戦争に行った幼馴染に恋する孤児の少女は、娼婦として育てられる。

‪α‬缶

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第一章 孤児院

1 出会いと別れ

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「君の名前を少しちょうだい。お守りにするから」

 ブラウンの髪に空色の目を持つ男の子は、そう言い残して私の目の前から去った。


*

 私たちの孤児院は貧乏だった。僅かな寄付金で生活をまかなっており、森へ行って木の実や食べられる草などを探してきて、食事の足しにしていた。そのため私も成長が遅く、体が小さかった。

 彼がやってきたその日、私は5歳だった。3歳年上のその子はとても身長が高く見えた。少し癖がありふわっとした髪型はやわらかそうで風に揺れるとさらさらとしていた。どうやら他の施設で問題を起こして、ここに連れて来られたみたい。

「めずらしいでしょう。あなたと同じところの出身なのよ」

 施設の先生がそう言っていた。

 その子は喧嘩っ早くて、力が強かった。正直少し怖かった。なんで連れてこられたのか分からなかった。しばらくしたらこんな噂を聞いた。

「あいつは体も大きいし、力が強いだろう?だからモーリアン辺境地に売られるために連れてこられたんだ。そしたらこの施設にお金が入るからな」

 モーリアン辺境地。そこは戦争に参加するための兵士を育てている領地だと聞く。あの子は大きくなったら戦争に行くのか。

「可哀想に、戦争なんて死にに行くようなものだ。みんなより長く生きられないのだから、少しくらい我儘は許してやってくれ」

というのが、大人たちの考えのようだった。

*

 モーリアン辺境地というのは、破壊神モリガン様を祀る領地の事で、大都市である王都エターニアの属領と言われている。エターニアが隣国と戦争を行っているのだ。といっても、国と国との間にある何も無い…、何も無くなったといった方が良いかもしれない土地で争っているため、近くではないためあまり実感は無い。

 つまり都市エターニアがモーリアン辺境地で兵士の育成をさせていて、戦争に向かわせているという認識が良いのだろう。

 モーリアン辺境地も都市開発は進んでおらず、田舎だと聞く。破壊神モリガン様への信仰が厚く、少し怖い印象がある。それでもモリガン様は女神と言われるだけあって、とても美しいのだそう。

「10歳になったら買われていく。あと2年だ。それまでの辛抱だよ」

 みんなは彼のことをよく思っていないようだった。私も乱暴な子だなといった印象で、あまり関わりたくないと思っていた。

*

 ある日、彼は誰かと喧嘩して、罰として外で立たされているようだった。毎日大変だなあと思いながら横目で見ていると、彼のお腹がぐぅぅぅぅぅとなる音が聞こえた。私たちは目が合った。空色の瞳が私をキッと睨んだ。

 そんな彼に少し怯えながら、

「これあげる。拾ってきたばかりだけど…」

と、私は赤い実を彼に渡した。近くの森に生えているベリーだ。

「えっ…くれるの…?」 

 彼は驚いて問いかける。

「腹の足しにならないだろうけど…」

 私が渡すと、彼は嬉しそうにその実を食べた。男の子にこんな事を思うのは失礼かもしれないが、かわいいところもあるんだ。と思った。

*

 数日後、彼は嬉しそうに私に話しかけてきた。

「見てみて!蛙を捕まえたんだ。一緒に食べないかい?」

 ――蛙なんて食べられるのか…?

 困った私は施設の先生に相談した。どうやら前の施設で食べた事があるようで、ベリーのお礼にとってきたらしい。

 バイ菌を殺すために沸騰したお湯で慎重に茹でて食べると、とてもおいしくてびっくりした。施設の先生含め、みんな驚いていた。

 その日から食料調達に蛙が加わり、その男の子は施設に馴染めるようになって言った。

*

 彼は、どうやら年下の私に懐いているようだった。ベリーをもらった事が相当嬉しかったらしい。

 私たちは字は読めなかったけれど、一生懸命絵を見ながら、図鑑を頼りに薬草や食べられる雑草を探す冒険に出た。もちろん蛙をとったり、魚釣りしたり。暗くなる前には施設に帰った。

 始めは関わりたくなかったはずなのに、気づいたら二人でいる時間が長くなっており、お互いが一緒にいる事が当たり前になっていた。

*

 そんな決して裕福ではなかったけれど、穏やかな日々は終わりを迎えることになる。2年後、私が7際になる歳。つまり彼は10歳になる歳に、お迎えがやってきたのだった。

 私は泣いた。泣いて「行かないで」と喚いた。子どもながらに分かっていたのだ。もう会えなくなることが。戦争に行ってしまったら、彼は死んでしまう。そうしたらもう会えない。

 その時、泣き喚く私に彼は言った。

「知ってる?モーリアン辺境地ではね、本当の名前を隠して生活するらしいんだ。本当の名前は真名と言って、モリガン様との契約に使う呪文になるから。だから新しい名前を名乗って生活するんだって」

 彼は私をじっと見て言った。

「君の名前を少しちょうだい。お守りにするから」

 私はその言葉の意味がよく分からなかった。でも彼が真剣に言っていることは分かった。

「いいよ…」

 泣きながら答えると、彼はギュッと私を抱きしめてくれた。
 いつも、軽く抱きしめられることはあったけど、その時は力強くて、男の子なんだなって感じた。

「ありがとう……」

 そう言い残すと、彼は大人の人に連れられて行ってしまった。

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