55 / 58
第三章 王立学園━大魔剣闘技祭━
終話 私の願い
しおりを挟む
シエラさん達から聞いた話は、今の私には堪え難い内容だった。
お父様が私の知る公爵に殺されてしまうかもしれないと。
そして私は望まぬ子を宿し、その後は殺されるかもしれないと。
もし生かされたとしても、みんなとは二度と会えなくなる。
また鳥籠に戻される。
「ローレライ! しっかりこっちを見て!」
私は何の為に産まれてきたのだろう。
お父様は、どうして私を見てくれないのだろう。
もう何年もお父様の顔を見ていない。
もしかしたら、お母様が亡くなった原因が私にあるからなのかもしれない。
だから私は、憎まれているのかもしれない。
顔も見たくないほどに。
「今は安静にさせるべきだわ。シエラさん、私達はアルヘム村まで帰ります」
「承知しました。後の始末は私達がお引き受け致します」
ぼんやりとした意識の中で、みんなが私を見下ろしている。
心配そうに、不安そうに。
それでも私の頭の中は、シエラさんとアスカードさんから聞いた話が延々と繰り返されていた。
脳裏に刻みつけられるように、その情景を焼き付けさせるように。
━アルヘム村・ミストの家━
「オフィーリアさん、大変ですよ! ローレライの脈が弱ってきているわ!」
「まずいですね。これ以上衰弱してしまったら、精神疾患に陥る可能性も……」
アルヘム村に帰って来た私は、いつの間にか部屋のベッドに寝かされていた。
みんなが私を呼んでいても、なぜだか遥か遠くから呼びかけられているように感じる。
まるで湖の底に沈んでしまったように、私の意識は曖昧でぼんやりとしている。
身体に力が入らず、声を発する事さえもできない。
まるで私は、魂の抜けた人形だ。
「おお、ローレライよ。肝心な時に側におれんで、本当にすまなんだ。お前さんの笑った顔を、また見せてはくれんか」
ヴァンさんもマリーさんも、グローインさんまで私を心配して駆け付けてくれている。
でもこれは、全て私のせいだ。
もし私がこの村に来ていなければ、ミストの手を取らなければ……。
「なぁ、ローレライ。どうせお前の事だから、自分のせいでみんなを巻き込んだとか考えてるんだろ」
夜も更けて村中が寝静まった頃、ほんの些細な事のようにそう話すミスト。
私の隣で悪戯に微笑んで、元気付けるように。
そんな彼の気遣いにすら、私は返事ができない。
「あの時、俺の手を取ってくれてありがとう。もしもローレライと出会わないまま今を生きていたらって思うと、本当に今が幸せなんだと感じられるよ。お前のする事に驚かされて、毎日が飽きなくて」
彼のその言葉が、どれだけ嬉しかっただろう。
私と出会ってから迷惑ばかりかけられていたのに、後悔していないなんて。
……それでも今は、夜が怖い。
静寂の中で瞼を閉じると、ミストが消えて無くなってしまうのだから。
暗闇の世界に私だけが取り残されたような、背後から何かに追われているような不安が押し寄せてくる。
「……。」
あれからどれほどの時が過ぎたのだろう。
ずっと眠る事ができなかった私は、椅子にもたれ掛かるミストを眺めていた。
大魔剣闘技祭での疲労もあったのか、ぐっすりと眠る彼の姿を。
本当は疲れていたのに、こうして君はいつも私の事を見守ってくれているんだね。
「……んん。どうした、眠れないのか?」
ふと目を覚ましたミストは、すぐに私の事に気が付いた。
囁くように小声で話して、安心させるように。
「……ミ……ト」
それでも私は、声が出ない。
出し方を、思い出せない。
「眠れないのなら、夜風にでも当たりに行こうか。少しは気晴らしになるかもしれないし」
「……ん」
静かに立ち上がるミストは、私をそっと抱きかかえてくれた。
彼の温もりが背中から通じてくると、不思議と心が落ち着く。
━アルヘム村・村の中━
ミストに抱かれたまま、私達はアルヘム村の中を歩く。
家屋の明かりは消え、街灯だけがゆらゆらとを照らす。
平穏だけど賑やかなこの村。子供達が駆け回り、大人達は笑顔で挨拶をしてくれる優しい村。
それでもやっぱり、夜には静寂が訪れる。
〈ジーッ! ジーッ! ホゥ! ホゥ!〉
しばらく村の中を見て回った私達は、裏手から森へと入っていた。
虫や動物の鳴き声が響き渡り、頭の中で反響する。
