王立学園の二人〜平穏に暮らしたい少年と、平凡を知りたい少女が出会ったら〜

緋色

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第一章 始まりの地 アルへム村

六話 一人きりの最後の夜

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 ドリアスの街で新たな依頼クエストを受けた私は、逃げるようにギルドを出ていってしまった。

 ぐうぅぅぅ……。

 その為か、いまだに昼飯を食べられていない。もちろん朝飯も。
 出発する前に、お店で何か買っておけば良かったかな。

「はぁ……お腹空いた。残りのお金は……銀貨二枚と、硬貨が七枚……」

 この旅を始めた当初から、決して多くのお金を所持していなかった。
 なぜなら、以前までの生活には『お金』という概念が無かったから。知識はあったのだけど、持っていても仕方がなかったし。

「貧しい生活ばかりだけど、なんだか楽しいかな。良い事も悪い事も、たくさん知る事ができるからね」

 独りでにそんな事を呟きながら歩いていると、ようやく依頼主の住む家に到着した。
 鬱蒼と生い茂る森の中に、ぽつんと佇む丸太を重ねた家。
 昔読んだ童話の物語に出てきそうな、とてもかわいい造り。

「依頼主さんの名前は……南の森の魔女? もしかしておばあちゃん、かな? フフフ、おっきな帽子に黒いローブ着て、箒にも乗ってたりして」

 コンコンコン。

 そんな事を思い浮かべながら、木製の扉を叩く。

「すみません。ギルドより、依頼を引き受けた者です」

『はぁーい、ちょっと待ってねぇ!』

 ガチャ。ガチャ。
 ガチャガチャガチャガチャ。バキィッ!

 突然、目の前にある扉のドアノブが粉々に粉砕された。
 思わず、びくりと身体を震わせてしまう。

『あらやだぁ! この扉、立て付け悪いのよぉ。また修理しなくっちゃぁ』

 崩壊した扉の跡には、艶かしい姿の人が仁王立ちしていた。
 うん。私の抱いていた想像イメージとは、ちょっと違うかな。

 ギーコ。ギーコ。カンカンカン!
 トントントントン。

 魔女様だから、てっきり魔法で直しちゃうのかと思っていたけど、普通にノコギリと金づちで直すんだね。
 というより、この人が魔女様で、いいのかな?

『お待たせぇ! さっ、中へどうぞぉ! ついでにお茶とお菓子なんていかがぁ?』

「是非、戴きます」

 あっという間に扉を作り直した魔女様は、ほんわかとした笑顔を見せながら、快く招き入れてくれた。

 小さな二階建ての家だけど、室内には植木鉢やプランターが置かれ、様々なハーブや花が育てられていた。
 絨毯もカーテンもピンク色で洋服もピンク色だし、好きな色なんだね。

『さあ、お嬢さぁん。あたしの、お・も・て・な・しぃ。どうぞぉ、召し上がれぇ!』

「わぁ……戴きます」

 魔女様がおもてなししてくれたのは、甘い香りのするパンケーキ。
 それに合わせて、少し苦めなミントティーだった。
 このパンケーキの生地には、ドライフルーツと乾燥させた粉末状の薔薇を練り込んであるのだそう。
 もちろん全てが自家栽培。なんだか、楽しそうな生活。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

『ううん、いいのよぉ! いつでも食べに来てねぇ!』

 難なく完食した私は、心からの感謝を述べた。

「ところで、お仕事の話なんですが。……その前に一つだけ、お伺いしても良いですか?」

『仕事のお話とは別にぃ? んんもぉ、あたしに何かご用なのかしらぁ? 良いわよ! 聞いてあげちゃう!』

「あの、どんな呪いも解く事のできる、お薬についてなんです」

『……!? 』

 そう。私が西方地域に来た本当の理由は、南の森に住む魔女様に会う事。
 その人が調合した万能薬を手に入れる為だった。

『確かにあたしはその薬を作れるわよぉ。でも、なぜ必要なのか、それを話してくれるかしらぁ?』

「……わかりました。少しだけ、お話します」

 ティーカップをそっと口元に運び終えた後、私はこれまでに至った経緯を話した。
 魔女様は何度も頷いて、自分の事のように親身になって聴いてくれていた。

『ローラちゃん……なんて健気で良い子なのぉ! ぶほぅえ~んえんえん! ぶほほっ! ずぼぼっ!』

 あまりの豪快な泣き方に、思わず動揺してしまう私。こんな時はどうすればいいのか、私にはわからなくて。
 ひとしきり泣き終えた魔女様は、テーブルに敷かれたクロスで涙を拭い、話を始めた。

