王立学園の二人〜平穏に暮らしたい少年と、平凡を知りたい少女が出会ったら〜

緋色

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第三章 王立学園━大魔剣闘技祭━

十二話 恨みの矛先

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 極度の緊張感がただよう中、私は舞台へと上がっていた。

 フードに隠れた私の素顔は、きっと強張っていると思う。
 そんな私とは対照的に、正面から向かってくる女子生徒は、目を細めて余裕の笑みを浮かべていた。

『それではAステージ第二試合、一年生ローラ・アディール対、三年生エヴァ・ローリー・グランドリエ。始め!』

 試合開始と同時に、私は細剣エストックを鞘から引き抜く。

「はぁっ!」

 対戦相手であるエヴァさんとの間合いを一気に詰め、高速の連撃を放った。
 複雑にしなるエストックを操り、予測不能の動きを見せて。

『あははは。やっぱり、かわいい声ね』

 穂先に剣状の刃を持つ槍を回転させ、容易く弾き返してくるエヴァさん。
 どれだけ猛攻を加えても、その涼しげな笑顔を崩す事はない。

『そろそろ反撃してもいいかしら』

「くっ!」

 互角の打ち合いを見せていた中、突然殺気をみなぎらせたエヴァさん。
 その気迫に当てられた私は、後ろに飛び退いて距離を取った。
 なぜなら、私に向けられた彼女の感情は、闘志なんかではないから。間違いなく殺意だ。

『あら、意外とお利口さんなのね。せっかくこの剣槍グレイブに、高貴な血を吸わせたかったのになぁ』

 エヴァさんは甘えた声でそう言う。
 言葉を返さずに両手でエストックを握り、後ろに構える私。

「……行きます! アクセルスナイプ!」

 体勢を下げ、高速でエヴァさんに突進した。
 僅かな残像を残し、疾風の一〇連撃を放つ。
 変わらずに涼しい笑顔のエヴァさんは、激しく回転させたグレイブで全ての剣閃を弾き返していく。

『ぶち抜いてあげるわ! 槍技、落鳳破らくほうは!』

 穂先がギラリと光った瞬間、目にも留まらぬ速さでグレイブの一閃突きを繰り出された。
 寸前のところで前に屈むが、私の頬を掠めた刃が向きを変えて襲いかかる。

『それそれぇっ! しっかり避けないと、その可愛いお顔がぐちゃぐちゃになるわよぉ!』

 執拗に頭部ばかりを狙われ、防戦一方になってしまう私。
 この異常とも言える試合を見た観客からは、どよめき戸惑う。

 それがこの大会の恐ろしいところだ。
 死に至る攻撃を仕掛けた場合は、審判の教員が制止に入る。
 でも、戦い方に禁止事項ルールなんてないのだから。

『そこかしらぁ!』

「……きゃあ!」

 その時、神速で襲いかかるグレイブが再び私の頬を掠めた。
 更に激しい風圧に吹き飛ばされた私は、舞台に転がってしまった。
 その反動で被っていたフードが捲れ上り、素顔を晒されてしまう。

『クスクス……見ぃつけた』

 しかし、エヴァさんはその場に立ったまま、私の顔を見つめていた。
 すぐに距離を取り、フードを被り直す私。

『ねえねえ、ローラちゃん』

 甘えた声で、私を呼ぶエヴァさん。

『もうご存じかもしれないけれど、私ってグランドリエ公爵家の人間なんだぁ』

 なぜこの人は、戦いの最中にそんな事を言い出すのか。
 想像を巡らせる度、冷や汗が頬を通る。

『貴方も知っているでしょう? それがどういう事か』

 唐突な質問で状況が掴めず、困惑してしまう。
 でも私の正体を勘づかれないように、返す言葉を慎重に選ばないと。
 ううん。きっともう手遅れだ。
 エヴァさんの中では、すでに答えは出ているのだから。

『……私だって、聖王の血を引いた一族の末裔なのよ。お前と同じ、初代聖王の子孫』

「やっぱり、気付いていたんですね」

 その瞬間、エヴァさんはまるで別人のような形相に変貌した。
 溢れ出た魔力で髪が逆立ち、力強くグレイブを地面に突き刺す。

『当たり前だろうが、このくそ餓鬼! お前のせいで私は人生を奪われたんだからな! 望んでもいないのに、お前に忠誠を誓う為に!』

 その時、感情が露になった彼女の瞳からは、微かな涙が溢れ落ちた。

『わかるかしら。王家お前を守護するのが私の役目だと言い聞かされて、死に物狂いで訓練に明け暮れた日々を。なのにお前は、逃げ出した』

「……エヴァさん」

 グランドリエ家とは、初代聖王の頃から分家として付き従っていた家系。
 十人の公爵家の中でも最下位に位置しているグランドリエ家は、戦となれば先陣を斬り、王の盾となってその身を捧げる宿命と言われていた。

