物も早く見つかる。そう思い、アキさんに駆け寄る。

「すみませんアキさん、ちょっとだけ待ってもらえますか? この人、何か大事なものを失くしちゃったみたいで、一緒に探してあげたくて」
「……大事な物?」

 僕がスーツの彼を指しながらそう説明すれば、アキさんは目線を彼の方へと向けた。その瞬間、アキさんはぐっ、と険しい表情を浮かべた。

「……ハルくん。今ここに、例の女の子はいる?」
「え?」

 次いで告げられたその質問に、思わず僕は首を傾げた。まったく脈略のない問いかけに驚いてしまい、一拍間が空いてしまったけれど、再度教えてとアキさんに聞かれ、いえ、と首を振る。

「今はいない、ですけど……」
「そっか」

 分かったと、アキさんはそう言うや、徐に鞄へと手を突っ込んだ。

「ハルくん、これ付けてて」
「へっ? わわっ!」

 すると、アキさんが何かをポイっと僕の方へ投げてきて、咄嗟にそれを手に取る。急に何を、と掴んだそれは、臙脂と白い玉が連なった数珠だった。

「……数珠?」
「気休めにしかならないかもだけど、これで多少は守れるから」
「え、え? 何、なんですこれ? 気休め?」

 一体何を急に……そう、僕が状況を飲み込めず慌てていると、アキさんが『落ち着いて聞いて欲しいんだけど』と前置きして続けた。

「ハルくん、俺の目には今、この場に君しか見えないんだよね」
「…………え、」

 そうして告げられた衝撃の事実に、僕は固まってしまった。けれど、アキさんは尚も続ける。

「大事なものを失くして探すその人は――――、今どの辺りにいるかな?」

 俺には見えないから、教えて。そう言うアキさんの言葉に、信じられないと思いながら、ゆっくりと前を向く。

「そんな……だって、彼は……そこに……」

 そう零しながら、僕はゆるゆると視線をスーツの青年へと合わせ……瞬間、目を瞠った。

「ひ……っ⁉︎」

 思えば、今初めて見た、彼の顔。その目は落ち窪み、その奥はどこまでも深い闇が広がっていた。草臥れていると感じたスーツには、よく見ると至る所に赤黒いシミが滲んでいる。……生気を感じないその姿に、さぁ、っと顔から血の気が引いた。

 それは、その姿は……今まで嫌になる程見てきた、死者の姿だ。

「ゆっ、ゆゆゆゆっ、ゆうれ……っ⁉︎」
「うんうん、落ち着こうねぇハルくん。そっか、なんだね、そこにいるのは」
「ア、アキさん! 何を落ち着いてるんですか⁉︎ にげっ、逃げなきゃ……っ!」

 焦る僕を他所に、アキさんはゆったりとした口調を崩さない。

 幽霊に遭ったら、向こうにバレないようすぐにその場から逃げる。それが、今までの僕の処世術だった。だから、向こうに気付かれた時の対処法なんて、僕は知らない。

 どうしよう、どうすれば……っ⁉︎ そう僕が一人で焦っていると、アキさんは力強く告げた。

「大丈夫」

 そう言って、アキさんはゆっくりとサングラスを外し、僕へと笑いかけてくれた。

「言ったでしょ? 何かあっても守るって。安心して」

 俺、こう見えて優秀なのよ。そう笑うアキさんは、やっぱりどこまでも通常運転で。だからだろうか……次第に、緊張が和らいでいく。

「で、でも……アキさん、見えないのに?」
「あー、痛いところ突くなぁ、ハルくん。そうなんだよねぇ、そっちは俺の専門外でさぁ」

 だからと、アキさんは続けた。

「協力してよ、ハルくん」
「……協力、ですか?」

 僕なんかに、いったい何ができるんだろう。そう思い零せば、アキさんはうん、と頷いた。

「彼が探してる、大事なものを探してあげて。きっと君になら見つけ出せる」
「え……?」

 それはいったいどういう意味なのか……。それを聞こうとしたその瞬間、急に空気が重く澱む感じがした。

「ぅ……っ⁉︎」

 咄嗟に口元を抑える。胸の奥で何かがぐるぐると渦巻くような、今にも吐いてしまいそうな不快感。それが、べっとりと身体にまとわりつく。

「……くるね」

 何が。そう聞きたいのに、胸がムカムカ、モヤモヤして声が出ない。ちら、となんとか目線だけでもアキさんを見つめれば、アキさんは前を見つめたまま動かなかった。

「んー。流石にここまでくると、見えなくても分かるなぁ」

 余程、強い念いなんだね。そう言うアキさんが見つめる方向には、――――彼がいた。

「ぁ、……ぁあ、ああああ……っ! あの子の、あの子のあの子のあの子の大事な……っ! 大事なぁぁあぁあ‼︎」

 悲痛な叫び声。今まで聞いたことがないほどの強い声に、胸がグッと苦しくなる。それほどまでに彼が求める物とは、いったいなんなのか。

 怖い。ずっと避けてきた存在の、深く、強い感情の渦が。自分が飲み込まれてしまいそうで、苦しくて、足が震える。

 この先、どうしたらいいのかなんて分からない。自分なんて、全然、役に立てるとは思えない……けれど……!

