王立学園の二人〜平穏に暮らしたい少年と、平凡を知りたい少女が出会ったら〜

緋色

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第一章 始まりの地 アルへム村

終話 魅惑の温泉

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 魔女との邂逅を果たした俺達は、再びアルヘム村に帰ってきていた。

『ルーシア、もうすぐ隣町の町長がいらっしゃる。お前も早く用意しなさい』

「あっ、パパ……。わかったわ、すぐに着替えてくるから」

 到着するなり、デルクおじさんに呼び止められるルーシア。
 毎度思う事だが、この親子の会話は本当にぎこちない。
 正直俺は、ルーシアの両親が苦手だ。きっと向こうも、俺の事をよく思っていないのだろうけど。

「じゃあ、私は先に帰るから。ローレライの事、お願いね」

「あぁ、またな」

 ぎこちなく微笑み、ルーシアは踵を返した。
 無言のまま両親の後ろを歩き、家に帰っていって。

「フフフ。ルーシアって、なんだか私のお姉ちゃんみたい」

「……あぁ、そうだな」

 微笑みながら、手を振って見送るローレライ。
 こいつはまだ、ルーシアの家庭環境を知らないのかもしれない。

 そして、ローレライと二人だけになってしまった俺。
 よく考えてみたら、二人きりになるのは初めてだが。まぁ、気にする事もないか。

「ねえ、久しぶりだね。二人きりなの。初めて会った、あの時以来だよ」

 風に揺られる髪を耳にかけ、ローレライがそう言う。
 そう言われてみれば、確かにそうだった。
 ほんの一瞬の時間だったが、不思議と良い思い出だったように感じる。

「今日は、寒いね」

「あぁ、そうだな」

 なぜだろうか。なぜか今日は、会話が弾まない。間がもたなすぎて、気まずい。

「ねえ、ミスト。温泉に、行かない?」

 「温泉? まだ明るいのにか?」

 空を見上げて、そんな疑問を投げかける。確かに陽は落ち始めているが、今は夕暮れという訳でもないのだから。
 まぁ、断るのも悪いし、たまには良いか。

 一旦ローレライと別れた俺は、家まで戻り、着替えを取りに帰った。

 ━アルヘム村・温泉宿━

 すぐに準備を終えた俺は、温泉宿に到着していた。
 宿の前には、すでにローレライが待っていて。

「悪い、遅くなった」

「ううん、平気だよ」

 柔らかに微笑むローレライ。
 心なしか、ローレライの顔が火照ったように赤くなっている気がするが。
 それに、普段よりもぼんやりしてるような……。

「もしかしてなんだけど、熱でもある?」

 そう尋ねながら、ローレライの額に手を当てる。
 おかしい。熱は無い。

「ミスト、急にどうしたの? なんか、変だよ」

 変なのはお前だ。

「館長さーん、お邪魔しまーす」

 そして、僅かな不安と疑念を抱いたまま、温泉宿の引き扉を開いた。

 久々に訪れた温泉宿だったが、相変わらずの景観だ。
 年期の入った床板はオークという広葉樹の木材を使用しているらしいのだが、上を歩けばギシギシと音がするほどの老朽ぶり。
 なかなか忙しいみたいで、修繕する暇がないそうだ。
 アルヘム村で唯一の宿泊施設だし、仕方がないか。

『おや? ミスト君じゃないか。君が来るなんて珍しいね』

 呼鈴を鳴らすと、ロビーの奥から館長がやって来た。
 整髪剤で綺麗な七三分けにしたその髪型は、絶妙なほどこの古宿に似合う。

「あぁ、たまにはね」

『そうかい。ゆっくりしていきなさい』

 そして、二人分の入湯料金を渡した俺達は、早速大浴場へ向かった。

 ここの温泉宿は四か所の浴場がある。
 連泊客の気分転換の為に、男湯と女湯を日替わりで変えてるそうだ。とは言っても、内装に大した違いは無い。
 もちろん効能も同じだ。

「じゃあ、男湯はこっちだから。また後でな」

「うん、またね」

 暫しの別れ際、小さく手を振るローレライ。

「温泉なんて久しぶりだな。来るのが面倒だから、いつも家の風呂だったけど。……たまには悪くない」

 脱衣場から外に出ると、花の香りが一面に立ち込めていた。
 やっぱり露天風呂は開放感を味わえて気持ちいい。

 湯船に浸かる前に、まず身体を洗う事。
 言わずとも知れた温泉マナーなのだから、当然俺も実践する。

「今日は休日なのに、珍しく誰もいないな。もしかして、この時間は貸切並みに空いてる穴場なのかも。……良い事知ったな」

 青空を見上げ、思わず笑みを溢す俺。

「ううん、違うよ。私が、貸切にしたんだ」

「おぉっ、そうだったのか。気が利くな」

「フフフ。でしょ?」

「 ……。」

 一瞬の間、俺の思考が停止した。
 一体俺は、今何と会話していたのだろうか。
 聞き覚えは存分にある声だったが、幻聴や霊的な何かに違いない。
 なぜなら、ローレライが男湯ここにいるなんて、あり得ないからだ。