咄嗟に耳を塞ぐ私は、恐怖心で眼を瞑ってしまう。
「ローレライ、怖がらなくても平気だよ」
そう言うミストは、私に微笑みかけてくる。
ふと見上げた私の視界には、ミストでいっぱいになっていた。
たったそれだけで、私の中の恐怖心が掻き消されていく。生き物の鳴き声が、心地の良い音楽へと変わっていく。
「ほら、あれがアルヘム村の守り神だ」
空を見上げるミストに合わせて、私もゆっくりと顔を上げると……。
「……あ」
そこには、老齢の大きな大樹が聳え立っていた。
周囲のどんな木々よりも高く、緑豊かな木が。
こんなにも大きな大樹なのに、空からアルヘム村の周辺を見た時には気がつかなかったなんて。
それに他の木とは葉の形も幹の色も違っている。
きっと遥か前から立っていたはずなのに、なんて不思議な大樹なんだろう。
「ギリアスを目指した時に話しただろ? ルーシアの魔法で俺がぶっ飛ばされた事。その時に引っかかったのが、この木なんだよ」
「……ん……き……れ……い……」
必死に声を発し、ミストの胸元をぎゅっと掴む。
私の気持ちが伝わったのか、ミストはとても嬉しそうに微笑んでくれていた。
そしてミストは、抱きかかえていた私をそっと下ろしてくれる。
大樹に寄り添うように、繊細な硝子細工のように、優しく。
「はぁーっ! 重かっ……あっ」
「……。」
ミストも私の隣に腰かけると、さりげなく傷つく事を言う。
うっかりしたように呆けた顔をして、恐る恐る私の顔色を窺うミスト。
こんな時、いつもの私ならどんな顔をしていたのかな。
ごめんね。何の言葉も、意思も伝えられなくて。
「いや、実際ローレライは軽かったんだけど、変に緊張して力んでたせいで……」
困ったミストの横顔を見つめると、赤い瞳が美麗に煌めいていた。
月光に照らされて、綺麗な薔薇色に染まって。
ミストの瞳は、私の髪飾りと同じ色だ。
亡くなったお母様が、私に贈ってくれた最初で最後の宝物と。
「ローレライ、これからも俺の側にいてほしい。何も言わずにどこかへ行ったりしないでほしいんだ」
夜空を眺めながら、ミストが言う。
そんな彼の顔を見つめ、私はそっと耳を傾ける。
「まぁ、俺もローレライを怒らせるような事をしないように気を付けるけど」
そう言って目を細め、無邪気に微笑むミスト。
わがままを言っていいのなら、私も君と離れたくない。
どんな困難が訪れても、どんな壁が立ちはだかっていても。
王女という立場を捨ててでも……。
「初めて出会った時の事、ローレライは覚えてるか? 魔物に襲われて、お腹も空かせて」
初めて出会ったあの日の事は、一生忘れない。
ミストとルーシアが助けてくれた事も、水浸しだった私をずっと見ていた事も。
それも全部、私にとって大切な思い出だから。
「あそこにいた理由を聞いたら、お腹が空いたから川魚を捕まえようとしてた。って言っていたよな。今思えば本当に笑えるよ。大国のお姫様が魚採りだなんて」
そんな何気ない会話をするミストの横顔を、私はずっと眺めていた。
彼もまた、私を見つめ返す。
「必ず俺が側にいるから。この先何があっても、どんな敵が現れても」
その言葉が心から嬉しいと感じるのは、私も同じ気持ちだからだ。
この先何があっても、どんな時でも、君の側にいたいと。
そして私は、隣に座るミストの肩にそっと頭を預けた。
言葉では返せない気持ちを、伝える為に。
気がつけば、恐怖で張り裂けそうだった私の心は、彼の優しさで満たされていた。
ミストのお陰で、何も怖くない。
それは自分の気持ちに変化が起きていたからだ。
私自身の事よりも、彼の事を大切に思っていたからだ。
もしも大樹の守り神様が本当にいるのなら、どうかミストを守ってほしい。
もしも私の命の灯火が消えても、彼だけは幸せに生きてほしい。
そんな事を思いながら、瞳を閉じて安らぐ。
「ローレライ、神様って本当にいるのかもな」
「……えっ?」
突然不思議な事を言うミストに、微かに声が戻る私。
そんな私達の目の前には、草原を黄金色に染めていく光の粒が空へと立ち上っていた。
「……綺麗、だね」
「あぁ、そうだな」
大樹からも青銀色の光が生まれ、粉雪のように舞い踊る。
次第にその光達は、私達を包み込んでいく。
「夏に降る雪か。すごいな」
