女王候補になりまして

くじら

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脱・引きこもり姫

乗馬大会③

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 自主練習に打ち込んで数時間が経過した頃、ついに私の番が来た。

 案内人に呼ばれ、私は不安を胸に抱えながら先生と共に会場へと向かう。

(大丈夫、大丈夫、大丈夫。今までたくさんたくさん練習してきたんだ。きっと上手くいく)

 私は緊張で胸が締め付けられそうになる。
 
 思えば、前世の私は何かの一番になりたいだとか、優勝をとりたいだとか、そんな意欲的な人間では無かったと思う。

 安定した位置に留まり続けて自分を目立たせないよう、でしゃばらないよう自分を殺し続けていた。

 そんな私が前世と今世も含めて初めて、自分から物事に首を突っ込んだのだ。
 今までに感じたことの無かった、不安と緊張、そしてほんの少しの期待。

 その全てが合わさって、私の中をぐるぐると支配して吐きそうだ。

 そんな心境の中、深呼吸ばかりしている私は今一番会いたく無かった人間に出会ってしまった。

「やぁ、箱入り娘のエマちゃん」

「………ジェイさん………」

 一瞬で精神が病んだ。なんでこのタイミングで出会ってしまうのだ。最悪だ。

「ねぇ、さっきの僕の試合、観てくれてたよね?目が合ったのも気付いた?男女が目を合わせるのは巷では運命の相手って意味らしいよ?もし君がさっきの非礼を謝ってくれたら、君を僕の恋人として付き合ってあげてもいいけど?君だって僕がどれ程モテているか分かるでしょ?証拠としてさっきの試合後を見た?あの女性達の歓声は全て僕に向けられたものだ。それぐらい僕はモテているんだよ。悪い男じゃないだろう?ま、付き合ったとしてもそんなに甘えてこないでね。僕は気高き騎士なんだから」

「はあ……」

 付き合ってあげてもいい?そんなのこちらから願い下げだ。こんな奴と一緒に過ごすくらいなら攻略対象と一緒に過ごす方がまだマシだ。まぁ、どの道地獄だが。

 それに男女で目を合わせただけで運命の相手になるなんて噂、一度たりとも聞いたことがない。そんなことが事実であれば、私は産まれてから幾度と無くお父様や執事達と目を合わせてきた。とすれば彼らは全員私の運命の相手となる事になる。馬鹿らしいことこの上無い。

 私は彼の態度にイライラしつつ、そのまま受け流すかのように通り過ぎようとする。
 しかし、それを止めたのはずっと会話を聞いていた先生だった。

「…………お前…………!」

先生は目を見開き、 まるで嫌悪気味に、というより嫌な悪戯をされてイライラしているような顔をして怒気を含んだ声で発する。

「………お前はさっき、巷で男女が目を合わせたら運命の相手だとか言ってたよな」

 先生が珍しく挑発的な態度で話す。その顔は笑っている。

 先生は酔っ払いや迷惑行為者などの人間に対してはまずは経緯や理由を尋ねる行為を試みることから始める。
 なのに今回は最初から喧嘩腰だ。ちょっと驚き。

「……えぇ言いましたが……それが何か問題でも?」

「俺はコイツと何百回も目を合わせている。だからコイツの運命の相手はお前じゃなくて俺だ」

「は!?」
「なっ──!?」

 私とジェイさんが同時に驚く。
 私は呆気にとられ、反対にジェイさんはみるみる真っ赤になって怒りを露わにした。

「あ、あれだったら今ここでしてやろーか?エマと目合わせ。ほら、エマ。こっち見ろ。イチャついてんのをコイツに見せつけてやろーぜ」

「えっ!?ちょ、───っ!」

 両頬を手で挟まれて、先生の端正なお顔が視界いっぱいに広がる。
 綺麗な太陽のようなオレンジの瞳はどこまでも澄んでいて心無しかキラキラと輝いているように見えた。

 ってなんだこの状況。数十秒も一体いつまでこんな目と鼻の先という至近距離で目を合わせ続けているのだ。そろそろ私の頬を解放して欲しい。あと顔面が良すぎて凶器と化している。目が合わせられない。

