王立学園の二人〜平穏に暮らしたい少年と、平凡を知りたい少女が出会ったら〜

緋色

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第三章 王立学園━大魔剣闘技祭━

十六話 誘拐

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「うっ、んん……ここは」

 ふと目を覚ました私の視界には、真っ白な天井が広がっていた。
 恐らくここは、闘技場アリーナにある治療室だ。

「ローレライ、目を覚ましてくれて安心したわ」

 ゆっくりと顔を動かすと、そこにはオフィーリアの姿があった。
 その隣には、ミストとルーシアもいて。

「ねえ、本当に大丈夫?」

「うん、もう平気だよ。心配させてごめんね、ルーシア」

 ルーシアとの試合で負った怪我は、嘘のように痛みさえなくなっていた。
 その証を示す為に、私は身体を起こす。

「……あっ」

 思ったように身体が動かせず、支えていた腕が崩れてしまう私。
 すぐに手を伸ばしてくれたミストが、私の身体を支えてくれた。

「ローレライ、無理はしなくていいよ」

「うん、ありがとう」

 自分でも気付かないうちに、身体が限界を迎えていたなんて。
 私は、みんなに心配をかけさせる為に戦った訳ではないのに。
 自分が、こんなにも弱かっただなんて。

「ローレライ、シスターセレス先生から聞いたわよ。貴方が倒れた理由は極度の疲労だ、って。もっと自分の体調に気を配りなさい」

「……ごめんなさい」

 決してオフィーリアは叱っている訳ではない。心配しているからこそ、厳しく言っているだけだ。

 だからこそ、私の中で絶対的に足りないものを気付かされてしまう。
 それは基礎体力と経験。
 私にあるのは、王宮で暮らしていた頃の鍛練と、半年間の一人旅だけ。
 本当はわかっていたけれど、それだけでは全然足りないんだ。

「でも、立派になったわね。これからも自分に嘘を吐かず、やりたい事をやりなさい」

「……オフィーリア」

 オフィーリアの優しい声に、笑顔に、思わず見つめてしまう。
 どれほど私を大切に想ってくれているのか、その表情だけで伝わるのだから。

「あっ! そうそう、あの後ミストがね! また勇者科ブレイブの三年生を一撃で倒したらしいのよ! しかも、血相を変えて救護室ここに来たんだから!」

「ちょっ! ……それは、別に言わなくても良いだろ」

 雰囲気を切り替えるように、ルーシアが明るく話す。
 なぜかミストは慌てだしていたけれど。
 もしかしたら、私を気にかけてくれたのかもしれない。
 本当にそうなら、嬉しい。

「ありがとう、ミスト」

 自然と声に出てしまう心の声。
 そんなミストは、照れくさそうに頬を掻いていた。

「オフィーリアも、ルーシアもありがとう」

「気にしないでいいわ。私達は、友達なんだから」

「私はローレライの母親代わりですからね。だから我慢しないで、もっと甘えてちょうだい」

「ありがとう、お母様」

 そう言って、早速オフィーリアに抱きついて甘える私。
 私よりも少しだけ小柄なのに、オフィーリアはいつも心地のよい温もりをくれる。

 その時、崩れるようにオフィーリアが椅子から滑り落ちてしまった。
 目を丸くしながら、驚愕の表情で私を見つめて。

「ミ、ミストさん、今の聞いた!? お母様ですって!」

「あ……あぁ、聞いた聞いた。だから、とりあえずその手を離してくれ。本気で苦しい」

 とてつもなく興奮したオフィーリアは、ミストまで椅子から引きずり下ろして胸元を掴む。

「あぁーん、お母様ですって! ママ、嬉しくて泣いちゃうわぁ!」

 もはや口調がマリーさんになるくらい我を失うオフィーリア。
 ミストの胸元をがっしり両手で掴んで、前後に揺すりながら。
 そんなに、嬉しかったのかな。

「生きててよかったわぁ! 娘の為にも! もっと残業しなきゃ!!」

「オ、オフィーリア……首、首絞まってる。俺、本当に、死ぬ……」

 しばらくしてオフィーリアが落ち着いた頃、再び闘技場アリーナにはアナウンスが響き渡っていた。
 それはルーシアとミストの次の試合が始まる合図。
 渋々救護室を出ていく二人に手を振り、見送った。

「では私も会場に行ってきますね。こんな時に限って、急遽審判を任されてしまったの」

「そうなんだ。でも、私は平気だよ」

「何かあったらシスターセレス先生を呼んでね。隣の部屋にいますから」

「うん、いってらっしゃい」

 オフィーリアも見送ると、途端に静まりかえる室内。
 とりあえず仰向けになった私は、天井を見上げる。
 この部屋には窓などは無く、うっすらと灯る洋燈だけが唯一の光源だ。

「ローラさん、具合はどう?」

「お陰さまで、良くなりました」

「そう、良かったわ。また後で様子を見に来ますね」

 時折シスターセレス先生が様子を見に来てくれるけれど、やっぱり退屈。
 こんな時の私は、いつも旋律に乗せながら詞を歌ってしまう。
 誰かから聞いた訳でも聞こえた訳でもないのに、自然と思い浮かんだ歌を歌っていた。

 ほんの少し前までの私は、大観衆の中で戦っていたのに。
 それが今では、嘘のように感じてしまう。
 私の大魔剣闘技祭は終わってしまったけれど、二人はまだ闘っているんだね。

