王立学園の二人〜平穏に暮らしたい少年と、平凡を知りたい少女が出会ったら〜

緋色

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第二章 中央地域 南の街ギリアス

十一話 小さな晩餐会

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「ミスト起きてーっ! そろそろ時間よーっ!」

「……んぁ? あぁ、悪い。いつの間にか、眠ってたのか」

 ルーシアに起こされ、俺は目を覚ました。
 窓から広がる景色は、すでに夜の帳が下りていて。

 明日にはアルヘム村に帰る予定だが、みんなにはまだ伝えていない。
 今日までの間、みんなも忙しくて集まれなかったからだ。
 いや、それはただの言い訳か。

 ━ギリアス・酒場━

「よぉーし、今日はわしの奢りじゃぁ! 遠慮はいらん! 存分に食って騒いで飲むがよい!」

「「「 かんぱーい!」」」

 今夜は街の復興とグローインの店の再開、それとオフィーリアの全快を祝って打ち上げをする事になった。

 その宴会場はギリアスにある酒場『サルーン・モンキーズ』。
 行き交う店員達は決まってカウボーイハットを被り、フリンジをあしらったスカートを履いている。
 牛革ベストにビキニ姿と、青少年の俺には少々刺激的だ。ありがとう。

「ほれほれ! お主もこの街の名物濁り酒、〈丹豪李にごり〉を飲んでみぃ!」

「いや、酒なんか飲んだ事ないし……」

「あれ? ミスト君、お酒飲んだ事ないっすか? 子供だなぁ」

 グラスを押し付けるグローインに便乗して、なぜか煽ってくる弟子のメルル。

「酒を知らんだと! 下の毛も生えとらん赤子じゃあるまい!」

「まぁ、そうだな。世間一般では、一六歳の俺はまだ子供という部類だ。だから絶対飲まないからな」

 ドワーフが酒好きだって事は周知の話。
 ここで飲んでしまったら最後、次々と飲まされて後には引けなくなる。
 何と言われようと、頑なに拒否しなければ。

「グローイン、無理に飲ませてはいけませんよ。そんなに飲み比べをしたいのでしたら、私が相手をしましょうか?」

 なんとその時、一人の女の子が助け船を出してくれた。
 長い銀髪を一本に結わえた優しい子。
 それはオフィーリアだ。

 そんなオフィーリアは、穏やかに微笑みながら目配せをしてくる。
 こんな小さな女の子に酒を飲ませるのも、絵面的にどうなのだろうか。

「おぉおぉ、おぉおぉ! 病み上がり相手でも容赦はせぬぞ?」

「ええ、構いませんよ。望むところです」

 余裕げにそう返すオフィーリアは、身の丈ほどの大きな酒樽をひざに乗せ、か細い両手で抱きしめた。
 前髪をそっと耳にかけ、酒樽にストローを刺して飲み進めていく。

 えっ、樽ごと行くの? 店中の人々の表情がそう語る。
 だが、俺が気になったのはそこではない。
 ほんのりと浮かべる笑顔に、ストローを咥える薄紅色の唇。
 屈んだ時に覗かせる大人の渓谷・・
 背丈は一四〇センチくらいの女児なのに、なぜこんなにも妖艶さを醸し出しているのだろうか。

「オフィーリア、お酒好きだったの?」

 そうローレライが尋ねると、酒樽からひょこっと顔を出すオフィーリア。

「ええ、好きよ。私の故郷ではね、野生の動物達がお酒を造ってくれるの。そのお酒、昔は人間にも評判だったそうよ」

「野生の動物が、お酒を造るの?」

「ええ、〈ましら酒〉って知っているかしら?」

「何を言うとるか。ましら酒ってな、猿酒の事じゃろ? あんなもん作り話じゃろうて」

「ウフフフ。いいえ、本当にありますよ。一部の動物は住処に食糧を貯えるの。それが長い月日をかけて発酵すると、果実酒に変わるんですよ」

「へえ、それなら私も飲んでみたいわね!」

「私も」

「ガッハッハッハ! 手に入った日にゃぁ、わしも所望しよう!」

 ニコリと微笑むオフィーリアは、新しい酒樽にストローを刺していた。
 まるでジュースでも飲んでいるように見えるが、実際は何一〇杯分もの麦焼酎が入った酒樽。
 普通の人間では不可能な芸当だ。