「うん。でも、なんだか暖かいね」
いつの間にか私の声が戻り、表情が蘇っていた。
それはきっと、こうしてミストの手を握っているから。
彼の勇気を、私の中に分けて与えくれていたからだ。
「立てるか?」
「うん、ありがとう」
集っていた青銀色の光は、私達の前で二つの形を描いていった。
一つは青銀色に輝く絢爛華麗な複合弓。
そしてもう一つは、青銀色の細く研ぎ澄まされた長剣。
「俺達に、くれるって事か?」
「守り神様の、贈り物だね」
そして私達は、目の前に浮かぶ二つの武器を手に取った。
「……月影の神弓アルテミス」
ふと頭の中に聞こえてきたのは、この弓の名前。
囁くような女性の声で、誰かが教えてくれた。
『この剣の名は、明星の神剣アーゼクリュウスだそうだ』
ミストもまた、私と同じ声が聞こえたのだろう。
それが誰なのかは、私達にはわからない。
もしかしたら、本当に大樹の守り神様が……。
その時、大樹が蒼白の粒子へと変わり、音もなく弾けて消えていった。
『……大きく、なったね』
月夜へと散っていく光の粒に紛れ、再び女性の声が聞こえる。
それは幻聴や空耳なんかではなく、確かに聞こえた声だった。
きっとミストにも聞こえていたんだと思う。
とても驚いた表情のまま、ずっと空を見上げているのだから。
「……大樹が無くなった事が村のみんなに知れたら、間違いなく大騒ぎになるな」
「明日、一緒に説明しよう」
繋いでいたミストの手を握り、寄り添う私。
壮麗に輝く黄金の満月を、私達はずっと眺めていた。
彼の心の鼓動を、心地よく聞きながら。
「ミスト、これからも一緒にいてね」
「あぁ、側にいるよ」
ありがとう。
君のお陰で、私はもう大丈夫だよ。
この先何が起きても、私は立ち向かう。
進んだその先に、君がいてくれるから。
お父様が私の知る公爵に殺されてしまうかもしれないと。
そして私は望まぬ子を宿し、その後は殺されるかもしれないと。
もし生かされたとしても、みんなとは二度と会えなくなる。
また鳥籠に戻される。
「ローレライ! しっかりこっちを見て!」
私は何の為に産まれてきたのだろう。
お父様は、どうして私を見てくれないのだろう。
もう何年もお父様の顔を見ていない。
もしかしたら、お母様が亡くなった原因が私にあるからなのかもしれない。
だから私は、憎まれているのかもしれない。
顔も見たくないほどに。
「今は安静にさせるべきだわ。シエラさん、私達はアルヘム村まで帰ります」
「承知しました。後の始末は私達がお引き受け致します」
ぼんやりとした意識の中で、みんなが私を見下ろしている。
心配そうに、不安そうに。
それでも私の頭の中は、シエラさんとアスカードさんから聞いた話が延々と繰り返されていた。
脳裏に刻みつけられるように、その情景を焼き付けさせるように。
━アルヘム村・ミストの家━
「オフィーリアさん、大変ですよ! ローレライの脈が弱ってきているわ!」
「まずいですね。これ以上衰弱してしまったら、精神疾患に陥る可能性も……」
アルヘム村に帰って来た私は、いつの間にか部屋のベッドに寝かされていた。
みんなが私を呼んでいても、なぜだか遥か遠くから呼びかけられているように感じる。
まるで湖の底に沈んでしまったように、私の意識は曖昧でぼんやりとしている。
身体に力が入らず、声を発する事さえもできない。
まるで私は、魂の抜けた人形だ。
「おお、ローレライよ。肝心な時に側におれんで、本当にすまなんだ。お前さんの笑った顔を、また見せてはくれんか」
ヴァンさんもマリーさんも、グローインさんまで私を心配して駆け付けてくれている。
でもこれは、全て私のせいだ。
もし私がこの村に来ていなければ、ミストの手を取らなければ……。
「なぁ、ローレライ。どうせお前の事だから、自分のせいでみんなを巻き込んだとか考えてるんだろ」
夜も更けて村中が寝静まった頃、ほんの些細な事のようにそう話すミスト。
私の隣で悪戯に微笑んで、元気付けるように。
そんな彼の気遣いにすら、私は返事ができない。
「あの時、俺の手を取ってくれてありがとう。もしもローレライと出会わないまま今を生きていたらって思うと、本当に今が幸せなんだと感じられるよ。お前のする事に驚かされて、毎日が飽きなくて」