 ガチャ。

 その時、奥の扉が開く音が聞こえた。
 突然訪れた違和感に身体を起こし、じっと治療室の扉を注視する私。
 隣の部屋からは、微かな物音が何度も聞こえてきていて……。

『ご静養のところ申し訳ございません。失礼しても宜しいでしょうか』

「えっ、あ……はい」

 扉の側から聞こえる男性の声に、そう返事をする。
 そして入室してきたのは、一人の男子生徒だった。
 その人は、勇者科ブレイブの三年生、サイフォン・フォックス・グランディアスさん。
 すぐ背後には五人の生徒も立っていて、無言で立ち尽くしていた。
 なにか、不穏な空気を漂わせながら。

「あの、私にご用ですか?」

「我等が来た理由など、言わずともおわかりでしょうに。姫様をお迎えに参ったのです」

「……やはり、貴方も気付いていたのですね」

 エヴァさんが私の正体を見破っていたのだから、同じ公爵家の彼の事も警戒していた。
 でも、まさかこの状況下で接触を図ってくるだなんて。

「これより姫様を、我がグランディアス邸へと丁重にお招きいたします。その後、御身が回復でき次第、メリクリウス宮殿へお連れいたしますので」

 そしてサイフォンさんは、胸に手を当てて深く頭を下げた。
 取り巻きの生徒達もまた、胸に手を当てながら片ひざを突き、頭を垂れる。

「……私は帰りません。お父様や大公達には、そうお伝えください」

「そうはいきますまい。貴方様は王妃ローズ・ガーネット様の血を受け継ぐ大切な器。一刻も早く、安全な場所へ避難していただかなければなりません」

 無言で首を振り、抵抗の証にシーツを握りしめる私。
 また、あの王宮に戻されてしまうなんて。
 そう考えただけで身体が震え、冷や汗が滲む。
 
「はぁ……。であれば、多少手荒な手段に及ぶ事を、お許しください」

 ため息を吐くサイフォンさんが顔を上げると、後ろに控えていた女子生徒が前に出てきた。

「お前達、姫様をお連れしろ!」

 そして二人の女子生徒に腕を掴まれた私は、強引に救護室から連れ出されてしまった。

『サイフォン、こんなところで何をやって……。ぐはぁっ!』

 サイフォンさんはすれ違う生徒を次々と殴りつけ、意識を失わせていく。
 証拠を残さない為なんだと思うけれど、なぜ私を連行する事を隠すのだろう。

「よいか、目撃者は一人足りとも残すな」

「手荒な事はしないで! ちゃんと、ついて行きますから」

「……賢明なご判断です。姫様」

 そう言うサイフォンさんの合図と共に、私を解放する生徒達。
 彼等の後ろを素直に付いて歩くと、正門の前には数人の騎士が待機していた。
 その奥には、豪奢な装飾を施したキャリッジ馬車が。

「さあ、お手を」

「……はい」

 サイフォンさんに手を差し出され、用意されていた馬車に乗るように促される。

「ご苦労であった。後の処理は任せたぞ」

『御意!』

 追従していた生徒達を残し、走り出す馬車。
 次第に薄れていくのは、ドリアスの賑わう雑踏。人声。

 ━西方地域・見知らぬ街道━

 しばらくの間走り続けていた頃、外は馬の脚音と車輪が地面を通る音だけが聞こえていた。
 景色が変わり行く度、みんなから離れていく事を痛感させられてしまう。
  この一か月の思い出が、回想されるように甦る。
 こんなに呆気ない形で、みんなと別れるだなんて……。

 でも、ここで逃げたら昔と何も変わらない。
 今度はしっかりと向き合ってみせる。
 お父様が首を縦に振るまで、私は諦めない。

「……ミスト、会いたい」

 無意識に溢れてしまう、私の本音。
 馬車が走る音に消されるくらいの、小さな声で。

「姫様、どうかなさいましたか? どこかお身体に障ったのですか?」

「いいえ、ご心配なく。私は大丈夫です」

 向かいに座るサイフォンさんに、淡々と返事を返す私。
 できる限り冷淡に、感情を乗せず。

「それは安心いたしました。姫様は我がグランディアス家の子孫を宿さなければならぬ身、健全でいてもらわねば」

「……今、なんと言いましたか」

 サイフォンさんの口から出た言葉。
 その意味が理解できず、思わず顔を上げる。

『貴様、何者だ!』
『うぎゃあぁーっ!』

 その時、馬車の歩みが止まり、間も置かずに外が騒がしくなり始めた。

「なんだ! 一体何があった!」

 突然の悲鳴に驚き戸惑うサイフォンさんは、急いでカーテンを開き、窓を覗く。
 そこに現れた一人の騎士が、力強く扉を開いた。

『サイフォン様! 王女殿下! 現在、我が部隊は襲撃を受けております! 急ぎお逃げください!』

「なんだと!? ……姫様、しばしの間、この場でお待ちください」

「サイフォンさん!」

 迷わず馬車から降りたサイフォンさんは、剣を引き抜いて駆け出していった。
 ほどなくして聞こえる怒声は、騎士達の指揮を執るサイフォンさん。

 でも、馬車の外が静かになったのはすぐだった。
 事態が収束したのか、どちらかが全滅したのか。
 何一つ状況がわからない。

「……私も、出よう」

 そして私は、馬車の扉を開き、外に出た。

「……サイフォン、さん?」

「ぐっ、あ……。姫様、お逃げ、くだ……」

 私が見たものは、想像を絶する惨状だった。

 ただ思うのは、君の事。
 君に会えなくなる事が、恐くて……。
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