「親方、オフィーリアさん。僕も飲み比べに参戦していいっすかー?」

「おぉ! 我が弟子よ! 共にこの竜を倒そうではないか!」

 そうだった。
 そういえばグローインとオフィーリアは飲み比べしてたんだった。

 そんな三人を笑顔で眺めながら、清楚にミルクを嗜むローレライ。
 さすがは可憐を具現化させた生物だ。

「そういえば、オフィーリアさんって何歳なんですか?」

 さりげなくそんな質問するルーシア。
 見た目女児が無限に酒を浴びていれば、それは誰もが気になる事だろう。
 飲酒に年齢制限等はないが、若年層の身体には良くないと言われているのだから。

「ルーシアさん、大人の女性は年齢を教えたがらないものよ」

「でも、外見と中身の相違ギャップが激しすぎて、どうしても気になっちゃうんですよ」

「……そうですね。ルーシアさんにはお世話になりましたから、特別に教えてあげようかしら」

 そう言って、オフィーリアは考え込むように人差し指を顎に添える。
 天井を眺めながら独りでに呟き、計算を始めた。

「……確か、今年で一六〇歳だったかしら。嫌だわ。歳を重ねると、だんだん忘れてしまうものね」

「じゅ、十倍!? 私達の十倍も生きてるんですか! 全然そうは見えないけど……」

「ウフフフ。ドラゴンは人間よりもずっと長命なの。私なんて、まだまだ若い方ですよ」

 見た目だけなら女児だ。

『お待たせしましたー! 』

 そんな中、次々と料理が追加されていく。
 注文したのはグローインなのだから、当然酒に合いそうなものばかり。

「いや、高カロリーにもほどがあるだろ」

「私、アルヘム村まで走って帰ろうかしら」

 さすがはドワーフ族。
 肉系の料理しか運ばれてきやしない。

 その後、川魚のアンチョビピザやケールと木の実のソテー、キノコのボイル焼き、など、胃腸に負担の少ない料理も注文した。
 気が付けば、テーブルの上にはところ狭しと料理で埋め尽くされていて。

「ルーシアとローレライは、本当に食べ方が綺麗だな」

「まあね。子爵家の人間として、それなりに作法は学ばされたから」

「へえ、立派なお嬢様だ」

「フフフ。ミストも、食べ方綺麗だよ」

「庶民だけどな」

 そんなローレライもまた、相変わらず上品な食事マナーだ。
 肉を串から外し、ナイフとフォークで丁寧に小分けに切って。
 少しずつ口元に運び、食べ終える度にナプキンで口許を拭って。

「これこれローレライ。串焼きというのじゃな、串を掴んで豪快にかぶり付くもんじゃぞ。油滴るこの味! 酒が進むわい! ほれ、おぬしもやってみぃ」

 ローレライの前に鳥肉の串焼きをかざしながら、グローインが漢の食事作法を伝授する。

「うん、やってみる」

 意外にも興味を持ったローレライは、恐る恐る串焼きを手に取り、両手で掴む。
 小さな口を開き、肉の端へとかぶり付いた。
 そのまま両手で串を引っ張り、肉を噛み千切る。
 そんなローレライの姿は……。
 全然似合う訳がない。

「……あっ、美味しい」

「ガッハッハッハ! そうじゃろう!? 食う前に切ってしもうたら、皿の上に肉汁が逃げちまう! せっかくの旨みを逃しては、勿体なかろう!」

 そんなローレライの挑戦を、見守るように微笑むオフィーリア。
 いつの間にか、飲み干した空樽の上に座っているが。

 その時、隣に座っていたルーシアが俺の肩に寄りかかってきた。
 ルーシアの黄金色の髪からは、ふわりと花の香りがしてくる。

「ミストー、貴方の手って、本当に暖かいわよねー。心は冷たいのに、ねー」

 寝ぼけたルーシアが遠慮なく俺の腕に抱き付いてきているが、明らかに様子が変だ。
 まさか、あの時・・・の変な薬でも飲まされたのだろうか。

「おい、ルーシア。……寝てるな」

「ルーシア、酔っちゃったみたいだね」

 ローレライの言うとおり、確かにルーシアの顔が赤い。
 だが、ルーシアもミルクしか飲んでいないのに、なぜ酔っているのだろうか。
 まさか、あの飲み物は……。

「なぁ、ローレライ。それって、ただのミルクだよな」

 不思議そうな顔で、首を傾げるローレライ。

「えっと、少し違うよ。これは馬乳酒アイラグって、言うんだって」

 ……酒だ。

 しかし、ローレライも嗜むように飲んでるはいるが、すでに四杯くらいは進んでいるのに。
 至って普通。平常運転だ。

 ……仕方がない。
 これ以上酔い潰れる奴が増える前に、あの話をしよう。

 そして俺は、みんなに話す決意を固めた。
 明日には、お別れだという事を。
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