戦争に行った幼馴染に恋する孤児の少女は、娼婦として育てられる。

‪α‬缶

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第一章 孤児院

2 私はあなたを追いかける

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 彼がいなくなってから、私はしばらくぼーっとしたり、突然泣いてしまう毎日が続いた。彼がいなくなった実感がわかなかったのだ。

 あんなに楽しかった森での薬草や雑草探しや、川での狩りの時間も退屈になってしまった。

 そう、自覚してしまったのだ。私はきっとあの男の子に恋してしまっていたことを。彼がいない日々に耐えられなくなっていたのだ。

 そんなある日、私は気づいてしまった。

「実際に兵士として戦争に行くのは15歳から…」

 そう。10歳でモーリアン辺境地へ連れて行かれても、15歳までは兵士として訓練しているはずだ。つまり彼はあと5年は生きられる。気づいた瞬間に悲しみが吹き飛んだ。

「私もモーリアン辺境地へ行こう!」

 ――そうだ、私も兵士になればいい。そうしたら、彼と一緒にいられる。

 私はその日から一生懸命訓練した。走り込みや筋トレをして、体力をつけようと努力した。
 もちろん先生には反対された。

「モーリアン辺境地へ行っても、兵士になれるとは限らないよ」

 でも、私は彼に会いたい一心で頑張った。

 戦場で過ごすためには、食料調達もできなきゃいけない。私は図鑑を見なくても、薬草や食べられる雑草が分かるように頑張って覚えた。蛙の調理はもちろん、あまり捕れなかったけれど鳥や兎などの簡単な動物なら、ひとりでナイフで捌けるようになった。

 蛙と言えば彼を思い出す。彼が本当に好きなのは蛙ではなく鶏肉だった。でも鶏は高級品でなかなか食べられないし、野生の鳥を捕まえる事も難しい。でも蛙なら簡単に捕まえられるし、味も鶏肉にそっくりだ。だから蛙を食べるらしかった。

 あの経験はびっくりだったな。蛙を食べようなどということを、施設のみんなも考えたことすらなかったのだから。

*

 しばらくすると、施設の先生がやってきた。

「今度モーリアン辺境伯がうちにやってくる。お前があまりに一生懸命だったから、手紙を送ったんだ」

 先生は続けた。

「モーリアン辺境地には、女はほとんどいないらしい。ただみたいでね…。買い取ってはくれるらしい。金額は見た目で値踏みされる」

 ――見た目…?

「筋肉量や体の大きさかしら…」

「いや、違う。どちらかというと…女の子に求められるのは、かわいらしさかな…」

 ――かわいらしさ…?

「かわいらしさがどう戦争の役に立つの?」

「私の口からは言えない…。だが、お前はきっと辛い目に遭うことになる。それでも行くのか…?」

 私は迷いなく答えた。

「もちろん。――に会えるなら、私はモーリアン辺境地に行くわ!」

 先生は悲しそうに目を細めて、私の頭を撫でた。

「じゃあ、お前を辺境伯に紹介するよ」

「ありがとう!先生ー!」

 私は先生に抱きついた。

「お前は本当にかわいいな...何があってもここはお前の家だ。お前には帰る場所がある事を忘れないでくれ」

 私は先生の言っている意味がよく分からなかった。でもモーリアン辺境伯に会えることが楽しみで、わくわくしながら日々を過ごした。

*

 そしてついに、モーリアン辺境伯がやってくる日になった。

「今日はめいっぱいかわいくしますからね~」

 施設の先生がはりきって髪を結ってくれる。こんなにお洒落してどうするんだろう...。

 少しフリルのついたかわいらしいワンピースを着せられて、私はおとなしく鏡の前に座っていた。施設内では先生方がバタバタとしている。モーリアン辺境伯が来るから、準備をしているのだろう。

 しばらく経つと馬の声が聞こえた。馬車が到着したのだ。

「辺境伯が到着したぞ。部屋にやってきたら、教えたとおりに挨拶するんだ」

*

 辺境伯は慎重が高くて無表情な人だった。私は施設の先生に言われた通り、ワンピースの裾を持って、お辞儀をして挨拶した。

「薄暗い茶色にガーネットのような瞳。それに庇護欲を誘う、なかなかかわいらしい子じゃないか。どこの国の子だ」

 モーリアン辺境伯が聞いた。

「おそらく混血かと思いますが、この子は父親も母親も不明ですが、特徴としては雨宮王国の血を深く受け継いでいるようでございます」

「この間購入した子どもと出身は同じか」

「いえ、出身が同じかどうかは分かりません。両方とも捨て子ですし、あの子は雨宮王国の血の特徴はあまり受け継いでいないようでしたので...。しかし祖先を辿れば生まれは同じだと思われます」

「ふむ...私が気になるのは、前の子が子どもにしては体が大きめだったからな、この子も成長したら大きくなってしまうのかが気になっているのだが」

「おそらくそれはないかと思われます。小柄な民族ですから。あの子が特殊だっただけかと」

 ――私が小柄な民族...?そんな...戦争で役に立てないじゃない。先生は何を言っているの?

「あのぅ...私、今はこんなに小さいですが、頑張ってご飯食べていますし、筋肉もつけています。きっとモーリアン辺境地の役に立ってみせます...!」

 私は緊張しながら辺境伯に伝えると、先生は何を言っているんだというように、慌てさせてしまった。しかし、辺境伯は何かを考えたような顔をして、言った。

「たしかに、もう少し育ってはもらわないと困るかな...」

 ――やっぱりそうだよね...小柄って言われちゃったし。

 しばらく沈黙が流れ、ドキドキしながら辺境伯の様子をうかがった。すると、辺境伯はおもしろがっているような声色で言った。

「やる気もあるし、かわいらしくていい子じゃないか。こんな子を隠していたとはな!」

「では...」

「ああ、この子を買おう。前の子ほどは出せないが、ここの施設は前の子の件もあるし、しばらくはお金に困らないだろう」

「ありがとうございます!」

 私は辺境伯に抱きついた。

「ハハハ...この子は将来有望だなあ」

 辺境伯は先程までの無表情が嘘みたいな笑顔で、ニコッと笑って言った。その笑顔は明らかに作ったような笑顔で、少し怖かった。

*

 私が買われることが決まった日から、私は施設の先生方からマナーの勉強を教わることになった。今まで野生児のような生活をしていた私にとって、苦痛な日々だった。

「おしとやかに振る舞うんですよ。そうじゃないと、良いところに買ってもらえませんからね」

 マナー講師をしてくれる先生に言われ、不思議に思いながらも言う通りに頑張った。

*

 そして、私は10歳になる歳が来た。その頃にはすっかりマナーが身について、おしとやかな振る舞いができるようになっていた。もちろん体力作りや薬草や食べられる雑草の同定も引き続き独学で鍛えていた。さすがに狩りは止められたのでできなかったけれど。

 モーリアン辺境伯に連れられていく日、施設の先生方は泣きながら私を見送ってくれた。

「先生、今までありがとう」

「いいんだ、元気で過ごすんだよ...」

 私はみんなにお別れを告げて、モーリアン辺境地へ向かった。

 馬車に揺られて、考える。これから新しい日々が始まるんだ。そういえば、モーリアン辺境地では新たに名前を名乗ると言っていたな。どうしよう。そうだ。

「あなたの名前ももらうわ。ずっと一緒にいられるように」

 私は青い空に向かって話しかけた。数年前に別れた彼を思い出して。
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