「お待たせ」

「……なんで?」

 そこには、やはりローレライが立っていた。
 純白のタオル一枚で身を包み、結わえた長い髪を持ち上げていて。
 それはもう、未成年には衝撃的な光景でしかない。

「遅くなって、ごめんね。髪を留めるの、手間取っちゃって」

 そう言って微笑むローレライは、ゆっくりとしゃがみ、俺の背中に手を置いてくる。

「ミストの背中って、硬くて、大きいんだね。逞しい」

「その表現やめて? 誤解されるから」

 ローレライの熱い吐息が、俺の背中へと届く。
 まだ湯に浸かってないのに、お陰さまでとてつもなく暑い。

「ルーシアに、教えてもらったよ。友達と温泉に入ったら、背中を流すものだって。だから洗ってあげるね」

「……マジ?」

「フフフ。……まじ」

 ルーシア、お前……。
 やるじゃないか。

 いや、駄目だ。
 もしこんな場面をルーシアあいつに知られた日には、八つ裂きにされる。

 いやいや、友達だから良いのか?
 ローレライ友達の好意を無下にする方が、駄目なんじゃないか?

 頭を抱え、心の中で葛藤してしまう。
 その結果、俺が選んだ答えは。

「なら、お言葉に甘えるか」

 平静を装い、背中を流してもらう事を受け入れた俺。

「じゃあ、準備するね」

 準備を始めたローレライは、無防備にも俺の目の前で屈み、シャワーでタオルを濡らす。
 滑らせるように石鹸をタオルに馴染ませ、泡立たせもして。

「 ……。」

 その一部始終を、瞳に焼き付けるように凝視する俺。
 それはもう、昨日までの記憶を全消去しても構わないくらいに。

「フフフ。なんだか、緊張するね」

 目が合うと、純真無垢な笑顔を返すローレライ。
 そんな彼女とは裏腹に、捲れかけたタオルからは一六歳とは思えない立派な谷間を色作る。
 水を弾くほどの綺麗な太腿を、動く度に際どく見え隠れさせて。
 人はこれを、あざとい・・・・と言うのだろう。

 きっとこいつは、長きに渡る監禁生活のせいで、羞恥心の基準がずれ過ぎているのかもしれない。
 なら、俺が普通の感性をしっかり教えてやらないと……。

「お待たせ。タオルの準備、できたよ」

「あぁ、ありがとう。良い泡立ち具合だ」

 ……教えるのは、明日からにしよう。

 そして、再び俺の背後に移動するローレライ。
 背中に触れたタオルが、上から下へ、ゆっくりと優しく撫でる。

「ミストとルーシアには、何度もお世話になってるから、何かお礼がしたかったんだ」

「あぁ、それで背中を流してくれてるのか。嬉しいけど、気にする事ないのに」

 ……ここで改めて言っておきたい。
 今の俺は、一糸纏わぬ産まれたままの姿だ。もしここで立ち上がれば、色々危ない事になる。
 すなわち俺は、この場から一歩も動けない。

「ミスト、終わったよ」

「あぁ、ありがとう。じゃあ、そろそろ女湯に戻った方が……」

 この場を死守しなければならない全裸の俺は、丁寧にローレライに退出を促した。
 その、瞬間……。

 ガラガラガラ。

「いやー、遅くなっちゃったわ! 待たせてごめん……ね」

 突然開かれた引き戸からは、全てをさらけ出し、堂々と仁王立ちするルーシアが現れてしまった。
 満面の笑顔を浮かべたまま、蝋人形の如く固まるルーシア。

 そんなルーシアと見つめ合う俺。
 この二人の間だけ、時が止まる。

「……なんで……なんで、あんたも入ってんのよーっ!!」

 時計の針が動き出した瞬間、激昂するルーシアが魔力を解放した。
 上昇気流を生み出す魔力の渦が、ルーシアの金髪を逆立たせる。

「氷の精霊フェンリル! 変態をぶち殺せぇ! 氷槍魔法フリーズランサーーっ!!」

 パキパキパキ! ドゴォォーン!!

 投げつけられた極大の氷槍が、瞬く間に俺の身体を凍り漬けにした。

「ねえ、ミスト。覚悟は……できてるんでしょうねぇーっ!!」

 怒りと恥辱のあまり、今の自分の姿を忘れたルーシア。
 なりふり構わず全力で突進してくるその様は、まるで闘牛のよう。

「ちょっと待て! 隠せ隠せ! 見えてるって! ……おっ、胸、ちょっと大きくなったんじゃないか?」

「見てんじゃ……ないわよぉーっ!!」

 魔法で疾風を纏ったルーシアの右足が、勢いよく俺を蹴り飛ばした。
 氷塊と化した俺は、なす統べなく空の彼方へと飛び立つ。

『ママー! ミストにいちゃんが、こおってるよー? あー、はだかだー!』

『しっ! 見ちゃいけません。きっとまた、ルーシアちゃんにお仕置きされたのよ』

 ローレライと出会ってからというもの、毎日が波乱イベントだらけだ。
 今までの平穏な日々は、一体どこへ行ったのだろうか。

 でも、たまにはこんな生活も悪くない、か。
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