『そのお薬、エリクシールっていう名前なんだけど……。作るには高価な材料と貴重な薬草も必要なのよぉ。金貨を三〇枚貰えるなら……譲ってもいいんだけどぉ』

「三〇枚……」

 薬と言えば、基本的に高価なものになる。
 なぜなら、治癒魔法で外傷は癒せても体内の不良や病原菌、病には効果が薄いから。
 解毒や解麻痺などもそう。
 体内に浸透するまでに治癒魔法を施せる事ができれば、それなりの効果が望めるんだけど。
 もしも間に合わなければ、薬でしか治せない。それほど薬とは貴重な品物だ。
 それにしても、金貨三〇枚なんて……。
 ……でも。

「わかりました。時間はかかってしまいますが、なんとか用意します」

『本当に平気なのぉ? 依頼報酬なんかじゃ貯まらないでしょぉ?』

「デルドール伯爵に、多少のご援助を、いただけるかもしれませんので」

 一度は断ってしまった褒賞金のお話だけど、まだ間に合うかもしれない。
 でも、もしかしたら私の秘密に気づかれてしまうかもしれない。
 それでも私は、彼女を助けたいから。
 もしもまた、元の実家世界に戻されたとしても。

『ローラちゃん、あたしにまだぁ、話してない秘密があるんでしょぉ』

 突然、虚を突いた質問を投げかけてくる魔女様。
 思わず目を見開いて、俯いてしまった。

『むふふふ。言いたくないなら良いわよぉ。そんなかわい子ちゃんにはぁ、チャンスをあげるわぁ!』

「チャ、チャンス……ですか?」

『ええ、そうよぉ。今日から一か月後にとある依頼を出すわぁ。その依頼を達成してくれたらぁ、無料タダであげちゃう!』

「本当に……良いんですか?」

 自然と笑顔になってしまう私。
 絶望という心の靄が、晴れ渡ったかのように。

『ただぁしっ!!』

 ニコニコと微笑む魔女様が、突然厳つい表情へと変貌した。
 たくましい人差し指を、私の顔の前に向けながら。

『今のローラちゃんのランクでは無理ね。一か月以内にランクを一つ上げる事! 良いわねぇ?』

「はい!」

『んんもぉ! ローラちゃん、暗い顔よりも笑顔の方が素敵じゃなぁい! それでね、今日お願いしたい依頼なんだけどぉ……』

「はい! 薬草ですよね! 何トンでも持ってきます!」

「そんなにいらないわぁ」

 ━一か月後・ギルド━

『ローラさん、昇格おめでとうございます。冒険者ランクⅡになりましたので、受注できる依頼クエストが増えましたよ』

「ミーナさんのご指導のお陰です。ありがとうございました」

 あれから一ヶ月が経った今日。
 ようやく冒険者ランクを上げる事ができた。
 今までの私は、街の人のお手伝いや薬草採取、街道のお掃除ばかりしてきた。
 でも、それだと評価が上がらないみたいで。

 だからこの一か月間は女性だけの行商人を護衛したり、魔鬼ゴブリンの討伐なんかもした。
 一番大変だったのは、街外れの畑に現れた魔蚯蚓、ジャイアントワームの討伐。
 ウネウネしてて、意識してしまう度に背筋がゾッとしちゃったから。

「お腹空いたなぁ。でも、無駄使いはできないよね。今日も野宿にしよう」

 そして訪れたのは、以前見つけた森の泉。
 三日前からここで野営をしているんだけど、初めての体験で、なんだか気に入ってしまった。

「できた。自然のベッド」

 泉のほとりに聳え立つ二本の木に、ロープを括りつける。
 両端に布とネットを結べば、ハンモックの完成。

 動物の鳴き声も聞こえない、静かな森。
 足音や気配があれば、すぐに気が付ける環境だ。
 月明かりも木陰に隠されて、きっと私の姿は見えてはいないだろう。

「今日は、水浴びだけして寝よう」

 着ているドレスをそっと脱ぎ、木の枝にかける。ブーツとコルセットの紐をほどくと、とても解放感があって気持ち良い。

「お母様、少しだけ、ここで待っていて」

 宝石をあしらった赤い薔薇の髪飾りを外し、ハンモックの上に寝かせてあげた。
 そして、ドリアスで購入した石鹸と大きなタオルを持って、泉へ入る事に。

「誰も見てないけど……。やっぱり恥ずかしい」

 膝まで泉に浸かり、泡立てた石鹸で身体をなぞっていく。
 一通り身体を洗い終えて、手で掬いながら水を浴びた。

「ううっ……冷たい。やっぱり、夜はまだ冷えるね。宿……借りた方が良いかな」

 水浴びを終えて、洗ったドレスを身に纏う。
 急な旅立ちだったから、私は着替えも用意していなかった。
 ドレスが傷んできたら買い換えて、また傷んだら買い換える。それの繰り返し。

「ドレスって、どうしてあんなに高いんだろう。でも、それ以外は着た事ないし。他の人が着ているようなお洋服、私にも似合うのかな」

 そんな事を考えながら、満天に輝く星空を見上げて眠りについていった。

「おやすみなさい、お母様。もうすぐだよ、オフィーリア」
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