王立学園の二人〜平穏に暮らしたい少年と、平凡を知りたい少女が出会ったら〜

緋色

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第三章 王立学園━大魔剣闘技祭━

終話 私の願い

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 シエラさん達から聞いた話は、今の私には堪え難い内容だった。
 お父様が私の知る公爵誰かに殺されてしまうかもしれないと。
 そして私は望まぬ子を宿し、その後は殺されるかもしれないと。
 もし生かされたとしても、みんなとは二度と会えなくなる。
 また鳥籠に戻される。

「ローレライ! しっかりこっちを見て!」

 私は何の為に産まれてきたのだろう。
 お父様は、どうして私を見てくれないのだろう。
 もう何年もお父様の顔を見ていない。
 もしかしたら、お母様が亡くなった原因が私にあるからなのかもしれない。
 だから私は、憎まれているのかもしれない。
 顔も見たくないほどに。

「今は安静にさせるべきだわ。シエラさん、私達はアルヘム村まで帰ります」

「承知しました。後の始末は私達がお引き受け致します」

 ぼんやりとした意識の中で、みんなが私を見下ろしている。
 心配そうに、不安そうに。
 それでも私の頭の中は、シエラさんとアスカードさんから聞いた話が延々と繰り返されていた。
 脳裏に刻みつけられるように、その情景を焼き付けさせるように。

 ━アルヘム村・ミストの家━

「オフィーリアさん、大変ですよ! ローレライの脈が弱ってきているわ!」

「まずいですね。これ以上衰弱してしまったら、精神疾患に陥る可能性も……」

 アルヘム村に帰って来た私は、いつの間にか部屋のベッドに寝かされていた。
 みんなが私を呼んでいても、なぜだか遥か遠くから呼びかけられているように感じる。
 まるで湖の底に沈んでしまったように、私の意識は曖昧でぼんやりとしている。
 身体に力が入らず、声を発する事さえもできない。
 まるで私は、魂の抜けた人形だ。

「おお、ローレライよ。肝心な時に側におれんで、本当にすまなんだ。お前さんの笑った顔を、また見せてはくれんか」

 ヴァンさんもマリーさんも、グローインさんまで私を心配して駆け付けてくれている。
 でもこれは、全て私のせいだ。
 もし私がこの村に来ていなければ、ミストの手を取らなければ……。

「なぁ、ローレライ。どうせお前の事だから、自分のせいでみんなを巻き込んだとか考えてるんだろ」

 夜も更けて村中が寝静まった頃、ほんの些細な事のようにそう話すミスト。
 私の隣で悪戯に微笑んで、元気付けるように。
 そんな彼の気遣いにすら、私は返事ができない。

「あの時、俺の手を取ってくれてありがとう。もしもローレライと出会わないまま今を生きていたらって思うと、本当に今が幸せなんだと感じられるよ。お前のする事に驚かされて、毎日が飽きなくて」

 彼のその言葉が、どれだけ嬉しかっただろう。
 私と出会ってから迷惑ばかりかけられていたのに、後悔していないなんて。

 ……それでも今は、夜が怖い。
 静寂の中で瞼を閉じると、ミストが消えて無くなってしまうのだから。
 暗闇の世界に私だけが取り残されたような、背後から何かに追われているような不安が押し寄せてくる。

「……。」

 あれからどれほどの時が過ぎたのだろう。
 ずっと眠る事ができなかった私は、椅子にもたれ掛かるミストを眺めていた。
 大魔剣闘技祭での疲労もあったのか、ぐっすりと眠る彼の姿を。

 本当は疲れていたのに、こうして君はいつも私の事を見守ってくれているんだね。

「……んん。どうした、眠れないのか?」

 ふと目を覚ましたミストは、すぐに私の事に気が付いた。
 囁くように小声で話して、安心させるように。

「……ミ……ト」

 それでも私は、声が出ない。
 出し方を、思い出せない。

「眠れないのなら、夜風にでも当たりに行こうか。少しは気晴らしになるかもしれないし」

「……ん」

 静かに立ち上がるミストは、私をそっと抱きかかえてくれた。
 彼の温もりが背中から通じてくると、不思議と心が落ち着く。

 ━アルヘム村・村の中━

 ミストに抱かれたまま、私達はアルヘム村の中を歩く。
 家屋の明かりは消え、街灯だけがゆらゆらとを照らす。
 平穏だけど賑やかなこの村。子供達が駆け回り、大人達は笑顔で挨拶をしてくれる優しい村。
 それでもやっぱり、夜には静寂が訪れる。

〈ジーッ! ジーッ! ホゥ! ホゥ!〉

 しばらく村の中を見て回った私達は、裏手から森へと入っていた。
 虫や動物の鳴き声が響き渡り、頭の中で反響する。
 咄嗟に耳を塞ぐ私は、恐怖心で眼を瞑ってしまう。

「ローレライ、怖がらなくても平気だよ」

 そう言うミストは、私に微笑みかけてくる。
 ふと見上げた私の視界には、ミストでいっぱいになっていた。

 たったそれだけで、私の中の恐怖心が掻き消されていく。生き物の鳴き声が、心地の良い音楽へと変わっていく。

「ほら、あれ・・がアルヘム村の守り神だ」

 空を見上げるミストに合わせて、私もゆっくりと顔を上げると……。

「……あ」

 そこには、老齢の大きな大樹が聳え立っていた。
 周囲のどんな木々よりも高く、緑豊かな木が。
 こんなにも大きな大樹なのに、空からアルヘム村の周辺を見た時には気がつかなかったなんて。
 それに他の木とは葉の形も幹の色も違っている。
 きっと遥か前から立っていたはずなのに、なんて不思議な大樹なんだろう。