彼のその言葉が、どれだけ嬉しかっただろう。
私と出会ってから迷惑ばかりかけられていたのに、後悔していないなんて。
……それでも今は、夜が怖い。
静寂の中で瞼を閉じると、ミストが消えて無くなってしまうのだから。
暗闇の世界に私だけが取り残されたような、背後から何かに追われているような不安が押し寄せてくる。
「……。」
あれからどれほどの時が過ぎたのだろう。
ずっと眠る事ができなかった私は、椅子にもたれ掛かるミストを眺めていた。
大魔剣闘技祭での疲労もあったのか、ぐっすりと眠る彼の姿を。
本当は疲れていたのに、こうして君はいつも私の事を見守ってくれているんだね。
「……んん。どうした、眠れないのか?」
ふと目を覚ましたミストは、すぐに私の事に気が付いた。
囁くように小声で話して、安心させるように。
「……ミ……ト」
それでも私は、声が出ない。
出し方を、思い出せない。
「眠れないのなら、夜風にでも当たりに行こうか。少しは気晴らしになるかもしれないし」
「……ん」
静かに立ち上がるミストは、私をそっと抱きかかえてくれた。
彼の温もりが背中から通じてくると、不思議と心が落ち着く。
━アルヘム村・村の中━
ミストに抱かれたまま、私達はアルヘム村の中を歩く。
家屋の明かりは消え、街灯だけがゆらゆらとを照らす。
平穏だけど賑やかなこの村。子供達が駆け回り、大人達は笑顔で挨拶をしてくれる優しい村。
それでもやっぱり、夜には静寂が訪れる。
〈ジーッ! ジーッ! ホゥ! ホゥ!〉
しばらく村の中を見て回った私達は、裏手から森へと入っていた。
虫や動物の鳴き声が響き渡り、頭の中で反響する。
咄嗟に耳を塞ぐ私は、恐怖心で眼を瞑ってしまう。
「ローレライ、怖がらなくても平気だよ」
そう言うミストは、私に微笑みかけてくる。
ふと見上げた私の視界には、ミストでいっぱいになっていた。
たったそれだけで、私の中の恐怖心が掻き消されていく。生き物の鳴き声が、心地の良い音楽へと変わっていく。
「ほら、あれがアルヘム村の守り神だ」
空を見上げるミストに合わせて、私もゆっくりと顔を上げると……。
「……あ」
そこには、老齢の大きな大樹が聳え立っていた。
周囲のどんな木々よりも高く、緑豊かな木が。
こんなにも大きな大樹なのに、空からアルヘム村の周辺を見た時には気がつかなかったなんて。
それに他の木とは葉の形も幹の色も違っている。
きっと遥か前から立っていたはずなのに、なんて不思議な大樹なんだろう。
「ギリアスを目指した時に話しただろ? ルーシアの魔法で俺がぶっ飛ばされた事。その時に引っかかったのが、この木なんだよ」
「……ん……き……れ……い……」
必死に声を発し、ミストの胸元をぎゅっと掴む。
私の気持ちが伝わったのか、ミストはとても嬉しそうに微笑んでくれていた。
そしてミストは、抱きかかえていた私をそっと下ろしてくれる。
大樹に寄り添うように、繊細な硝子細工のように、優しく。
「はぁーっ! 重かっ……あっ」
「……。」
ミストも私の隣に腰かけると、さりげなく傷つく事を言う。
うっかりしたように呆けた顔をして、恐る恐る私の顔色を窺うミスト。
こんな時、いつもの私ならどんな顔をしていたのかな。
ごめんね。何の言葉も、意思も伝えられなくて。
「いや、実際ローレライは軽かったんだけど、変に緊張して力んでたせいで……」
困ったミストの横顔を見つめると、赤い瞳が美麗に煌めいていた。
月光に照らされて、綺麗な薔薇色に染まって。
ミストの瞳は、私の髪飾りと同じ色だ。
亡くなったお母様が、私に贈ってくれた最初で最後の宝物と。
「ローレライ、これからも俺の側にいてほしい。何も言わずにどこかへ行ったりしないでほしいんだ」
夜空を眺めながら、ミストが言う。
そんな彼の顔を見つめ、私はそっと耳を傾ける。
「まぁ、俺もローレライを怒らせるような事をしないように気を付けるけど」
そう言って目を細め、無邪気に微笑むミスト。
わがままを言っていいのなら、私も君と離れたくない。
どんな困難が訪れても、どんな壁が立ちはだかっていても。
王女という立場を捨ててでも……。
「初めて出会った時の事、ローレライは覚えてるか? 魔物に襲われて、お腹も空かせて」