 エヴァさんの家名を聞けばわかる事だった。逃げ出した私を、最も憎んでいる人だという事を。
 エヴァさん、貴方も与えられた責務を全うできる立派な人間なんだね。
 
『ローレライ・アリア・グランフィリア! 今ここで、私が断罪してあげるわ!』

「……わかりました。私はもう、逃げません。貴方からも、責任からも」

『今更言ったって遅いのよ。一度逃げ出した王女なんて、この国には不要な存在なんだから、絶対にこの手で殺してやるわ!』

 激昂したエヴァさんは、グレイブを空に掲げた。
 全力の魔力を解き放ち、ゆっくりと水平に構える。

雷撃槍魔法ライジングランス!』

 今のエヴァさんは、私への殺意に満ちている。
 やりたくもない責務の為に捧げた人生を、私は踏みにじってしまったのだから。
 それでも私は、彼女の気持ちを受け止めなければならない。

「長い間苦しい思いをしてきたエヴァさんの気持ちを、簡単に理解できるなんて言いません。だって、私の気持ちも貴方には理解できないんだから」

 そう言いながら、私は立ち上がった。
 エストックを強く握り、振り上げるように上段に構えて。

「今の私にはなんの力も無ければ、役に立てる事もありません。でも、必ずこの国を変えてみせます! この半年間で見てきた国の違和感に、私は立ち向かう!」

『黙れ黙れぇ! 逃げ出したお前が、ほざくなぁーっ!』

 怒りという感情を力に変えるように、エヴァさんは膨大な魔力をグレイブに込めた。
 その穂先からは、暴れ狂う電撃が迸る。

『一撃確殺! 聖王技……グン、グニルーッ!』

 私に向けて一直線に駆け抜けるエヴァさん。

「私はまだ、ここで終われません! 火炎細剣魔フレイムレイピア法!」

 私もまた、闘志を魔力に変えて炎を燃え盛らせた。

『死ねぇーっ!!』

「クレッシェント、バースト!!」

 音速の火炎突きを放った私のエストックと、雷撃が迸るエヴァさんのグレイブ。
 互いの刃がぶつかり合い、激しい火花が舞台中に広がった。

『お前なんかにぃ、負けてたまるかぁーっ!』

「私だって負けられません! ここで負けたら、一生貴方に認めてもらえないから!」

 二人の身体には傷痕が作り出され、鮮血が舞う。
 それでも私とエヴァさんの勢いは、決して止まらない。

『ぐっ! そんな馬鹿な。こんな奴なんかにぃっ!』

 その時、エヴァさん表情が歪んだ。
 グレイブが放つ雷撃が、次第に収まっていく。
 それは彼女の魔力が枯渇したという事。

「はぁーっ!」

 そして、ついに私の連続突きがエヴァさんを捕らえた。
 次々と四肢を貫き、血飛沫が飛び散る。
 彼女の手からグレイブが離され、身体が宙を舞い、舞台へと倒れた。

「そこまで! 勝者、ローラ・アディール!」

 歓声が鳴り響く最中、私は覚束ない足取りでエヴァさんの隣まで歩み寄る。
 ゆっくりと跪き、彼女の手を握った。

「エヴァ公爵令嬢、不甲斐ない私のせいで、迷惑をかけてごめんなさい。でも、これからの私は違うと約束します。貴方にも認めてもらえるように。だから今は、ゆっくりお休みなさい」

『……仰せのままに、ローレライ王女殿下』

「フフフ。いつかまた、お手合わせしてくださいね」

『……はい、喜んで』

 程なくして駆けつけた救護班により、エヴァさんは担架で運ばれていった。
 最後に見たエヴァさんの表情は、清々しいほど澄んだ泣き顔だった。

 はたして彼女は、私を信じてくれたのだろうか。
 その答えを導き出せるのは、これからの私自身だ。

 ━闘技場《アリーナ》・救護室━

 試合を終えた私は、救護室へ訪れていた。
 身体中に怪我をしているから、早く治して次の試合に備える為に。

「あら、ローラさん。見事勝ち進んだみたいね。先生も、陰ながら応援していますよ」

 そこにはオフィーリアの姿があった。
 保健医のシスターセレス先生と一緒に、ここで生徒の手当てをしているのだそう。

「オフィーリア先生、私にも、手当てをお願いできますか?」

「あらあら、そんなに早くミストさんとルーシアさんの所に行きたいのかしら。少し寂しいわ」

 辺りを軽く見渡し、オフィーリアの耳元へ近づく。

「もちろんオフィーリアともいたいよ。でも、次の試合でルーシアと戦うの。だから、心配させないように早く戻らないと」

「まあ、ルーシアさんと。私はローレライを応援していますからね。みんなには内緒よ」

 優しく微笑むオフィーリアは、小声でそう応援してくれる。

「うん。ありがとう、オフィーリア」

「さあ、早く傷を治してしまいましょう」

 オフィーリアに治癒魔法で手当てをしてもらっていると、遠くからたくさんの歓声が届いてきた。
 おそらく会場では、第三試合が始まったんだ。

 私も早く戻らなきゃ。
 待っててね、ルーシア。
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