「ギリアスを目指した時に話しただろ? ルーシアの魔法で俺がぶっ飛ばされた事。その時に引っかかったのが、この木なんだよ」

「……ん……き……れ……い……」

 必死に声を発し、ミストの胸元をぎゅっと掴む。
 私の気持ちが伝わったのか、ミストはとても嬉しそうに微笑んでくれていた。

 そしてミストは、抱きかかえていた私をそっと下ろしてくれる。
 大樹に寄り添うように、繊細な硝子細工のように、優しく。

「はぁーっ! 重かっ……あっ」

「……。」

 ミストも私の隣に腰かけると、さりげなく傷つく事を言う。
 うっかりしたように呆けた顔をして、恐る恐る私の顔色を窺うミスト。

 こんな時、いつもの私ならどんな顔をしていたのかな。
 ごめんね。何の言葉も、意思も伝えられなくて。

「いや、実際ローレライは軽かったんだけど、変に緊張して力んでたせいで……」

 困ったミストの横顔を見つめると、赤い瞳が美麗に煌めいていた。
 月光に照らされて、綺麗な薔薇色に染まって。
 ミストの瞳は、私の髪飾りと同じ色だ。
 亡くなったお母様が、私に贈ってくれた最初で最後の宝物と。

「ローレライ、これからも俺の側にいてほしい。何も言わずにどこかへ行ったりしないでほしいんだ」

 夜空を眺めながら、ミストが言う。
 そんな彼の顔を見つめ、私はそっと耳を傾ける。

「まぁ、俺もローレライを怒らせるような事をしないように気を付けるけど」

 そう言って目を細め、無邪気に微笑むミスト。
 わがままを言っていいのなら、私も君と離れたくない。
 どんな困難が訪れても、どんな壁が立ちはだかっていても。
 王女という立場を捨ててでも……。

「初めて出会った時の事、ローレライは覚えてるか? 魔物に襲われて、お腹も空かせて」

 初めて出会ったあの日の事は、一生忘れない。
 ミストとルーシアが助けてくれた事も、水浸しだった私をずっと見ていた事も。
 それも全部、私にとって大切な思い出だから。

「あそこにいた理由を聞いたら、お腹が空いたから川魚を捕まえようとしてた。って言っていたよな。今思えば本当に笑えるよ。大国のお姫様が魚採りだなんて」

 そんな何気ない会話をするミストの横顔を、私はずっと眺めていた。
 彼もまた、私を見つめ返す。

「必ず俺が側にいるから。この先何があっても、どんな敵が現れても」

 その言葉が心から嬉しいと感じるのは、私も同じ気持ちだからだ。
 この先何があっても、どんな時でも、君の側にいたいと。

 そして私は、隣に座るミストの肩にそっと頭を預けた。
 言葉では返せない気持ちを、伝える為に。
 気がつけば、恐怖で張り裂けそうだった私の心は、彼の優しさで満たされていた。
 ミストのお陰で、何も怖くない。
 それは自分の気持ちに変化が起きていたからだ。
 私自身の事よりも、彼の事を大切に思っていたからだ。

 もしも大樹の守り神様が本当にいるのなら、どうかミストを守ってほしい。
 もしも私の命の灯火が消えても、彼だけは幸せに生きてほしい。
 そんな事を思いながら、瞳を閉じて安らぐ。

「ローレライ、神様って本当にいるのかもな」

「……えっ?」

 突然不思議な事を言うミストに、微かに声が戻る私。
 そんな私達の目の前には、草原を黄金色に染めていく光の粒が空へと立ち上っていた。

「……綺麗、だね」

「あぁ、そうだな」

 大樹からも青銀色の光が生まれ、粉雪のように舞い踊る。
 次第にその光達は、私達を包み込んでいく。

「夏に降る雪か。すごいな」

「うん。でも、なんだか暖かいね」

 いつの間にか私の声が戻り、表情が蘇っていた。
 それはきっと、こうしてミストの手を握っているから。
 彼の勇気を、私の中に分けて与えくれていたからだ。

「立てるか?」

「うん、ありがとう」

 集っていた青銀色の光は、私達の前で二つの形を描いていった。
 一つは青銀色に輝く絢爛華麗な複合弓。
 そしてもう一つは、青銀色の細く研ぎ澄まされた長剣。

「俺達に、くれるって事か?」

「守り神様の、贈り物だね」

 そして私達は、目の前に浮かぶ二つの武器を手に取った。

「……月影の神弓アルテミス」

 ふと頭の中に聞こえてきたのは、この弓の名前。
 囁くような女性の声で、誰かが教えてくれた。

『この剣の名は、明星の神剣アーゼクリュウスだそうだ』

 ミストもまた、私と同じ声が聞こえたのだろう。
 それが誰なのかは、私達にはわからない。
 もしかしたら、本当に大樹の守り神様が……。

 その時、大樹が蒼白の粒子へと変わり、音もなく弾けて消えていった。

『……大きく、なったね』

 月夜へと散っていく光の粒に紛れ、再び女性の声が聞こえる。
 それは幻聴や空耳なんかではなく、確かに聞こえた声だった。
 きっとミストにも聞こえていたんだと思う。
 とても驚いた表情のまま、ずっと空を見上げているのだから。

「……大樹が無くなった事が村のみんなに知れたら、間違いなく大騒ぎになるな」

「明日、一緒に説明しよう」

 繋いでいたミストの手を握り、寄り添う私。
 壮麗に輝く黄金の満月を、私達はずっと眺めていた。
 彼の心の鼓動を、心地よく聞きながら。

「ミスト、これからも一緒にいてね」

「あぁ、側にいるよ」

 ありがとう。
 君のお陰で、私はもう大丈夫だよ。
 この先何が起きても、私は立ち向かう。
 進んだその先に、君がいてくれるから。
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