初めて出会ったあの日の事は、一生忘れない。
ミストとルーシアが助けてくれた事も、水浸しだった私をずっと見ていた事も。
それも全部、私にとって大切な思い出だから。
「あそこにいた理由を聞いたら、お腹が空いたから川魚を捕まえようとしてた。って言っていたよな。今思えば本当に笑えるよ。大国のお姫様が魚採りだなんて」
そんな何気ない会話をするミストの横顔を、私はずっと眺めていた。
彼もまた、私を見つめ返す。
「必ず俺が側にいるから。この先何があっても、どんな敵が現れても」
その言葉が心から嬉しいと感じるのは、私も同じ気持ちだからだ。
この先何があっても、どんな時でも、君の側にいたいと。
そして私は、隣に座るミストの肩にそっと頭を預けた。
言葉では返せない気持ちを、伝える為に。
気がつけば、恐怖で張り裂けそうだった私の心は、彼の優しさで満たされていた。
ミストのお陰で、何も怖くない。
それは自分の気持ちに変化が起きていたからだ。
私自身の事よりも、彼の事を大切に思っていたからだ。
もしも大樹の守り神様が本当にいるのなら、どうかミストを守ってほしい。
もしも私の命の灯火が消えても、彼だけは幸せに生きてほしい。
そんな事を思いながら、瞳を閉じて安らぐ。
「ローレライ、神様って本当にいるのかもな」
「……えっ?」
突然不思議な事を言うミストに、微かに声が戻る私。
そんな私達の目の前には、草原を黄金色に染めていく光の粒が空へと立ち上っていた。
「……綺麗、だね」
「あぁ、そうだな」
大樹からも青銀色の光が生まれ、粉雪のように舞い踊る。
次第にその光達は、私達を包み込んでいく。
「夏に降る雪か。すごいな」
「うん。でも、なんだか暖かいね」
いつの間にか私の声が戻り、表情が蘇っていた。
それはきっと、こうしてミストの手を握っているから。
彼の勇気を、私の中に分けて与えくれていたからだ。
「立てるか?」
「うん、ありがとう」
集っていた青銀色の光は、私達の前で二つの形を描いていった。
一つは青銀色に輝く絢爛華麗な複合弓。
そしてもう一つは、青銀色の細く研ぎ澄まされた長剣。
「俺達に、くれるって事か?」
「守り神様の、贈り物だね」
そして私達は、目の前に浮かぶ二つの武器を手に取った。
「……月影の神弓アルテミス」
ふと頭の中に聞こえてきたのは、この弓の名前。
囁くような女性の声で、誰かが教えてくれた。
『この剣の名は、明星の神剣アーゼクリュウスだそうだ』
ミストもまた、私と同じ声が聞こえたのだろう。
それが誰なのかは、私達にはわからない。
もしかしたら、本当に大樹の守り神様が……。
その時、大樹が蒼白の粒子へと変わり、音もなく弾けて消えていった。
『……大きく、なったね』
月夜へと散っていく光の粒に紛れ、再び女性の声が聞こえる。
それは幻聴や空耳なんかではなく、確かに聞こえた声だった。
きっとミストにも聞こえていたんだと思う。
とても驚いた表情のまま、ずっと空を見上げているのだから。
「……大樹が無くなった事が村のみんなに知れたら、間違いなく大騒ぎになるな」
「明日、一緒に説明しよう」
繋いでいたミストの手を握り、寄り添う私。
壮麗に輝く黄金の満月を、私達はずっと眺めていた。
彼の心の鼓動を、心地よく聞きながら。
「ミスト、これからも一緒にいてね」
「あぁ、側にいるよ」
ありがとう。
君のお陰で、私はもう大丈夫だよ。
この先何が起きても、私は立ち向かう。
進んだその先に、君がいてくれるから。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~
日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!
斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。
偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。
「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」
選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる