王立学園の二人〜平穏に暮らしたい少年と、平凡を知りたい少女が出会ったら〜

緋色

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第一章 始まりの地 アルへム村

十五話 本当の私

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 あれ、おかしいな。
 私、どうしちゃったんだろう。
 どんなに堪えようとしても、涙が止まらない。
 拭っても拭っても、止めどなく溢れてきてしまう。

「……ごめんね。今、泣き止むから」

 どれだけ抑えようとしても、止まらない涙。
 悲しい訳じゃない。怪我が痛い訳でもない。
 でも、涙が流れた分だけ、心が澄み渡っていく。心を、洗い流していく。

「ごめんね、二人とも。私、本当はローラじゃないの。本当の名前は、ローレライなんだ。今まで嘘を吐いていて、ごめんなさい」

「うん、平気だよ。ゆっくりでいいから、話してみて」

 ルーシアの手が、そっと肩に触れる。

「なら、これからはローレライって呼んだ方が良いのか? っていうか、呼んで良いのか?」

 額に手を当てながら、しきりに悩むミスト。
 そんな彼の仕草が可笑しくて、私は笑顔を取り戻せた。
 どうして嘘の名前を使っていたのか、聞かないでくれるんだね。

「うん。ローレライで大丈夫だよ」

 小さく頷き、そう答える。

「じゃあ、俺達しかいない時はそう呼ぶよ。大丈夫、人前ではローラって呼ぶから」

「そうね。ローレライって呼べるのは私達だけなんだから。この特権を、誰かにあげたりなんかしないわ!」

「うん、ごめんね。ありがとう」

 本当の私を受け入れてくれた二人。
 それでいて、心から気遣ってくれる二人。
 少しだけだけど、私の事を知ってもらえたのが嬉しい。
 でも、もっと知ってもらいたい。
 それが私の、二人への信頼の証。

 ━  九年前・王都ハルモニア  ━

 半年前の私は、グランフィリア王国の中心、王都ハルモニアで暮らしていた。
 厳格な家柄に産まれた私は、何人もの講師から学問や剣術、政治を学んでいた。
 安息日なんてものは無く、毎日を模倣するように繰り返すだけの日々。

 敷地から出る事も許されず、講義が終わるとすぐに部屋に閉じ込められていた。
 お父様にも会えなくて、ずっと独りだった。

『ローレライ様、お誕生日おめでとうございます』

 その日は、私が七歳になった誕生日だった。
 身の回りのお世話をしてくれている人達からの、たくさんの贈り物や料理。
 豪華なドレスに綺麗な装飾品、大きなぬいぐるみなんかもあって。
 ……でも、私が欲しかった物は、一つも無かった。

 ある日の夜、いつものように部屋の窓から外の景色を眺めていた。
 窓の外には、私の知らない世界が広がっていたのだから。
 いくつもの灯りがゆらゆらと煌めき、その数と同じくらいの人々が、笑顔で色を描く世界。

 コツ……コツ。

 そんな時、二つの小石がバルコニーに落ちてきていた。
 その石は、綺麗な虹色をしていたのを今でも覚えている。

『ローレライ、ごめんなさい。今まで、独りきりにしてしまって』

 いつの間にか、バルコニーには大きな飛竜が舞い降りていた。
 大きな羽を畳んで、人目から遠ざかるように。
 どうしてなのか、不思議と恐くはなかった。

『私はオフィーリア。最後に会ったのは貴方が三歳の頃だから、覚えていないわよね』

 それから週に一度、夜が訪れるとオフィーリアが遊びに来てくれた。
 窓の鍵を壊して、こっそり私を外の世界に連れ出してくれて。

「わあっ! きれいなまちあかり! オフィーリア、あのたてものはなに!?」

「ウフフフ。危ないから、しっかり掴まっているんですよ」

「はーい!」

 街や湖、いろんな場所を見せてくれた。
 本の中でしか知らなかった私に、本物の世界を教えてくれた。
 彼女は飛竜だから、どこへでも私を飛んで連れて行ってくれたんだ。それがとても楽しくて……嬉しかった。