「おい、エマ。逸らすなよ。俺のことだけ見てろ」

 な、なんという少女漫画のような台詞なんだ。現実では絶対に聞くことの無い言葉だと思っていたけど案外こんな近くに言う人はいたんだな。

 っていうか顔が熱い。絶対耳まで真っ赤になっているだろうこれは。

「ふはっ、お前超顔真っ赤。りんごみてぇ………クスッ、可愛いなお前」

「──なっ、ちょちょちょ!も、もういいですよね離して下さい!!」

 我慢の限界がきて、私がジタバタして彼の手からなんとか離れようとするも力が強過ぎて離れることが出来ない。怪力お化けめ。

「おいおい暴れんなって!ははっ、ほんとお前はなー」

 そんな会話をしていると横で蚊帳の外にされたジェイさんがプルプル震えていることに気付き、まずいと思った。

 しかし、時既に遅し。彼は怒りで大声を出しながら叫んだ。

「き、貴様一体なんなんだ!!さっきからイチャイチャと……!そもそも運命の相手だなんてただの噂に過ぎないだろう!本当に馬鹿げているぞ!そもそもお前は一体誰なんだ!!状況によれば、お前を潰すことなんてたわいも無いのだぞ!」

「あぁ?俺が誰だって?……ったく、茶番がよ」

 一瞬、先生が呆れた顔をするも、すぐに怒りを滲ませた顔になった。

 そして先生はジェイさんに近付いて、拳を顔元くらいまでまるで見せびらかすように掲げる。そして、その拳を相手の顔面に突き出した。

「──俺はお前を社会的にも物理的にも潰せる地位を持つ人間だが、喧嘩売りてぇならいくらでも払って買ってやるよ」

 先生はジェイさんの鼻先にギリギリ触れないところまで拳を突き出したため、実際には無傷だ。
 しかし、彼が勢い良く拳を突き出したからか、少しの突風が吹き、殺気だけで相手の腰をずるずると落としてしまった。

 先生は私に背を向けているからどんな顔で拳を突き出したのか分からない。
 けれど、ジェイさんが尻もちをついて青ざめながらブルブルと震える姿はあまりにも滑稽だった。

「よし、ほら行くぞエマ。早くしねぇと時間が押しちまうだろ」

「あっ、はい!今行きます!」

 先程の緊張感や嫌悪感は何処へやら。今はとても清々しい気持ちで会場へ向かっていた。




「───まさか、あの方があんな行動をとるようになるなんて……ふふっ、感慨深いですね」

 取り残されたジェイ───に似た人間は落ち着きを払った声で先程落ちた腰を上げた。













 会場に着くと待合室に私と先生は入った。待っている間、エヴァを先に会場に入らせるらしい。また、入場口はすぐ隣にあるため、客席の方からの歓声がよく聞こえた。

「あの、先生。先程はありがとうございました」

「ん?……あぁ。あれは俺が摘んでおかなきゃいけない奴だからな。気にすんな」

「?………摘んでおかなきゃいけない奴……?なんですかそれ」

 先程も感じた違和感。まるで全てを知っているかのような手慣れた態度に私は疑問を隠せないでいた。

「それは後で綺麗さっぱり全部お前に話してやるから。今は別のことに集中していなきゃならないだろ?」

「………それもそうですね。大会に集中します」

 先生の言う通り、私が今やらなきゃいけないことは目の前の乗馬大会で優勝することだ。
 私は再び深呼吸を始める。

 この大会はトーナメント戦で三回戦行い、三回勝った者が決勝戦へと進むことが出来る。

 つまり、優勝を狙うには私は全ての試合に勝たねばならない。
 前の試合から見るに新人戦で優勝を狙うのは簡単かも知れないが、ジェイさんがいる以上油断は出来ないし、ジェイさん以上の大敵が現れるかも知れない。

 気を引き締めて臨まねば。

 「……い……おーい、おーい、エマ?エマー!」

「え、あ、はい!エマです」

「顔。皺寄ってんぞ」

「あ………すみません緊張で自然に……」

 考え込み過ぎて自分が眉間に皺を寄せていることに気が付かなかった。
 先生は見兼ねて私の額にデコピンをする。ちょっと痛い。

「そんな気張んなよ。安心しろ。絶対勝つように今まで俺が指導してやったからな!」

「……ふふっ、そうですね」

 先生のデコピンは突っ込む以外にも私の気を紛らわす為にもする行為ということを私は知っている。だから自然と怒りは湧いてこない。

「精一杯お前の本気を出してこい!後悔の無いようにな!」

「──はい!」
 
 そして私は案内人に呼ばれ、試合場へと足を運んだ。

「………───行ってこい。エマ」




 

 



 
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