王立学園の二人〜平穏に暮らしたい少年と、平凡を知りたい少女が出会ったら〜

緋色

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第三章 王立学園━大魔剣闘技祭━

二十話 王女を護る者

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『緊急事態が。発生した為。大魔剣闘技祭を。中断いたします。観客のみなさま。全校生徒諸君は。各自。解散してください』

 何度も同じ放送が繰り返される中、俺は全速力で救護室まで駆け出していた。

「オフィーリア、緊急事態って何だよ!」

「私にも詳しい事はわからないわ! 今は急いで!」

 関係者専用の通路を抜け、曲がり角の壁を蹴る。
 最初に救護室へとたどり着いた俺は、思いきり扉を蹴破った。
 器物破損で反省文を追加されたところで、今はどうでもいいのだから。

「ローレライ! ルーシア!」

「わわっ! ミスト!?」

 勢いよく扉を蹴破った衝撃で、椅子から転げ落ちるほど驚愕するルーシア。

 そんな慌ただしく入った救護室には、ルーシアとクロス、そして手当てを受けているシスターセレス先生の姿があった。
 その三人を取り囲むように集まるのは、生徒評議会カウンシルの生徒達と数人の教員。
 その誰もが、深刻な面持ちで頭を抱える様子だった。 

「ブラッドマン先生、一体何が起きているんですか? ローラさんは無事なんですか?」

 遅れてやって来たオフィーリアは、冷静を装うも微かに焦りを感じさせていた。
 さすがのオフィーリアでも、予期せぬ事態だったという事か。

『どうやらローラ君は、三年生のサイフォン・フォックス・グランディアスに誘拐されてしまったようです』

『オフィーリア先生、私が付いていながら本当に申し訳ありません』

 悔しさを表情に出しながら、セレス先生が頭を下げる。
 実際のところ救護室にはセレス先生が常駐していたのだから、オフィーリアが油断するのも無理はない。
 養護教員とはいえ、セレス先生は国内でも上位に値する実力者なのだから。

「セレス先生、謝る必要はありませんよ。貴方ほどの人が不意打ちを受けるという事は、それだけサイフォンさんが周到に計画していたのでしょうから』

 準決勝で俺と対戦したサイフォン。
 確かにそれなりの戦闘力はあったが、あくまでも生徒の中でだけの話。
 正面からやり合えばセレス先生が負けるとは思えない。
 だとすれば、サイフォンの後ろには協力者がいるのか。

『目撃した生徒によると、サイフォンは手当たり次第に目撃者を暴行、意識不明の重体にまで及ばせたそうです。全く、王立学園始まって以来の大事件ですよ』

 真実を知らないブラッドマン先生はそう言うが、これは王立学園だけの話ではない。
 ローレライ第一王女を誘拐されたとなれば、グランフィリア王国全体に関わる問題だ。

「だったら、オフィーリアが突然審判を任されたのも偶然じゃなかったって事ですか」

『恐らくはそうだ。サイフォンは審判を務める予定だったチェスター先生を奇襲し、昏倒させた。つい先ほど、用具室に拘束されていたのを生徒評議会かれらが発見したんだ』

 ブラッドマン先生がそう答えると、生徒評議会カウンシルの生徒達が頷く。
 それが事実なら、サイフォンの情報網は相当なものだ。
 ローレライの正体を嗅ぎ付け、オフィーリアの危険性を理解して遠ざけさせていたのだから。

「みんな、彼女の事は心配しなくていいよ」

 俺達の会話を静観していたアスカードが、突然そんな事を言い出した。
 腕を組みながら、何気なく水槽の中を覗き込むアスカード。
 焦る事も心配する必要もない。そう俺達に思わせるように。

「さて、ここで問題クイズだ。この王立グランフィリア学園で最も情報に詳しく、王国有数の権力を持ち、それを最大限に発揮できる者は誰かな?」

 そう言いながら、俺達へと振り返るアスカード。

「理事長? それとも先生。いいや、違うね。答えは生徒評議会ぼくたちだ」

 勿体つけるように俺達の前を横切るアスカードは、オフィーリアの前で屈む。

「オフィーリア先生、貴族家出身の生徒評議会ぼくたちの情報網を甘く見てはいけませんね。この学園どころか、国内外の情報はほぼ全て把握しているんですよ。当然、ローラさん・・・・・の事情もね」

