女王候補になりまして

くじら

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脱・引きこもり姫

幽霊退治⑥

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 中庭を一通り探した私たちは今度は皇宮の中を見てみようと動き出した。
 幻覚の中にいるせいか、体は全く疲れず、喉が乾くことやお腹も空くことは無かった。そういった点では現実世界よりも探しやすくはあった。

 ただ、この世界は幻覚の中だけであって、本当に誰もいない。私たちが歩く足音や呼吸音以外、何も聞こえなかった。
 風が木々を揺らす音も、鳥の鳴き声も、全く聞こえない。
 疲労は全く感じないが、ずっといると頭がおかしくなりそうだ。

「エマ、大丈夫かい?かなり歩いたし、疲れてはないと思うけれど、精神面では辛くはないかい?」

「大丈夫です。心配して下さりありがとうございます」

「いいや、僕もレディーを労るくらいは容易い御用だよ」

「ふふっ、そうですか」

 ルイズ様とは初めの頃よりかなり打ち解けたと思う。
 最初こそは攻略対象として恐怖しか抱いていなかったけれど、多少なりとも今は一人の人間として接せている気がする。

 少なくとも、前よりかは恐怖心は抱かなくなったと思う。

「そういえば、結構前の話になるけれど、君の乗馬大会の活躍、しかと見させてもらったよ」

「えっ」

 そういえば、大会を見に行くと言っていたような………。
 あの時はルイズ様を恐怖の対象としか見れていなかったから、怖くてあまり記憶が無い。

「君が走っている所は見たんだけれど、あんまり長くは滞在出来なくて、優勝したと聞いた時は驚いたよ。おめでとう」

「あ、ありがとうございます………でも、それもこれもアルビー様が手取り足取り教えてくれたからですよ。アルビー様には本当に感謝しています」

「アルビーは教え方が上手だし、何より楽しいからね。うちの弟を気に入ってもらえて良かったよ」

 私は、「いえいえそんな」と謙遜しつつ、そう言った。

 結局アルビー様にとっては騎士団長から言い渡された課題の一つに過ぎなかったし、あの後レイアのことについて色々あったせいで優勝の嬉しさを噛み締める時間はあまり無かったのだ。

 でも、こんなふうに祝って貰えるのは純粋に嬉しい。

 (やっぱり、ルイズ様と打ち解けることが出来て良かった)

 私は一人ほっこりした。

「………本当、よく頑張るよ。アルビーも、リシャーナも、君も………」

「………?何か言いましたか?」

 ルイズ様がぼそりと何か言ったような気がするも、彼は首を振る。

「いいや、何でもないよ。さぁ、先を急ごう」

「あっ、はい!」

 ルイズ様はこちらに歩幅を合わせながら、一緒に皇宮へと向かった。










 皇宮は広い。それはそれは広い。
 アルビー様と一緒に歩いたはずなのにもうここがどこだか分からなくなっている。
 しかし、今回は皇宮にとても詳しい(自分の家)ルイズ様がいる。

 アルビー様も詳しいはずなのだが、彼は家の間取りにはあまり興味が無かったようだ。

 ルイズ様は迷いのない足取りで前へ進んでいく。

「あ、あの、ルイズ様、今はどこに向かわれているのですか?」

「一応、今は玉座の間に向かっているよ」

「えっ、どうして玉座の間に?」

「あそこが国の中で魔物の森の次に魔力が溜まりやすい場所だからね。元々は玉座の間だから魔力が溜まりやすいんじゃなくて、大昔に女神様がこの地を初めて照らしてくれた場所だから溜まりやすいんだって。だからこそ縁起が良いからそこを玉座の間にしたんだ」

「なるほど………シーティアラとしては魔力は天敵の様なもの。だから幻覚の結界が破れやすい場所としたら玉座の間だったということですね」

 私は納得したようにぽん、と手を叩く。

「そういうこと。よく出来ましたね。ふふっ」

 そう言って頭を撫でられて、私はドキリとした。

 あ、危ない危ない………攻略対象であるそのイケメン顔でそんな事されたらたまったもんじゃないわ。下手したら私の心臓が弾け飛ぶ。

 私が胸を押さえていると、コツン、と先導して歩いていたルイズ様の足が止まる。

「着いたよ。ここが玉座の間だ」

 黄金に満ちた華美な模様の大きな両扉。分厚くて剣を振っても破壊が困難な見た目の扉。それはどこか気持ちを高揚させるも、重圧を感じる扉だった。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。中にお父上がいる訳じゃないから……………でも、どうやらお目当ての物はいるみたいだね」