「っ――! ……アキさん!」

 このままにしてはおけない。何故か、強くそう思い、アキさんの名前を呼んだ。怖くても、あしがすくんでも。こんな僕でも、何かできることがあるのなら。してあげたいと、本気で思った。

「……うん。じゃあ、やろうか!」

 みなまで言わず、僕の声を聞いてアキさんはどこか嬉しそうにそう笑って、鞄からまた一つ何かを取り出した。それは、白いギザギザとした紙が付いた、三十センチくらいの木の棒。それを握り、アキさんは彼の方へと身構える。

「準備はいいかい、ハルくん!」
「えっ? あっ、は、はい!」

 そう僕が叫べば、アキさんはその棒を振り下ろす。――――瞬間、空気がキン、と澄んだ気がした。

「――――掛けまくも畏き伊邪那岐大神」

 聞き慣れないアキさんのその言葉に、スーツの彼の動きが止まった。

「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に、御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等」
「あ、ぁああ……っ!」

 アキさんの声に反応して、彼は苦しむように身を捻り、悶えている。それでも、アキさんは凛として、言葉を続けた。

「諸諸の禍事罪穢有らむをば、祓へ給ひ清め給へと白す事を聞こし召せと、恐み恐みも白す……!」
「ぁぁぁああっ!」

 アキさんがそう言い放つと、彼は大きな叫び声を上げ、その場にしゃがみ込んでしまった。その光景に、唖然としてしまう。

「ハルくんっ! 今彼は⁉︎」
「えっ! あっ、そこでしゃがみ込んでます!」
「よしっ! じゃあ行くよ!」

 そんな中告げられたその言葉に、僕は動揺しながらも、なんとかアキさんに連れられ路地の奥へと足を踏み入れた。

「なっ、なんですか今の⁉︎ アキさん、何したんですか⁉︎」
「祓詞! これで足止めしてるから、今のうちに失くしものを探すよ!」

 こればっかりは君が頼りだ!路地裏を走りながらそう説明してくれるアキさんに、本当に何とかできる人だったんだこの人は、と僕は驚いた。……けれど、問題はここからだ。

「で、でもアキさん! 探すって言ってもどうやって探したらいいのか……っ」

 というか、アキさんが除霊したらいいのでは?さっきみたいなことができるんだし……そう思い呟けば、アキさんはそれはできないと断言した。

「いいかいハルくん、そもそも念いを晴らす為には、その念いの核になっているものを探す必要がある。彼の場合、それが失くしものなんだ」
「核、って、……?」

 肩で息をしながら、そうアキさんに尋ねると、アキさんは僕へと振り返りながら頷き返した。

「説明は後! とにかくそれを探してくれ、君が頼りなんだ!」

 アキさんの目は真剣で、嘘を言っているようには見えない。だから、きっとそれが本当に必要なんだってことは分かった。……でも!

「でもアキさんっ、そもそも失くしものが何なのか分からないと、探しようが……っ!」

 雨足は次第に強くなっている。それが、余計に気持ちを逸らせる。

 そもそも、本当にここにあるかも分からないのだ。そんなもの、どう探せばいいのか分からない。そう僕が零せば――――。

「大丈夫」

 そう、しっかりとした口調で、アキさんが続けた。

 にこりと笑みを浮かべ、アキさんは僕を見る。

「君には、協力者がいるだろう?」
「……協力者?」

 それって一体……? そう思い、首を傾げた時だ。

 ――――ちりん。

 不意に、鈴の音が聞こえた。

「……っ!」

 瞬間、僕は思わず足を止め、音のした方へと目を向ける。

「っ、ハルくん……?」

 聞き覚えのある、澄んだ音。雨音にも掻き消されないその音を、僕は知っている。


 ――――お願い。


 それは……あの子の声だ。

 あの日と同じ、鈴の音と同じ澄んだ声。それが、明確な意思を持って僕に話しかけてくる。けれど、その姿はまだ見えない。

 でも、分かる。聞こえる。

「……あの子の声がする」
「……!」

 僕の言葉に、アキさんが息を呑んだのが分かった。……そこで気付く。ああ、そうか。協力者は、あの子なんだ。

「っ、どこにいるんだい……⁉︎」

 今なら分かる。あの子は、助けを求めている。ただ切実に、僕へと。そこからは、まったく嫌な感情を感じない。

 その声を今はもう無視できなくて、周囲を見渡し彼女を探した。赤いその姿を、目を凝らしながら。そうして、――――見つけた。赤い傘だ。

「――――、いた!」
「⁉︎ ハルくん⁉︎」

 咄嗟に走り出した僕に、後ろでアキさんの驚いた声が聞こえたけれど、それを無視して僕は彼女に駆け寄った。

「……君だね? 僕を呼んだのは」

 彼女の前で身を屈め、少女の顔を覗き込むよう声をかけた。彼女をすっぽりと覆うほどの大きな傘に隠れ、彼女の顔はうまく見えなかったけれど。彼女は小さく一度、こくり、と頷いてくれた。

「……なんで、僕を呼んだの?」

 そう、僕が尋ねると。彼女は、声には出さず、ゆっくりと一点を指し示した。

「……?」

 何だろうか、そう思い彼女の示した方向へと視線を落とす。……そして、見つけた。

「……これ、もしかして」

 ――――……渡して。あの人に。

 その言葉を最後に、少女はゆらり、と消えてしまった。まるで、初めからその場に何もなかったかのように。

「ハルくん! 俺から離れたら危ない……って……。もしかして、それ……?」

 後ろから駆けつけてくれたアキさんの声を聞きながら、地面に落ちているを拾い上げる。

「……はい」

 雨に打たれ濡れているそれは、ひどく小さく、手のひらにすっぽりと収まってしまう物だった。けれどこれが、彼にとっては何よりも大事な物なのだろう。不思議と、それが痛いほどに分かった。

 これがないと、彼は先に進めないんだ。

 ぎゅ、っとそれを握りしめ、僕はアキさんへと振り返る。

「アキさん……僕、彼に、これを返してあげたいです」

 どうしたらいいですか。そう、僕が尋ねれば、アキさんは一拍の間を置いた後、にこりと優しく笑ってくれた。

「うん、分かった。お兄さんに任せなさい」

 そう言ったアキさんの声は、とても優しいものだった。



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