「そう。知っていたんですか」

「ええ、もちろん」

 アスカードの挑発にも負けず、オフィーリアは無表情を貫く。

「サイフォンは公爵家の現当主ですが、今では王族としての立場は地に落ちているんです。だから今回の一計を案じて、手柄を手に入れようとしているのでしょう」

 そう話を終えたアスカードは、三人の生徒評議会カウンシルと視線で合図を交わした。
 三人から何かの許可を得るように。

「実はね、生徒会長のシエラがローラさんの事を護衛していたんだ。転入初日から、今でもずっと」

 さらりと衝撃事実を聞いた俺達は、言葉を失ってしまった。
 事情を知らない他の人達に至っては、頭の中の疑問符が飛び出しているだろう。

「えっと、もしかして……寝る時もですか?」
 
「ははは。そうだよ。気付かれないように慎重に尾行していたらしいからね。ハイエルフ族の彼女なら、数日くらい不眠不休でも問題ないからね」

 恐る恐る尋ねるルーシアの質問に、さらりと答えるアスカード。
 その光景を眺めていた生徒評議会カウンシルの三人は苦笑いを浮かべていた。

 いくら事情が事情でも、生徒会長自らが護衛をしていたとは。
 しかも寝る間も惜しんでとか、極端すぎるだろ。

「シエラは用心深い女性だ。最も信用できる人にしか重要な任務を任せはしない。それはつまり、自分自身。本当にあの頑固者には困ったもんだ」

「いや、困ったっていうか怖すぎだろ」

 その時のやり取りを思い出したのか、ため息を吐くアスカード。
 三人の生徒評議会カウンシルもまた、額に手を当てながらため息を吐いていた。
 どうやら、珍しい話ではないらしい。

「アスカードさん、事情は全てわかったわ。今は時間が惜しいの。ローラさんの居場所を教えてください」

 オフィーリアが急かすように尋ねる。

「恐らくですが彼等の行き先はサイフォンの生家、グランディアス公爵家の屋敷です」

「それって遠いのか?」

「いいや、ここから王都に向かう途中にあるよ。馬車で出発したという情報もあるから、馬車の轍《わだち》を辿ればすぐに追いつくさ」

「ありがとう、アスカードさん。助かったわ」

 ようやく安堵したオフィーリアは、笑顔を照り戻してそう言った。
 当然俺とルーシアも胸を撫で下ろし、緊張が解れる。

「ブラッドマン先生、これから私達はサイフォンさんを追います。後の事をお願いします」

『……わかりました。そちらも、どうかお気を付けて』

 結論が出た俺達は、真っ先に救護室を後にした。
 先頭を駆けるオフィーリアの背中は、煌々と赤い魔力を燃え滾らせていた。
 間違いなく、今のオフィーリアは淑女マドンナの仮面は外しているな。

「……困りましたね。こんな人混みの中では、飛竜の姿になれないわ」

 闘技場アリーナから出たオフィーリアは、辺りを見回しながら手段に躊躇う。
 それは大魔剣闘技祭が中止になった影響で、大多数の観客や生徒達が至るところに群がっていたからだ。
 一刻を争うとはいえ、これ以上の騒ぎを起こすのは後に影響するかもしれない。

「オフィーリア、街の外まで走るぞ!」

「こらっ! 学園内では先生をつけなさい! ……って、ちょっと! 置いてかないでください!」

 そして俺達は、ドリアスの街並みを駆け抜けていった。 

「ミスト、これを見て!」

「あぁ、こいつ・・・に賭けるか」

 全速力でドリアスを出た俺達は、早々に馬車が残した轍と数頭の馬の蹄跡を見つけていた。
 この痕跡は、もしかしたら無関係の隊商キャラバンのものなのかもしれない。
 だが、これ以外に大所帯の足跡が見当たらないのなら、可能性としてはこれだけで十分だ。

「さあ、早く背に乗りなさい!」

 その時、とてつもない轟音と共にオフィーリアが巨躯な飛竜の姿へと変わっていた。

「うわぁっ! えっ、えっ? オフィーリア先生って……何者?」

 突然現れた飛竜を前に、アスカードが腰を抜かして地面に尻餅を突く。
 開いた口が塞がらず、呆然と目を丸くして見上げているほどの驚愕ぶりで。

 そうだった。アスカードはオフィーリアの正体を知らなかったんだ。
 っていうか、天下の生徒評議会カウンシル様の情報網も大した事ないな。

「ほらっ、いつまでもそんなとこで座ってないで……さっさと乗れ!」

 アスカードの尻を思いきり蹴り飛ばし、飛竜の背に乗せた。
 続けて俺とルーシアも飛び乗り、オフィーリアの背を叩いて合図を送る。

「みんな、しっかり掴まって! 飛ばしますよ!」

 オフィーリアは巨大な翼を羽ばたかせ、一気に舞い上がった。
 低空で飛行するオフィーリアは風を切り、木々をも揺らして。
 必ずローレライを助けると、心の中で誓って。
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