「え?」

「さぁ、中へ入ろうか」

 そう言って、ルイズ様が重い扉を開け、そこから見えた景色は─────。

「きゃああああああ!!」

 扉を開けた瞬間、荒れ狂う竜巻が私の視界を覆った。

 玉座の間は広く、天井もとても高い。
 上にぶら下がっているシャンデリアが今にも落っこちそうな程、激しく暴れていた。

「───っ、エマ!僕の腕に掴まるんだ!手ではダメだ!引き離される!」

「は、はい!!───!?」

 ルイズ様の腕に必死に掴まりながら見えた竜巻の中心───そこには、こちらを赤い瞳で見つめるシーティアラと思しき姿があった。

「あれが………シーティアラ……───!!」

 小さくも神秘的で特徴的なその瞳はまるで輝くルビーの様だ。充血したような、なんて言われていたらしいけれど、そんなこと全く感じさせ無いほどに美しい。

 そしてその姿は遠目でも分かるほど、リシャーナ様に似ていた。

「エマ!さっきの作戦は覚えているね?僕がシーティアラを引きつける。君は僕が囮になっている内にシーティアラに近づくんだ。きっと今のシーティアラは警戒レベルが高いせいで、暴走を起こしている。少しのことじゃ気にとめないだろうから、後ろから周り込むんだ!」

「分かりました!ルイズ様もお怪我が無いことを祈ります」

「ああ。まさか、扉を開けた瞬間攻撃を仕掛けられると思わなかったけれど、君と僕ならなんとかやれそうだよ」

 そうして私たちは互いにすべきことをする為に、走り出した。

 私はシーティアラの姿をはっきりと確認する為に、一度玉座の間の端へ行き、竜巻の視界が晴れるところを探す。移動している間、私はリシャーナ様から受け取った魔法道具の準備をする。

 (よし、魔法道具の準備完了!)

 私が作業をしている間にルイズ様は自分の護身用の剣でシーティアラに向かっていた。

 (すごい………こんなに風が強いのに、まるで踊っているみたいな綺麗な剣さばき………!)

 その剣の先端は一切の狂いを見せない。
 そのまま華麗に風の動きを読みつつ、ルイズ様は高い所へ行くと、魔球を自分の頭上に掲げる。

「シーティアラ!君の欲しいものはこれだろう?さあ、欲しくば僕の所へ来るんだ」

 すると、竜巻────いや、シーティアラが魔球の方へジリジリと寄って行っていた。

 (今がチャンス─────!)

 私は邪魔になるドレスの裾を破り捨て、ヒールも脱いで、そのままシーティアラの方へ突進した。

 (よし、行ける─────!)

 そのまま魔法道具を起動しようとした瞬間、ルイズ様も私も安心しきっていたせいで、シーティアラの行動を読むのが僅かに遅れてしまった。

 シーティアラは私の方へ突然振り向き、私とシーティアラは目が合う。遠くから見るよりも何倍も綺麗なシーティアラの瞳に私は一瞬見惚れそうになった。

 しかし、瞬間、突風がルイズ様を襲った。

「────っ!?」

 それは、ルイズ様の左手で持っていた剣に直撃する突風。急な風圧で押されてしまったルイズ様の左手は力を緩め、それと同時に持っていた短剣が吹き飛ばされた。

 そして、その短剣は綺麗なほどに真っ直ぐこちらへ飛んで行き────

「いっ────!!!」

 私は間一髪で顔面に襲ってきたその短剣を頭を下げることで避けた。額はすこし切り傷が出来てしまったが、何の問題もない。

 そんなことより、避けることで私は体制のバランスを崩してしまった。それを逃しはしないシーティアラは隙だと思い、逃げようとした。

 しかし、私はそれほど弱くはない!

「ふんぬうううううううう!!!!!」

 私は足の力を振り絞り、私はシーティアラを下敷きにするような形で地面に勢いつけて倒れた。

 もちろん、シーティアラを傷つけてしまったら、魔獣好きのリシャーナ様が悲しんでしまうので、完全な下敷きではなく、抱きつくような形で倒れ込んだのだ。

 そして、手のひらサイズのシーティアラを掴み、私は魔法道具をシーティアラの体に当てた。
 魔法道具は勢いよくシーティアラの魔力を吸い取り出した。

 見た目はラッパのような形でも性能は掃除機のようだ。

 最後に残ったのは一瞬で魔力を吸い取られ、魔力切れで気絶したシーティアラが私の手の上で眠っていた。

 周辺の竜巻も収まり、辺りが静かになった。

「はあ、はあ、はあ、はあ……………」

 (つ、疲れたぁ…………剣が目の前に飛んで来た時は死を覚悟したけれど、すんでのところで避けられて良かった………)