 ━半年前・ルーベンス湖━

 一五歳になった私は、変わらずの生活を送っていた。朝から講義を受け、夕刻には自分の部屋に戻って。
 それでも私は、オフィーリアがいたから乗り越えられた。

 小さい頃の私は、ずっと悩んでいたのに。
 出口の無い迷路に閉じ込められたみたいに、恐くて、悲しくて。

「ねえ、オフィーリア。私、この湖が大好き。なんだか、とても落ち着くんだ」

「ええ、私も好きよ。ここには楽しい思い出がたくさんあるから……」

 オフィーリアからのプレゼントの一つとして、王都の近くにある湖、ルーベンス湖に連れてきてもらっていた。 

『ヒヒッ、みーぃつけたぁ』

 でも、その時に何者かに襲われてしまって。
 当然オフィーリアの方が強かった。
 どんな魔法も通さない頑強な竜鱗に、どんな剣にも勝る鋭利な爪があったのだから。

「……! ローレライ、危ない!」

「えっ? きゃあっ!」

 でも、私を庇ったせいでオフィーリアは呪いの魔法を受けてしまった。
 本当なら、私が受けるはずだったのに。
 私が湖に行きたいなんて言わなければ、こんな事にはならなかったのに……。

 ━現在・グロース山━

「オフィーリアは最後の力を使って、私を家まで送ってくれたんだ。それからしばらくして、家を出たの」

「オフィーリアさんに会う為?」

「うん。オフィーリアの事を調べているうちに、彼女には呪いの魔法がかけられている事を知ったんだ。その呪いを解く方法が、魔女様が生み出したエリクシールという薬なの」

「それがこの依頼クエストの報酬って事か。なぁ、その依頼主に薬を譲ってもらえないか頼まなかったのか?」

 ミストの質問に、小さく首を振った。

「金貨三〇枚じゃないと、譲れないって言われて……」

「金貨三〇枚なんて、そんなの払える訳ないじゃない! その人、わかってて言ってるのね!」

 腕を組みながら、怒りを露にするルーシア。
 この国では、銅貨一枚でパンが一つ買える。
 金貨にもなれば銅貨の一〇〇倍もの価値になるのだから、簡単に支払える人なんてそういない。

「でも、悪い人じゃないよ。事情を話したら、依頼クエストの報酬になら出してもいいって。私にチャンスをくれたんだ」

「まぁ、本来なら大して難しい依頼クエストではなかったんだろうからな。そう考えれば、確かに悪い奴ではない、か」

「なら、急いでギルドに報告しましょう!  ていうか、早く帰らないとマリーおばさんがが発狂しそうだし……」

「……だな」

 そう言いながら、ミストは少し怠そうに立ち上がった。
 飛び跳ねるように、勢いよくルーシアも立ち上がる。

「ほら、帰るぞ」
「帰ろ。アルヘム村に」

 そして二人は、私に手を差し伸べてくれた。
 その手が、なんだかとても嬉しい。

「うん!」

 ━ドリアス・ギルド━

 私達を乗せた二頭の馬は、あっという間にドリアスに到着していた。
 空はうっすらと赤く染まり、夕暮れになっている中を。

 急ぎ足でギルドに戻った私達は、三人で一緒に扉を開いた。

「ローラさん、無事だったんですね! お二人も、おかえりなさい!」

 私達の帰りを、すぐに気が付いたミーナさん。
 仕事中にも関わらず、慌てて駆け寄って来てくれた。
 無事を喜び合い、冒険の話で笑い合いもして。

「ローラさん、ミストさん、ルーシアさん。本当にお疲れさまでした。これが報酬の銀貨二〇枚です」

 手渡された布袋には、たくさんの銀貨が入っていた。

「この銀貨は、二人が受け取って」

 そう言って、布袋を差し出す。
 でも、二人は首を横に振った。

「その金はお前が持っておけ。俺は欲しいものなんて無いし、ルーシアに渡すとすぐにお菓子代で使い果たすから。だからローラが持っておくのが、一番有益だろ?」

 あえてルーシアにも聞こえるように、ミストが言う。

「ちょっと! そんなにお菓子ばっかり食べてないわ!」

 当然怒り出すルーシアは、魔力の杖を掲げてギルド中を駆け回り、ミストを追い回していた。
 なんだか、微笑ましい光景だね。

 ガシャァン! バキバキバキィッ!!!

『こんのガキども、暴れんな! 俺の酒が割れたじゃねえか!!』

 ドゴォォーン! グシャァッ!!

『ああっ! 俺の塩漬け肉がぁっ! お前等いい加減にしろーっ!』

 逃げ惑うミストと白熱したルーシアは、数々の悲劇を生んでいた。

「……あの、ミーナさん。私が代わりに、弁償します」

「はい。……お願いします」

 そして私は、早速銀貨を八枚使う事に。

 ごめんね、二人とも。
 実はまだ、言っていない事があるんだ。
 時が来たら、ちゃんとお話するから。
 それまでもう少しだけ、一緒にいさせて。

 だって、本当の事を話したら……。
 きっと、一緒にはいられなくなるから。
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