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新年会

風呂掃除

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 昼食を食べ、昼過ぎにやって来た迎えの車に乗り、二人は小納谷に向かった。
 そして聖は小納谷に着くなり、大輔のもとへ駆け寄っていった。
「大ちゃん。クロが掃除するのを見に行っても良い?」
 大輔が黒龍を睨み付けてくる。
「…。俺には決められないと、言った」
「ちゃんとパーティーには出るし、見に行っても良いでしょう」
 聖のお願いに弱い大輔は、頭を抱えている。
 分かる。その気持ち…。
「聖にどうやって駆け引きを教えた」
「…。」
 それは答えれない。
「ねぇ。大ちゃん」
 大輔は困ったように天井を仰ぐ。
 そして諦めたように、聖を見下ろした。
「…風呂掃除だけだぞ。直ぐに着替えてパーティーだからな!」
「ありがとう。大ちゃん!」
 聖はニコニコして、大輔に抱きつく。
「こんな風に甘えられたら…断れない…」
 大輔は黒龍が言っていたことを思いだし、後で、ぼそりと呟いていた。


 黒龍は大浴場の湯船の栓を抜き、タオルで鏡を磨いて、椅子やたるをタワシで擦り洗いして、一ヶ所に集める。
 毎週、土曜日の仕事の一つだ。
 土曜日の泊まりのお客さんが来る前に、大浴場を掃除して新しいお湯を入れる。
 この作業にも慣れてきた。
 聖は脱衣場と風呂場の間に椅子を持ってきて、座って黒龍を眺めていた。
 黒龍は湯船のお湯がある程度無くなると、柄の付いたタワシで、湯船の中のタイルを擦り始めた。
 背中に聖の視線を感じながら、掃除をするのは緊張する。
 見ていて楽しいものでもないし、かといって、何か話すわけでもなくって、ただじっと見ているだけ。
 時折、膝まで捲り上げたズボンに水飛沫が上がり、黒龍の足元を濡らす。
 汗を拭いながら、ゴシゴシと擦る音が風呂場一杯に響き、集中しすぎて、聖の存在を忘れてしまいそうになる。
 湯船の中を洗い終わると、一旦、全体にお湯をかけ、洗い流すと、栓をして、新しいお湯を入れだした。
 一息付いたところで、黒龍は聖に声をかけた。
「見ていて面白いか?」
「うん。楽しい」
 聖はニコニコと笑いながら黒龍に答えた。
「それなら良いんだが…」
 聖が楽しいと思うのなら、構わないのだが…。
 黒龍は再び洗い場の床のタイルを、柄の付いたタワシで擦り始めた。
 時折、汗が滴り落ちていく。
「聖様」
 そこへ、女中が聖を呼びに来た。
「そろそろ、お着替えをしてくださいね。若様が呼んでますよ」
「…はい…。」
 聖は嫌そうな顔をして、重い腰を上げ、名残惜しそうに黒龍の方を見る。
「聖の仕事だろ。終わったら、聖の部屋で待ってるから、行ってこいよ」
「うん…」
 聖はそう返事して、渋々、大浴場を後にした。
「見られてると、落ち着かないな…」
 黒龍は掃除の続きを急ピッチで始めた。


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