 もし回避することが出来ていなければ、今頃どうなっていたか………考えただけで恐ろしかった。

 すると、急に視界がぐらりと一転する。

 (あ、やば…………これ、私気絶するやつだ………)

 そう思ったのを最後に私の意識は途切れた。






「────エマ!」

 エマが気絶した後、ルイズはエマの元へ駆け寄り、無事を確認した。

 ルイズは額から血が垂れていることに気づき、持っていたハンカチで額の切り傷を押さえる。

 (エマ………どうしてこんな無茶なことを………)

 彼女の手の中で気絶しているシーティアラにも怪我は無いか確認した後、シーティアラをエマの手のひらの中へきちんと持たせて、ルイズは軽々とエマを抱き上げる。

 シーティアラの意識が途切れたことで、幻覚が歪み始め、視界に映るボロボロの玉座の間はぐにゃぐにゃとした景色になっていた。

 ルイズは時期に元の世界へ帰れるだろうと、待つためにその場で佇む。

 床が剥がれ、壁が剥がれ、天井もぼろぼろと消えていく。
 剥がれたところからは暗闇が見えてくる。

 でも、黒いそれは地面ではないが地面でもあった。

 視覚の影響で、浮いているようにも見えるその空間は、情報が少なすぎて不思議な感覚に見舞われた。

 (シーティアラを見るのは初めてでは無いが………幻覚の中から脱出するのは初めてだな。まさか、この様な空間になっていたなんて)

 無の場所。それが、シーティアラが生み出す幻覚の根源となる場所だった。

 (人間には、まだ解明出来ていない異空間の一つみたいだ。この情報はきっとリシャーナも喜ぶだろう。それにしても───)

 ルイズは自分の腕の中でぐっすりと眠っている薄茶の少女を見る。

 ルイズにとって、彼女は理解し難い存在そのものだった。
 いや、理解し難い存在になった──の方が正しいかもしれない。

「君と初めて会ったとき、僕は君を周りの令嬢と何ら変わらない存在だと思っていたのに…………いつから変わってしまったの?」

 そう、ルイズは幼い頃、エマと一度出会っていた。それも、ルイズの誕生日パーティの時に一度挨拶を交わしただけ。

 けれど、有望な令嬢の一人として、ルイズは覚えていた。

 その時のエマのルイズに対する態度は、他の令嬢となんら変わらない、王族に媚び売ろうとする姿だ。
 ルイズは別にそのことに対して嫌悪感は感じていないし、令嬢の態度としてあるべき姿だと思っている。

 しかし、ルイズの興味は注がれなかった。

 だからこそ、久々に再会した時、彼女の初めまして、と言った態度に驚き、媚び売ろうとしない姿にも驚き、乗馬で優勝したことにも驚いたのだった。

 規格外れのご令嬢。ルイズの中でエマに対する評価はいつの間にか変わっていた。

 でも、今回の件で決定的な違いがあった。

 (─────エマは規格外なんじゃない。一生懸命なんだ)

 そうじゃなきゃ、自分の身体を傷つけてまでシーティアラを捕獲しようとしなかっただろう。
 何が彼女をそんなふうにしたのか。答えは簡単だ。きっと、彼女の専属侍女のお陰だろう。

 この二人の関係は一見普通であっても歪だ。侍女について少し探りを入れたが、何かにモヤがかかっているかのように何も得ることが出来なかった。
 分かったのは、エマを守っていることで、侍女の方が他のメイド達にイジメを受けていることだ。

 この関係をどうするか、調査した侍従に聞かれたが、別にどうもするなと伝えておいた。
 理由は単純。放っておいた方が面白いからだ。

 そして、今。その撒いた種が咲きつつある。

 (エマがこんな素質を秘めていたなんて。良い誤算だ)

皇宮の形が段々と消えていき、ついに暗闇だけになったこの暗闇の空間。

そして、その空間は時期に光に包まれてルイズ達を包み込んだ。
眩しくて瞳を閉じ、次に見開いた瞬間、ルイズ達は現実世界に戻ってきていた。

ルイズは、両手から伝わる温もりを大切にぎゅっと抱きしめ、驚いた顔でこちらを見ている周囲に笑顔でこう言った。

「────ただいま、会いたかったよ。みんな」



























 長かった幽霊退治編がようやく終わります。
 次からは分かりやすい恋愛要素を少しずつ入れていこうと思います。気長にお待ちください。







































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